東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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アドバイザー、紫少女

 

 

 

「落ち着きなさい。どうしたの?」

 冷静にレミリアが聞き返す。少し深呼吸して、いつもの瀟洒な十六夜咲夜に戻る。

「申し訳ありません。お見苦しいところを」

「いいのよ。それよりなに?」

「はい。いま、美鈴が霊夢を止めています」

 底とレミリアが頭に疑問符を浮かべた。詳しく聞くと、博麗が、『底をどこにやった!』と怒鳴りこんで来たらしい。いまも暴れていて、紅美鈴が本気で相手をしているのだと。

 それを聞き、底は顔に手をあて、深い呆れと溜め息を出した。同時に、レミリアは不機嫌を顔に浮かべ、立ち上がった。背中の翼が、広がっている。底も同様に起立して、歩き出そうとしたレミリアの手を掴み、ひきとめて、言った。

「待ってくれ。俺が行く」

「……いえ、私はここの主よ。暴れられていてなにも言わないなんてことは出来ないわ」

「言うと思った。じゃあ一緒に行こう。ただ、話は俺がする。多分だが、なんとかしずまってくれると思う」

「そう。まあ、まず行きましょう」

 二人が同時に足を前に出す。扉を開き、門まで向かう。

 ちらっと底が目を後ろにやると、そこには十六夜咲夜が着いてきていた。底の視線に気づくと、歩きながら軽く首を縦に振る。なにがあるわけでもないが、底も返した。

 

「底をだしなさいッ! あんた達が底を監禁してるんでしょ――ッ!」

 底達が玄関の扉を開け放つと、博麗が紅美鈴にお祓い棒で撲りかかるところが窺えた。紅美鈴は軽くいなして、掌底を額にあてる。

 直後、紅美鈴は頭を後ろに傾ける。博麗が掌底の力を利用して、サマーソルトを仕掛けたのだ。

 高いレベルの接近戦だ。と素直に感心する。これでもまだ二人は本気ではないのだから、驚きである。底は拍手してしまいたい衝動にかられるが、なんとか我慢して、博麗の名を呼んだ。

「霊夢、やめろ!」

「底、待ってて! いま助けてあげるから!」

「ひーん、助けてくださーい!」

 一層激しさを増す攻撃に、紅美鈴は助けを求める。

 そうは言うが、実際、紅美鈴は余裕だろう。

「霊夢! 今すぐやめないと嫌いに――」

「いや! やめるから嫌いにならないで! お願いだから!」

 言い終わる前に、超人的なスピードで紅美鈴を通りすぎ、底に飛び掛かる。あまりの速さに躱すことが出来ず、まともに食らい、扉に背中をぶつけた。

「……痛い」

「だ、大丈夫!? やだ、大変……! 永遠亭行かなきゃ!」

 博麗が底の上から退き、焦りつつも抱き起こす。

「なんなんだよその……使命感みたいなの……」

 後頭部をさすりながらも批難の目を向けた。向けられた張本人である博麗は、表情を沈ませた。

「……怒ってないからそんな顔をしないでくれるか?」

「ほ、本当に怒ってないの?」

「うんうん怒ってない」

 適当に博麗の頭を撫でた。しかし、幸せそうに顔を綻ばせる博麗を見て、底の中で、少しだけ罪悪感が芽生えた。

 そう底が思うのも、底は毎回博麗のことをぞんざいに扱っている。確かに底からしたらたまに迷惑なこともされる。いや、その方が多いかもしれない。だが、それでもなんとなく良いように博麗を扱っている気がしなくはないのだ。

 これからはもうちょっと大事にしよう。と底は結論を出した。心の中で謝って。

「で、私達に謝罪は無しなのかしら?」

 黙って見ていた三人の内、レミリアが眉間に小さな皺をつくり、苛立ちと嫉妬を足して二で割ったような表情を浮かべ――それが定かではないのだが、少なくともそう窺える――いまだに頭を撫でられ、天にも昇りそうな博麗に、声をかけた。

 邪魔されたことに博麗は怒りを覚えたが、「ごめんなさいねー」とりあえず謝った。形だけ。棒読みで。感情のこもってない声色で。

「こ、こいつ……」

 レミリアも同様に怒りを覚えた。

「ま、まあまあ。俺からも謝るよ。ごめん。レミリア、許してやってくれないか?」

 半分は俺のせいでもあるし。と付け加えた。

「……いいわよ、もう」

 はぁ。と溜め息を吐く。

 底は、博麗に、事前に伝えておかなかったから暴走した。と責任を感じている様子。

 レミリアは博麗に謝られ、許す気はさらさら無かった。だが、底の真面目な謝罪を聞くと、怒っている自分がなんだか子供っぽく思えたようで、もういいか。と怒りを溜め息と一緒に吐き出した。

「ありがとう。ほら、霊夢も」

 眉を少しだけ潜めて、博麗の肩に手を置いた。そして礼を言うことを促す。

 不服そうに、若干の間をおいて喋った。「ありがとう」

「わかったわよ。いつまでもここに居るのもどうかと思うし、中に入りましょう」

 ひざしの下に立っているのが嫌だ。というのが一番だろう。出る前に十六夜咲夜から渡されたいつもの日傘を差し、うらめしげに空を睨んだ。太陽を直視出来ないから、代わりに空を睨んだのだろう、ということがわかる。

「そうだな、レミリアも辛そうだし」

 レミリアの弱点と心情を汲み取った底が言う。十六夜咲夜がいちはやく扉を開いた。

「美鈴は入らないか?」

「謝謝。私は門の番がありますので、お気遣いなく」

 振り向いた底が、離れたところで立ち、行方を見守っていた紅美鈴に聞いた。

 紅美鈴はそれに対し、『揖礼』という、両手を組んで頭を下げる礼をして、断った。

「あら、うちの門番は仕事熱心なこと」

 レミリアから茶化されるが、純粋に褒められたと思った紅美鈴は、えへへ。とはにかむ。

 その後、なんだかんだ談笑をして、底の寝泊まりする客室へと戻ってきた。レミリアは、自らの名と同じ、スカーレットの色をしたソファーで紅茶のティーカップとソーラーを持ち、優雅に呑む。底と博麗は向かい合いに立っていた。

「なあ、霊夢。俺はちょっとの間ここに泊まらせてもらうんだ。お前がいると……」

 言い淀む。どう口にすればいいかわからないからだ。

 邪魔じゃないか。心の奥々底ではそう思っているかもしれない。が、そんなこと口が裂けても言えない。それに、奥々底であるから、底自身は認識出来ないだろう。というよりも、修行するには博麗がいると、都合が悪いのだ。

 

 というのも、諸君らは理解しているだろう。博麗が病的にまで底を愛している。ということに。それが意味すること、それすなわち、怒り。憤り。

 修行をするところを監視でもされたら、修行どころではなくなってしまう。あげく、「美鈴! あんた負けなさいよ!」なんてことを口にするかもしれないのだ。それを聞くと、間違いなく底は激怒するだろう。

 

「や! 私は底と離れたくないのっ!」

「…………へぇ」

 レミリアが呆れを通り越し、感心した瞬間だった。

「そうだ」

 底は思い付いたように手を叩いた。「いま俺の家には誰も居ないんだよ。だからさ、俺の家で待っててくれないか? 数日したら帰るからさ」

「えー」

 博麗が口を尖らし渋った。腕を後ろにまわし、赤いカーペットの敷かれた床を凝視して、どうするかを考え込んでいる様子。

「そういえば俺、家でちゃんと、しっかりと待っててくれる人って好きなんだよなー」

 苦し紛れだろうか、底が館の空を見つめて呟いた。何事かとレミリアが底に視線を移したが、一目見て底の意図がわかったのか、再び十六夜咲夜の淹れた、紅茶の香りを堪能するという行動に戻った。

「ほんとっ!? 私いつまでもずっと待ってるから! またね!」

 そう言って客室で走り出し、扉を勢いよく開く。そして壁を破壊し、底の家に向かった。

 壊された扉は、十六夜咲夜の手によって瞬く間に直された。底は扉が閉まっていることに気づく。

 一瞬で閉まってたし、きっと、咲夜さんが閉めたんだろう。と底は解釈する。因みに、客室に十六夜咲夜は居ない。レミリアと底二人っきりだ。

「ふーん、待っててくれる人が好み……ねぇ」

 訝しげに目を細め、紅茶越しに呟くレミリア。

「なんだよ」

「別に? 私も待ってようかな……なんて」

 底が鼻で笑った。

「なによ」

「確かにいいなぁ、とは思っても、そうじゃなきゃ駄目だ、なんて言ってないだろ?」

「結局なにが言いたいのよ」

「好きな女なら待ってても、肩をならべて歩いてもみたいもんだよ」

「なによそれ」

 クスクス。という笑い声が客室に響いた。

 

 翌日の宴会は何事もなく、極々平和に終わり、皆が帰る。帰った後、底は紅美鈴の出す課題をこなし、底は一人、客室で一息ついていた。

「どうしようかな……」

 そう溜め息を吐き、考えるのはこれからのこと。今の底のなかでは、あと数日で紅美鈴から離れ、次に魂魄妖夢のもとへ行こうか。ということであった。底の使う武器は決まっている。

 大抵ビー玉で武器は変えられるのだが、底自身が今のところ使えそうな武器は刀なのだ。

 まず基礎を紅美鈴に教えてもらい、刀のことを魂魄妖夢に教えてもらおうか。と底は考えていた。でもそれでは器用貧乏にならないか? とも思っている。正に今、葛藤しているのだ。

 だが、それもすぐに終わりを迎える。

「そうだ、図書館に行こう」

 急に思い付いた。パチュリーならなにか助言をもらえるかもしれない。そう考えついたのだ。他人任せ、他力本願ではあるが、独断で失敗は多々あった。逆も然りなのだが。底の失敗というのは、つまるところ“死”。

 独断で行動したとき、底の体感で七割をしめているという死亡率。これで、底が一人で決めて、行動したあげくには死。そんなことになれば目もあてられないだろう。

 

 地下に行き、重々しい扉を越えた所にある、図書館の扉を開く。埃っぽく、カビ臭い、妙な懐かしさを誘う香りと雰囲気に、底は心を落ち着かせることができた。

 というのも、基本、一人で出歩く時は多少なりとも警戒をしている。歩くだけでも油断ならないのだ。もっとも、此方に来てからは死ぬ――逆に討たれたり、惨殺されたり、命を奪われることのほうが多くなってはいるが――ことも減ってきた。

 なにはともあれ、そのまま読書スペースまで足を動かす。しかし、それに伴うように、横にそびえ立つ本棚の奥で、バサバサと音がした。

        


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