東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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春雪異変
蟲のあとのヤンデレ


 

 

 ナイフを引いた。そしてビー玉にし、地面に落として、優しく頭を撫でた。

「許してやる」

 呆けた顔で、えっ……。と呟く。そんなリグルの頭をぽんぽんと叩いてもう一度同じ言葉で聞かせた。

 リグルの背後から正面に移動する。少し屈み、目線を合わせる。

「な、なんで……?」

「なにが?」

「いや、殺されると思ってたから……」

「正直に言ったら生かすって言ったじゃないか。なにか不満でもあるのか?」

「ううん……。ありがとう……ございます……」

 すっかりしおらしくなり、言葉使いも変わったリグルに、底はおかしく感じて、笑い声をあげた。

「なんなんだ――ですか?」

「逆になんだよその喋り方」

 ケラケラと笑って問う。

「だって、貴方は私の師匠になるんだから――」

「は?」

「ひっ!?」

 突拍子もないことを言い出したリグルに、底が思わず威圧しながら聞き返した。リグルが萎縮して、短い悲鳴をもらした。それに一言二言謝り、師匠って? と質問した。

「カルテット四天王であるわたしに勝って、しかもその上お情けももらったんだ――です。ならわたしはあなたについていく――です。でもカルテットはやめたくないです」

 もう語尾が『です』になってしまったリグルの話を聞いて、底は腕を組み、俯き気味に考え出す。

 つまり、この子は俺に負かされ、命まで助けてもらったんだから、それ相応の恩は――いや、なら師匠とかは関係なくないか? と。

 意図は読めないが、底を師として敬うことにしたようだ。いや、これもなにかの策なのかもしれない。

 熟考したあげく。「よくわからん」考えるのをやめた。

「どこでもってわけじゃないですけど、蟲に話しかけたら飛んでいくですよ!」

「そうかそれはありがたいなありがとう」

 すぐには来れないから意味がないんだな。ということを覚った底。結局役にたってないじゃないか。そう思いながらも棒読みで言った。

 対するリグルは、えへへ。とはにかんで照れた。

 

 結局、その後はカルテット四天王というのを聞いたり雑談の後、リグルとわかれた。

 カルテット四天王とは、異変の時の氷精とリグル、ルーミア、あと一人で構成されているらしい。それらが集って、自由に遊ぶグループ、なのだとか。

 もうひとつ言うと、やはりすぐには来れないのだと。やっぱり役立たずじゃないか。と呆れ果てていた。別に連れ歩いてもいいんだが、そんなことは勘弁してほしいらしい。

 

 午後一時十分。また、底は森をさまようように自由気ままに歩き出した。

 だが、行けども歩けどもなにもなく、だれもいない。一応持ってきた時計で確認したら、午後五時だった。

 もう陽も暮れる頃で、まだ長居してしまうとやはり危険だろう。と底の独断で、飛んで安全に帰ってこれた。

 家の電気をつけて、疲労をのせた溜め息を吐く。居間はいつも通り綺麗だ。物は整理され、見たところ埃もない。博霊が毎日掃除しているらしい。どれだけ暇なのだろうか。いや、これも愛がなせることなのかもしれない。

 

 翌朝。昨日は食事を済まし、シャワーを浴びた底は、泥のように就寝した。

 今の時刻は午前九時。いつもならとっくに起きてる時間だが、相当疲れていた様子。

 しかし眠ったことで、全快とまではいかないが、疲れは癒えたようだ。

 例のごとく五分間ボーッと天井を眺めて、起き上がる。瞬間に襲いかかる痛みに深い溜め息を吐いた。

 最悪。筋肉痛かよ――どうやら昨日の探索で足がやられたらしい。

若干足を庇いながらも寝室を出て、階段を下って居間へと向かった。

「遅かったわね、おはよう」

 博麗が居た。これも日常茶飯事なので気にしないで、おはよう。と返す底。

「足……どうしたの? も、もしかして怪我!? 大変! いますぐ永遠亭にいきましょ!」

 捲し立てるように底の手をとった。

「ちょっと待て。これは筋肉痛だよ。わざわざあの人の場所に行かないでもいい。それより少しゆっくりさせてくれ」

 制する底。渋々博麗が、そう……。と言って離れた。

 ソファーベッドに座り、背もたれに身を任せる。

 博麗が茶碗に炊いたご飯を装った。今日の博麗が作った朝食は焼き魚と白米。味噌汁とたくあん。

「ありがとう。いただきます」

「えへへ、召し上がれ」

 底の見えないところで博麗がガッツポーズ。毎日のやりとりだ。

「夫婦みたいで嬉しい!」

「うんうん」

「私のこと好き?」

「うんうん」

「大好き?」

「うんうん」

「嬉しい。あ、そうだ。この前紫と話をしててね」

「うんうん。うま」

「えへへ。うん。でね、男の子が喜ぶことを教えてもらったんだ」

「うんう――ん?」

 底が思わず箸を止めた。

「ご飯を作るとき、裸でエプロン? を着けたら喜ぶって!」

「ん? え? おい紫! 霊夢にこんなこと教えるなよ!」

 底が怒鳴る。なにもない横の空間に。しかし、なにもないのも束の間。すぐにスキマが開いた。相も変わらず混沌としていて、目玉が不気味に底を見つめる。

「ぷっ……! 霊夢、ナイスよ……!」

「確信犯か貴様ッ!」

「いやー、面白いわ……。是非してあげてね霊夢。今度可愛いエプロンあげるから」

「やった、悩殺しちゃうんだから!」

「…………」

 諦め、項垂れた。必死に頼めばきっとやめるだろう。

 しかしそれをしないのは悲しきかな、男の性のせいでもあるのだろうか。頭の中には煩悩と罪悪感で埋め尽くされているであろうことが容易に窺える。

 しかし――。

「……よし、今度お願いしようかな……」

 控えめにお願いする底に、博麗は歓喜の声をあげ、八雲は固まった。

 まさか底が頼むとは思ってもいなかったみたいだ。

 でもそれも面白い。とでも言いたげに扇子で口を隠して、底達に見えないよう、にやにやと笑みを浮かべた。

「お願いされた……! 底のためなら、私頑張る……!」

 底も男である。そして、純粋な心は持ってはいない……と思う。見た日には『おー……最高だな』等と言っている事だろう。

 

 

 後日。博麗の恥じらい裸エプロンで料理を作る姿をまじまじと見つめる底が拍手し。おー……最高だな。と呟き、大層喜んでいたそうな。

 裏ではその様子を眺めた八雲が大爆笑していたが、底からしたら知りたくもないし知らないほうがいいのだろう。

 

 

 時は移り変わり二千四年、五月八日。

 幻想郷は変わらず平和で、桜が舞い、暖かい――――。

 

「寒いな……」

 そうだ。今は五月にも関わらず、雪が降っている。それも地面に積もる程の。

 可笑しいおかしいと唸りながらも底は厚着をして博麗神社へとやって来た午前九時。

 朝の寒さは夜とは違い、身が引き締まるような寒さ。意識を改めて覚醒させてくれる。

 雪に化粧された幻想郷は、名前通り、かくも幻想的に、視界に映る。しかし、その景色も底には見飽きたようだった。

 

「おーい、霊夢ー!」

 黒いダウンジャケットを着た底が境内で名前を呼ぶ。

 待っていたかのように何時もの巫女装束に赤いマフラーを巻き、右手にお祓い棒を持った博麗が社殿から駆け出てきた。

 二人で寒そうに微笑む。一見したら恋人にも思えるこの二人。しかし恋人ではない。

「底! これは異変よ!」

「そうだな。どう考えても異変だな」

「本当は逢い引きしたかったけど……、異変解決を二人っきりで行くのも楽しそう!」

「……うんうん。そうだ――」

「おーいれいむー!」

 博麗が『やっぱりか』とでも言いたげに溜め息を吐いた。霧雨の声だ。それは空から聞こえてきた。

「お、魔理沙なんだかんだで久しぶりじゃないか?」

「久しぶりだぜ! えーと、何ヵ月ぶりだな!」

「わからないのかよ。まあいいや。ところで、ちょっと大人っぽくなったか?」

 底が笑い声をあげ、霧雨を見て言った。

 それに霧雨が嬉しそうに底へ近づいて「おっ! わかるか? いやー、良いカラダしてるだろ?」と、冗談めかして――ポーズまでとって――みせた。

 二人が喋っている横で、ぷくー。と頬を膨らませた博麗が底の手を掴んで「行くわよ底っ!」霧雨から離れさせた。

 見え見えの嫉妬に霧雨はにやにや。底は安堵の溜め息を出した。

 これで激怒して監禁とかされたらたまったもんじゃない。一先ず大丈夫だ。と博麗は霧雨と底を引き連れて飛び立った。

 春の象徴とも言える桜の花弁が霧雨の家の前に落ちていた。ということを聞いて、それを確かめる為、霧雨邸へと向かった。

 道中、吹雪で視界が遮られる。魔法の森ならこの吹雪はまだ大丈夫だろう。ということで森を三人で歩く。

 だが何故か吹雪なのは変わらない。積もった雪に足をとられ、視界を遮られる中、顔を腕で庇い突き進むこと一時間。

「おーい! まだ着かないのか!?」

 そろそろ身体が冷えて辛くなってきた。極寒ともとれる気温は、かくも底の体温を奪っていく。

 きついか。そう思い始め、前に歩いている筈の霧雨と博麗に大きな声で問い掛ける。しかし返事は来ない。

 嫌な予感がした底は、立ち止まって、二人の名を叫び続ける。

 喉が枯れてきて、やめた。二人なら安心だろうし、そう心配もいらないはずだと自己暗示させるように、足を進めた。

 

 

 一方の博麗と霧雨は、底がいないのに気がつかず、霧雨邸へと着いた。中は散らかっていた。乱雑に、雑然に。でもそれは博麗には見慣れたもの。ちゃんと片付けなさいよ。の一言で終わる。

 玄関に入った二人は、服についた雪を払い落とし、一つ、気づいた。

「……底は!?」

 霧雨の制止を振り切って、家から飛び出した。周りを見ても雪ばかりで、雪しか見えなかった。空も、地面も、木も、なにも見えない程の吹雪で、当然最愛の人は確認できなかった。

 ギリッ。と歯軋り一回、底を捜すために走り出そうと、足に力を込めた。

「おい! 流石に危ないって! 大人しくしてようぜ!」

 霧雨が腕を掴んで止める。強く睨み、博麗が怒鳴る。

「底が危ないのよ! 離して!」

「だめだ! 絶対に行かせない! 底なら大丈夫だ!」

「なんの根拠があってそんなこと言うのよ! 死ぬかもしれないのよ!?」

「お前――」

 バシン。と玄関で大きな音が響いた――。                          


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