猫と、犬の声がする。底の目の前には、レミリアと、我関せずにじゃれてくる犬と猫。しかし、その二匹……いや、二人は間違いなく、最愛の二人であった――。
午前十時、底はなにを考えるでもなく、ただただ、居間でボーッとしていた。日差しが暖かく、日向ぼっこ。
だが、突然の来訪。今日は恋人の三人とも予定があり、来ない筈だ。それを疑問に思いながら、底は玄関の扉を開けた。
博麗が飛び付いてきた。
――博麗だ。いつも通りなので、特に驚きはしない。
「どうした――」
言葉に詰まった。というのも、可笑しい話ではあるが、腕を組んで、ツン、としてるアリスの頭に、耳が生えていた。それも見た目、黒い猫の耳だろうとわかる。人間の耳もある。
「なんか、朝起きたら二人とも耳が生えてたらしいの」
“二人”? とレミリアも見るが、レミリアはなにもなく、もしや、と博麗を離して頭を確認すると、やっぱり耳が生えていた。柴犬の。
なにか変な感じがすると思ったら、博麗は底の匂いを嗅いでいたようだ。
「ああ、霊夢とアリスがか。耳だけってのもおかしいけど」
「いえ、尻尾もあるみたいよ」
「……本当か?」
試しに博麗の背中を見ると、スカートから巻き型のふわりとした黄色の尻尾があった。柴犬かな、と底は考えた。
とりあえず外で話すのも落ち着かないので、三人に中へ入ってもらった。
レミリアは日傘を壁に立て掛け、博麗は底の腕に抱きついたままで、アリスは相変わらず素っ気ない。
居間に入って、座る前にアリスに言う。
「アリス、ちょっと耳と尻尾を見せてくれ」
「勝手に見にゃさいよ」
ふむふむ、と底がアリスを凝視する。耳にすらりとした尻尾。どちらも黒いので、黒猫だろう。
「それにしても、レミリアはなにもないとは……」
「不思議ね。まあ十中八九、八雲紫がやったのだろうけど」
嘆息と共にレミリアが言った。
「まあそうとしか考えられないな。でも可愛いからいいや」
博麗を撫でる。尻尾が左右に凄い勢いで振られ、博麗の抱きつく力が増した。
「……私もなにか可愛いのになりたいわ」
ボソッとレミリアがこぼしたのを、底は聞き逃さなかった。
「レミリアも、いつでも可愛いぞ。別にならなくていい」
少しだけ動きを止め、底を見つめると、上品に笑った。
その間も博麗はじゃれてきている。
「アリスも甘えて来ないのか?」
「別にいいにゃ」
と言いつつも、怒っているようで、尻尾が地面を叩いている。
「霊夢、ちょっと疲れたから休憩しよう」
「わう? わかった!」
皆でお茶を飲んで一息つく。こうして見ると、なかなかに違和感が無く、溶け込んでる。
アリスが欠伸をする。丁度アリスの腰掛ける場所に日差しが当たっているからだろう。金の髪が反射して少し目が痛いが、眠そうにするアリスが可愛く、目が離せない。
「にゃに……?」
アリスが半開きの目で問う。
「可愛いなってさ」
顔が赤くなった。
「……そんにゃこと言っても嬉しくにゃいから。……枕がほしいわね」
ちらちら、と底の膝に視線を落とす。視線の意味を理解した底は、アリスの隣に行って、膝を叩く。すると、満足そうに頭を預けた。
「見せてくれちゃって。私も恋人なのに、寂しいわ」
「レミリアも来い」
膝を叩くも、レミリアが底を指差す。意味がわからず、首をかしげると、日差し、と一言。
よく考えたら、底とアリスはいま、太陽の光に包まれている。よって、レミリアは来れないのだ。今更アリスを頭から退けるわけにもいかない。……レミリアには悪いが、我慢してもらうことになった。
「底、私も眠いわん」
博麗も目を擦る。空いてる方の足を叩くと、嬉々として顎を乗せてきた。
底がおどけて肩を竦める。レミリアがクスクスと笑い声を挙げた。
午後三時、レミリアは用事があったらしく、先に帰った。博麗は鼻歌をしながら、自分の新しく生えた耳を触っている。アリスは足を組んで、視線を明後日の方向に向けている。だが、手は底と繋いでいる。
「これ、いつ治るんだろうな」
「私は可愛いからこれでもいいかな。底にいくらでもひっ付けるし」
「いつでもひっ付いていいんだぞ」
照れる博麗から、底は横のアリスを窺う。
「早く戻りたいにゃ。尻尾が邪魔で仕方にゃいもの」
「二人とも口調はわざとじゃないんだよな?」
二人から、当然、と返された。
「わん、が勝手にわん、になるの」
「私はにゃ、が言えにゃいわ」
博麗と顔を見合わせる。博麗とアリスの言葉をよく考えて、博麗は“わ”。アリスは“な”が言えないのだと脳内変換した。
「二人とも可愛いから俺はこれでもいいぞ」
冗談まじりに言った。博麗は鳴きながらじゃれてきて、アリスは握る手の力を強めた。
「別に嬉しくにゃいもん」
そう言うアリスの顔は、赤くなっていた。
五時、博麗は依頼が来てるらしく、妖怪退治にいった。
心配だが、底が行ったところで、足手まといになるのはわかってるので、キスして送り出した。凄く張り切ってたが、逆に心配が増した。
「アリス、なんか食べるか?」
また冷めた返答をするだろう、と思いながらも、一応聞いておく。
「底が作るにゃら食べる」
笑顔で腕に抱きついてきた。
「お前、なんで霊夢とかが居ると素っ気ない態度とるんだ?」
「え、恥ずかしいじゃにゃい。結構引っ付くの我慢してるのよ?」
やっと底は解せた。博麗とレミリア二人が来たとき、すぐに離れたのは、そのせいだろう。いままで、二人がここにいるとき、いつもアリスは素っ気なかった。底はそれを怪訝に思ってたし、不安でもあった。
「なんだ、不安がってた俺が馬鹿みたいじゃないか」
アリスが耳を動かしながら気品を漂わしながら笑った。
「あ、私ワインのみたいんだけど、底はなにかのむ?」
「……酒か……。酒はいらないかな。コーラで」
アリスがコップを出して、冷蔵庫に入った大きいコーラを開け、コップに注ぐ。そのあと、グラスとワイン一瓶持ってきた。
礼を言って、コップと、ワインを入れたグラスを当てた。
「乾杯」
コーラを一飲み。爽やかな炭酸が喉を通り、甘さが残る。
底の制止の言葉を聞かず、アリスは酒のつまみを食べながらワインをのみ続け、そして酔った。
まるで猫のように、ごろごろと喉を鳴らし、底に頬擦りをしている。
「アリス」
「にゃーん、にゃに?」
顔も真っ赤だ。それは羞恥からくるものか、酔いからか……強いて言うならば、どちらもだろう。
「いや、なんでもない……」
視線だけを明後日に向ける。底はただ、顔が熱くなってるのを感じた。
大分落ち着いた午後七時。誰かが玄関を叩く。扉を開けて迎えると、妖怪退治を終えたらしい博麗が立っていた。頭には犬の耳が、自己主張激しく揺れ動いている。
「終わったのか?」
「わん! 報酬ももらったし、ついでに紫からコガコーラ貰ったよ」
「ありがとう。嬉しいよ」
肩を抱いて、玄関に招き入れる。尻尾がちぎれんばかりに振られているのを見て、凄く嬉しいんだろうと微笑ましくなるが、尻尾が無くても、博麗は感情豊かだ。他の者にはわからないが、少なくとも一番顔に感情が出る。
「レミリアはどうしたんだろうな?」
靴を脱ぐ動作を眺めつつ、何気なく聞くと、博麗は犬耳をピクピクとさせた。
「なんかロケットがどうのとか言ってたような言わなかったような……。でもレミリアだし、大丈夫よ。なにもないわ」
「それもそうか……?」
みんなの中で、レミリアに対する信頼は大きくなっていた。それも、底の次に信頼は高いだろう。圧倒的強さ、包容力、聡明さ、可愛さ。どれを挙げても最高クラス。底も例外ではなく、幻想郷で一番に信頼しているのはレミリアである。次点で博麗とアリスは同着か。
あとの者は友達や知り合い程度。特に、八雲は友達とも言えないし、知り合いとも言えない。曖昧な関係だ。雇い主とも底は考えていない。
博麗と居間に行くと、腕を組んだアリスがソファーで、まるで瞑想でもするかのようにかたく目を閉じていた。
「どうしたよ、アリス」
「別ににゃんでもない」
恥ずかしいのだろう。口数が少なく、ポーカーフェイスを装っている。
「アリスも甘えたらいいのに……」
「いやいや、二人っきりの時は凄いぞ?」
アリスが高速を超えそうなほど早くこちらに顔を向けた。
「そうなの?」
にやにやとした博麗を見て、アリスはどんどん顔を赤くさせる。そして威嚇された。太股を爪でガリガリと、現在進行形で引っ掻かれている。
ジーンズでは痛くなく、博麗と笑い合っていると、一層力を増せるアリスだった。