アリスの洋館から歩き、木々を通り、川と並行する。化け物茸を踏んづけて渡り、ある一軒の西洋風な家を見つけた。
周りには木がなく、日当たりがいい。それに、天日干ししているのか、本が何十と置かれている。だが、それにしても可笑しい。天日干しというよりも、邪魔だから置いてる。置く場所がないからここに置いているような感じだ。酷く散らかっている。
扉の上には看板で申し訳程度に『霧雨魔法店』だと主張している。
「霧雨魔法店……。魔理沙かな?」
西洋風の家を見つめ、誰ともなく呟く。勿論返事は来ない。
扉を叩く。むなしく響いた。待ってもいっこうに誰も来ない。留守か……。と自己完結して、後退りで離れていく。同時に、ここが多分魔理沙の家なんだ。と頭の片隅に刻み、霧雨魔法店を後にした。
更に何十分か歩き、大樹があるところに着いた。なにか不思議な、なにか神聖そうな、しかし何処か変な気配を感じて、底が大樹の前で足を止めた。
そのまま眺める。大してなにかあるわけではないが、なにかある。そう思ってしまう。
「わっ!」
「君達か。気配の主は」
いきなり底の背後に現れ、驚かそうとにやにやしながら大きい声を出した赤い少女に、平淡に聞いた。
「ちぇ、気付いてたのかー、面白くないー!」
「仕方ないわよ。能力を使っても薄々気づいてたみたいだし」
「まあ、わかってたけど」
オレンジかかった金髪のツーサイドアップの少女が駄々をこねるように、元気に叫んだ。それになにもなかったところから現れた二人。一方は亜麻色に近い金髪で縦ロール。もう一方は前髪が綺麗に切り揃えられた黒髪の少女。
それぞれの羽があり、少なくともただの『人』ではないことがわかる。それに、三人とも、齢八歳に見える容姿をしていて、早く言えば子供っぽい。赤い服を着た、驚かそうとした少女が正にそれだろう。
「それで、どうして驚かせようと?」
「ここに来たから」
「そりゃそうだな」
腰に手を当てて、問い質そうとするが、当たり前のように赤い少女から返され、その通りだと納得した。
「俺は繰鍛 底。君達は?」
「私、サニーミルク!」
「ルナチャイルドよ」
「スターサファイアー」
サニーミルクは元気一杯に、笑顔満開に手を挙げて、ルナチャイルドはクールに頭を下げて、スターサファイアはどうでもよさげに長い髪をくるくると手であそび、それぞれ自己紹介した。
「君達は人間……、ではないよな?」
「私たち妖精だよ!」
「妖精……か。妖精……」
連呼しながらも、難しい顔をする底。
「そうよ。妖精。ばか正直でいたずら好きのね」
皮肉をまぜたような言い方をするルナチャイルド。底は、その言い方に少し、どこか引っ掛かった。自分も妖精の筈なのに、そんな言い方をするなんて……。と思ったのだろう。
「妖精は嫌いか?」
「私は好きだよ! 楽しいし!」
「嫌いじゃないわ。なにより自分がそうだし」
「どうでもいいわー。楽しいならなんでも」
「ふーん……」
顎に手をあてて考える。サニーミルクは純粋で、ルナチャイルドは大人しく、妖精っぽくない。スターサファイアは面倒くさがりで小さなことは気にしない、といったところか――考えついた。顎から手を離し、再び話しかける。
「正に三者三様だな」
「まあ妖精も色々いるからね」
そんな感想を口にした底に、ルナチャイルドが応えた。
「立ち話もなんだし、よければちょっと座らないか?」
三人――正確に言うと三妖精が返事して、地面から出てる大樹の幹に腰掛けた。ちょうどいい大きさになっていて、座りやすい。何羽か、鳥が羽ばたいて逃げた。
「ところで、妖精って家はないのか?」
「ここだよ?」
「えっ」
「ここだよ」
「…………」
サニーミルクが大樹を指差す。流石にここに住んでるとは思ってもいなかった底は、聞き直し、呆然と見上げる。
天まで届くような高さに、他の木とは違う、圧倒的な葉と枝の量。他の木が一目置いてるみたいに感じる。
いったい、どういう風な家なのか。枝に小さい家が建てられているのか、それとも中がくりぬかれているのか。
しかし、さほど気になることでもないので、想像するのを止めた。
「あ……そうなのか。なんか、すまなかったな」
「えー? なんで謝るのー?」
「いや、ここが君達の家なんだろ? なら俺は家の前でずっと立ってたわけだ。少し失礼じゃないかって思ってな」
「別に気にしないわ。わからなかったんだから当たり前よ。それに――」
「話せたし、ねー!」
ルナチャイルドの話を遮って、サニーミルクがスターサファイアとルナチャイルドに同意を求めるように見合った。
二人がうんうん。と頷いた。
そっか。と底が優しく微笑む。
「三人はいつも何してるんだ?」
「えっとねー、いたずらして遊んだり、他の妖精たちと遊んでるよー!」
「私もそうだけど、本を読んだりぬいぐるみを集めたりしてるわね」
「料理を担当してるわー」
三十分談笑し、遊んだ。
そろそろ探索を再開するかな。と思いたち、再会を約束し、別れた。サニーミルクが随分別れを惜しんだ――駄々をこねた――が、ルナチャイルド、スターサファイアが説得して、漸く開放され、足を進めることが出来た。
底の頭の中には、次はいつ会おうか。というものや、説得してくれた二人に感謝の念ばかりだった。
もし着いてくる。なんて言われた時には、死に物狂いで説得をしていたかもしれないな。と頭を左右に振る底であった。
別に来てもなんら支障はないのだが、嫌な予感がするらしく、さっきから身を固めて歩いている。
「リグルキーック――!」
咆哮。とは少し違う、可愛らしい、少女の雄叫び。それは足とともに歩く底へと降った。
そう言うと聞こえはいいが、ただ木の枝で待ち伏せして、タイミングをはかり、落下と体重を掛けた蹴りをしているだけだ。
小柄にしては、相当な威力を秘めていた。なんせ、食らった底はバウンドしながら数十メートル先まで吹き飛び、木に激突してやっと動きを止めたのだから。
着地した少女は得意気に胸を張り、こう言った。
「フッフーン! わたしの蹴りは痛いだろー!」
と。底がゆっくりと起き上がる。幸い、怪我はなかったようだ。背中のリュックを見ると、泥が付着しており、これまた幸いといえようか、破けてはいなかった。クッションの役目をはたしたらしい。中身は定かではないが。
急いで辺りを見回した。すると、底の目に、一人の少女を確認出来た。その少女は緑のショートカットで、燕尾状にわかれたマントを羽織るという、コスプレかなにかをしているようにも見える外見であった。
敵と認識した底は、舌打ちして懐のビー玉を取り出し、警戒した。
逃げるよりも戦った方がいい。と判断したようだ。
「あれ? 生きてた……? 結構強めにしたんだけどなぁ……」
頭をポリポリと掻いた少女。
「いきなりなにをする。危うく怪我どころでは済まない状態になるところだったぞ?」
「そりゃあ、殺そうとしてたし」
あっけらかんと。
底は絶句した。この子は俺に殺意をもっているのか。なぜ――そこまで考えて、思考を中断せざるを得ないことになった。少女が走り出したからだ。
致し方なし。とばかりに急ぎ、ビー玉を刀に変える。
「――わぁ!?」
急に悲鳴をあげた少女。そして足を止めた。底が刀をおろし、怪訝な表情で見つめる。少女は尻込みしている。
「な、なんだ?」
「そんな物騒な物出さないでよ! 怖いじゃない!」
「は? お前は蹴ってきただろうが。言われる筋合いはないぞ?」
「うぅ……。大人げないぞ!」
「お前妖怪だろ。お前の方が年齢は上のはずだぞ」
「レディに年齢の話をするなんて……。許せない……!」
「な、なんだお前……。なんなんだお前は――」
「うるさい! カルテット四天王の一人、リグル・ナイトバグが貴様を成敗してくれる!」
ポーズを決めるリグルとやら。
なぜか自分が悪いことになり、頭に『!?』という、感嘆符疑問符を作りながらも、底は再び走り出したリグルを目に据えて、構え直した。
底が苛立ちに任せて、荒々しく舌打ち一つ、上段にしていた刀を振り下げた。
銀の刀から織り成される一閃は、しかしリグルに躱された。
見切り、身体を一回転させ、底の懐に入り込んだリグルは「リグルパーンチ!」と立派な技名とは程遠い掛け声で、底の腹部ど真ん中を貫く勢いで殴った。
底がくぐもった呻きをあげるが、刀を力任せに振るう。それをバック転で避けた。
「いまのは効いただろう! 大人しく降参するんだ!」
ビシッと指差すリグルに、底が痛みを誤魔化そうと深呼吸してから、言い返す。
「降参? 寝言は気絶してから言え」
「なんだとっ!? やってやる! 四天王の名にかけて!」
なんの四天王なのか。カルテットとはなんなのか。気にはなるが、リグルをどうにかするしかないだろう。
足に雷をまとわせ、刀をナイフに変える。そして――消えた。
正確には“消えたように見えた”だが。
リグルがキョロキョロと辺りを窺う。だが、底はリグルの背後に立っていた。素早くリグルの口を塞いで首元にナイフをやった。
驚きに身体を振るわせ、叫ぶ。しかし、その声は手で塞がれているために、響かない。もがくも、意味をなさない。
「動くな。喚くな。騒ぐな。お前を殺すのは容易い。生きたければなぜ俺を殺そうとしたか言え」
静かに、低い。深淵を垣間見るような声色がリグルの鼓膜を震わせる。
徐々に涙をためて、足をがくがくとさせるリグル。
「手を離すぞ。お前はどうして殺そうとしたか話せ。わかったな? 三度言わせるなよ?」
こくりこくりと何度も頷く。底の手に雫が滴っていく。
口にやった手をおろすが、ナイフはおろさない。ぷはっ。と呼吸をして、ポツリと嗚咽まじりに吐露する。
「わたし……、最近、友達に『人間は美味しい』って、いう話を聞いて……、食べてみたいなぁって思っちゃって。蟲達から『いつもは来ない男の人間が森に来た』って聞いたの。好都合だって思って……殺して食べちゃおうって……」
「今までにだれか殺したか?」
「ううん、殺してない……。いつも人間からいじめられるの。だから人を避けて友達と遊んでた」
未だ止まぬ嗚咽で言う。涙で顔を濡らす。
そうか。とだけ返事をする。
底は、殺さないで。と悲願するリグルの首元に当ててるナイフを――――引いた。