まず、自己紹介することにした。白い髪の少女は魂魄妖夢、青い死装束をまとった女性は西行寺幽々子と名乗った。この女性が前回異変をおこした亡霊なのか、とレミリアは思った。二人とも傍らには霊らしきものがいる。
霊夢は親しそうに八雲紫と、アリスは魂魄妖夢に人形のことを聞かれたようで、話していた。だが、レミリアはどうすればいいかわからなかった。西行寺幽々子と話そうにも、さっさと異変を終わらせ、底といたいっていうのが本音ではある。
なにやら霊夢が騒いでいる。どうしたのかレミリアが聞くと、「紫が底を異変の犯人のところまで連れていったらしいのよ」と慌てぎみに言った。
その瞬間、レミリアとアリスが構え、一瞬遅れて霊夢、魂魄妖夢が構えた。
「どうやら、やることは決まったようね。霊夢、アリス、勝つわよ」
「当然!」
二人が返事した。言葉を聞いて八雲紫と西行寺幽々子が扇子を取り出した。武器は扇子のようだ。
結果は、辛くも勝利、といったところだった。やはり幻想郷の賢者という二つ名は伊達じゃなく、弾幕ごっこでなければ一瞬で殺されていただろうと思えた。それも、勝てたのは霊夢のおかげだろう。
――だが、レミリアは一つ気になる点を消化しきれずにいた。弾幕ごっこの最中、八雲紫が謎の笑みを浮かべていたのだ。いつも胡散臭くはあるのだが、それではない。まるで、なにかを見て、笑っているかのようだった。純粋に面白がっているかんじの――。
西行寺幽々子と八雲紫は弾幕が当たったにも関わらず、無傷で余裕そうだ。だが、魂魄妖夢は、すべての攻撃を受けたのでは? と思えるほど満身創痍。なぜそんなにボロボロなのかは八雲紫と西行寺幽々子が知っているのかもしれない。八雲紫が笑っているのもそのせいだろうか。そこまでレミリアは考えていた。
だが、レミリア達にとってそんなことは些細だった。安全だと思って家に帰したことが、裏目にでたのだ。
これなら家に帰さなければよかった……、しかし、いまさら悔やんでも後の祭り。これから八雲紫に底の居場所を聞かなければならない。
と、そこで、どこからかレミリアの聞き覚えのある音が聞こえた。立っていたのは底だった。酷く疲れた様子で、汗を滝のようにながし、息は乱れ、なにかに追われているよう。レミリアは、無意識のうちに底の名を口にしていた――。
残りの一秒で説明をしなくてはならない。とりあえず、なにか喋ろう、と口を開いた。
「レミリア、アリス、霊夢――」
「捕まえたぞー」
首をへし折られた。
「うん、もうちょっと言葉を絞ろうか」
「あんたなにいってんだい」
どうやら、前回の伊吹萃香はレミリア達に気づいていなかったらしい。恐らく、離れ過ぎていたか、関係のない者だと思われたのか。
約三回死にながらも、なんとか同じ場面を作れた底は、残り一秒の時点で真ん中の博麗と、向かって右にいるレミリアの手を握り、どこにいるかわからない伊吹萃香へと叫んだ。
「伊吹萃香、この三人は俺の恋人だ、鬼ごっこは俺の勝ち。次は普通に戦おうぜ」
八雲紫は扇子で口元をかくして目を細めていた。魂魄妖夢はいきなりやって来た底に警戒しているようだが、底からしたら、眼中にない。どうでもいいのだ。思うことがあるならば、邪魔をするな。それだけだろう。
伊吹萃香が姿を現した。魂魄妖夢は警戒を強め、八雲が消えた。
「そうかい、その三人が……。あんた、やるじゃないか」
品定めするように三人を見た。「でも、居るのがわかっているかのように一直線だったね? まあいいけどさ」
レミリアがいち早く状況を察知して、構えてくれた。それに習うように博麗とアリスが戦う準備をした。
「三人とも、説明してる暇はない、すまないが一緒に戦ってくれないか」
懐の銀色の玉を刀に変えた。
「わかったわよ、なにも聞かない。あなたが無事だっただけで私はそれでいい」
「そうね、私たちの底を独り占めしてた罪は重いわ」
「まあ、あとで訳を聞かせてよね」
三人の返事を聞き、伊吹萃香が指の骨をバキバキと。
「仲がいいようで。でも、何人萃まってもこの鬼の力には敵わないよ」
小手調べか、レミリアが妖力の槍を投擲した。無拍子で拳を突きだし、消し去る。
そんなもんかい? という伊吹萃香の問いに、レミリアが悔しそうに唸った。
いつのまにか伊吹萃香の背後には、人形が忍んでいた。手にはナイフ。両手で掴み、ふりおろした。
それを合図に、底が高速で動く。レミリアと博麗も動いていた。それぞれの武器を手に。
底が一番はやく伊吹萃香の元にいて、背後のナイフを弾いていた伊吹萃香に袈裟斬りをした。その攻撃は角に当たり、蹴りで吹っ飛ばされる。
レミリア達が底の名を呼び、動きが止まるが、飛ぶ底の、絞り出した声に動きを再開させた。
墓に激突して、やっと止まった。だが、寝ている暇はない。すぐさま起き上がり、空を飛んだ。そして、伊吹萃香の真上まで移動した。
三人の連撃に手一杯で、伊吹萃香は底の存在に気づいていないらしい。絶えず、攻撃しているのだ。レミリアは身の丈以上に長い槍で、博麗は拳と足で、アリスは人形と魔法で。だが、それでも伊吹萃香の本気には敵わないらしい。流石、自らを強いと豪語するだけのことはある。
底たった一人じゃ手も足も出ないわけだ。空から傍観して、酷くそう思った。
刀を、変える。刀から変えるのははじめてだな、などとどうでもいいことを考えながら。刀は、やがて刀身の大きい、言うなれば大剣をつくりあげた。
たったいま考えた、底の攻撃にはどうしても重く、大きいものが必要だった。それも、切り裂きではなく、重量で目的物を叩き潰すような――。大剣は底の身長くらいありそうだ。頼もしい。
重いが、これで終わると考えれば幾分か気分が軽いものだった。
これで終わらせる。それを心に、自然落下した。やはり剣の重量が勝っているらしく、体を置き去りにして、剣が引っ張るように落ちていく。なんとか体を安定させて、伊吹萃香の脳天目掛けて剣をおろす。伊吹萃香なら確実に避けるだろう。避けなくても次回に託す。
アリスがなにかを言うと、三人が離れる。その動きを見て、底の存在を忘れていたことに気づいたらしく、底を捜すように四方を窺う。そして、空を見た。
急ぎ、避ける動作をした。
――手に堅いものを叩き切ったような感触。血はなかった。視線を避けた伊吹へと向けると、伊吹萃香が酷く困惑したような表情をしていた。
嫌な予感がして、さがったレミリア達のところへ、その場に剣を置きざりにして、さがる。
よくみると、地面に白い棒状のなにかが落ちていた。再び動かない伊吹萃香へと向けると、頭に手を這わせ始めた。
手が角の部分に行くと、判明した。
――伊吹萃香の角を折ったのだ。
まさか、逆鱗に触れたか? と底が危惧していると、伊吹萃香はへたりこんだ。
底達の間で、無言のやりとりが行われていた。
ここからどう攻撃するか、これで勝ったのか、本気にさせてしまったか。そんななかで、か細い嗚咽が聞こえ始める。
四人がギョッとした。辺りは鬼の泣き声が響く。
いつのまにか魂魄妖夢、西行寺幽々子がいなくなっていたことに気づく。だが、やはり重要なことじゃなかった。
「ど、どうしたんだよ伊吹!」
焦りながら底が聞くと、嗚咽混じりにこう言った。
「角が折れた」
「そ……そうだな」
そこからまた泣き出してしまった。
どうしたものかと考えていた五分後、ようやく泣き声が止んだ。
「角がないといつもどおりになれないの……」
容姿相応とはこのことなのだろう、と底は思った。しかし、そんな考えは捨てて、おどおどしている伊吹萃香に、優しく言った。
「ごめんな。あまりに強くて、まさかそんな弱点があるとは……。いや、まあ、紫が治してくれると思う。うん」
言い訳を遮り、元通りにする方法を話した。八雲か永遠亭ならば、治してくれるはず。それを話すと、伊吹萃香の元気が少しだけ戻った。
なんだかなぁ。と底は調子を崩された。あれだけ自分に自信を持っていた伊吹萃香が、角を折られただけでこの変わりようだ。手は胸に、常に泣きそうに、誰かが動くと妙にビクビクして。その姿はまるで、いじめられている仔犬のようだった。あの鬼はいまや、見る影もない。
至急、八雲の名を呼び――その間も伊吹萃香は体を震わせていた――八雲が現れるのを待つ。しばらく待ち、スキマでやって来た。
「なにようかしら」
なぜか若干顔が赤く、息も切れている様子。
角が折れたことを説明すると、顔をにやけさせ、伊吹萃香を凝視する。
視線にたえきれなかったらしく、底の後ろに隠れて服をつかんだ。端から見ると兄妹と思われるであろう構図ではあるが、隣にいる博麗の、伊吹萃香へ向ける顔が危険だ。今にも噛みつかんとしている。
博麗の頭に手を置いて、我慢させる。
手まで舐めだしそうなほど嬉しがってるが大丈夫なのだろうか……。そんな言葉を飲み込んで、八雲の反応を窺う。
「いいわよ。底も頑張ってくれてるようだし」
言い終わる瞬間に、伊吹萃香の角が元通りになっていた。光とかの飾りは無しである。なんともお粗末な。そう考えた底であった。