入った店は、団子屋であった。中にはテーブルと椅子、カウンターしかなかった。いや、小物など置いてはあるのだが、質素な店内だ。その一言に限ると思う。
いらっしゃい。そんな声も聞こえない。扉の前で底とアリスがヒソヒソと喋っているのが見える。
「私たち入るところ間違えたのかな?」
「そんなはずは……」
扉を開けて、暖簾を確認した。暖簾にはしっかりと『団子屋 凩』と書かれていた。
これはどうやら、『こがらし』と読むようだ。
底が、やっぱり間違ってない。と再びアリスに耳打ちすると、カウンターの奥から一人の中年男性がやってきた。
「遅くなった。すまない。俺、団子つくる。食べていくか?」
片言の男性。見た目は至って普通の男性で、強いて言えば、渋い男性という印象が一番だろう。
「はい。みたらし団子お願いします」
この場合、一つだっけか? 一皿だっけか?
なんてことを考え込む底。横で腰かけているアリスも、同じものを頼んだ。
「すぐつくる。ちょっと待ってろ」
カウンターに立つ店主らしき人は、手際よくみたらし団子を作っていく。その間、二人は談笑していた。
「お待ち。ゆっくり食べろ」
「おお、ありがとうございます。うまそうだな」
「ねっ! 湯気が立つみたらし団子ってもしかしたら初めてかも」
アリスの言う通り、作りたてのみたらし団子は湯気が立っていた。いつもは持って帰るか、三色団子をたまに、口にする程度のアリスには、少なくとも、見たことがあまりないものだった。
「俺も大してないな。ここのみたらし団子はいつも出来立てなんですか?」
「ああ。客には、出来立てを食べてほしい。だから、俺、注文を受けてつくる」
どことなく、自分の決め事に誇りを持っている様子で、胸を張っているみたいだ。
「うん、うまい」
「あついみたらし団子も良いものねぇ」
二人は感嘆の声をもらした。うまいものは自然と声が出るとはこの事か。と思わされた瞬間だった。
「客がおいしいって言う。俺、嬉しい。お前ら今日初めての客。無料にしてやる」
「え、悪いですよ。店主は商売としてこれを出しているんですから。おいしいものを食べ、俺達はそれ相応のお金を出す」
底の横ではアリスが咀嚼していたものを飲み込み、頷いている。
「俺がいいって言ってる。お前ら素直に甘える。でも、良かったら宣伝してほしい」
そこで申し訳なさそうに顔を伏せた。
「失礼かもしれませんが、こんなおいしいのに繁盛していないんですね……」
横で、自分のみたらし団子を食べ終えたアリスが、物欲しそうにちらちらと底のみたらし団子を見ている。
「ここ、あまり人通らない。それに、蕎麦屋の向かいにある団子屋が一番人気……」
底は思い直した。
そういえばここって里の外れだったな。それなら人があまり来ないのも頷ける。それに、あまり知られてないのもあるんだろうな。こんなうまいのに――串に刺さる、みたらしがかかった二つの白い、焼き目のついた団子を見た。少し冷めてはいるが、相変わらず美味しそうだった。
なにかアリスがそわそわしているな。と思い、底がアリスの方を見ると、目線がみたらし団子にいっていた。相当気に入った様子で、微笑んでから食べかけのみたらし団子の皿をアリスのもとへと差し出した。
「あ、ありがとう……」
気づかれたことに、気持ち、頬が赤めいた。
「みたらし団子が気に入ったようでなによりだ。そんなに美味しかったか?」
なおも微笑んで聞く底に、アリスの頬の赤みが増した。それが答えなのだろう。と底は店主との話に戻った。「わかりました。なるべく知り合いに言っておきます。隠れた名店だ。ってね」
まだ冷めやまぬ頬を無視して、アリスがみたらし団子をかじった。
よ、よくよく考えたら、これ底の食べかけじゃない……!
アリスは人知れず、いや、底知れずにやにやしながら耳まで赤く染めた。
その様子に店主が訝しげにも、底に礼を述べた。
「いえいえ、こんなおいしいものをご馳走してもらったんですから当然ですよ。な」
顔がゆるんでいるアリスに同意を求めた。
「え? そ、そうね! えへへ」
いきなりでなおざりな返事になってしまったアリスだが、いまは幸せを噛み締めているようだ。
「あ、今更だけど、俺の食いかけでよかったか?」
「べ、別に私は気にしないわよ? 逆に嬉しいだなんて思ってないからね!」
「なんか言い方が引っ掛かるけど、まあいいならいいか」
店主が目を細めた。
「お前ら、一生お幸せに」
「そろそろ日も暮れてくる。帰るか?」
「…………」
アリスが口を閉ざした。薄々感づいていたのだろう。
夜になると小妖怪が里の外にはうようよといる。いや、昼夜問わずいるのはいるのだが、基本的に、夜は妖怪の時間とも言われている。
ここではなにがあるかわからない。底だって殺されることがたくさんある。いろんな妖怪や、敵がいるのだ。
「どうする? 送って行くけど」
「行きたい……」
アリスが顔を赤くして、自分の服の裾を弱く掴み、言った。「底の家に行きたい!」
底は、アリスがなにを言ってるのか理解出来ずにいた。五秒間考え、なんとか口を開いた。
「お、俺の家か? まあ、断る理由はないけれども」
底はアリスの気持ちにも気づいてはいる。が、あまりにも好意を寄せる女性が多くて、内心戸惑っていた。レミリアに博麗とアリス。底が気づいてる女性てもこの三人だ。
三人とも外では見たことがないほどに容姿端麗。性格もまあ、一人を除いて、苦労はしないだろう。しかしそれを底が選べる筈もないし、底からしたら俺程度で釣り合うのか? というのが本音であった。
いま底の目には、許可をもらい、喜びで身体を弾ませるアリスが映っている。
どうしたもんかな。まあ、早々に帰そうかな――微妙に期待してるようにも見えるが、アリスが見てないところでかぶりを振った。
底がただいま、と言うと同時に扉を開けた。玄関で靴を脱ぐと、博麗がやってきた。
「おかえりなさい! 私大人しく待ってたわよ! えへへ、偉いでしょ? ご飯にする? お風呂にする? それとも、わた――」
「チェンジで」
「素っ気ないんだからぁ。でもそんな底も素敵!」
底の後ろで、控えめにお邪魔します。という声がした。博麗の顔が一変して、強張ったものに。
「人形使い?」
「その、なんだ、アリスが来たいというもんで」
これには底もたじたじ。別にやましいことはない。ないのだが、絶対にない、とは言いにくいし、横で立ち尽くすアリスにも悪い。と思った。
「そう……ごめんなさい。あなたたちってそういう関係なのね……」
底がギョッとする。
お邪魔したわ。そう口にして、出ていってしまった。
「まてよアリス!」
「あ――底!」
底がアリスを追った。博麗を無視して。
月が里を照らし、瞬く星の下で、底はアリスを追うために走った。
「おい、待てって」
やっと追い付き、腕を掴んだ。
「離して。もういいから」
足を止めた。声色は、なにも感じさせないほどに平淡だった。
「なにがもういいだよ。お前勘違いしてるだろ? 霊夢とはアリスが思ってる関係じゃないから」
「ならなんでこんな時間にいるの? おかしいじゃない」
「言いたくないけどさ、あいつ、俺が居ないと自殺しかねないんだよ」
溜め息まじりに。底の言っていることは嘘じゃない。試したことはないが、あの博麗だ。底が怒っただけでも絶望に顔を染めるのに、絶交なんかでもしたら本当に死にかねない。
下手すればそんなことはやらないかもしれない。しかし、その一歩手前まではするはず。まず、殺されるだろう。そう底は思っている。
だが、アリスに言っていいもんか。同時に、そうも思った。
「どういうこと……?」
案の定、アリスが問うた。その顔、声は、解せない、ただ一つに染まっている。
「どうもないよ。俺の推測だけど、あいつはいままで恋を知らなかったようで、それを病的なまでに美化してる。だから、自意識過剰、と言われても仕方ないけど、霊夢は病的に俺を好きみたいだ。行動力が半端じゃない」
呆れを多分に含んだ。
「……そう。まあ本当にそんな関係じゃないってことでいいの?」
「そうだよ」
陰で、「なら私もまだいけるのかな……?」という声が聞こえたが、底は反応しないでいた。
その時、上でなにか、羽ばたく音がした。どうやら、レミリアのようだ。
しかし、下にいる底には、鳥が飛んでいるように見えたようで、底はなにかの妖怪が飛んでるのかな、ということで納得する。あながち間違いではないのだが。
「おい、霊夢。帰ってきたぞ」
「今度こそ、お邪魔します」
「おかえり!」
嬉しそうに駆け寄ってきた。だが、アリスの姿を視界にいれると、冷めた表情に変わった。「あら、人形使いも来たの? そのまま帰ればよかったのに。なら二人っきりだったのに。ねー!」
同意を求めてくる博麗をあしらい、靴を脱ぐ。その動作をうっとりとしたような表情で見ていた博麗が、なにか思い出したように手を叩いた。
「そうだ、ついさっきレミリアが来たわよ。一応家に入れておいたけれど、よかった?」
もう我が家かのような聞き方だが、博麗からすれば至って当たり前らしい。
「ああ。よくやった」
一瞬、修羅場を想像したが、レミリアならば大丈夫。きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせ、居間まで三人で歩いた。
居間には、既にレミリアが、足を組んでソファーに座っていた。
「おかえり。待ちくたびれたわ」
お前いま来たばっかだろ。その言葉を飲み込んだ。
恐らく博麗に出されたのであろうお茶が、あまり減ってはいなかったのだ。来たばかり、ということが分かる。
もう一杯淹れた可能性もあるが、ついさっきと博麗が口にしていたので、それはないのではなかろうか。
「待たせたな」
「ん、貴女は?」
底からアリスに視線を移して、自己紹介を促す。
「えっと、私はアリス・マーガトロイド……。あなたは……妹さん?」
「姉よ」
「えっ」
「姉よ」
「お、義姉さん? では義姉さん――」
「姉だけどあなたにそんな呼ばれかたする義理はないわ」
「でもこれからそんな関係に……」
底をちらちらと窺う。
「えっ、妹を狙ってるの?」
「えっ、女の子だったんですか」
底は察した。目頭をおさえる。
「私からしたら当たり前だけれど、貴女はそりゃあわからないわね」
「だって見た目は完全に男性だもの」
「えっ、妹が男? なんの冗談よ」
「えっ」
「おいやめろ! どこかで聞いたような会話するんじゃない!」
レミリアとアリスの間に割り込んで止めた。
アリスもレミリアも誤解しているようだった。