東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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月に照らされて

 

 

 自宅に帰ってきた底。レミリアと博麗は外で待っていた。というのも、レミリアが、アリスもついでに恋人にしろ、と言い出したからだ。

 博麗は当然ながら反対していた。いや、そもそもレミリアの提案が多数の人には理解されないのかもしれないが……。

 それでも有無を言わせない雰囲気がレミリアにはあった。

 底が靴を脱いだとき、足音がした。

「あ、やっと帰ってきたの? もう、どこ行ってたのよ」

 拗ねたように口を尖らせていた。その問いに、吃りながらも誤魔化すように言う。

「すまんな。ちょっと用事があって」

「私を一人にするなんて、寂しいじゃないっ!」

 よくよくアリスの顔を見ると、大分酔っている様子だった。真っ赤なのだ。ご丁寧に耳まで。

「お前相当酔ってるな」

「酔ってないわよ! 酔ってないんだから!」

 はいはい、と適当に返事して、アリスの手を引き、居間へと戻った。残っていた果実チューハイを一気に飲み干すと、酔いの力を借りるように話を切り出す。

「アリス、お前が好きだ。恋人になってくれないか」

 単刀直入に。酒を飲み干す意味があったのかが疑問に思われるが、意味はあったのだろう。喉を潤すという意味で。

「やったー! んふふー、私もだいすきー!」

 普段のアリスからは到底想像できない、甘く、子供らしい口調で抱きつかれた。

 底は面食らった。まるで『鳩が豆鉄砲を食らったような顔』をしている。

 やっぱり相当酔ってるんじゃないか――頭を左右に振って、アリスの背中に手を回した。

 とても幸せそうにしているアリスが、唐突に目をつむり、底に顔を近づけた。いち早く察した底は、アリスの両頬を挟み、進行を止めた。

「今はまだ駄目だ」

 どうやらアリスはキスをしようとしたらしい。それを底が止めたのだ。

 なんで、そう言いたげなアリスに、底が再び言った。

「いい忘れたことがあった。先に謝る。すまん。ついさっき、レミリアと霊夢も恋人になったんだ。俺はお前も含めて好きだ。誰か一人、なんてとても選べない。皆幸せにすると誓う。それでも許してくれるか?」

 現在進行形で両頬を挟まれているアリスが、二度、三度頷き、また、んー、んー。とキスをせがんだ。それを無視して続ける。「まだある。実を言うと、俺が最初に好きになったのはレミリアなんだ。好きになった理由はあまり言いたくないが、出来ればキスはレミリアからしたい。お願い、聞いてくれるか?」

 漸く手を離した。何故か口の尖りを直さないアリスが、残念そうに唸る。

「本当にすまない」

「いいもんだ! ふん!」

 腕を組んでそっぽを向いた。底はあまりの変わりっぷりに笑いそうになるが、なんとか持ちこたえ、二度目の謝罪をした。

「……レミリアちゃん達は?」

 怒っているのか、少し声が低い。

「……外だ。待ってる」

「ふーん。あっそ」

 聞いてきたのに興味がないとは。

 気まずそうに頭を掻いた底を、じっとアリスが見つめていた。二人とも、酔いで顔が赤く、アリスの焦点は僅かに定まっていないように感じる。そんなアリスが、底へと近づく。

「アリス――」

 底が名前を呼んだ時、リップ音がした。

「えへへ、頬っぺたならキスしても問題ないでしょ? じゃ、レミリアちゃん達呼んでくるから!」

 そう言って外へと出た。レミリアと博麗の名を呼びながら。

 残された底は、頬をおさえ、ずっと放心していた。

 

 場所は変わり、レミリアと博麗。

 レミリアと博麗は、アリスが来るまで特になにも話すことなく、あれからぼーっと桜の木と木の背景となる月を眺めていた。

「レミリアちゃーん、霊夢ー!」

 家の扉から手を振ってやって来た。その足取りは軽やかだ。しかし覚束ない。

 なんとか。といった具合に、レミリア達の前に着き、おとと、という声がアリスの口からもれた。転びそうになったのだ。無理もないだろう。

 

 底、レミリアと博麗が外に行っていた間に、アリスは一人でワインを傾けていた。三人が遅いもので、ワイン瓶半分ほど呑んでしまったのだ。よって、酔いは半端ではなく、底が二人にも見えていたそうな。

 ただ、今もまだ我を忘れるほどに酔ってはいるが、レミリア達が二人に見える、などはないらしい。

 

「どうだった?」

 レミリアが楽しそうに笑みを浮かべて聞いた。だが、その顔はもう答えは知っているかのようだった。

「私も恋人になっちゃったー!」

 黄色い声がアリスから出てきた。

 こんな子だったっけ? と博麗とレミリアは思考を一致させたように、顔を見合わせた。

 レミリアは首をかしげ、博麗は微妙な顔をしている。

「そう、よかったわね。アリスは他に恋人がいることに不満はあるかしら?」

 レミリアの問いに、アリスが頭を勢いよく左右に振った。

「ううん、私は底と一緒にいるだけで幸せだからいいの」

「もう一度言うわ、霊夢、貴方は納得できないかも――」

 遠慮がちに言うレミリアを、博麗が手で制した。

「いいえ、底は私のすべて。底があんたを愛してるなら私は仲良くする。底の嫌がることはしたくないの。でも、私はたまに暴走するときがある。だから――」

 腕を組み、視線を地面に移した。「そ、その時は止めなさいよね……」

 若干の恥じらいがあったらしく、顔を背ける。

 レミリアが、フッ、と口の端を上げた。

「当たり前でしょ。さ、底も待ってるわ、行きましょ」

 二人の返事を聞いてから、レミリアは足を動かした。

 

「ただいま」

 玄関からレミリア、博麗、アリスの声がした。底はハッと我に帰り、おさえていた手を下ろした。

「おかえり」

 早かったな。と底は思った。アリスが出て五分は経っているのだが、放心していた底には分からなかったのだろう。全員がソファーに座った。

「今日はどうする?」

 その言葉を聞き、底は考えた。

 今は八時か。風呂に入ったとして、寝るには早いし、暇潰しも出来ない。

 外の世界では、『テレビ』や『ゲーム』といったものがあった。所謂、娯楽だ。だが、ここには娯楽というものはあまりない。あるとすれば、弾幕ごっこか、酒や花札等だろう。

 弾幕ごっこは、女性の遊びといわれている。

 男の自分がやるのはどうだろうか。と毎回思っていた。いってしまえば、ままごとなのだ。それを男が介入してしまうと、バランスが崩れたりしてしまう。

 まあ、それを流行らせるために底が命を懸けて戦っているんだが……。

 他の花札なんかは知らないし、酒は――もうのんでしまってはいるが――これ以上のむと、理性を失うかもしれない。と底は懸念している。

「どうしようか」

「私としては……恋人になったんだし添い寝したいなぁ……なんて」

 博麗が恥ずかしげもなく言った。

「流石に恋人でもまだだめだな」

「そうね」

 底の否定の声に、レミリアが賛成の意を唱えた。「レディはお淑やかであるべきよ、霊夢。ね、あなた」

「あなたって――お前は俺の嫁かっ」

「やぁね、いつでも嫁にもらってくれていいのよ?」

「いや、まだ早い」

 アリスが唐突に手を挙げた。

「私もお嫁さんになりたーい!」

「いやだから早いって」

「なりたーい!」

 博麗も騒ぎだした。

「お前らまだ我慢しろ。養えないから」

「別にいいのよ? 私が養うから」

「だめ人間まっしぐらじゃねぇか」

「でもここで仕事なんてあるの? お金貰えるの? 貰えたとして一日中働くことになるわよ?」

 ぐうの音も出ないほどの正論に、底はぐぬぬ、と唸った。

「なぁにが、ぐぬぬよ。霊夢は妖怪退治でお金や食材を貰ってるし、アリスは――」

 レミリアがアリスの方を見ると、アリスは頭を上下に動かしていた。仕方なく、溜め息を吐いてつづける。「わからないけど、私は言わずもがな。あなたは八雲紫から必要なものは貰ってるんでしょ?」

「まあ、それがここに来る条件の一つでもあるから……」

「だったら養うとかは必要ないんじゃないかしら? はっきり言うと、そういう考えならいつまでも結婚出来ないわよ?」

 レミリアは怒っている訳じゃない。諭しているのだ。

 ここは外の世界みたいに、バイトであったり、就職ができるわけではない。必然的に、養うということが出来ないのだ。それでも探せば蕎麦屋の手伝いで稼ぐことは出来るだろうが、きっと孔雀の涙ほどなのだろう。

 それでも養いたいから結婚は出来ない、といわれると、三人はいつまで経っても結婚できないということになってしまう。

 ちなみに、他の人は自営業。

 いっそのこと、妖怪退治屋でもしようか。なんて考えた。だが、それをして客は来るのかだ。夜、人里で妖怪退治屋としても既にあるし、博麗も妖怪退治を請け負っている。

 ならどうするか。また考えだしたとき、急激に眠気がやってきた。酔いのせいだろう。そう思い、三人――アリスは寝ていた――に向けて、風呂に入ってくるから好きにしてくれ。ということを伝えてさっさとシャワーを浴びた。

 レミリアは帰るらしい。眠るアリスを見かねてか、博麗はアリスの家に送ったあと、神社に戻ったようだった。            


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