東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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マヨヒガ、そしてアリス邸

 

 

 

 一歩も引かない博麗に、霧雨が平手打ちした。

「なにすんのよ!」

 更に睨み、激しく憤った。

「底を信じてやれよ! 好きなんだろ!? あいつは死なない! 私は信じてる!」

 怯まず、霧雨が畳み掛けるように言った。

「でも――」

「でももなにもない! お前が信じないでどうすんだよ! お前らしくないぞ!?」

「…………。私らしいってなに?」

「あっ――いや、ごめん……」

 失言だったか……。と思い、謝る霧雨。博麗も黙り込み、とりあえず居間に行く。

 散らかっている居間は、しかし暖かい。床暖房が施されていて、部屋自体もなかなかに暖かい。

 自分はこんなにゆっくりしていていいのか。底は寒い中、必死に歩いてるかもしれないのに。

 博麗は気が気でなく、そわそわしている。

 霧雨がフラスコになにかの飲み物を持ってきて、博麗に手渡した。そして、自分のを一飲みして、ホッと息を吐く。

「なあ霊夢。お前、いつからそうなったんだ?」

「……なにがよ」

 誤魔化すように飲み物を口に入れて飲み込んだ。唐突にそう聞いた霧雨に、ふて腐れながら返す。

「お前がなんでそこまで底に執着するのか。だよ。いつものお前なら誰にも縛られずに、なんていうか、自由だろ」

「わかんないの……」

 フラスコを床に積み上げられたちょうどいい高さの本に置き、両腕で自分自身を抱くようにして、ポツリと呟き始めた。

「底のことを考えると、胸がきゅーって締め付けられるの……。いままでこんなことなかったのに、底を思い浮かべると顔が熱くなって、暖かいの」

 霧雨が相槌を打つ。なんだ。ただの恋じゃないか。勘違いか。そう思った。

「底のことを考えるといま何してるんだろう。とか私のこと好きなのかなとか凄く気になって、夜も眠れないの」

「ん……?」

「私はこんなに底のこと好きなのに底はいっつも素っ気ないの。だから私だけしか見れないようにしたり、色んなことをしたの。既成事実だったり、監禁したり。おかしいかな?」

「……お、おう。おかし……くないんじゃない……?」

 汗を滴らした。だめだ。底、すまん。私には手に負えない――心の中で底を思い浮かべ、謝った。

「そうよね、初めての恋なんだもの。絶対に幸せにさせてみせるわ」

「が、頑張れ……」

 身体を引かせ、頬がピクピクとつり上がっている霧雨が控えめに応援した。

 

 

 

「ん、ここ、魔理沙の家……ではないな」

 底の方では、この前来た、西洋風の家とは、かけ離れているような屋敷に着いた。それは“和”永遠亭にも似たような屋敷だ。

 少し休ませてもらおうと思い、扉を叩いた。

 すると、一人の少女が、はーい。と言いながら扉を開けた。

「悪いが少し……、休ませてくれないか?」

「いいよー! ……にゃは」

 底には少女のつり目が鋭く、妖しく光ったように見えた。怪しむのも悪いが、これはなにかある。警戒は怠らないでおこう。そう直感した。

 屋敷の廊下を通り、一つの部屋に入る。

「ここでゆっくりしててー。猫が一杯来るかも知れないけど、絶対にいじめないでよー」

 彼女を改めて見ると、人間ではなかった。というのも、背後に見える二又の黒い尻尾があるからだ。それに赤く、長い爪。首に黄色のリボンに緑の帽子。耳も、獣の耳だ。左の耳だけピアスがついている。

 恐らく猫の妖怪なんだろうな。と底は思った。

「わかったよ。ありがとう。えーっと」

「橙だよ」

「そうか。橙。ありがとう」

「いいよー、そんなの……にゃへへ」

 しきりに笑う橙。やはりなにかを企んでいるようだ。

 そのあと、笑いながら、じゃねー。といって何処かへ行った。

 直後、ガリガリと障子が開いた。猫だ。おいで。と底が話しかけると、白い猫が底の膝に頭を擦り寄せた。

「人懐っこいな。お前のご主人はあの女の子か?」

 問うと、真正面に座り、低く唸った。

「違うのか?」

 今度は高く鳴いた。さっきのが否定だとすると、差詰め、いまのは肯定なのだろう。

「嫌いか?」

 低く。

「好きか?」

 高く。

「友達としては好きだけど、主人としてはまだまだ?」

 一際大きく、一際高く鳴いた。どうやら底の言っている事は合っている様子。

 この猫、凄く賢いみたいで、言葉がわかるらしい。

「そうか。でもあの子なりに頑張ってるんだろ?」

 高く。

「そっかそっか。ならいつかは君が認めてあげないとだめだな」

 長く、高い声をあげた。わかっている。とでもいっているかのようだ。

 因みに、君は男か? と底が聞くと、白い猫がなにも言わずに、胡座をかいている底の足にのり、爪研ぎをするかのようにガリガリと引っ掻いた。

 痛い痛いと声をあげて、一先ず抱き上げ、頭をさげて謝った。

 にゃんっ! そんな声が聞こえたあと、底の頭を優しく数回、肉きゅうで叩いた。

「許してくれてるのか?」

 またもや高く鳴いた。

 底の誠意が伝わったようだった。

 本当はこの猫は橙が化けてたりしてな――冗談まじりに考え、そんなことはないか。と考えをやめた。そして猫をおろし、一言いってから障子を開けて雪の具合を見た。

 大分視界がひらけてきた。まだ雪が降っているが、それでも歩けないほどではない。むしろ遊べるほどにはやんでいる。

 これなら大丈夫か。そう判断して、橙を捜そうと立ち上がるが、一応、猫に聞くことにした。

「橙のいる場所、わかるか?」

 底の座っていた場所で、腰をおろしていた猫が、高く鳴き、ついてこい。と言わんばかりに廊下へと出ていった。

 わかるのか。と感心して、着いていった。

 廊下を歩き、幾つかの障子を無視して、一つの扉をガリガリと引っ掻く。

「ここか?」

 肯定して、底が開けた。そこはかまどがあるような台所で、橙が火をおこしていた。

「橙。ありがとう。雪も少しやんだから行くよ」

 底と猫に気づくと、道具を置いて、向き直った。

「あっ、もう行くの?」

「あまり長居は出来ない。この雪を止めないとだめだからな」

 黒い耳をたらし、そっかぁ。と呟いた。

「俺、魔法の森方向の里のすみに家があるからさ。なにかあったら来てくれよ」

「わかったよー。今度お邪魔するね。またねー」

 そうして、わかれ、屋敷から出ていった。底は気づかなかった。ボソッと『いたずらしたかったなぁ』と言っていたことに。

 

 歩き始め、緩やかな雪坂と、雪の積もった木、振りかえれば屋敷で、頭上からも雪。

 ここは魔法の森ではない。落ちていく雪の奥には、紅い館に、霧の湖。里や森が窺える。

 しかし、底は気づくことなく、適当に、見えぬ、有らぬ霧雨邸を求めて歩き出した。

 

 十分歩いたところだろうか、異変に気づき、底は視界が遮られる中、辺りを見回した。相変わらず見えはしないが、それでも目を凝らせばなんとか。といったところ。

 そんな底を嘲笑うかのように、突然雪が激しくなった。

 両腕で顔を覆い隠す。そしてその時、底が“消えた”

 

 いや――消えたというのは少し違う。八雲に『強制的に移動させられた』というべきだろう。

 次に、底は魔法の森のどこかに立っていた。

 ついさっきの吹雪は、八雲がおこしたもののようだ。底が顔を庇ったとき、一瞬でスキマにいれ、底を魔法の森へと飛ばした。なんの意図があってやったのかわからないが、恐らく屋敷に行くように仕向けたのも八雲だろう。

 

 吹き荒ぶ雪が収まったことに違和感を抱きながらも、改めて周りを見渡した。

「ここって……アリスの家?」

 そうだ、ここはアリス邸の見える場所。少し先にアリス邸がある。

 寄ろうかな。そう思って、家へと向かった。あれから時が経ったが、底の、癒しの場として結構通っていたりもする。アリスも喜んで迎えてくれるので、底は気に入ってたりもする。

 そのせいでまた博麗と一悶着ありそうだったが、大したことではなかったらしい。

 扉を叩くといつも通り、人形に案内される。その先にアリスが優雅に紅茶を嗜む。

 窓際に腰掛け、絹のような金髪が太陽の優しい光に照らされ、きらきらと反射する。動作の一つ一つに気品を感じるようだ。

 見慣れた光景にも関わらず、底は心から、綺麗だな。という感想を抱く。

「いつまでそこに立ってるの?」

 カップをソーサーに置き、じっとアリスを見つめる底に言った。

 ごめん。と謝って、少しの間雑談をした。そのあと、この異変について聞いた。

 なんでも『春度』というものがあるらしい。

 にわかには信じ難いが、上空から桜の花弁が落ちてきていると言う。

 もしかしたら異変をおこした者が上空にいるのかもしれない。幻想郷だ、あり得る――そう心で呟いて、かぶりを左右に振った。

 外を見ると雪は止んでいた。外に出ようと、アリスに断りをいれる。

「雪もやんだし、そろそろいくよ」

「そう……また来てね? 待ってるから」

「ん。また来るよ」

 寂しそうに言うアリスへ、約束して底が手を振った。アリスも嬉しかったのか、破顔して小さく振った。

 

 扉を閉めて、深く溜め息を吐いた。口から出た息は、無色透明なものから、雪と同色の、白い色となって、何処かへ消えていった。

 そして、飛んだ――。

 

「あーっ!」

「ん……?」

「お前はこの前の男!」

 上空、木々の上まで到達すると、そんな声が底の耳まで届いた。怪訝に声のする方へと首を動かすと、いつぞやの氷精が指を差していた。他でもない。底に。

「君は……」

「チルノ! まったく……、ばかなんだから。わたしみたいに天才ならすぐに覚えられるのに」

「じゃ、俺の名前覚えてる?」

「……ぐぬぬ」

 チルノが頭を抱えた。氷柱のような三対の翼らしきものがパタパタと忙しなく動く。

「繰鍛 底だよ」

「覚えたわ! 底、戦うわよ!」

 ビシッ。とまた指を差す。明らさまに嫌な顔をした。

「そんな顔しないでよ!」

 明らさまに良い顔をした

「ちょ、なによ……やめてよ」

 たえきれずチルノがお腹を押さえて、空中でじたばたと笑う。底もつられて笑顔になった。

「いや、楽しかった、じゃあな」

「うん、じゃあねー!」

 お互いがなにもなかったかのように、にこやかに手を振った。そしてわかれた。底は魔法の森に降りていき、チルノは首をひねる。

 そしてなにかに気づき、大声で怒鳴りながら底を追いにいった。     


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