東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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日常
ネタなら死なないし怪我をしない


 

 

 二千四年、十月二十四日。

 

「ここが『香霖堂』か……」

 底は一人で、魔法の森という場所の近くにある一軒の店へとやって来た。何故ここに来たか。それは毎日、何故か底の家にいる博麗と話をしていたところまで遡る。

 ほぼほぼ二ヶ月、幻想郷で平和に暮らし、慣れてきた底は、なにか面白いところはあるのか。と博麗に聞くと『男がやってる店で、香霖堂ってところなら色々あるから面白くはあるわよ』なんて言葉が返ってきて、行くことにしたのだ。

 

 しかしこの二階建ての家。入り口の上には看板で『香霖堂』と書かれていて、非常にわかりやすい。

 ちらっと隅にある狸の置物を見てから扉を開く。中は薄暗く埃っぽい、障子の窓は破け、新聞で補修されている。品が雑多に、ところ狭しと置かれて、買ってもらうのを今か今かと待っているようにも見える。そしてカウンターがあり、椅子。その上に座る、店主であろう銀髪の男性が新聞を閉じて、目を底へと移した。

「いらっしゃい」

 優しそうな笑顔を浮かべ、男性が底に話しかけた。そしてなにかに気付いたように眉を少しだけ上げて名乗った。

「初めまして。だね。僕は森近霖之助」

「はじめまして。俺は繰鍛 底。二ヶ月前位にここへ来た」

 置いてる装飾品を眺めて言った。

 へぇ。という声の後「君は最近来た人間か。じゃあちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかな?」 と問い掛ける。

「ん? 良いけど、ちょっと見てもいいだろうか」

「おっと、ごめんごめん。ごゆっくり」

 新聞をまた手に持った。

 流し見する底に、一枚の掛け軸が目に入った。それをライトが優しく照らしあげる。

「それに目をつけるとはね。いい句だよね」

 新聞をカウンターに置いた森近霖之助が喋り始める。「夕方ごろ吹く風に秋の気配を感じるよ」

 底は振り返り「外の遠いところでは、これのことを『あなたはおばかさんね』とよむらしいぞ」その濁った目で森近霖之助を見つめ、教えた。

 優しく微笑み「そうなのか。そうなったら僕はばかなんだね」とおおらかに言う。

「そうだな。霖之助はばかだな」

「あはは。はっきり言うね。気に入ったよ」

「それはどうも。これから仲良くしよう」

「そうだね。仲良くしよう」

 何度かやりとりをして、固く握手をする。そろそろいいかい? と森近霖之助が底に聞く。底が頷くのを見ると、森近霖之助が店の奥へと底を誘った。奥にも外のもの、底には用途がわからないもの、一見しても使い方、なぜあるのか、わからないものばかりが乱雑に置かれ、お世辞にも部屋が綺麗。なんて言葉は出てこない。

「これ、この前拾ったんだけど、使い方わかるかい?」

 森近霖之助が一つの大きい物体に足を止めた。底がそれを視界にいれると「これは……、バイク?」と呟いた。

 それは青色のスクーターだった。酷く汚れていたのを、森近霖之助が綺麗にしたようで、傷やへこみ、所々剥げてはいるが、綺麗なメタリックブルーで塗装されていた。

「これは移動するための乗り物だ」

「それは知ってるんだけどね、どうやるのかはわからないんだよね」

「じゃあ、エンジンつくかはわからないが、やってみよう」

 ハンドルを掴んで、二人揃って外へと出た。少し冷たい風が吹く。森のさざめきと鳥の声。秋の優しいひざし。その下でバイクにまたがる底と、その右前に立つ森近霖之助。

 免許なんてものはとっていない。正確に言うと、とっていた。とって乗っても、事故で死んでしまい、乗ることが出来なかった。よって諦めたのだ。だから一応乗れることは乗れるが、ペーパーではあるし、運転も初心者である。

「よし、エンジンつけるぞ」

 前斜めで底を眺める森近霖之助に聞こえるよう、大声で言う。森近霖之助が頷いた。

 エンジンを起動。なんとか動いた。ガソリンも少量だが、あるようだ。オイルも大丈夫。重要な鍵は言わずもがな。さあ後は動かすだけ。森近霖之助が息を飲む。緊張感に包まれながらも、グリップを“めいいっぱい”回した。唸り、急な発進に前車輪が浮く。底が振り落とされた。コントロールを失い、走るバイクは闘牛の翔る様に似ている。猛然と。猪突猛進に走るバイクは霖之助へと角を立て向かった。驚きに森近霖之助は怯んで動けない。ついに、森近霖之助に激突する。倒れてた底がちょうど顔をあげた。

 衝突音とともに、森近霖之助の悲鳴があがる。何びきか鳥が木から飛び去る。呆然とする底。倒れ、押さえる。男の大事な所を。つまるところ、局部。

「…………。り、り、霖之助の霖之助ー!!」

 大丈夫か!? と直ぐ様立ち上がり、駆け寄る。おっ……ぐぅ……。と唸りをあげる森近霖之助。大粒の汗をだし、苦悶の表情をする森近霖之助。転がり、少しでも痛みを和らげようとしているのか、謎の動きをする森近霖之助。いまは合掌するほか、ない。この場合、他者はあまりにも無力。やくたたずなのだ。手を合わせ、祈るしかない。それしかやることはない。無力を噛み締めるほか……、ないのだ。

 底は必死に謝り倒した。

 

 

「いや……、アハハ。うん。辛い。なくなったかと思ったよ……」

 数十分後、痛みが引いた森近霖之助が謝る底を寛大にも許し、光のない瞳で笑いながらそう言った。

「本当にごめん。あんなことになるとは……」

 目を背け、何度目かの謝罪をした。バイクに乗れる。と張り切っていたが、嘘のようにショボくれている。

「いいんだよ。あはは。若気のいたりみたいなものさ」

 まだ下腹部を押さえてはいるが、微笑を浮かべた。

「……よし、うん、まあ。入ろうか……」

「そうだね……。なんか凄く疲れたよ……。あ、乗り物はどうする?」

「…………。こんなことが起きないように、置いてあった場所に置いておこう。というのはどうだろうか?」

「賛成。もう……」

 森近霖之助が溜める。溜めにためて、出した。「二度と嫌だ」

「見てるこっちも肝が冷えた。冷却された。一刻も早く忘却したい」

 寂しげに倒れるバイクを起き上がらせ、押して香霖堂に二人が入り、もとあった場所に置いた。

 

 再び店内の品を物色する底に、ところで。と新聞を見る森近霖之助が話しかけた。

「どうしてここに来たんだい?」

 インクの切れたボールペンをテーブルと壁に寄り掛かせ目立つように立たせて「霊夢から聞いたんだよ。ここが色々あって面白いよってさ」と伝えた。

 へぇー。と間の抜けた返事をしてから、微笑んだ。

「お客さんを運んでくれたわけだ」

「招き霊夢か」

「あはは。でもツケは早く払ってくれ。って言っておいてよ」

「ツケ……。ま、まあ、伝えておくよ。しかし、ここは変な物が多いな」

“ツケ”という言葉を聞いて目をパチクリさせながらなんとか返し、話題を変える。

「頼むよ。『無縁塚』っていう所が結界の緩い場所でね。物拾いして売ったりしてるのさ」

 珍しい物が落ちてるんだよ。そう話す森近霖之助は凄く楽しそうで、底からしたら眩しくも見えた。太陽を見るかのように目を細めて、ほー。と梟のような声を出した。

「あ、ごめん。どうでもいいことを延々と……」

「いやいや。そのまま続けてくれてもいいよ。それの後ろで探してるから」

「それ……、聞いてないよね?」

「そうとも言うかな」

 そこまで会話して、呆れたように小さくため息を吐き森近霖之助が口を閉ざす。喋らないのかと思いきや、にこやかに、のびのびと語り出した。それをBGMに、底が品を見て回る。

 扇風機、ダイアル式のテレビ、掛け軸、巻物、なにかの札等々。大きいものから小さいもの。外のものから底の知らないもの。多数取り押さえております。といった威風堂々と、佇むなにかの等身大人形が底に『買ってくれ』と訴えているようだ。

 その視線やらを無視。底の目にとまるものはなかったみたいで、カウンターで淡々と語る森近霖之助へ呼び掛けた。

「今欲しいものはないな」

「そうかい? 気になるものでも良いと思うよ? 飾りだったりとかにも使えるし」

「いやー、俺なんか欲しいって思った物しか買いたくないんだよなぁ。買い物しても決めてた物しか買わないし」

「そっか。それなら仕方ないかな。僕としては買って欲しいけど無理強いはできないし」

 そこからはすこし雑談が始まった。

 一時間後、椅子に座る底が起立し、挨拶してから飛んで帰る。途中、チルノやらルーミア、緑の女の子と変な羽を生やした少女が四人で騒いでいたが、底は無視した。なにかあっても面倒だからだ。

『あたいは最強!』とかなんとか言われて勝負を挑まれでもしたら果てしなく面倒なのだろう。ありそうだ。それに、底の見立てではチルノは強いと感じた。流石にレミリア程ではないし、紅美鈴よりも楽ではありそうだが、それでも何回か死ななければ勝てないほどには強いのだろう。妖精は総じて弱い。と霧雨と博麗から聞きはしたが、チルノはその中でもずば抜けて、別格に強敵。しかも、チルノの他にあと三人もいる。流石に四人と戦うことはないだろうが、用心するにこしたことはない。

 底の家に着き、入る。底が、ただいまー。と挨拶をしたらバタバタと破顔させ、忙しなく走る博麗がやって来た。

「おかえりー!」

 うふふ。と笑う博麗を適当に相手して、居間へと座り一息吐く。博麗が淹れたお茶を口にし、頭を底に向け催促する博麗の頭を、これまた適当に撫でる。それでいいのか。と問いかけたい位に喜ぶ博麗に、底が気付かれないよう本当に小さく溜めた息を出した。

 つねに博麗が底にくっつくもんで、底は辟易としていたりもする。しかしこれを言った時の博麗の反応が容易に想像できるもので、それを考えて更に辟易とするという悪循環。毎日朝には家に居て、起きたら底に着いていき、底が身だしなみを整えるのをじーっと見ては笑顔。底と食事をしては笑顔。くっついては笑顔。終始笑顔。これを二ヶ月間毎日だ。いくら可愛いといっても、流石に気が滅入ると思う。一日をずっと見られているのだ。生活を自身の否応なしに把握され、少しでも怒ると、拒否すると、絶望したように顔を変える。

 しかし、今日の底は違う。意気込み、なにかを決意したように深呼吸して目を開いた。その眼光は刃のように鋭く。深く吐いた息は今までの自分を捨てるかのよう。その息は虚空を彷徨い、どこかへ消える。横で幸せそうに底の腕を抱く博麗が首を傾げる。

『バッ』と効果音のつきそうなほど勢いをつけて、博麗を睨み付ける。

「そんな目で見られたら私……、もっと好きになりそう……」

 顔を紅潮させ、底の顔を見つめる。だが言葉からして可笑しいと思う。

「霊夢。言いたい事がある」

「なに? 私なんでも聞くわ! もしかしたら結婚の話し? 甘酸っぱい刺激も欲しいけどやっぱり底と一緒なら地獄でも一緒に行く!」

「少し重いかな」

 捲し立てる博麗に、底が核爆弾を投下。だが、部屋に炎の海や爆発が起きる訳ではなく、逆に居間中が凍り付いた。                   


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