東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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“死”は、すぐそこに

 

 

 

 

 

 

「詳しくは言わないけど、貴方には特別な力。“能力”があるわ。それを駆使して幻想郷を救って頂戴。勿論、救ってもらうからには衣食住は保障するわ。私が屋敷でも家でも手配してあげるし、食材だって持ってきてあげる。至れり尽くせりよ」

 そう提案する八雲はさっきと同じ。底は、気づくと椅子に座り、八雲の話を聞いていた。これが底の特異。底自身の生命が停止すると、その直前、またはそれがおこる少し前や、起床時に時間が巻き戻る。

 この特異のおかげか、底は今の今まで生きていた――厳密には何十回と死んでいるのだが――これがなければ八歳でその生を終わらしていただろう。いや、もし、この特異がなければこんな壮絶な人生はおくっていないとも言える。この特異のせいで何度も底は死んでいる。それは神が殺そうと奮闘しているように。

 何故だか、すべてが底を殺そうとする。だが、底は無駄な事はあまり考えない。『もし』なんて言葉は思考を殺すだけ。とさえ思っている。従って、なぜ何回も死ぬのか。

 何故こんな特異があるのか。ということを考えた時があまりない。

 

「どうかしら?」

 再び問い掛ける八雲。底は少し思考にとられていたようで、はっと我にかえる。

「そうだな。俺に拒否権はないだろう。ならやるしかない。ただ、俺が言うことを聞くだけ。なんてのはおかしい。そう思わないか?」

 一種の賭けにでた底。それも、あまりに底にとって、得がないからだ。

 俺が幻想郷とやらに平和をもたらす? ハッ。なんでそんなことをしなくてはいけない。出来る限り引き出してやる。俺は死ねるんだ。何回でもやり直せる――底が内心で嘲笑う。実力では圧倒的に下でも、回数、その頭を最大限に利用する。

 

「そうねぇ」

 じっくりと、八雲は言葉を紡ぐ。「貴方の欲しいものや何かがあれば、出来るだけ持ってきてあげるわ。それでどうかしら」

 そう持ち掛ける八雲は、何処と無くこれ以上は譲れない。と言う風に見える。

「わかった。承ろう。今すぐに行くのか?」

 底は一回頷いて、了承する。

 それを八雲は満足気に微笑を浮かべ「いえ、明日迎えに来るわ」最後に一言だけ喋ってから、部屋の床に吸い込まれていった。唖然とテーブル越しに見送る底。

 八雲が居た床を、底が見ても、踏んでみても、そこは、やはりただの床だった。

 どうやって……。いや、どうでもいいな――首を左右に振り、無駄な思考を止めておく。

 これからどうなるのか。しかし、奴は妖怪や神を束ねる。と言っていた。これから、何百回と死ぬかもしれない。覚悟しておこう――覚悟を新たに、カレーライスを食べた。

「まっず」

 市販のルーと肉の油脂が冷えて固まったカレーライスは、ザラザラとしていて、底の口内を侵食していく。不快感を感じて、眉間に皺を作った。

 電子レンジで温めて、食べ終わった後はシャワーを浴びる。その際、底がなおしていた筈の石鹸が『何故か落ちていて』それに足を滑らし、浴槽に沈み、一回死んだが、それ以外は何ら問題ないと言える。

 前の俺は石鹸に足を滑らせ、溺れ死んだが、今回は完璧だ――等とポジティブに考えながら、ネットワークを頼る。パソコンを立ち上げ、検索する。

 画面には、幻想郷について、面白可笑しく書かれていた。

『幻想郷。それは日本の山奥に結界で隔離された土地のこと。異世界ではないのだが、我々の住んでいる世界とは異なる、違う世界。そういう意味でなら異世界といえるだろう。そこでは忘れ去られた幻想の妖。神。人が暮らしているとされている。

あくまで都市伝説の類いなのだが、我々が忘れ去られると“幻想入り”という形で入ると噂されている。

また、気に入った物や者があれば、幻想郷の賢者に連れていかれる。これを『神隠し』と言う。これらは、自殺しようとした者から聞いた話なのだが、あくまで存在が都市伝説。現実を見てほしい。しかし、生きる事に絶望して、自殺しようとした者は、こう公言している。『俺が死のうとして、歩いて場所を探していたら、いきなり彼岸花が大量に咲いてる場所に立ってた。それを見ていると、なんだか生きる気力が湧いてくるんだ』

これで信じる人もいるだろうが、よく考えてほしい。幻想郷とやらに行きたいが為に、死のうとしたり、引きこもっても意味がないということを。

 

 

幻想郷について考えるスレ

 

896:ななしのやくも

幻想郷行ってみたけれど、可愛い子ばっかりだった。これは行くしかない。

 

897:ななしの罪袋

>>896まじで?ちょっと幻想郷行ってくる。

 

898:ななしの人間

>>897それから897を見たものはいなかった。』

 

 成る程な。しかし、896。お前絶対八雲紫だろ。数字もばっちりやくもじゃないか――冷ややかな視線を画面に向ける底。そのあとも、他のサイトを斜め読みするが、大した情報は手に入らなかったようだ。ガックリと項垂れながら、その日は明日に備えて就寝した。

 キッチンと寝室、居間が一緒になった一人暮らしの狭い部屋に、目覚ましのけたたましい音が響く。今は七時。何時もより早く起床するようだ。

「うるっさいな……!」

 不機嫌をその手に宿し、感情のまま降り下ろす。目覚ましに当たり、喧しく活動する目覚ましは、動きを止めた。

 底は手が痛むのだろう。手を振り。憂鬱気に深い、それでいて腹立たし気に荒い溜め息を吐く。毛布を蹴飛ばし、ごろごろと転がり、立ち上がる。身体中の骨を鳴らして、洗面所で身なりを整え、家にある中で一番大きいリュックに、色々な物をいれていく。と言っても、持っていく物なんてほぼ衣類。

 後は八雲が来るのを待つだけか――椅子に座り、瞑目する。しかし、底が目を閉じた後、すぐに八雲が床から『生えてきた』

 床からわき出るように頭、体、足。と徐々に姿を現していく。全て出た後、女性にしては高い身長なのだと窺えた。八雲は膝裏辺りに、両端に赤いリボンのついた何かをつくる。その空間の中は、名前に肖っているのか、紫色で目玉がギョロリ。と忙しなく動かしていた。境界を操る能力でつくられたその空間は冒涜的で、色んなものをごった煮されたそれは、混沌としている。

 

 彼女は幻想郷の賢者。八雲紫。境界を操る事ができる。スキマ妖怪とも呼ばれているが、無論、スキマ妖怪なんてのは八雲紫ただ一人だ。スキマ妖怪とは、所謂、愛称のようなもの。種族名ではない。この両端にリボンがついているものも、俗称で“スキマ”と呼ばれている。

 そのスキマに腰掛けた八雲はスラリとした美しい足を組み、じっと底を見つめる。その様はまるで、いつ気づくのか。と待っているようにも見える。

 底が瞑目して五分。首をかくかくとしだす。八雲がテーブルに身を乗り出し、底の顔面に近づいた。これまで物音一つたてていない。

 睡魔も限界に達したのだろう。上半身が前に倒れた。その結果『ゴン』とテーブルに頭を強く打ち付けた。それをみて八雲がクスッと笑う。

 それを知らない底は、額と鼻をおさえながら上体を起こす。瞬間、底の視界にめいいっぱいの八雲の顔が入る。

「おわ――!?」

 仰け反る底。勿論、椅子に座っているので、重力に従い、乗っている椅子は倒れる。そして床に勢いよく頭を激突させた。

 

 八雲が笑いを堪える中、底が今度は後頭部をおさえて起き上がる。だが、これくらいでは死なない。逆にこんなことで死ぬんだったら人間は絶滅しているだろう。

「いつつ……、すまん。気付かなかった」

 未だ痛むのか、額、鼻、後頭部を撫でる。滑稽な姿を見せてしまった――若干羞恥心はあるようだ。底は顔を赤くしている。

 八雲が生優しい笑顔をしている。それを見て気まずそうに軽く俯いた。

 立ちあがる。既に立っている底の真横に行き、肩に手をぽん。と優しく置いて「大丈夫よ。この話は私の知り合いにしかしないから」底にとってとても悪質な言葉を『優しく』投げた。八雲の知り合い……、それって――そこまで考えた底。

「それ幻想郷とやらの殆どじゃないか!!」

 目を見開き、声を張上げ、突っ込みを入れた底。賢者で、妖怪や神を束ねる妖怪。それこそ知り合いなんて何人程度ではないと容易に想像が出来る。底は今すぐ地中深くに潜り、生き埋めになりたい。という常人ではあまり思わないだろう事を考える。

「……なぁ。早く行こう」

 促し、目線を下に向けるその姿は、そこはかとなく誤魔化してるようだ。

 

「ふふ。はいはい。わかったわ、行きましょう」

 しかし、八雲はそれを軽く流す。言い終わると、背後に手をやる。その手には扇子が握られていた。扇子を、まるで何かを開くように、ゆっくりと、縦に扇いだ。すると、次にはもう底と八雲は居なかった。スキマに底を入れて、自らも入ったのだ。『落とすようにして』

 いきなりの事に、底は身体に違和感を感じた。それは落ちる時特有の、内臓等が浮き上がる気持ち悪さ。しかし、その不快感はすぐに終わりを迎えた。

 それはなぜか。底が地に足をつけたからだ。少し遅れて、底の背後で八雲が華麗に着地する。同時に金の絹のような長髪が踊った。

 ここは『博麗神社』と呼ばれる場所。二千三年、夏。底は、外界との関わりを断った。いや『断たれた』と言っても差し支えない。八雲が半ば誘拐したのだ。同意はしたが、断れば死ぬ。それを断れる人はいるだろうか? いや、きっと居ないだろう。言える者は、既に人間を止めているからそう言えるのか、もしくは『絶対の死』というものに直面していないかのどちらかだろう。

 境内に降り立った底はキョロキョロと辺りを見回す。

 ここは幻想郷と外界を隔てている博麗大結界の境目に位置している。

 鎮守の社といわれる、森林が四方八方を囲んでいる。これは殆どの神社に共通している事だ。しかし、これが境界の役目をしている。

 何百とある石段の上に鳥居が建てられていて。その上、普通の人間がここまで来るには、少々……、いや、厳しい道のりだ。妖怪に襲われる事は高確率。やっとこさ階段をのぼりきると、そこは身を清める手水舎。

 竿が長く、火袋が高い位置にある『春日型』といわれる形の灯籠。

 普通の神社では、手前から順に、祭儀を行い、幣帛奉る社殿。弊殿。

 祭祀、拝礼を行うための社殿。拝殿

 神霊を宿した神体を安置する社殿。本殿がある。筈なのだが。

 言ってしまえば、博麗の巫女と呼ばれる者が、神主無しに、ここに住み込み、博麗大結界を管理しているのだ。社殿は巫女の家にもなっていて、横に倉庫があったり、社殿の裏には林檎のなる木や池がある。

 

「霊夢ー!」

 底の後ろに立っていた八雲が、大声で呼ぶ。いきなりの事に、底はビクッと肩を震わせた。

 少しすると、社殿から一人の女の子が欠伸をしながら出てきた。

「なによ。紫」

 八雲を親しげに下の名前で呼ぶ彼女こそ。現博麗の巫女。その者だった。

 

          


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