東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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永遠の屋敷

 

 

 

「なんですかー?」

 兎の耳をもつ少女が溜め息を吐きながら、扉を開いて、問いかけてきた。

「はじめまして。私はレミリア・スカーレットっていうわ。こっちは咲夜」

「十六夜咲夜と申しますわ。従者をやっております」

「それでこっちが」

「繰鍛 底だ。よろしく」

 それぞれ自己紹介して、間抜けそうに、はぁ。と返し、本題に入った。

「底の目は盲目になってるの。それをここなら治せるかもしれない。って聞いてやって来たのだけれど……」

「そうですか。なら一度師匠に掛け合ってみます」

 少女はレミリア達を置いて、さっさと何処かへ行った。

 程無くして扉が開き「入ってくださーい」と言われ、三人は入っていった。

 

 中は仄暗い。四人の歩く音だけがこの場を支配する。誰も話をしない。

 それぞれ、底はやっと治るのか。と安心して。レミリアはこうして一緒にいられるのも最後なのか。と不安半分、嬉しさ半分で複雑に。十六夜咲夜は瀟洒に、二人の後ろを歩く。一番前の兎少女は少々緊張した面持ちだ。

 純和風の庭が窺える廊下を二分ほど歩いて、少女が一つの扉を開く。そこは白く、文字通り“清潔”を感じさせる部屋。白い床。白い壁。白い電灯。白いベッド。机に椅子。紙に万年筆、インクなど、色んなものがあった。

 その椅子には長い銀髪で編んでいる。外の世界のナースが被る帽子の形状に似てて、赤十字。上半身の服は、左半身が青。反対に赤。下半身はまた逆になって、あちこちに星座が描かれている。長身で大人っぽく。彼女には月が似合うだろうと思える。

 

「いらっしゃい」

 その女性が短く歓迎した。少女。レミリア、引っ張られた底。最後に十六夜咲夜。何故か十六夜咲夜を見た瞬間、目を見開き、酷く驚くが、すぐに余裕のある微笑へと戻した。

「こんな時間に失礼するわ。この人、盲目になっちゃったの。知り合いからは魔力の溜め方で失明した。って言ってるのだけれど、治るかしら? もちろん、礼は弾むわ」

 簡潔に済ませ、捲し立てるレミリア。底をもうひとつの椅子に座らせ、底の肩に手を置いた。十六夜咲夜がレミリアの後ろに移動。少女は用が済んだのか、歩いていった。

「いえ、別に治療費はいいのだけど、そうね。見た感じではあまりわからないわ」

 でも。と紙になにかを書き「お疲れのようだし、今日は遅いし泊まってきなさい。明日は手術するかもしれないから」となんでもないという風に言葉をかけた。

 手術!? という驚きの声もあがった。主に底から。

「ええ。もしかしたら結構大変な事かもしれないから」

「……怖いな……」

「大丈夫よ。麻酔もあるし、寝てる間に終わるわ。その後の痛みもないように薬を出してあげるから」

 

 翌日。別の部屋に移り、機械で底の目の様子を調べて、その後、正式に手術を受ける事となった。

 そして更に次の日。

 ベッドに横たわる底が起き上がって頭に巻いてある包帯をほどいていく。レミリアが息をのむ。十六夜咲夜も心なしか緊張するように見入って、銀髪の女性は傍らで紙と書くものを手に佇む。

 ついに包帯を全て取り除き、目を瞬かせる。そして、数分にも感じる沈黙の後に「見える……」と呟いた。

 感極まりレミリアが涙を流す。安堵の息をもらす十六夜咲夜。紙に記す女性。

「先生……。ありがとうございます」

 底も静かに、一滴だけ涙を流した。

「底、私が見える……?」

「ああ。見えるよ。レミリア」

 お互いに呼び、抱き合う。

「あらあら。若いわねぇ」

 それを見て、女性が一人、呟く。

 

 二人とも落ち着きを取り戻して、少々赤い顔を誤魔化し「先生。本当にありがとうございます。このご恩はなにで返したらいいか……」と頭を深々に下げた。

「本当にありがとう」

「別に良いわよ。貴方達の情熱的な抱擁を見てたらそんなもの安いし」

 微笑みながら。

 少し赤い顔を濃くして、お互いの手を握った。愛おしそうに微笑みあう底とレミリア。

「ふふ。若いっていいわね。じゃ、もう帰りなさい。庭からなら飛んでも帰れるから」

「はい。本当にお世話になりました」

 最後に一言喋って、三人が部屋を出る。そして庭から飛んでいった。二人の姿は、微笑ましいものだった。

 

 昼。博麗神社の社殿の中。居間で底、底の手を握るレミリア。腕に抱きつく博麗。それをこいつらはなにをしてんだ。という顔で眺める霧雨。なにを考えてるか覚らさないポーカーフェイスな十六夜咲夜。全員が座っていた。

「さて。レミリア。結局聞いてないが、なんであんなことしたんだ?」

「そうね――」

 ポツリポツリと語りだした。

 いままで怪我という怪我を負ったことのないレミリアは、飢えていた。強い者に。幻想郷に来てその飢えはもっと激しくなり、それは渇望となった。幻想郷の外にいたときはまだ紅美鈴の戦いを見たり、たまにやってくる吸血鬼狩りをあしらったり、惨殺したりもあった。しかし、あまりにも弱い。暇潰しにもならない。刺激にもならない。

 ある日、なんとなくレミリアが運命を見ると、膨大な量の運命が視界を過っていくではないか。それにはなにやら紅い霧を出し、それに少女二人、男が一人解決に来る。レミリアにはその男が凄く魅力的に見えて、心惹かれた。それはまるで初恋。焦がれるような気持ちを感じた。

 博麗がレミリアを倒す運命があり、霧雨を殺す運命もあった。これを補足するなら。

 博麗が一人でレミリアと戦った場合、レミリアは完璧なまでに倒されていた。

 霧雨が一人でレミリアと戦った場合、霧雨は完璧なまでに殺されていた。その違いなのだろう。

 しかし、底の場合は違った。殺し、殺され。惨殺し、惨殺され。倒し、倒され。和解したり、相容れなかったり。その中にはフランドールと底が共闘しているのもあった。レミリアと底が共闘してフランドールと戦ったのもあった。底に紅魔館の住人全員が虐殺されたのもあった。

 それを見て戦慄した。この人間はなんなんだ。無限にも感じられるその運命はなんなんだ。と。それと同時に、また惹かれた。対峙して、嬉しさもあったが、同時にまた、自分をどう倒すのか気になった。

 結果、レミリアは敗北した。最初から本気を出してなかった。途中からは本気ではあったけれど、それでも負けた。底が策を労し、力と技術を駆使してレミリアを倒した。やはりこの男は凄い。繰鍛 底がほしい。運命を見た時から次第にそう思うようになった。今ではほしい。ではない。一緒に居れるだけでいい。それだけで幸せだ。

 結局。何故あんなことをしたかと問われれば、底が好きになったから会いたかったし、そのついでに戦いたかった。といったところか。

 

「ふーん。私だって底が大好きだからその気持ちは分かるけど……。やりすぎじゃないの?」

 現在進行形で底の腕を抱く博麗がレミリアを軽く責める。

「ええ。反省したわ」

 短く応える。言い訳もせずに、潔く認めるというのは容易ではない。しかし、彼女は自分の非を認め、今出来ることを探しだし、見事底の視界を取り戻した。誇れることだろう。

「まあいいじゃないか。こうして見えるようになったんだし。蒸し返すのはよそう」

「底が言うなら私は気にしないわ!」

「ふふ。ありがとう」

 微笑む三人。陰で霧雨の、私たち蚊帳の外だよな。という声が聞こえるが、それに対して十六夜咲夜が静かに一喝。いじけた霧雨がその場で寝転んだ。

 

「久しぶりだなぁ」

 霧雨は帰り、ただいま、底がレミリア、博麗と十六夜咲夜を自宅に招待し、居間に入ったところだ。大した日数ではないが、底は何ヵ月も帰ってないかのような感覚に見舞われた。しかし、数日でも埃は溜まるものだ。

「あれ? 家の中が綺麗……」

 だが、汚れてはいなかった。何故だろうと首を横にして視線を巡らせる底。

 底の腕を一向に離れない博麗が、純粋な笑顔を浮かべる。

「底がいない間、私が掃除しておいたわ!」

 褒めて褒めてー。と言いたげに底の肩に頭を擦り付ける博麗。違和感がしたのか、博麗以外が眉を寄せた。それぞれ、レミリアは『勝手に入ったのか?』で、十六夜咲夜は『重いわね……』だ。

 底に至っては『これが普通なのか?』と思い込んでいく始末。色々思うところはあるが、ありがたかった底は、とりあえずお礼を言って頭を撫でてあげることにした。一層微笑みを強くする博麗。おかしくないか? と思いながらその光景を眺めるレミリアと十六夜咲夜。

 頭を撫でるのもほどほどに、まあ、座ろうか。と底が言って、全員座る。

「飲み物いれてくるよ」

 一度座った底が思い出したように立ち上がり、皆にそう伝えた。各々返事をしたのを確認し、コップを人数分とって冷蔵庫からお茶を注ぐ。それをお盆にのせ、テーブルに置いた。

 底が空いているレミリアと博麗の間に座ると、博麗が底の右腕に絡み付く。ちらっと底が博麗を見て、すぐに視線をテーブルにあるお茶へと移動させた。

「ふふ。底のいれてくれたお茶美味しい」

「あら。本当ね。たまにはいいものだわ」

 博麗が片手を腕から離して、お茶を飲んでからそう言った。上品にお茶を一飲みして同意。いつもは紅茶かワインといった飲み物ばかりのレミリア。初めてではないだろうが、それでも悪いものではないらしい。お茶を飲む仕草があまり似合っていない。“洋”だからだろうか。

「うん。ありがとう。でも誰がいれても味は変わらないからな?」

「ううん! 底か咲夜がいれたら絶対に底のが美味しいに決まってるわ!」

 熱の入る博麗。

「ええと、私は決められないかなー……」

 咲夜の不機嫌そうな表情を目にいれ、空気をよんだレミリアが言った。

「いや、咲夜とは相手にもならない位に負けるな。そもそもこのお茶は俺のつくったものではないし。ていうか俺お茶を沸かしたりしたことは一回もないぞ?」

「ふーん。でもコップにいれただけでも底の愛情が感じられるわ!」

 ありがとう。と、そう微笑みを浮かべ、頭を撫でることを催促する博麗を、底は軽くあしらって、十六夜咲夜の顔色を窺いながらもちょびっとお茶を口に含んだ。

      


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