部屋から顔を廊下に出す十六夜咲夜が、廊下をさまようレミリアに、こちらです。と手招きする。
走って部屋に入った。
「底、聞いて! やっと見つけたわ!」
と嬉しそうに破顔させ、大声を出す。そのあと、なんでもないように言い放つ。「あ、フラン。居たのね」
「ほんと――」
「あら、お姉様。久しぶりに、それもまともに会った妹にその言いぐさはないんじゃない?」
嘘はつかないとわかっていても、やはり口にだしてしまうのか、底が確認するように聞こうと声を出した。が、しかし邪魔された。何者でもない、フランドールに。フランドールはレミリアの言葉にくいついたのだ。
「ん? 別に改まって挨拶する仲でもないでしょうに」
底からしたら、この少しでも動いたらフランドールに殺されるかのような雰囲気。それにそぐわない、頓狂な表情でレミリアが言い放った。
「…………」
全員が沈黙する。フランドールの目はレミリアに向いたまま。暫しして「それもそうね」と納得した。
底が咳払い。全員が底に向き直り、聞き直す。
「本当か? 俺の目は治るんだな?」
「そうなのよ! 里で、白髪の人に聞いたんだけど、なんでも竹林で『永遠亭』っていうところに薬師がいるんだって!」
そう言って底の手を引っ張る。
「で、でも薬師って薬だろ? 専門家じゃないと……」
無理矢理引っ張られながらも着いていき、部屋を出た。
部屋に残された十六夜咲夜とフランドール。十六夜咲夜はフランドールに一礼すると出ていった。
「え。ついていけないんだけど。うそ。私おいてけぼり……」
人知れず呟いた。
レミリアは、はやる気持ちをおさえつつも底の速さに合わせるが、底は盲目。手を引っ張られながら走るなんて出来ない。足が縺れて転ける。しかし、地面に激突する寸前でレミリアが抱き上げ、おぶさる。
なにが起きたかわからない底は、おっ? おっ? と素頓狂な声を出した。そのまま玄関の扉を開け放って飛び出す。一応気遣って遅くはしているが、底が風の抵抗で息があまり出来ていない。レミリアにガシッと身体にしがみついて我慢する。
竹林の入り口に降り立つ二人。しかし、そこには既に十六夜咲夜が立っていた。
「お嬢様。ゆっくり、確実に行きましょう。ここは迷いの竹林と呼ばれているようです」
二人に声をかけた。どうやら先回りして情報を集めていたもよう。
「わかったわ。流石にこんなところじゃ迷いそうだし……」
竹林に視線を巡らせた。
高々とのびた竹。太陽が射し込まないため、薄暗い。
「なあ、そろそろおろしてくれないか?」
「あ、忘れてたわ。ごめんなさいね」
足を掴んでいた手を離し、背中の底をおろす。足を立てるだけで地面に届くのだが、盲目と地に足をつけていなかったこともあり、その足もとは覚束ない。思わずよろめいてしまう。それをいままでレミリアの前にいた十六夜咲夜が抱き止める。ありがとう。と底が礼を言った。
「さぁ、行くわよ!」
日傘が揺れた。竹林に真っ直ぐ腕を伸ばし、指を差して声をあげた。影の部分からはみ出て少し焼けてしまったが、レミリアは気に止めず、底と十六夜咲夜を連れて意気揚々と竹林へ繰り出した。
中は深くたち込める霧があった。入って数分もすれば、帰ることが容易ではなくなりそうだ。その上緩やかな傾斜があって、方向感覚を狂わすという、おまけ付き。これで迷わず場所も知らぬ永遠亭へとたどり着くことが出来るのか。
「……ここどこ……?」
無理だった。一時間歩き回ったが、現在地が一切わからない。
「え。俺全く見えないんだよ? 大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ! なにがきても貴方を守るわ!」
「お嬢様。それよりも帰る道を探すか、早く永遠亭に着かなければ。日が沈んでしまえば一層困難を極めます」
心配そうに聞いてくる底に、レミリアが的はずれな言葉をかける。それを十六夜咲夜が窘め、意見した。レミリアが、わかってるわよ! と焦った風に返す。
今は午後二時半。もっとなにか用意してから来るんだった。とレミリアは後悔の念を脳裏に過らせる。払うように小さく左右に首を振り、溜め息を吐いた。私がどうにか案を出さなければいけない。ふと天を見上げる。
葉が空を遮る。その葉の量は太陽の光すらも邪魔をするように生い茂る。だからこんなに薄暗いのか。とレミリアは納得して、再度嘆息。これならば竹よりも高くとんで、位置を確認するなんて事は出来ないだろう。
もう焼き付くしてやろうか。と物騒な事を考えるが、やめた。今のレミリアは、底が第一だ。愛しい盲目の彼を私が守らなくてはいけない。尤も、盲目にしたのは私だけれど。と自嘲気味に笑う。それを神妙な面持ちで見つめる十六夜咲夜。なにがおこり、なにがあるのかも一切合切わかりようがない底。その表情は不安でいっぱいだ。
それもそうだ。目が見えていたら歩くことが出来る。もし餓死で死んでも巻き戻り、打開策が次々と浮かぶ。この自然溢れる竹のように。しかし、それは塞がれている。いまの状況のように。
「お嬢様。最悪の場合、野宿を考えましょう」
なにかを探す素振りをしているレミリアにそう声をかけた。適当に、そうね。と応えて特に目的のなく、歩く三人。
更に一時間が経った。そろそろレミリアにも苛立ちが宿る。しかし、主が冷静でなくてはどうする。心配するなレミリア。絶対にどうにかなる。と自分を奮いたたせた。
暗くなる一方の空。三時半だが、沈むために傾いている太陽の位置は、高々とその身を伸ばす竹に遮光され、一層暗さがます。徐々に焦燥感がレミリアを襲う。十六夜咲夜はいたって冷静に見えた。底も不安気ではあるが、レミリアと十六夜咲夜が側にいる。ということで幾分安心しながらなすがままだ。
主。リーダーには多大な精神的苦痛を強いられる。他の者を背負うのだから当然と言えるが。
「…………」
歩きを止めないが、自然と沈黙に包まれる。疲労も溜まってきた。早いところ、野宿でもいいから休みたいのだが、この視界が皆無に等しい場所では、危険だ。睡眠もまともにとっていない、幻想郷を探しまわったレミリアは、疲労が溜まる中、底を安全に守れるか。と問われれば厳しい。
「お嬢様!」
そんな中、十六夜咲夜が唐突に声をあげた。なに。と問うと、十六夜咲夜が静かにある方向を指差す。
レミリアが目を向けると、薄桃色のワンピースを身にまとった、黒髪の少女がピョンピョンと飛びはねるように歩いていた。
「底、走るわよ!」
「わ、わかった」
三人は少女の元へ走る。それは一抹の希望を見つけたかのように。ひた走る。
約二十メートルまで近づいたところで、黒髪の少女が鬼気迫る勢いで走ってくるレミリア達の存在に気付き、短く悲鳴をあげ、今のレミリア達では追い付けない速さで何処かへ消えた。
「あ、も、もうちょっとだったのに……」
「ええ、逃げられてしまいましたね」
「な、なにがあったんだ?」
肩を落とし残念がるレミリアと、息を軽く切らす十六夜咲夜が言った。その行動と言葉の意図が掴めない底が聞いた。
十六夜咲夜の能力で捕まえることも出来た筈だ。しかし、しなかったのは何故か。
自分がいない間になにかあると困ると思っての事か。もしくは単に忘れていたかのどちらだろう。
「えっとね。いまさっき妖怪? なんか耳を生やしてたわね」
「恐らく、兎の妖怪ではないでしょうか」
「ええ。多分その妖怪がいたの。だから走ったのよ。でも逃げられちゃったわ……」
「そうか。まあ、気負いせずにいこう。レミリアと咲夜さんがいればこんなところ大丈夫だ」
どれだけ歩いたか。今はどれくらい暗いのかがわからない底が励ます。
「ふふ。そうね」
優しく微笑んだレミリア。幾分か楽になったようだ。
「でも、ここからどうしましょうか。咲夜、今は何時ごろ?」
「はい。午後三時四十一分ですね」
銀の懐中時計を懐から取りだし、開いて答えた。まだそんな時間なのにこの暗さ。どうしようか。でも、まだ時間は大丈夫。五時まではなんとか歩こう。とレミリアが心の中で呟く。
それから十分。歩いていると光が見えた。
「あ、あそこに光があるわ!」
日傘をたたんで杖代わりに使い、左手で底の手を握るレミリアが言った。思わず十六夜咲夜が確認して、やりましたね! と喜びをあらわにした。
「底! 向こうに家があるわ!」
「本当だな。流石レミリアだ」
嬉しそうに底の両手を握って言った。その拍子に日傘な倒れたが、お構い無しだ。十六夜咲夜が日傘を拾い、土を払った。
空気を乱さないように、見えていないにも関わらず底は肯定してほめた。
「うふふ。ありがとう!」
笑みが咲いて、嬉しさのあまり、底を抱き締めた。
底の腹辺りまである頭を撫でてレミリアの背中に手を回した。
「お嬢様。そろそろ……」
優しげに微笑んで見守っていた十六夜咲夜がおずおずと声を発した。
「あ、それもそうね。名残惜しいけれど、仕方ない」
残念そうに離れて、再度手を繋いで一行はその家まで歩を進めた。
そこは和風な建物。屋敷だった。周りは竹を使用した柵がぐるりと一周、囲っており、外観は大昔の屋敷。しかし、まるで『時が止まったのか、少しも古びていない』かのようだ。それに、庭は広く、盆栽が置かれている。
一行は玄関までいき、扉を叩いた。
「ごめんくださーい!」
意外にもレミリアが。
暫くして、一人の少女が姿を現した。
その少女はヨレヨレの兎の耳を生やしていた。しかし、服装はさっきの妖怪とは違う。現代で言うと『学生の制服』を着てる。白のブラウス、赤いネクタイ。黒のブレザー、膝下辺りまでのスカート。白のソックス。髪は薄紫で足元に届きそうなほどながい。しかし、なによりも、紅い瞳だろうか。レミリアやフランドールの目は、血を彷彿とさせるのに対し、こちらの少女は覗きこむだけで“人を狂わしそう”にも見えた。