東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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魔法の森探検。それは険しく、長い。

 

 

 

「なに? 魔法の森へ?」

 そう確認するように言ったのは底。自宅で八雲と底が向かい合うように座っている午前十時。

 ついさっき、急に現れ、これまた急に『魔法の森に行ってきなさい』と言われたのだ。

「ええ、そうよ。貴方もそろそろ幻想郷を見てまわりなさい」

 確かに、三ヶ月経って、そろそろ慣れてきたし、頃合いかな。と顎に手をあてて、冷静に自己分析する底。あれから一ヶ月。色々面倒ではあった。博麗が離れなかったり、珍しくレミリアが一人で家に来たり、霧雨が茸鍋を底にご馳走したり、博麗が酔って底と一線を越えようとしたり、博麗がまた縛ろうとしたり、博麗が――。

 

「うん、わかった。まあ、安全とはいかなくても大丈夫だろ。ただ魔法の森を見てまわったらいいのか?」

「そうね……、その先々で者と知り合うのも目的では。じゃあ今日にでも行ってくるよ」

「ええ、いってらっしゃい」

「ああ、いってくるよ」

 八雲がスキマを使って消えた。消えたところで面倒くさそうに溜め息を吐いて顔をしかめ頭を掻いた。なんでいきなり魔法の森に……? なんて事を考えながら。しかし、いくら熟考しても全く八雲の考えを覚れない。所詮『猫は虎の心を知らず』ということなのだろうか。

 

 一応迷っても困るので、リュックを用意。用意周到は基本。それも魔法の森なんだ。茸の胞子がばらまかれ、幻覚やらを映すが、しかし、底には通じない。だが、用意するに越したことはない。

 水、『カロリーメイツ!』と呼ばれる黄色のパッケージをしたバランス栄養食。その他色々。結構重くなってしまったがようだが、それくらいしないと不安で仕方ないのだろう。魔法の森には一回、ちょろっとだけ入っただけで、それ以外はない。

 何故か毎日、懐から離れない銀のビー玉を握りしめて、午前十一時。外に出た。

 

 幻想郷では『森』と言われると、ここ、魔法の森を指す。鬱蒼と生い茂る木々は太陽を遮り、化け物のような大きさの茸。七色であったり、黒かったり、赤で緑の斑模様があったり。

 それは全て食べられないことはないが、幻覚作用、幻聴、嘔吐、下痢、目眩や頭痛、果ては筋肉痛等を引き起こしたりもする。何故筋肉痛なのかは誰にも分からないが。それらの胞子は人間に悪影響を及ぼす。また、この茸らの幻覚が魔法使いの魔力を高める。と言われている。

 妖怪にとっても居心地が悪く、胞子などが平気な者は安全に暮らせるだろう。

 

「うおっほ、でかい茸だな……!」

 歩いて五分。早速大きい、見た目は普通の茸を眺める。初めて見る物に興奮して、変な声が出てしまったと誰も見てないが恥ずかしそうに俯く底。

 淡々と歩を進めてから二十五分。こじんまりした洋館が見つかった。挨拶して、あわよくば休憩させて貰おうかなと思い、底は扉に向かう。

 あと数メートルのところで、底が急に立ち止まる。そして、目を瞑り葛藤する。

 俺がもし訪ねたとして、挨拶したとして、なにか作業をしていたらどうしよう? それを止めてしまったら申し訳ないな……。でも、紫からは会うように言われているし――日本人の性だろうか。相手の事を考えてしまう。

「…………!」

 真ん前に小さい人形が浮かんでいるのも露知らず、底は更に考え込む。

 ていうか図々しくないか? いきなり来て挨拶したとはいえそこに居座るんだぞ? 休憩するん――。

「……! ……!!」

 人形が底の腕を引っ張った。小さい体でも力はあるようで、底が揺れた。その揺れに思考の海から上がり、目を開けた。

 お互いに長い沈黙。一方は喋れない。一方は間抜けに口を開けて。

「えっ」

 漸く口が開いたと思ったら、やはり間抜けな声が出た。人形が身振り手振りで、分かりやすく言うと、ジェスチャーで伝えるが、底には一切通じない。底を指差し、次に洋館を指差した。

「……もしかして、入れって意味?」

 三回その行為を見たところで、やっと漠然と伝わり、意味を聞く。それに対して人形がうんうん。と数回頷いた。

「そ、そうか。え、君がこの家の主?」

 怪訝な表情で底が問う。人形が千切れんばかりに、左右に首をやった。

「違うのか。なら――」

 言いかけたところで人形が底を引っ張った。もうどうでもいいから来い。という意味だろうか、それはなんだか『喋れないんだから伝えようがない。とにかく入って』と言っているように見える。

 なすがままの底を尻目に、扉を開けた人形。土足で玄関を通り、もう一度扉を開くと、少しだけ広い十字が見えた。真ん中に行き、迷いなく左に曲がって底を連れていく。

 左はキッチンと居間になっていた。キッチンはカウンターで、人形二体が飛び、お湯を沸かしたり、クッキーを焼いたりと忙しなく動く。居間の方では窓際にテーブルがあり、椅子が二つ。一つには少女が座っていた。優雅に、気品溢れ、紅茶を嗜む。そして、これまた人形二体が左右に飛んでいて、紅茶を淹れたりクッキーをテーブルに置いたりしていた。

「なにかしら」

 そう声を出したのは可憐で美しい少女。

 金髪の赤いヘアバンドに、瞳は綺麗な青でよく映える。

「いや、この子に連れてこられて……」

 底がなんとか声を絞り出して、未だに腕を掴む人形を示した。

「私が言ってるのはそうじゃなくて」ティーカップをテーブルに置き、底を見て「なんで家の前で考え込んでたのかよ」と言った。

「ああ、えと、挨拶しようと思ったんだが、迷惑じゃないか? って思い始めて……」

 気まずそうに頭を掻き、目線を斜め下に向ける底に、アリスがクスクスと笑った。

「気にしないでいいわよ。私はアリスよ。アリス・マーガトロイド」

 カーテシーをした。

『カーテシー』というのは、ヨーロッパの伝統的な挨拶で、片足を斜め後ろに引いて、もう片足の膝を軽く曲げる。スカートの裾をちょこっと掴み、軽く持ち上げ、腰を曲げて頭を下げる。といったものだ。

「おっと、すまないな。俺は繰鍛 底だ」

 お辞儀の仕方は分からないが、頭を深く下げた。誠意は伝わったようで、アリスがもう一度クスクスと微笑んで、慣れないことをしなくてもいいわよ。と言った。

 座りなさいと促されて、とりあえず腰掛けた。隣の人形がティーカップを用意して、紅茶を淹れる。もう一体が新しいクッキーを持ってきた。

「さ、ゆっくりしなさい。来客は久しぶりだわ」

 うきうきしているのか、心なしか顔に笑みがこぼれている。

 クッキーをひとかじり。鼻腔に通るこおばしい香りに賛嘆。

 紅茶を一飲みして、紅茶ってこんなに美味しいのか。という驚嘆。

 これら全て人形が作っているんだな。と周りを見て改めて感嘆。

「ふふ、なによ」

 きょろきょろと視線を巡らせる底に、クスクスと笑いかける。

「え?」

「なに見てるの?」

「いや、人形がこんなに動くとは、凄いなぁと……」

「ふふ、これは全部私が動かしてるのよ」

 自慢気に言うアリスに、底が愕然とした。これらとは、五体は目視できる。それを精密に、いっぺんの乱れもなく正確に動かし、使っているのだから。息をするように簡単に。

 試しに。とアリスが呟き、丸いテーブルの上にあるクッキーの皿とティーカップを退けて、テーブルの上に二体の人形をくるくると、社交ダンスを踊らせる。アリスの指が動く。

 底は見入った。それと同時に、人形に親近感がわいた。

 まるで今の自分のようだ。紫に半ば強引とも言えるふうに連れてこられ、今だってこうしている。そりゃあレミリア達に会えたことには感謝してるが、ここに来た時点で俺の平安は、ここで言う、幻想の彼方に消えた。いや、俺が生まれた時からもう平安なんてなかったか――自嘲気味に笑った。

「……どうしたの?」

 底の顔を見て、心配そうにアリスが聞いた。

「いや、別になんどもないよ」

「でも――いえ、そうね。わかったわ」

 それ以上、詮索はしなかった。会ったばかりの自分が、気軽に聞いていいものではない。と覚ったのだろうか。その顔は優しい。

「ありがとう。でも、本当に凄いな……」

「私、里でたまに人形劇を披露してるから、見かけたら是非見ていってね」

「うん。必ず見に行くよ。ちょうど里に家があるし」

「へぇ、じゃあその時会えたら少し寄ってもいいかしら?」

「ん? ああ、全然、寧ろ歓迎するよ」

「うふふ、やった」

 アリスが両手で可愛らしく、小さいガッツポーズをした。

 絶えず踊っていた人形を飛ばし、テーブルにクッキーの皿と紅茶の入ったティーカップを置かせる。

 一体の人形が底の肩に座った。落ちないように底が支えて問い掛けた。

「なんで肩に?」

「その子、貴方のことが気に入ったみたいね」

 淑やかに微笑んだ。その様子を見て、底が無言でアリスを見つめる。

「な、なによ……」

「この人形、アリスが動かしてるんだろ?」

「そ、それを言ったらだめじゃない」

「ははは。確かにな。ごめんごめん」

 水を差した底を、アリスが腕を組んで優しく叱る。飄々と返した底に、もう。と呆れたような声を出した。

 底がクッキーを食べる。うまい。なんてことを言って舌鼓を打ち、そこから軽い雑談が始まった。

 

 

「じゃあ、気を付けてね」

「ああ、ありがとう。世話になった」

 家の外で、アリスと数体の人形が底を見送る。あれからおよそ三十分。ちょうど十二時だ。昼食もお世話になり、疲れもとれた。そこで、もうそろそろ出るよ。ということになって、いま、外にいる。

「よし、じゃあまたな」

「ええ。また会いましょう」

 底がリュックを背負い直して、足を前に進めた。アリスが小さくジャンプして、手を大きく振り、また来てねー! と離れた底に聞こえるよう、叫んだ。

 底が手を振り返した。そして、また歩き出す。その足取りは若干スキップをするように軽やか。森のざわめきも底を見守るように静かだった。                     


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