東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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レミリアとお家デート

 

 

 

 時計をみる。時計の針は午後三時を指していた。今日は、レミリアが家に来る日だ。というのも、博麗やアリスならば出歩けるのだが、レミリアは日光が弱点なため、日傘をさしてもながい間外にいれない。なので底の家で過ごすことになった。

 紅魔館では十六夜咲夜、フランドールを始め、パチュリーもいるため、底と二人っきりになれないから嫌なのだと言っていた。レミリア自身も外で遊べないことに歯痒い気持ちがあり、前に愚痴っていた。二人で八雲に弱点の境界を弄ってもらおうかと冗談半分に考えたものだ。

 場面を思い返していると、チャイムがなった。来訪者はわかっているので、ソファーから立ち上がり玄関の扉を開く。

 聞こえるだけで汗がにじんできそうな蝉の鳴き声と、夏真っ盛りのカラッとした暑さが底を攻撃する。それらに嫌悪感を抱きながら、扉の前に立っていた日傘で身を守るレミリアに挨拶した。

 今日は黒いワンピース。この前は白いワンピースだった。どちらも可愛いな、などと思っていると、レミリアが腕をさすっているのに気がついた。

「おっと、ごめん。見惚れてて突っ立たせてしまったよ」

 どこか気取った風に本心を言うと、レミリアは上品に微笑んだ。

「嬉しいけどお世辞はなしよ。早くいれてちょうだい?」

 どうぞ、そういって身を退かせた。ばっちりと鍵を閉め、しゃがんで靴を脱ぐレミリア。この動作、底にとっては見慣れたものだ。

 ふと冷房が効きすぎていないか不安になり、レミリアに聞くと、今は暑いから大丈夫、とこたえてくれた。

 廊下でいつも通り手を繋いで居間のソファーに座らせる。お茶を用意し、テーブルに乗せてレミリアの隣に腰かける。

「ねえ、今まで聞いてなかったのだけれど、目が見えなくなったときはどう思った?」

 不意に聞いてきた。視線は下がっている。やっぱり負い目はあるんだろう。

「……正直に言うとずっと目が見えなくなったら嫌だなぁ、とは思ったよ」

「あのときは本当にごめんなさい。私のせい――」

 でもさ、と遮る。

「俺はレミリアがいたから怖くはなかったよ。実際、お前の顔を見れなくなるのは嫌だって思ってたのも大半だったし。それに、お前なら絶対治してくれるっていう安心感があった」

 綺麗な深紅の瞳が真っ直ぐに向けられる。

「そんな根拠はないのに?」

「ないな」

「なにそれ」

 くすくすと笑う。嬉しさに比例したのかはわからないが、背中の小さな羽がパタパタ動いている。

「実際治って、お前に対する信頼は最高になってたな」

「あんなことをさせたのに?」

 今度はこちらから真っ直ぐ見つめた。

「それでもだ。戦ってる間にお前が好きになった」

「そう」

 なおも嬉しそうにした。二人で小休憩にお茶を飲んで潤す。「私は運命を視たときにはあなたが頭から離れなかったわ」

「ほう。なんでだ?」

「わからないわ。ただあなたが無限とも思える運命を持っていることに惹かれたのかもしれないし、ただ一目惚れをしたのかもしれない」

「そうか、嬉しいよ。ただ、目を治すときに行った場所がよくわからないんだよな。『永遠亭』だっけ?」

「ええ、永遠亭。迷いの竹林っていう場所にある屋敷よ。兎の妖怪? や人間が居たわ。とても不思議なところだったわ」

「今度行ってみたいな。怪我はなしでな」

 そうね、というレミリアの言葉に、底は頷いた。

 お茶を飲み、一息つく。

「少し寒いわね」

「ごめんごめん。冷房消しておくよ」

 立ち上がろうとすると、レミリアに腕を引っ張られた。意外にも強い力で、レミリアに抱きついてしまった。勿論意図的にした行為ではない。

 嫌ではない。むしろ、嬉しいことではある。恋人であるレミリアも、嫌ではないだろうと底も思っているが、まずいのではないだろうか。最終的にそう思い、謝って離れようとするが、底の胸に顔を埋めるレミリアの、くぐもった声が聞こえた。

「このままがいいわ。凄く温かい」

 顔をあげるレミリアの表情は、色気があった。思わず高鳴る鼓動。ばれていないか心配になるが、聞けるはずもない。

「心臓の音が落ち着くわ」

 聞こえているらしい。そういえば、人の心音は落ち着く音、という話が頭を過った。なんでも、胎児の頃にずっと聴いていた音らしく、無意識のうちに落ち着くのだと。しかし、それはさておく。

「レミリア、この体勢、ちょっと辛い」

 そうだ。立ち上がったところで倒されたから、からだが斜めになって腹辺りが辛いのだ。

「あら、ごめんなさい。じゃあ普通に座って手を広げて」

 意味ありげな表情。言われるがままソファーに座った。すると、レミリアが底の足に横向きに乗り、底の正面に抱きついた。

 その行動に底は唖然としてしまい、反応が遅れる。

「ちょっとはしたないけれど、二人っきりだからいいわよね。ねぇ、抱き締めて?」

 少し上気した顔、上目つかいでねだるレミリア。理性を壊れないようにつとめ、細く、弱々しいからだを底のからだで包む。いつもは大きい翼も、今は小さい羽になっている。よって、邪魔にはならない。まあ、底にとってはその翼も愛らしく感じてならないのだろうが。

 胸の鼓動を悟られないか再び心配していると、胸の辺りから寝息が聞こえてきた。もしかして――とレミリアの名を小さく呼ぶと、案の定返事はなかった。

 寝てしまった。言ってしまえば、底は座っている。起こすのも忍びないが、このまま何時間もソファーに腰かけたままならば、流石に辛いだろうと溜め息を吐く。覚悟を決めるか、底は腹をくくった。

 

 あれから三時間、ちょうど、六の線に針が動いたところだった。

 底のからだにすっぽりと埋まっていたレミリアが身動ぎし、漸く起きたようで、顔をあげた。

「おはよう」

「寝ちゃったわ……ごめんなさい。辛かったでしょう?」

 言い終わると、すぐにおり「お手洗いを借りるわ」といってパタパタと足音をたてて廊下に向かった。

 底は立ち上がってからだを伸ばす。小気味良い音が鳴り、立ったままコップに入ったお茶を一気飲み。

 窓から差していた太陽の光で氷は溶け、少しぬるくなっていて、おまけとばかりに氷の水分でお茶は薄くなっていた。

 帰ったらお茶を飲むのではないかと思い、レミリアのコップのお茶を流しに、洗ってからもう一度二人分のお茶を注ぐ。

「寝てしまったせいで大分暗くなってたわ」

 背後で声。振り返るとレミリアが窓を眺めていた。

「そうだな、今は多分六時五分くらいじゃないか?」

 体感ではそれくらいだったが、時計をちらりと横目で見ると、十分だった。

 二つのコップを持ち、レミリアに手渡すと、レミリアが礼を言って飲んだ。

「ねえ、今から外に行かない? 別にどこかって訳じゃないから庭や家のすぐ側でも良いのだけれど」

「いいよ、行こう。どこかはレミリアに任せる」

 地面に座れるように、棚から二畳程度の、無地のレジャーシートを持っていく。

「じゃあすぐそこの広場にいきましょう」

 レミリアがある方向を指差した。底は快く了承して、レミリアとお茶の入ったコップを片手に扉を開けた。

 少ない段数の階段を下り、小さい門を開く。二人で家の裏に移動する。コップをレミリアに持ってもらい、レジャーシートを青草の上に敷く。持ってもらったことに礼を述べて、レミリアと腰をおろした。

 大きい満月が浮かび、満天の星空が広がっていた。二人で感嘆の息を吐いて、耳をすますと虫達の合唱が聞こえた。

 目の前に木の柵がたてられており、その奥には森があった。木々のざわめきが演出されている。どれも夏独特の雰囲気で、底がいままで味わったことのないほのぼのとしたものだった。

「ここに来たときは、こんなに充実した生活が送れるとは思わなかったな」

 お茶で口内を潤した。

「私もよ」

 肩に、レミリアの頭が乗せられた。次に、腕にレミリアのからだが絡まる。

「まあ、異変の時はそうでもないけど」

 底が苦笑する。「ただ、それは仕事だからな。俺の生活やその他諸々が報酬になってるから、弱音を吐くわけにはいかない」

 視線はたえず森に向かっている。

「……私としては安全に暮らしてほしいのが本心だけれど、なんなら紅魔館で住んでもいいのよ?」

「いや、遠慮する。迷惑になりっぱなしだし、なにより、これでも紫には感謝してるんだ」

「なんで?」

 甚だ疑問だとでも言いたげに、表情を変えてこちらを見てきた。

「お前たちに会わせてくれたからさ」

 底の一言に解せたようで、「ああ、その点にはまあ、感謝しかないわね」と同調した。

 底自身もわからないが、仮に、八雲に裏切られたとしても、非難はするが、嫌いはしないだろうと底は考えている。三人とひきあわせてくれたのは紛れもなく八雲であり、生活も保障されている。感謝こそすれ、恨むことはできないだろう。

「なあ、レミリア」

 森の上に浮かぶ大きな月から、もたれるレミリアに顔を向けた。

「なに? 底」

 頭を肩から離し、底の顔に視線を移した。

「目を――瞑ってくれないか?」

「ん、いいわよ」

 目を閉じた。月に照らされたレミリアはこの上ないほど美しく、綺麗だ。

 底はレミリアの顎を持ち上げ、口づけをした。何秒、何十秒、何分にも感じるほどの至福。レミリアの小さな鼻からあたたかい、熱のこもった息がもれる。

 唇を離した。

「レミリア、愛してるよ」

「私も愛してるわ」

 笑いあう。それはまるで、恥ずかしさを紛らわすかのように――。                             


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