東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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紅霧の後日談
暗闇に支配される


 

 

 

 翌朝の七時。底とレミリアが同時に目をさました。それぞれ自室、客室で。レミリアの隣には十六夜咲夜が現れ、飲み物を渡す。底の隣には昨日いた博麗はいなかった。つまり一人っきり。

 底が身体を起こして目を触る。目をぱちくりさせて手をさまよわせた。

「…………。目が……」声を出し、がっくりと肩を落とした。

 

 一方のレミリアはすっかり腕も治ってごくごく快調に朝を迎えた。飲み物を手渡され、それを受け取り高級なカップの中を確認する。それは血のような紅茶だった。

 一飲みして気分を落ち着かせる。そして十六夜咲夜に目線を移して聞く。

「底はどうだったの?」

 どうなってるかはわからない。もしかしたら帰ってるかも。なんてことが頭を過る。

「昨日はお楽しみだったようで。繰鍛さんはいま、客室で寝ていますわ」

 冗談――あながち冗談でもないが――の後で、目を瞑り応える。

「そう。底は本当にすごいわ。なんたってこの私を気絶まで追いやったんだもの。初めての経験だわ」

 頬を赤くして、クスクスと忍び笑いをする。

「それは良うございます。ところで、どうしますか?」

 唐突に十六夜咲夜がレミリアに問い掛けた。

「決まってるじゃない。案内して」

 カップを十六夜咲夜に返す。受け取ったカップを一瞬で消し、こちらです。と言って案内した。

 

 あれからずっと横になって考え事をしてた底は、扉が開く僅かな音に反応した、

「……、誰だ?」

「私と咲夜よ」

 レミリアと後ろで垢の抜けたような立ち振舞いの十六夜咲夜が底の横に来た。何回もやり直し、レミリアの声は聞きなれたようで、一瞬で理解出来たが、『咲夜』という名を知らないため、首を傾げる底。

 十六夜咲夜が一瞬で椅子を取りだし、置く。レミリアは腰掛け切り出した。

「私は負けたわ。完璧なまでにね……約束通り、話すわ」

 語ろうとしたとき、いつまでもベッドで横になっている底が不意に手をあげた。

「待て。霊夢と霧雨も頑張ったんだ。皆の前でいってくれ」

 そういって上半身をあげた底が止める。それもそうね。とレミリアが納得。

「お嬢様。朝食も済ませましょう」

 レミリアの後ろで直立する十六夜咲夜がそう提案した。

「ええ、わかったわ。底、案内するから着いてきなさい」

「ん、わかった」

 背を向けるレミリアに底が返事をする。手をさまよわし、よいしょ。とおっさんくさい声をだして立ち上がり歩いた。十六夜咲夜が率先して扉を開ける。レミリアが扉を潜り、一度振り返った。

「……、なんで棚のところにいるの?」怪訝な表情で棚に突っ立つ底に向けて問うレミリア。

 底は、いや……。と少しどもって言う。

「着替えようと思ってさ」

「あ、そういえば貴方は着替えてないものね。先に出てるわ」

 出ていった。安堵の息を吐き、なんとか誤魔化せた……。なんてことを心の中で呟く。手探りで服を探し出す。四苦八苦して白のシャツを着た。燕尾服を取りだし、なんか着にくいな……。などと喋りながらも着々と袖を通す。

 着替えた今の服装は、いつもの白のシャツ、ジーンズではない。着物でもない。ましてや寝巻きでもない。燕尾服だ。

 夜の最上級正礼服の一つで、普段は白い蝶ネクタイを着用するのだが、底はつけなかった。

 壁に手をついて、扉を確かめるように歩く。トイレや風呂を開いたが、気にすることなく閉めて、とうとう廊下へのドアノブを掴んだ。ゆっくり開き、手を前につき出した。

「な、なにしてるのよ……」

 その発言はもっともだと思う。テールコートを身にまとい、両手を空にさまよわす男。不気味だ。

「え、いや、着替えて出てきたんだけど……」

 どこかおかしいか? と問いたげに胸の辺りを掴み、正す。

「え、いや。か、かっこいいんだけどそれは……、まあいいわ。行きましょ」

 なにか言おうとしたが、言い淀み、屈託のない笑顔で底の腕を組んだ。

「お嬢様!? なにをしてらっしゃるのですか!?」

 ぎょっと目を開き、声色を驚きに染めて何事かと訊ねた。

「別に良いじゃない」

 キョトンとした顔でこたえた。底はよくわからないのか、首を傾けた。

「さっ、いきましょ!」

 にこにこと小さい身体で底の腕を引っ張る。なすがままの底。後ろで立ち尽くす十六夜咲夜。一人ぽつんと取り残された十六夜咲夜の背中は哀愁漂うものだった。と言っておこう。

 

 場所は変わって、一階の廊下、一際大きい扉を開くとそこは奥行きのある食堂であった。床はお馴染みの赤いカーペット。真ん中には長いテーブル、クロスが敷かれ、更にテーブルの真ん中辺りには大きい蝋燭が飾りのように、しかしずっと火は灯り、消えない。まるで時が進んでいないかのように。そして何個と列べられた椅子。十人は座れそうなほどの数がある。扉から奥は火のない暖炉。当たり前だが今は夏だ。因みにその暖炉は昔ながらの煉瓦つくりで、柵。横には火掻き棒が立て掛けられている。煉瓦にはプレートがあり『scarlet』と彫られて、その存在感を遺憾なく発揮する。また、暖炉の上には一つの写真。その写真の舞台はここ。食堂で、レミリアが真ん中で椅子に腰掛け、足組と頬杖をしてにこりと微笑み、左には立ってレミリアの肩に手を置き、ポーズをとる金髪で、おかしな翼のようなものを背中から生やし、無邪気さを前面に出した少女。反対側に眼鏡をかけたパチュリーがレミリアの空いている肩に同様、手を置き無表情で立つ。そしてレミリアの後ろには気品を漂わせる立ち姿なセーター服を着た十六夜咲夜。端に赤いチャイナ服を身にまとう美鈴が歯を出して快活に笑う。皆のバックには炎で五人を暖め、優しく照らす暖炉。とても幸せそうな写真だった。見る者を笑顔にさせるその写真は、少し古ぼけており、寂しそうに映す。小悪魔がいないところを見ると、結構前なのだろう。

 

「底!」

 底がレミリアに連れてこられ、食堂に入ると、二人の少女が名前を呼び、駆け寄った。博麗と霧雨だ。食堂には底の目の前に移動した博麗と霧雨。椅子に座るパチュリーと一人で喋る小悪魔が居た。

「ん? おお、久しぶりだな」

 底が気絶して、一日。たった、つい昨日のことの筈が、酷く懐かしく思えて、つい口に出してしまった。無理もない。

「なに言ってるのよ。昨日居たでしょ?」

「そうだぜ。なんたってお前が寝てる間ずっと心配そうに眺めて出てこなかったんだからな」

「だ、だって心配だったから……」

「ありがとう」

 二人のやりとりを聞いていたら、なんだかほっこりして、暖かい気持ちで満たされる感覚を覚えた底。心のそこからのお礼を言って、頭を下げる。

「うふふ。――で、そこの吸血鬼は何してるのかしら?」

 微笑みを浮かべ、急に氷を思わせる表情で底の腕を組むレミリアを睨む。

「別に良いじゃない。底が気に入ったのよ」

 レミリアも負けじと博麗を睨み返す。

「あら、ほんとう自分勝手ね。勝手に異変をおこして、勝手に運命だかで人間の底と戦って、負けたら勝手に惚れるなんて」

「底は満更じゃないようだけど?」

「どうなの――」

「ちょっと黙っててくれるか。大事な話がある」

 遮るように止めた底。静かに発言した筈なのだが、その声はいやに響く。口論するレミリアと博麗が押し黙り、十六夜咲夜が目を鋭くして底を見た。パチュリーは本を置き、小悪魔も口を閉じる。霧雨は驚いたように顔を変えた。

「誰でもいい。――俺を椅子に座らせてくれないか?」

 その言葉を聞いて、パチュリーが項垂れた。理解した。覚った。

 パチュリーと底以外が、呆然と立ち尽くし、え……。となんとか声を絞り出した。

「な、なにいってるの?」

 理解出来ないのか、もしくは理解したくないのか、博麗が問いかける。

「後で答える。一先ず座らせてくれ」

 質問は許さない。座ってからじゃないとなにも言わないぞと伝える。レミリアが引っ張り、椅子を引いて座らせた。

「さて。皆座ったか?」

 底が確認するように聞いた。

 まだ座ってない博麗と霧雨、十六夜咲夜が我を取り戻し、適当な椅子に浅く腰掛けた。レミリアは椅子を引いたこともあってか、底の隣の椅子に、底の方を向いて座った。

 座ったわよ。とレミリアが底に言った。それを聞いて頷くと、「俺は今――――目が見えない」核爆弾を投下した。

 一気に沈黙が場を制した。それはさながら音が消えたかのようで、時が止まったかのように誰も動かない。

「何故かはあまりわからないけれど、多分レミリアを倒す時に使った魔力だ。目から出血したのが原因の一部だと思う」

「いえ、それは少し違うわ。そもそもの原因は魔力の溜め方にある」

 底の言葉を、パチュリーが反論した。

 

 つまり、今の底の視界は、真っ暗闇。つまり盲目だ。これがパチュリーの言っていた後遺症の中の一つ。無理矢理魔力を練り、溜めた負担は大きかったのだ。焦燥していたことに想像がうまく出来ず、その為に魔力を無理矢理溜めることになった。溜め方を知らない底は、これが正解なのかと疑問に思いながらも仕方なくやっていた。

 あれ以上やると身体の血管が切れて、血が身体中から噴出することとなっただろう。紫電のように思えたのはそのためだ。反発する魔力は無理している証でもあったのだ。

 パチュリーが一通り説明して、全員がまた、沈黙した。

 レミリアが顔を青くして震えながら必死に謝る。

「ご、ごめんなさい……。私の勝手で……」

 パチュリーが頭を抱えて、十六夜咲夜も同様に謝罪する。

「でもさ。俺は後悔してないし、これは名誉の傷でもあると思ってる。どうか気負いしないでほしい」

「でも――」

「それでも、それでも納得出来ないのならば、少しの間でもいい。俺の面倒を見てほしい。見えないだけに、なにも出来ないんだ」

「それなら私が……!」

 勢いよく起立して博麗が申し出る。それを底が首を左右に振った。

「ここじゃないと駄目なんだ。四六時中とはいかない。けれど、霊夢でも限界はあるし、仕事もあるだろ。ここなら広いし、なにもわからないけど、レミリアや美鈴。妖精もいるし小悪魔パチュリー、あと今さっきレミリアと一緒に謝ってくれた女性もいる」

 恐らくそれは十六夜咲夜を示しているのだろう。博麗が静かに座って、沈痛に顔を歪めた。

「そんなことで許されるとは思えないのだけれど、いつまでもここに居て。私がずっと側にいるわ……」

 ちゃっかり底の手を握るレミリア。

「ありがとう。博麗が良いならだけど、たまに会いにきてくれないか?」

「たまになんて言わずに毎日でも会いにいくわ!」

 好機とばかりに椅子を放り走って底に抱きついた。

「…………。え、私は?」

 置いてけぼりの霧雨が自分を指差しそう言った。

「あ、魔理沙もよかったら……」

「なんだよ私はついでかよ!」

 拗ねたように口を尖らせた。

 

 

            


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