東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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幾度なる戦いを経て。

 

 

 

 初めての戦いから三十回死亡したところでレミリアとのつばぜり合いが出来るようになった。レミリアは未だ本気ではないが。しかし、これは大きな一歩とも言える。実際、最初とは比べるまでもなく刀の扱い、霊力の扱いがうまくなっていた。だがやはり、全力を出したところでレミリアにはまるっきり届かないし、足下にも及ばなかった。

 三十回もの死亡でレミリアの基本的な動作もある程度覚えたようだ。死んで覚えていくゲームみたいだと自嘲気味に笑っていた。

 第三十一回。

「繰鍛 底」

 毎度同じように名乗って始まる戦い。言い慣れすぎてもう台本を棒読みで読んでるだけのように、淡々と、抑揚なく言ってしまってるが。

 今回からは常に策を練りつつ、常に全力で戦っていくぞ。よし――気合いを込めて、頬を両手で叩いた。怪訝な表情でそれを見つめるレミリア。

 ビー玉を手で弄ばせた後、そのビー玉は柄から切っ先まで銀色に輝く刀に変形した。その輝きは月の妖しくも暗がりを照らしてくれる優しい輝きにも似ている。濁ったような黒目はレミリアだけを移す。化石のように固まった無表情は相手になにを考えてるかを覚らせない。

 対する――玉座の前に立つ――レミリアは、紅く、禍々しさを感じる妖力で作られた等身大の槍を、真ん中辺りを両手で持ち、中段に構えていた。その目は獲物を刈り取る獣のように鋭く、底を捉える。愉快そうに口を歪めてじっと底の動きを窺うその様は、果たして強豪だ。

 両者共にやる気は十二分といったところ。睨み合いが続くなか、何処からか小さな物音がした。それは三十回繰り返した底にとって初めての物音で、少々眉を持ち上げたが、それを合図に歩き、ゆっくりと、どんどん速度をあげていく。生身の身体で出せるスピードは限界がある。成人男性の平均より少しだけ速いその走りは、着々と距離を縮めてゆく。

 変わらずレミリアは余裕そうに見てるだけ。彼女ほどの力ならば、本当に余裕なのだろう。

 レッドカーペットを踏みしめてとうとうあと一歩で段差まで来たとき、レミリアが笑みを一層強くし、来るべく攻撃に備え槍を握りしめた。しかし、一段のぼったところで――――底が消えた。

 気がつけば玉座とレミリアを越え、もうその刀は振りきられていたのだ。

 目を見開き、茫然自失なレミリアの頬に一筋の赤い液体が流れる。手で触れて、確認。そして俯いた。

「クソッ……、浅かったか……」

 上段に構える底がこぼした。段差、底の足下までにかけて、カーペットが焦げおち、本当の床が窺える。底からしたら、今のは完璧に殺す一閃だった。しかし、刀の扱いが未熟故に、殺すまでには至らなかったどころか、頬を浅く斬っただけに終わったのだ。

 血が付着した右手で顔を覆い隠し、忍び笑い。

「すごいわ……」

 顔をあげた。恍惚として、その綺麗な顔には血がついていた。返り血にも見えるが、レミリア自身の血液。

「謝ろう。貴方は強かね。素人だと思わせて私が油断してるところを雷で走りの速度を強化して一気に斬りかかる。これほどまでにない人間だわ」

 そう言うレミリアが、振り向いた。顔を引き締め、底を睨み付けた。

 バレた。ここから本気で来る……! と底はバックステップで退って、銃に変えて連射。

 しかし、銃撃をくらってもものともせず、槍の先端を床に引きずらせながら底へ向かって歩き出す。「人間は弱い。だから知恵を絞って生きてきた。時に強かに。時に大胆に。時にか弱く時に頼って」

 底が退き、汗を滴しながらも必死にトリガーを引く。 底を追い詰めていくその姿は正に悪魔で。

「危なかったわ。もうすこしで致命傷を負うところだった。見えていたのに、動けなかったわ」

 そう言いながら三日月のように口を歪めて、鋭い歯を晒すレミリアは、悪魔の王といっても差し支えなかった――。

 煌々な紅い月を彷彿とさせる目がギラリと底を捉える。

「やっぱり貴方は良いわ。私を楽しませてくれる。さて――」

 銃撃を小さい身に受けていたレミリアが姿を消した。と思ったら底の後ろで長く鋭い爪を振り上げ、一言。

「お遊びは終わりよ」

 底は背筋が凍る思いをして、前方に転がり込む。レミリアの爪が空を切った。

 今さっきので終わらせられなかったのは決定的な失敗だ。こうなってしまうと死は逃れられない……! 底は焦燥する。足に雷を纏わせ、レミリアから遁走するように扉前へと走った。

 床に一筋の火花が咲き、通った所はカーペットを溶かしていく。レミリアはそんな底に向かって槍を投擲する。首筋に違和感がした底は横に転がることで回避した。

 立ちあがり、振り出しに戻ったように動かない。レミリアも槍を作り出し、睨む。

 少しの静寂。レミリアと底がお互いに舌打ち一つ、駆け出した。底は足に雷を。レミリアは翼で。刹那にぶつかり合う刀槍。

 二人とも、本当の全力。

 金属の音が響いた。それは銀色の刀がが弾き飛ばされ、床に落ちた音だった。

「これで終わりよ。そこ――」

「照せ!《光》!」

 名残惜しそうに言って槍を突こうと力を再度入れた途端に、眩い光がレミリアの目の前に現れた。その光は魔力で作られたもの。即ち、底の魔法。

 霧雨の魔法。《マスタースパーク》を見て明確に魔法がどんなものか、魔力というものを知ったのだ。霊力を扱えたのは博麗から教えられ、霊力で実際に包まれたからすぐに覚えられたが、霧雨は魔力をどんなものか見せていなかった。よって、底は霧雨のマスタースパークによって出た魔力の残留を自己的に感じ、魔法を使った。

 焦り、うまく想像が出来ないこの状況では賭けにも近かったが、功をせいした。

 レミリアは咆哮し、片手で目を押さえ、その場でもがき苦しみ、闇雲に槍を振っている。

 バックステップで避けて、手に魔力を溜める。淡い紫から濃い紫へ。バチバチと反発して唸るそれはさながら紫電のよう。

 底の腕の血管が浮き出て、原因不明の激痛に顔をしかめ、歯をくいしばる。血が涙のように溢れ底の視界が赤く染まる。ポタポタとレッドカーペットを赤黒くした。

 頃合いを感じ、レミリアに向けて、痛みを誤魔化すように咆哮をあげ、両手で放出する。

 その濃縮された紫の光線は轟音と共にレミリアを、そして部屋のシャンデリアと壁、玉座を破壊して消失した。

「どうだ……」

 息も絶え絶えに底が呟く。

 レミリアは床にうつぶせで転がっていた。腕は焼け爛れ、服もところどころ破けていて、肌が露出する。

 気絶しているようだ。

「やっと……、勝てたの……」

 言い終わる前に倒れた。

 

 一方、図書館では。

「なあ、凄い魔力を感じるんだけど……」

 身を震わせ、そう言った霧雨。

「これは――危ないわ! 無理矢理魔力を溜めてる!」

 パチュリーが椅子から勢いよく起立した。その拍子に椅子が音をたてて倒れた。

「どうなるの?」

 博麗がテーブルに頬杖をしながら質問する。

「どうなるも――最悪死ぬわよ!」

 怒鳴るようにそう答え、慌てて走り出すパチュリー。事の重大さが伝わり、伝染するように博麗と霧雨、何故か鼻の赤い小悪魔が後を追う。

 

「底!」

 玉座の間の扉が開かれた。

 ぞろぞろと入室して、そのあまりにも壮絶な死闘が繰り広げられただろうことが容易に理解できるその部屋を見回した。

 カーペットはところどころ燃え尽き、床が見える。シャンデリアは破壊され、玉座は粉々。壁は破れ、赤い霧が浸入している。部屋のど真ん中に腕が焼け腫れている以外は特に外傷のないレミリア。瞑目してて、頬にはまだ新しい血でカーペットを濡らす底。二人が眠るように気絶していた。

「底!」

「お嬢様!」

「レミィ!」

 それぞれが名前を叫び、駆け寄る。

「うそ……、底……。やだ……」

 口を覆い、静かにこぼして最悪の状況を想像してしまった博麗。

「底! 大丈夫か!?」

 気絶する底の体を揺らして安否を確認する霧雨。

 パチュリーはレミリアを確認した後、底の容体を調べる。

「……。まだなんとも言えない……。起きて様子を見ないと……」

 沈痛な面持ちで二人にそう告げた。

「いやよ……」

 底の名前を必死に叫ぶ。博麗の悲痛な叫びが十六夜咲夜と小悪魔を呼んだ。

「ど、どうしたの……? もしかして……」

 顔を青くしてパチュリーを見る十六夜咲夜。

「死んではないわ。ただ、なにかしらの後遺症は覚悟したほうがいいかもしれない……」

 首を振って十六夜咲夜に伝えたパチュリー。霧雨は博麗の背中を揺すり、宥める。

「ほら、まだ死んでないって。泣くなよ」

「泣いてなんかないわよ……!」

 霧雨の胸を叩いた。しかし、それは力のこもっていないものだった。

「霊夢。なにをそんなに……」

 十六夜咲夜が博麗に聞いた瞬間、俯いていた顔を急にあげる。

「あんたにはわからないわよ! 私だってわからないのに……」

 怒鳴り、崩れ落ちるように膝を床についた。

「貴女――ひょっとして繰鍛さんのことが好きなの……?」

 恐る恐るといった具合に十六夜咲夜が問い掛けた。

 その言葉を聞いて博麗が再度顔をあげた。 妙にストンと胸に落ちる博麗。納得したように頷き、「私、底のことが好きなの……? そっか……。これが好きって気持ちなの……?」自問自答して底を見やった。

「貴女たち。早く安静にさせないと本当に危ないわよ?」

 

 場面変わり、客室。あれから十六夜咲夜が『私が能力を使って運びますわ』と名乗り出てここにつれてきた。博麗は嫉妬で顔をしかめてたが、霧雨に諭されていた。

 十六夜咲夜によって広くされた十畳くらいの洋室で。壁は濃い赤色。棚には白のシャツとタキシード。ズボンと男物の下着。

 部屋の中の扉には簡易なシャワールームとトイレがあり、そこで身だしなみも整えることができるようにと洗面台もあった。そんな部屋のベッドに、底が寝かされていた。レミリアは自室に送られたようだ。

 すっかり日が暮れて、夜。ディナーを済ませ大浴場で身体をきれいにし、まだ火照ったままに博麗一人で底の様子を窺っている午後十時。

 死んだように眠る底の手をぎゅっと握りしめ、心配そうに見つめていた。

「霊夢ー、そろそろ寝ないかー?」

 能天気にも聞こえる、間延びした霧雨の声が扉越しに響いた。

「まだもうちょっと見てるわ!」

 とりあえず視線を移し、返事をする博麗。霧雨はぶつぶつと言いながら自分の客室に戻った。

 今日は仕方なく泊まることになったのだ。レミリアはまだ眠っており、目をさまさない。一刻も早く底の声、起きた顔。話をしたい博麗は、ずっと底の部屋にひきこもって底の顔を眺めていた。微笑みながら。

    


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