「なんだよ一緒じゃないか」
気がつき、明らかに落胆した。
「なにがだい?」
「いや、なんでもない」
が、すぐに無表情に戻した。
「私は伊吹萃香だよ。いきなりやってきてがっかりとは、妙な子だね」
「すまないな、俺は繰鍛 底。この異変を止めにきた。だから戦ってくれ。因みに戦いは弱いから手加減してほしい」
「なんだいなんだい。まあ、私からしたら皆弱いかな。なんたって鬼だからね」
これは、いままでと違う展開じゃないか。と底は顎に手をやり、思う。なんだか今回は勝てそうな気がする。なんだかわからないけど。
幾分か気持ちは楽になったようだ。
再び挨拶して、二人とも構える。
伊吹萃香は、ファイティングポーズのような構えだ。ただ、それは決してきれいな構えかたではない。崩し、対応しやすいであろうものだ。自分からは動かない。お前から来い。そう、瞳が訴えていた。
下段に刀をやり、ゆっくり、徐々に速度をあげていく。半分まできた頃に、足に雷をつけ、高速で斬りかかる。
火花が咲いた。
「――あんた、嘘吐いたね……?」
止められてしまったのだ。渾身の攻撃であり、尚且つ最高の攻撃を。
伊吹萃香の顔には、『怒』が浮かんでいた。
鉄と鉄が音楽を奏でる。
「別に嘘は吐いてない。俺は戦いが得意じゃないし、弱いと思ってる。いや、弱い」
「確かに、嘘は言ってないね、そこは謝る。でも、卑怯じゃないかい?」
刀を手首の鉄から離し、底が退いた。
「勝手に油断したのは君だ。とやかく言われる筋合いはない。それに、俺は命を何十とかけてるんだ。負けられない」
「どういうことかは知らないけど、いまはあんたと話ができない、ってことがわかったよ。お仕置きしてあげる」
指の骨をならし始めた。合図だ。これから少し力を出す、という合図。
「鬼のお仕置きとは、勘弁願いたいもんだ――な!」
底が焦げを作りながら、縦横無尽に高速で動き回る。もちろん、錯乱目的。横から炎の球、背後から水、上から雷を落とし、下から土が足を束縛する。
それら全ては伊吹萃香に消される。力づくで。わかってたことではある、これは想定内だ、と思い聞かせる底。
五分もの永く感じる時間を経て、底は霊力と集中力が尽きつつあった。それもそうだろう。休みなしに炎、水、雷、土で攻撃しているのだから。ただでさえ雷を使って高速で動いているのに、色んなことに目を向け、頭を使っている。霊力とともに、集中力も尽きるというもの。
「小賢しい、ねぇ。そろそろ鬱陶しく思えてきたよ」
底からは繰り出される攻撃を捌き、消しながらも不意に、溢した。雷の轟音があるなか、その言葉は何故かはっきりと聞こえた。底は聞こえはしたものの、これからなにをするか全く予想出来ずにいた。手一杯なのだ。考える暇がない。
霊力も残り一割をきった。これ以上霊力を使うと、絶望的になってしまうことは容易に考えられる。そこで、賭けに出ることにした。いま、伊吹萃香は苛立っている。この作戦の成功は、勝利。失敗は死。非常にシンプルである。
動きを止める。
「限界だろう? やっとお仕置きされる気になったのかい?」
「冗談」
極度の運動をこえ、息切れと動悸、汗は激しい。だが、そんなことを言ってはいられない。
てのひらに、バスケットボール並の大きさをもった炎の球をつくりあげる。密度は残念ながら、カスカスではあるが、伊吹萃香に当たれば、温かい、などと涼しそうにするだろう。しかしそれが狙いではないのだから、良しとする。
投げた。そして――追うように走る。
伊吹萃香の足を土で捕縛する。視認すると、飽き飽き、といった風に拳を引いた。
炎は伊吹萃香の目と鼻の先。あとたった約二メートルの距離で、底が刀を振り上げ、伊吹萃香が拳をつき出す。轟音がした。
――炎の後ろに、底は居なかった。
伊吹萃香が気づいたように急ぎ、上半身を斜めに傾けた。
――――カンッ!
甲高い音がした。伊吹萃香の背後には、底が袈裟斬りを行っていた。当たったのは、伊吹萃香のねじれた左の角。咄嗟に伊吹萃香が体を傾けたため、横に伸びた角に当たったのだ。
炎の後ろに追尾していた底は、足に雷を付与して伊吹萃香の背後に回った。そして攻撃したのだ。上手く大きい炎の球に隠れた。刀を振り上げたのは、次の動作のショートカットと、フェイントの役割を補っていた。
「大事な角を攻撃したな? ――殺す」
底の刀の刀身は、伊吹萃香の角の根本近く、半分まで埋まっている。急いで抜こうとするも、抜けないし、もう遅かった。
伊吹萃香の短く、小さい足からは想像出来ないほどの豪力で、後ろを向かずに蹴られた。ちょうど膝辺り。
膝の骨が割れ、肉を断ち、骨が露出する。ひきつる呼吸。決して暑くはないのにわき出る汗。右足から噴出する血。一瞬息がつまり、悲鳴が挙がった。
殺気。伊吹萃香が転がる底の腹に足を置き、転がれないようにした。
「随分情けないじゃないかい。さっきまでの威勢はどうしたんだい! えぇ!?」
大きく吼えた。「一思いに殺ってやるよ。あんたも苦しみたくないだろ?」
応えは、新しく型どった刀だった。
弱々しくも右腕で振られたそれを、手で受け止める。
「なんのつもりだい」
途切れながらも、息をひきつらせながらも、なんとか口を動かす。
「俺は、死んでない。それが全てであり、いまできることは、仕事をこなすことだけ。もう死を想像できる展開になっても、俺は死ぬまで抗う。それは俺が決めたルールでもあり――」
「長い。そんな御託はいい」
伊吹萃香が底の頭を踏み潰した。弾ける血と脳と骨。目だったもの。それらを見下し、一瞥して、吐き捨てる。「どうせ死なないんだ、これくらいは痛い目を見てもらわないと」
「言わせろよ」
「なにがだい?」
疲れた表情でそう呟くも、いまの伊吹萃香には一切わからない。
「なあ、その瓢箪なにが入ってるんだ?」
「お、これは酒だよ。酒虫が入っててね、少しの水で大量の酒を作ってくれるんだよ。これがないと私は生きてけないね。絶品かはさておき、そこらの酒よりよっぽどうまいしいつでも呑める。最高だよ」
いきなり饒舌に話し出した。楽しそうに。
「のましてくれ。普段呑まないが、のまないとやってられない」
底が近づいた。快く受け入れ、瓢箪を渡す伊吹萃香。お前に警戒心はないのか、呆れた底だが、鬼が警戒する者なんぞ、相当なものだろう。
一気に口に流し込む。
豪快な飲みっぷりに大喜びする鬼。
結果、吐いた。
「あ、そういえばこれ、度数が凄く高くて、人間がのむと大変な事になるらしいよ」
「先に言ってくれよ……」
咳き込み、非難するが、その声は焼けたようにがらがらだった。だが、言ってしまえばいまのところ声以外に異常は見られないし感じられない。
酒を飲んでしまって、たたかうのは辛いだろう。そう思い、少し話す事にした。
「あー、酒のんだら異変とかどうでもよくなったわ。なんか面白い話ないか?」
愉快そうに笑い、そうだね、と一呼吸置いてから、「あれは何百年前だったかな」と語りだした――。
「なんてことがあってね。あいつは強かったよ。四天王のうちの一鬼を殺したんだから。まあ、最終的に勝ったのは私だけどね!」
「ほー、そいつ本当に人間だったのかよ。なんか信じられないぞ」
「いやいや、ほんとだって! 信じてよ」
伊吹萃香が話はじめて二十分経った時。
底の後ろの、なんとか目視できる程度には遠いところから“紅い十字架”のようなものが窺えた。底が確認して、それは判明した。
「レミリア……?」
そう、紅い十字架は、レミリアのスペルカードのうちの一つ、『不夜城レッド』と言う技そのものだった。
「お、なんだいなんだい、『これ』かい?」
真剣な表情で消えた紅い十字架が出た場所を見ていると、後ろでニヤニヤと小指を立てた伊吹萃香が茶化した。
「そうだ。恋人だ」
「あ、認めるのか、なんだ、つまんないのー」
あたふたするところを想像していたのか、口を尖らし、両腕を後頭部につけた。
その仕草を横目に、底は考え込む。
――あれから何分経った? 多分三十分以内だとは思うんだが……。それなら、協力を頼もうか。だが、こいつは逃げるのを許さないだろう。
ちらっと、酒を煽る伊吹萃香を見る。酒をのむのをやめ、ピースサインでニコリと笑った。
――前回とは大違いだ。こんな機嫌がいいのははじめてだな。これなら逃げるまでいかなくても、レミリアのところまでいけるかもしれない。
とは思うものの、可能性は〇ではないので、試してみることにした。
「なあ萃香、俺、酒を飲んじゃってあまり上手く戦えないからさ、助っ人をよんでもいいか?」
「だめだよ。私は楽しむのも好きだけど、気に入ってる人と戦うのも凄い好きなんだ。あいつから話を聞いて、私は底に興味が出たのさ。それに、私は底を気に入った。だからだめ」
あいつ? と疑問に思うが、それらは異変が終わってから話せばいいだけだ。と疑問を飲み込む。
「どうしてもか?」
「どうしてもって言うなら、機嫌が普通の時に言ってね。多分その時なら楽しんで戦うだろうから」
これは良いことを聞いた、と頭のなかでプロットを組み込む。
――まず、今回は戦うこと以外は許可をもらえないはず。なら、戦い、死ぬ時は死ぬ。次回でレミリアに会いに行こう。
とは考えるが、今回も、大人しく死ぬ訳ではない。だが、攻撃出来るかは別である。
言うだけなら簡単だが、五分後――加減できなかった伊吹萃香の攻撃で死んだ。