東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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繰り返す死

 

 

 

 藍に殺されてから更に四回死んだ。つまり、十五回目だ。

「繰鍛 底。突然だが、能力を教えてくれないか? 俺は『天才になれる程度の能力』」

「私は伊吹萃香だよ。いきなりだね、まあ、公平じゃなくなるから言うけど。『密と疎を操る程度の能力』だよ」

「密と疎?」

「簡単に言えば密度のことさね」

 なるほど。と底は納得した。ぱっときいて、『密と疎を操る』なんて言われてもわからないじゃないか。底は心で悪態をつくが、同時に、胸のうちがすっきりした。

 なんせ、伊吹萃香が消えたりしていた理由が漸くわかったのだから。

 

 底の『天才になれる程度の能力』は文字通り天才になれるというものだ。

 底がここまで頑張れるのと、すぐに霊力等を扱えるようになったのはこの能力のおかげでもある。

 もうひとつの能力は『死に戻る程度の能力』だ。こちらも文字通りである。今のところ、天才の能力は紅魔館の住人、魂魄妖夢、八雲、博麗と霧雨、アリスには言っているのだが、死に戻る能力は誰にも公言していない。そう、誰にも。

 

「そうか。待たせて悪かったな。やろう」

「あんたと戦うのを楽しみにしていたよ」

 両者構えた。底は刀を、伊吹萃香は瓢箪の紐を持ち、振り回し始めた。

 底が足に雷をやり、高速で伊吹萃香の背後にまわり、刀を下ろす。伊吹萃香はわかっていたかのように回していた瓢箪を上手い具合に刀に絡ませ、刀を遠くに飛ばした。

 だが、底もやられてばかりではない。雷をまとわせていた足で、伊吹萃香の腹を前蹴りする。

 見事当たり、伊吹萃香は一瞬体の動きを止めた。

 ――底にはその刹那の隙だけでよかった。

 足から手に雷を移し、両角を掴んだ。底の思惑通り、伊吹萃香は体を震わした。

 これは勝てるかもしれない……! そう期待が出来た時。

「こんのっ!」

 伊吹萃香が唸った。そして、拳を振り抜く。底の腹部に。

 角を掴んでいたため、防御することの出来ない底は、内臓が傷ついてしまったのか、血を吐くこととなった。

 底の攻撃は中断される。底の怯んでいる隙に、伊吹萃香は足払いをして転ばせたあと、底の顔面に拳を落とした。

 砂埃が底の姿を消す。

「あ、加減できなかった」

『なにか失敗した』ということに気づいたような声を挙げた。

 おそるおそる、といった風に伊吹萃香が拳をあげた。

 ――顔面から夥しいほどの出血を流す底がいた。

 あっちゃー。と伊吹萃香が額に手をのせた。

「やっちゃったなぁ……。まあ死なないって聞いてるし良いよね。さて、次は誰が来るかなー」

 

「繰鍛 底。最初から本気で戦ってくれ。手加減は嫌いなんだ」

「伊吹萃香だよ。なんだい、いきなり。まあ、あんたは死ななそうだし、いっちょやりますか」

 伊吹萃香が首の骨と、手の骨を鳴らした。体に影響はないのか疑問に思うほどではあるが、底はそんなこと気にならなかった。

 繰り返して十六回目。未だ糸口が見えずにいた。自暴自棄になって、ついさっきのような発言をしてしまったのだが、よくよく考えると、これもどれくらい手加減をしているか確かめる良い機会をつくれた。とポジティブに捉えるようにした。

 本気の小手調べとして、底は刀に水をつけて振った。水の刃が飛ぶ。しかし、それは前回と同じく、水を浴びせる目的のものだ。

「女子に水を浴びせるとは何事だい。おかげで酔いが覚めちまうじゃないか」

 そう言って、前髪をかきあげてから瓢箪を口につけ傾けた。

 そんな伊吹萃香をよそに、底は雷の球を投げる。

 瓢箪を口から離し、息を吐いて拳を前につき出す。腕の動きは見えない。それほど早く動かされたのだ。

 底は驚愕した。無理もない。なんせ、伊吹萃香の拳をうけた雷の球は消えて無くなったのだから。

 拳圧、といえるのだろうか。定かではないが、少なくとも、底には拳だけで雷を消したように見えた。

 底の表情を見た伊吹萃香は、得意気に、しかし、見るものが恐怖するような笑みを浮かべる。大きい月を背に、三日月のような口に変貌させ、両手を左右に広げ、嗤っている。

「怖いかい? 私はこれでも本気を出してないよ」

 底の喉が鳴る。それは恐怖からか、はたまた後悔か。いや、どちらもだろう。冷や汗を流す底からは、『あんなこと言わなければよかったかも』と思っているのが容易に感じ取れる。

 恐怖を煽るためか、ゆっくりと歩く。一歩。また一歩。底も退く。一歩。二歩。

 やけくそだ、そう呟き、出力過多な雷を足に、駆けた。地面に弦じみた一筋の焦げをつくり、素人がエレキギターを適当にかき鳴らしたような騒音が辺りに響き渡る。

 次の瞬間には底が伊吹萃香の背後で袈裟斬りしていた。なのだが、やはり届かない。腕を挙げ、手首の鉄が刀の動きを止めたのだ。

 

 このやり取りは以前からも何度かあった。だから、前回などでは真下に刀をやったこともあるし、斜めから、横からも刀を振った。だが、ことごとく止められてしまう。

 底の刀が伊吹萃香の体に届いたことは、一度もない。寧ろ、何回戦っても攻略できないし、光も見出だせていない。

 最初レミリアは完全に油断していた。だからそこを突けたが、伊吹萃香は油断していないし、ある程度最初から力を出している。なので、予想外の行動を底がしても、柔軟に対応できているようだ。よって、隙がない。あっても、鬼の耐久力と余りある力がそれを打ち消しているらしい。

 

 刀が止められ、流れるような蹴りを繰り出した。足を片手で掴まれる。体は地面に倒れ、片足だけ上がっている状態だ。

「刀は当たらない、足は掴まれる。次は何をする?」

 顔に似合わない、悪どい顔をして、俯く底に問いかける。

「足を掴まれた、ねえ」

 にやり、と笑った。

「なにがおかしい? 私は今すぐにでも足を握り潰すことができるんだよ?」

「それは怖い。でも――」

 これはどうかな? という声とともに足に雷をやった。

 伊吹萃香の唸り声が聞こえる。それは苦しそうに。だが、それと同時に、どこか余裕がありそうに口を緩めた。

 途切れ途切れに声が絞り出される。

「面白いじゃないか、なら、どっちが先に根性で負けるか勝負だ」

 底が怪訝に思った時、握られている足首から、軋むような痛みを感じた。伊吹萃香が握る力を強めたらしく、底が歯を食い縛り、必死に耐えている。勿論、雷はながし続けている。底としても、意地でも雷を消しはしないだろう。

 いままでではじめての展開なのだ。この好機を逃すわけにはいかないのだろう。足の骨が粉々になってしまっても、千切れてしまっても、雷を止めない勢いだ。

 底が悲鳴を挙げる。

 伊吹萃香がまた、途切れ途切れ声を絞り出す。

「あんた、このままなら足使えなくなっちゃうよ? ただの人間なんだから、無理しないでこの雷を止めなよ」

 伊吹萃香も、悲鳴を挙げはしないが、相当電撃が体にきているようだ。

 底の頭ではもう、止めたい、楽になりたい、こんな我慢しないでも次があるんだから諦めて良いのではないか、そんな考えが埋め尽くされていく。苦痛と、ある程度集中しないとできない雷のコントロール。悲鳴を挙げていれば、多少は痛みが紛らわれていた。

 ――ついには、底の足首から耳を塞ぎたくなるほどの、骨が砕ける音が鳴った。一際大きい悲鳴。涙。だが、雷は依然として消さない。

「本当に止めないと知らないよ!?」

 砕いた感触が直にきたであろう伊吹萃香。これ以上は足がどうなるかわからない、そう言いたげだった。

 その声は届かず、なにかに取り憑かれたように叫びながら雷を足に流す。もはや、底はなにも考えられていなかった。あまりの痛みで、思考が勝手に放棄されているのだ。

「あんたは、狂ってるね。頭おかしいよ……」

 悲痛に顔を歪ませた。掴んでいる足を、一度振り回し、遠心力の要領で地面に底の背面を叩きつけた。その際、頭を強打した。

 動かない底。雷は止んだ。地面に染み込んでいく赤色の液体。息をととのえるが、震えの余韻が止まないなか、誰にともなく言う。

「こいつは……人間だよね……? 死んだ? いや、死なないらしいし、いいか。疲れたから宴会しよ」

 

 また死んだのか……。底は落胆した。なにがあったのかは思い出せないみたいだが、ここにいるということは、そういうことなんだろう、と納得する。

 瓢箪に口をつける伊吹萃香をよそに、底は、『あのとき、雷を消していたらどうなったんだろう』という、疑問を抱いた。

「繰鍛 底だ。最初から本気を出してくれ。手加減は嫌いなんだ」

「伊吹萃香だよ。なんだい、いきなり。まあ、あんたは死ななそうだし、いっちょやりますか」

 ――疑問を解消するため、実行に移した。前回と同じ事をして、同じ話をしたら、前回と同じように伊吹萃香は動くはず。そう思ったのだ。

 

 何度か死んでしまうということもあったが、漸く足を掴まれ、根比べをする場面までやってこれた。

 底の悲鳴が聞こえる。伊吹萃香のくぐもった唸りがする。雷の轟音が響き渡る。

「あんた、このままなら足使えなくなっちゃうよ? ただの人間なんだから、無理しないでこの雷を止めなよ」

 底は答えない。いや、答えられない。悲鳴といつやめるかで頭がいっぱいなのだ。

 だが、もういいだろう、と底は思い、まるで降伏するかのように、大人しく電撃をやめた。

 電撃がなくなり、伊吹萃香は鼓動を落ち着かせるためになのか、胸を叩き出し、深呼吸し出した。それが終わり、勝利の笑みを浮かべ、こう言う。

「懸命だね、あのままだったら骨を粉砕するところだったよ。まあ、私が根比べで勝ったわけだ。そして、まだ足を掴んでる。楽しかったよ、底」

 なにを――聞き出そうとするも、体の浮遊感に遮られた。伊吹萃香が足を掴んだまま底を振り回し始め、その勢いのままに底を地面に叩きつける。

 死んだ。前と同じ死にかただった。

 


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