東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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アリスと顔合わせ

 

 

 

 今日はアリス。今の時刻は午前八時。前日からアリスに、「明日は大事な用事があるから、朝早くに迎えに行くわね」と言い渡されていた。

 男としてはだらしないが、死んでしまうのだから仕方ない……と思う。まだ、三人には内緒にしてるが、近いうちに言わなければならない。

 そんなことも考えていると、身だしなみは既にととのえ終わり、軽い朝食を作る。簡単に、おにぎりとたまごやき。底はおにぎり二つ。アリスは少食のため、おにぎり一つ。

「お邪魔するわよー?」

 声は遠いが、確かに聞こえる、アリスの可愛らしい声。適当に返事して、皿にたまごやきを乗せた。そのまま盆に底とアリスの食事を乗せ、黒いテーブルに置いた。

「朝食を作ったから食べてから行こう」

「美味しそう! ありがとう。だけど、できるだけ急ぎたかったんだけどな」

 苦笑い。

「ご飯食べる時間はあるだろ? ここじゃそんなに急ぐことなんてそうそうないし」

「そうだけどー。んー」

 少々唸る。

 その間にお茶を用意して、手渡す。その直後、まあいいか、という声が聞こえた。

 アリスの向かいに座った。合掌して、食事を楽しんだ。

 食器が片付け終わった。

 今日はアリスにとっても底にとっても特別なことらしい。アリスも気合いが入ってるようで、服装を気にしている。

 今回は白い洋服に水色の吊りスカート。腰にリボンがあり、頭にもリボン付きの青いカチューシャ。いつもとはどこか違う雰囲気だ。

「この服、私が小さい時に着てたのよ。一応大きさはととのえたんだけど……」

「へぇ。かわいいよ」

 アリスがはにかんだ。

 カチューシャは前にデートしたとき、つけていたものだと底は思いだす。それを言うと、覚えててくれたんだ、と嬉しそうにした。

「さて、どこに行くんだ?」

「霊夢の神社の裏よ」

 気づいた時には聞き返していた。底が知っている限りでは、神社の裏にはただ池と森が広がっていただけだった。

「そこでなにをするんだ?」

 アリスは口に人差し指をつけて、微笑んだ。内緒、ということだろう。

「わかった。なにをするか知らんが、黙ってついていくよ」

 両手を挙げて、“お手上げ”のポーズ。

 満足そうに頷いて、底の手を引いた。待ちきれないようだ。少し待ってもらい、ガスの元栓と戸締まりを確認した。終わった頃にはアリスはご立腹で、口を尖らせていた。

「ごめんって。大事なことなんだよ」

 玄関で謝ると、アリスなボソッとなにか呟いた。聞き取れず、もう一度聞き返した。

「私より大事なの?」

 拗ねた。腕を組んで、プイッとそっぽを向いている。

「いや、そうじゃないんだけど、元栓っていうの閉めないと爆発するし、窓をちゃんとしめないと、泥棒が入るだろ?」

「そんな言葉ほしくない! 今ほしいのは底のキスだけ!」

 底は気づいた。これは怒ってる訳ではなく、ただ怒ったふりをして、底を困らせ、あわよくばキスをしようという作戦だろうと。よくみると、耳まで真っ赤になっている。

「お前それ――」

「して!」

「いや――」

「はやく!」

 どうしても許してくれないらしい。

 目を力強く閉じ、薄く、小さく、桜いろの唇を、キュッと閉じて、つき出している。

 その姿が可愛らしく、眺めていると、痺れを切らしたように、叫びだした。

「もう、いつしてくれる――」

 唇と唇が重なる。アリスの顔は困惑、次に、理解したようで目を閉じた。底も閉じる。時間はわからないが、十秒ほどで離れた。

「ね、底……」

 心なしか、声は熱っぽい。

「ん?」

「これからいっぱい……キスしようね?」

 笑って、もちろんだ、と返事した――。

 

 博麗の神社の裏。森を少し進むと、洞窟があった。横で歩くアリスが指を差す。

「あそこよ!」

 一見しただけではただの洞窟にしか見えない。

「ただの洞窟じゃないか。あれがなにか?」

「あそこに入るの!」

 入ると、暗く、なにも見えない。底の唯一使える魔法で明かりをつくり、進んだ。最奥には赤い服の女性と魔方陣があった。

「サラさん、久しぶり」

 アリスが手をふって挨拶。サラと呼ばれた女性は、三秒硬直してアリスを見つめる。やがて、気づいたように破顔した。

「アリスちゃん!? わぁー、久しぶりねー」

「再開のところすいません。どうも、俺は底です。知り合いで?」

「うん。私の故郷といっていい場所の、門番の人よ」

「あ、私サラ。よろしくね。そういう貴方はアリスちゃんの恋人?」

 サラと握手する。アリスと同時に肯定すると、サラは驚いたように一度、大きく体を震わせた。

「もう以心伝心してるじゃないー! よくやったわね、いい人そうじゃない」

 アリスの肩を叩いた。恥ずかしそうに俯くアリスに、底は微笑む。

「もう、からかわないで! 行くわよ!」

「じゃあ、失礼します」

 一礼して魔方陣に乗ったアリスに見習い、底も足を乗せた。

 サラがなにかを唱えると、魔方陣が光りだした。そのまま暗転して、次の瞬間には景色は変わっていた。

『romantic』『children』と書かれた看板があり、現代の外に似ていて、ビルがある。だが、どこか日本とは違う。“なにか”が足りない。見た目は人間な者や、なにか翼の生えた者、耳が尖っている者など多種多様歩いている。行き交う人々は、手を繋いで歩く底とアリスを、興味深く観察したり、端から眺めている。

「ここは普段、滅多に外の人間が来ないのよ」

「だからこんなに注目されてるんだな」

 そう、と返事をするアリスを横目に、街を一瞥する。

 お洒落な雰囲気のバー、『魔怪』。会社やコンビニらしき店。地面はアスファルトで空は晴天で小さい太陽が街を照らす。

「ここ、外の世界に似てる」

 何気なく前で手を引っ張るアリスに伝える。特に理由はないが、なぜか言いたくなったのだ。

「そうなの? あの人は外の世界を見てつくったのかもね」

 あの人? 底は疑問を抱いた。底を連れてくるということは、やはり誰かに会わせたい、そういうことなのだろう。見せたい景色がある、なんてことでここまで連れてこないだろう、と考えた。

 十分歩き続けると、一つの豪邸が見えた。周りには塀があり、大きい門の前には一人の女性が立っている。金髪で、赤いメイド服の。

「夢子さん、久しぶり」

「……ごきげんよう、アリス。久しぶりね。その男性が例の?」

 底をちらっと横目で。底は一礼して挨拶する。自己紹介も忘れずに。

「ええ、神綺母さんに会える?」

「そうね――」

「アリスちゃん!」

 夢子を遮って間延びした声がする。上から女性が降りてきて、アリスに抱きついた。

「神綺母さん!」

 アリスも女性の背中に腕を回した。

 その女性は美しい銀髪のロングヘアーにサイドテール。肩口がゆったりしている赤いローブを着ており、フリルがたくさんある。

 それから暫く待っていると、女性が底へと向き直った。

「ようこそ、魔界へ。貴方が繰鍛さんね。私は神綺よ。魔界のすべてをつくった、創造主よ」

 そう言って綺麗にお辞儀をしてみせた。後ろでは夢子も腰を曲げている。底も深々と頭を下げ、名乗った。

「それで、繰鍜さんがアリスちゃんの恋人ね」

「そうなの。底、今日は貴方を神綺母さんに会わせたかったの」

 相槌を打つものの、底は必死に頭を回転させていた。

 アリスが神綺母さん、というからには、本当の母ではないのだろう、と推測する。それいがいにも理由はあるが、一先ず置いておく。いまのこの状況は、恋人の家族に挨拶をしている状態。その上母は魔界をつくったと言う、とんでも母さん。私を倒したら交際を認めよう、などと言われたら、一貫の終わりだ。

 冷や汗が流れる。胸が早鐘を打つ。

「む、娘さんを私にください――!」

 笑われた。

 

 笑い声は数分間止むことはなかった。アリスも、神綺も、夢子までも笑う始末。今ではお腹を押さえてぐったりしている。かわいた笑いがいまだ口から漏れている。

「底にしては珍しいわね」

 顔の火照りを感じつつ、なんとか返す。

「間違えたんだって。いや、言うこと自体は間違えてないけどさ。魔界の神様で、アリスの母である人のところへ、俺は心の準備もできずに連れてこられたんだぞ?」

 お腹を押さえるアリスに批難の念を送る。

「ごめんって、怒らないでよー。ね?」

 底の左腕に絡んできて、上目使いで甘ったるい声をだす。

「そんな可愛くしてもだめだ」

 デコピン。

 神綺が、「甘いわねー。コーヒーが飲みたいわ。とびっきり苦いの」と夢子に視線を配る。すると、夢子は一礼して豪邸の中へ入っていった。

「アリスちゃんが幸せそうでよかった。あのとき魔界を去って、ずっと気になってたんだから」

「ごめんね、落ち着いた生活をしたくて。おかげでいま、凄い充実してるわ」

 底のおかげでもあるわよ、とアリスはウインクしてくる。

「あらまっ! すぐ恋人ね! いつからそんな子になったのかしらね」

「まあまあ、神綺母さん。落ち着いてどこかで話さない?」

 腕を組んで明後日の方向をむく神綺を、アリスは肩を叩いて窘み、提案した。

 夢子はいいのか? という底の質問を無視してアリスと神綺は夢子が入った豪邸へと足を向けた。底も後を追う。

 土足でもいいらしく、靴のまま豪邸内に踏み入り、フローリングの廊下を進んでいく。壁にはアリスが今着ている洋服と全く同じ服を着用した金髪の少女と神綺、夢子の大きな写真が飾られており、所々に見知らぬ女性達の写真がある。その中にサラの姿もあった。

 木の扉を開くと、約二十五から三十畳の大部屋に洋風なソファー、布の敷かれたテーブル。床は変わらずフローリングで、およそ六メートルの天井にはシャンデリアがある。壁の至るところに色んな女性、男性、神綺がうつった写真が飾っていた。

 ソファーに座ると、こちらの部屋に来るとわかっていたかのように夢子が人数分の飲み物を持ってきた。

 底のコップには黒く、シュワシュワと音を出す、氷の入った飲み物。仄かに甘い匂いがする。隣に密着するアリスにはワイン。向かいの神綺にはコーヒー。それも色合い的にブラック。

 夢子にはないのかな、と底は思うが、レミリアと一緒にいるときの十六夜咲夜は飲み物を口にしたことがなかった、というのを思い出す。底にはわからないが従者ならそんなものなのだろう。

「まあ、私はいつでも夫婦になってくれて結構よ。繰鍜さんならアリスちゃんを幸せにしてくれるだろうし」

 横目で底へと視線に移す。どことなく拒否権がないようにも思えるが、晴れて神綺から許可を頂けた模様。ただ、ついさっきまでこうなるとは思ってもいなかったが。

「はい。幸せにしてみせます」

 頭を下げる。

「今でも幸せよ?」

「今よりもっとだよ。俺から離れなくしてやる」

「ああ、甘い甘い」

 にやにやした神綺はブラックコーヒーを口にした。そのあと、顔をしかめて呟いた。「苦い……」

 

 窓を見遣ると、もう暗くなっていた。ここにもちゃんと昼夜があるんだなぁ、と何気なく思った。

「いい時間だし、もうそろそろ帰るわね」

「もう帰るの? 泊まっていきなさいよ。“誰も来ない”二人部屋を手配させるわよ?」

 またもにやにやしている。

「ん? いや、いいわよ。誰も来ないってなんか怖いし……」

「あら、わかってるくせにはぐらかすわねー」

「どういうこと?」

 神綺がアリスに耳打ちする。その瞬間、アリスから湯気が出そうなほど真っ赤になった。何を言ってるのか想像がつく底は、知らないふりをした。

「ね! ね! 泊まっていこうよ!」

「だめだよ。まだ早い」

「早くないわよ。愛に時間は関係ないって言うじゃない。ねぇ、夢子ちゃん」

「私に聞かないでください」

 夢子のポーカーフェイス顔も微かに赤くなっている。

 手を繋がれて熱く言われたが、やはり底としては抵抗がある。三人を同じくらい愛しているため、最初はレミリアから、とは言わないし、嫌ではない。底も男だ。そういうのに関心はある。だが、三人はあまりにも美しい――。

「……俺の手で汚すようなことはしたくない……」

 思ったより、声は小さかった。

 底の言葉が神綺に聞こえてしまったのか、神綺の目が底を射貫く。アリスは不満気で口を尖らせる中、底は神綺の視線にたえきれず、俯いた。神綺は睨んでるわけではないことは承知しているが、なんだか責められている気がして仕方なかったのだ。

「まあいいわ。二回目だけど、帰るわね」

「うん、わかったわ、じゃあね。あ、繰鍜さん」

 神綺が手招きする。何事か、殴られることも想定しておいて、耳を傾けた。

「貴方になにがあるのかは想像がつかないけど、好きな人に相談してみなさい」

 それだけ言って、待ってるわよ、と底を押した。疑問は残るが、助言に感謝一礼してアリスと手を繋いで帰った。

 

 暗い森を魔法の《光》で照らしながら歩いて、漸くアリス邸に着いた。

「ほら、着いたぞ」

 アリスは手を離さない。

「やだ」

「なにが?」

「離れたくない」

「なんでだよ。明日も会えるだろ?」

「そうじゃないの」

「どういう――」

「もっと底を感じたいの」

 横に棒立ちするアリスへ口づけをする。不安そうな顔が、安心に変わり、頬は赤みを増す。それを見届けてから底は目を瞑る。

「これじゃあだめか?」

「だめじゃないけど……だめ」

 恥ずかしそうに底の胸に飛び込み、顔を隠す。「一緒に寝よ……?」

 甘美な誘いは底を魅了する。

「ねぇ……そろそろいいでしょ? 底と一緒になりたいの」

 甘い声は脳を麻痺させるようで。

「……だめだよ」

「いいじゃない……」

「……だめなんだって」

 なんとか拒みはするものの、底の心は傾いていた。だが、重大なことを隠したまま、一線を越えてもいいのだろうか、いや、いいはずがない。

「そうよね……私なんかじゃレミリアちゃんたちには及ばないもんね……」

 そう言うアリスは酷く悲しそうで。

「いや、違うんだ……そうじゃない」

「違わないじゃない。キスだってレミリアちゃんたちからって、これだってレミリアちゃんたちから?」

 底の声は届かない。あと一歩なのに。

「違う……」

「なんだかんだ言ってレミリアちゃんたちが一番なんじゃ――」

「違う! ごめん。でも、お前らは選べないほど愛してる……文字通りお前らが生きれるなら俺は迷わず自殺する。いや、したことがある……」

 底の脳裏に映るのは、ある日のこと。

「したことがある……?」

「……この前、お前と一緒にいるとき、急にお前は“死んだんだ”。何故かはわからない。霊夢も死んだことがあるんだ」

「うそ」

「嘘じゃない」

「うそ! じゃあなんで私は生きてるの!? なんでそんな大きいことを覚えてないの!? 可笑しいじゃない!」

 叫ぶ。なにかを発散するように。涙が滴る。

 仕方ないことだ。底の言っていることは荒唐無稽も甚だしいものだ。

「証明はできない。信じてくれなくてもいい。それくらい俺は可笑しい。醜い化け物のようで、人を象ったなにかだ。……詳しいことは明日、皆で話そう」

「……そうやって逃げる」

「でもお前は必ず俺のところにくる。違うか?」

「ずるいわよ……」

 崩れ落ちる。

「惚れた弱みってやつだよ」

「本当にずるい。私が離れないの知ってるくせに……」

「俺も離れないよ。お前が嫌がっても絶対に。でも、明日まで待ってくれないか? 醜い化け物の人生を話すから」

「もう知らない!」

 胸を一回叩かれる。しかし、力は丸っきりこもってない。か弱いその力はいまのアリスを模しているかのように思えた。

 アリスが家まで走って扉を強く閉める。

 底は佇む。十分か、一時間か。気づいた時には午後の十時になっていた。

 明日、大事な話がある、と博麗に言ってから、紅魔館の十六夜咲夜に、レミリアへ伝えるようお願いして、その日は眠った。 


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