東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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コールドスリープ

 

 

 

 小手調べとして、底は真正面から袈裟斬りする。それに合わせてチルノが半歩引いて躱す。カウンターとばかりに底の腕を軽く斬った。

 底が退く。傷口を一瞥して汗を滴らす。血は出ていなかった。寧ろ凍らされ、出血をとめられていた。

 あ、あれ。結構強い……のか?

 底が眼光を鋭くしてチルノを睨む。ふふん。とチルノは胸をはる。

 気を改めて刀を正眼に構えた。小手調べはもう終わりらしい。

 ここは空中。足に雷を纏わせても速く動けるかはわからない。なにより空中戦というのはあまり経験したことがないのだ。まだまだわからないことばかりだが、うだうだ言ってられない。やるしかないだろう。そう考えて、集中するように深く呼吸した。

 緩急をつけて空を飛び、チルノに再び接近戦を仕掛けにいく。

 フェイントである袈裟斬りからの蹴り。さっきと同じように躱すチルノの腹に当たり、咳き込みながら今度はチルノが退いた。

 どうやら見よう見まねでやった魂魄妖夢のフェイント攻撃はうまくいったようだ。ほっと息を吐いた。息は白くなり消えた。

「いったぁーい! こんな可愛い女の子を蹴るなんてー!」

「うるせぇ。否定はできないけど自分で言うなナルシスト!」

「な、なる……?」

「すまん。なんでもない」

 つい出てきてしまった言葉に、チルノが反応する。やはり伝わらないらしい。それもそうなのだが、自分の住んでたところとはやっぱり違うんだな。と否が応にも再確認させられた気分を味わった。

 未だ腹を押さえてはいるが、待ってもいられない。今がチャンスだ。そう思い、底は畳み掛けるように近づいて刀を縦におろした。

 氷の剣。なかなかどうして耐久力があるみたいだ。底の、渾身の一閃ともいえる斬りを、甲高い音をたてて、防いだ。

「結構やるじゃないか。チルノ」

「お主こそ……」

 どこかの時代劇を彷彿とさせる会話。刀と氷剣の鍔迫り合い。そして二人は離れた。

「もうそろそろ本気でいくぞー!」

 チルノが高らかに声をあげた。その時、温度が下がった。春の暖かさが、初冬辺りの寒さに変わったのだ。

 どうしてか。それはすぐに、嫌でもわかるだろう。

「アイシクルアロー!」

 如何にもな名前を叫び、名前通り、氷柱の矢を底へと放った。

 一つだけなので、難なく刀で弾く。矢は桜の海に沈んでいく。それを見届ける暇もなく、底は空を蹴るように飛んでいく。

 底がチルノの近くにきたとき、チルノが先に剣を振るう。底が躱し、峰で腹目掛けて振る。

「ぐっ……」

 チルノが声をもらした。痛そうに腹を押さえている。底を睨んでいる。

 ヒット&アウェイってな。当てられたことに若干の嬉しさを感じながら底は後ろにさがった。

「もう怒った! 絶対ギャフンと言わせてやるんだからー! 本気の本気だぁー!」

 温度が急激に下がった。風はなくとも、気温が低ければ意味なし。歯はガチガチと音をたて、手は悴んでいく。身体は意図せずとも震え、重く感じていく。

 厚着をしていないためか、更に寒い。

「お、おい、チルノ……寒い……」

「うるさい! あたいもう怒ったんだから! 蛙みたいに凍らせてやる!」

 底が空いている手で身体をさする。一応言ってみたものの、やはり聞く耳をもたない。こうなれば話すのは焼け石に水――いや、雪山に水なのかもしれない。雪は昨日の内にすっかり溶けたが。

 なにはともあれ、チルノは底を殺そうとしているのかもしれない。元々妖精は陽気でいたずら好き。単純で表情、感情共に豊かであると言われている。いまのチルノは正しくそうだ。感情に任せて攻撃を繰り出している。氷の弾、氷の矢、ただただ感情のままに氷を使い、着実に避けていく底を翻弄させ、徐々に当てていく。

 当たったところは凍り、動きを制限し、鈍らせる。

 身体の所々は凍っているが、それでも底は食らいつき、避ける。しかし次第には、焦り、正常な判断ができなくなっていった。いまはただ、避けることしか頭にない。逆に避けるだけでも精一杯のはず。身体は寒いが、汗を滴らしているのがその証拠といえるかもしれない。

「捕まえた!」

 チルノが素早く動いて、鈍った底の腕を掴んだ。

「あっ、がが――」

 がががが。と壊れた機械のように発声する。底の身体が凍っていく。血液が、内臓やらが死んでいく。

 チルノは『氷精』だ。立っているだけで周りの気温は低くなるし、触れでもしたら、凍結は免れない。増して、いまのチルノは辺りのことを気にしていない。今だって底が凍っていく様を、まるで『念願の夢が叶った』かのように歓喜している。

 ついに、底は心臓を止めた。血液も凍った。『コールドスリープ』というものもあると言われているが、今の底はそんなものじゃない。ただ身体中を凍らされているだけ。

 凍らされた人間だったものは重力に従って落ちていく。

 地面に衝突した底のオブジェは大きな音をたて、腕の部分は割れたが、他は無事だった。果してそれを無事と呼べるかはわからないが。

「あ、失敗失敗。凍らしちゃったよ。……どうしよう……」

 肝心のチルノは、なかなか困っているようだった。別に殺したかった訳ではないだろうが、チルノの身体は冷たく、触れたものを凍らせるという性質をもつ。同じ妖精なら大丈夫なのだが、それが人間、動物となると話は別みたいだ。

 だが、チルノもある程度操ることはできるらしく、常時発動している能力をコントロールすることで、人間が触れても『少し冷たいな』くらいにしか思わない程度にできる。ただ、それとついさっきでは話が別。八分目辺りまで怒っていたチルノは、そんなこと頭の片隅から消し去っていたのだ。

 これが『妖精はばか』と霧雨に罵られる所以なのだろうか。

 

 なにはともあれ、時間は対峙しているところに戻る。

 チルノに触れられるのは危険だな。と底は危機感を抱いた。怒らせるのも最小限にしないと。でも、近づかずに倒す方法って……あっ、俺は馬鹿か? 氷なら炎だろ――そう思い付き、よっしゃ。と頬に張り手、気合い入魂。怪訝な面持ちでチルノが窺っているが、そんなのは気にしない。

「チルノ。往生せぇや! 耳の穴に手突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたるからなぁ!」

「んふっ。や、なにそんな怒ってるのよ……。ていうか今度はそんな手にのらないんだからね! そっちこそ、おーじょーせーやー!」

 片や気迫混じりに。片や楽しそうにしている。

 

 今度の小手調べは、炎を使うようだ。刀に炎をまとわせた。チルノがビクッ。と肩を動かした。

 炎が弱点か。底は確信した。

「ず、ずるいぞ!」

 底に指を差して叫んだ。

「なにが?」

「うっ、むむー……。別になんでもない! あたい最強だからそんなのに負けないもん!」

 

 

「いやー! やっぱり火こわいよー!」

「…………」

 宙に屈んでチルノが悲鳴をあげた。

 何度か、それも片手で数えるほどなのだが、打ち合いをした時だった。腰が引けて、目に見えるほどの有利になったと底が少しの優越感に浸りながらも油断せず攻撃していたところを、チルノが退いた。

 殺す気などさらさらない底は、剣撃を、中断せざるを得なかった。

「もう俺の勝ちでいいか?」

「いやだいやだー! あたいが最強なのー!」

 空中で座り込み、駄々をこねる。呆れた底は、武装解除して、チルノの側に浮く。

「お前は確かに最強ではある。妖精のなかではな。弱さを認めなかったら強くはなれないよ。井の中の蛙、大海を知らず、ともいうしな。お前は大海を知れ。無理しないでいい」

「でも……」

「でもも、もでもない」そう言ってから、頭をぽんぽんと優しく、それこそ、泣き止まぬ子供をあやすように叩いた。「俺は、お前が強いのを知ってる。だからこれだけは言える。お前はもっと強くなれる。妖精をはるかに越えるくらいな。無理しない程度に頑張れ」

 実際に殺された底には、妙な説得力があった。

 感涙を流しそうになるチルノ。青の瞳に、涙がたまっていく。しかし、流さない。流さないことも強さだと思っているからか。

「ところで、もう俺に戦いを挑んで来んなよな。それに、弾幕ごっこだぞ? わかったな?」

 じゃあな。と足早に――歩いてはいないが――去っていく。チルノは呆気にとられ、数分間ぼーっとしていた。

 

「まあ、泣かれたら嫌だし、悪いけどあれ以上長居したくなかったんだよなー」

 短く溜め息を吐いた。チルノがいないためか、暖かい。だが、ここは霧の湖。水面の上は、中々に涼しいのだ。

 時間はとられたが、気を取り直して、底は改めて紅魔館に向かった。道中で、小妖怪が襲ってきたが、難なく撃退させ、漸く見えてくる紅い館の大きな門。その横には同じ赤い髪を下ろしている女性、紅美鈴。

 底が手を振ると、穏やかに微笑み、振り返してきた。

「久しぶりだな。なんだかんだで異変以来か?」

「そうですね、お久しぶりです。今日はお嬢様に会いに来たんですか?」

「んー、厳密には美鈴に会いに来たかな?」

「えっ? 私にですか?」

「ああ。軽くでいいんだ。俺に武術を教えてほしい」

「……そうですか。いったん、中に入りましょう。私の独断で教えられませんからね。お嬢様が許可したならお教え致しましょう」

「助かる。急にすまんな」

「いえ」

 そういって紅美鈴は難しい顔から微笑みへと変えた。

 門を軽々と開ける。底ならば、両手でやらないと開かなさそうな大きさの門をだ。まあ、開けやすいなにかがあるのだろう。ということで底は納得した。

「あら、誰かと思ったら繰鍛さんじゃない。ここまで来るなんて珍しいわね」

 開けた先の噴水の手前には、銀髪の女性、十六夜咲夜が立っていた。    


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