紅魔館の大図書館。“大”と書くだけあって、かなりの広さ。何処を見渡しても棚に収納された本しかないほど、そこは『本』に溢れ、逆に本しかなかった。床は赤いカーペットが敷かれ、光源は天井のシャンデリア二つ。なにかの細工なのか、壁に優しい光りが浮かんで、図書館を鮮やかに、しかし淡く。幻想的に、閉塞感をかんじさせず、視界に映し出す。きっとシャンデリア二つでは光が行き届かないんだろう。なんせ棚が天井の近くまで建てられているのだから。
図書館の主は相当、無駄のない性格をしているように窺える。廊下などには装飾が施されてたが、ここには無駄な物がない。例えば物。あるのは棚と本と光を放つもの。あとは読書スペースしかない。例えば者。さっきの悪魔らしい少女と、読書スペースに座り本を読んでいるのかと気になるほど、目を動かしてない紫の少女しか見当たらない。強いて、ここに居るものをあげるとするならば――――。
「広いな……」
「一冊くらい持っていってもバレないよな?」
「駄目だ」
「ちぇ。けち」
「俺のものではない。ここの主に聞け」
そんな会話を繰り広げている底と霧雨だろう。ついさっき図書館中に響いたウィスパーボイスの持ち主を探す為に歩を進めていた。ただ単に扉から真っ直ぐ進んだだけなのだが、それでも図書館にしては結構な距離を歩いていた。それに文句を言うまでもなく、歩きながら雑談をする。
「何処にいるんだろうな……」
底が本棚と本棚のスペースをキョロキョロと視線を巡らせて、誰にともなく呟く。
「霊夢がいたら『こっちにいるんじゃないかしら? 勘だけど』って言うんじゃないか?」
博麗の声真似だろうことをしつつ言った。しかし、その声は不自然に高い。そして、付け加えれば、霧雨の声は少女にしてはボーウィッシュに低く、博麗の声とはまた違う低さだ。然らば、全然似ていない。
「なんだその声、全然似てないぞ」
と苦笑半分で言った。
「私としては結構似てると思うんだけどな……。『勘だけど、退治するわよ!』どう?」
「勘だけど退治するってなんだよ! 酷すぎるし似てねぇよ」
腹を押さえて、爆笑しながらつっこむ底。こんなに笑うのも久しぶりだと自分でも思ってるだろう。漸く落ち着き、目に涙を溜めながらも探す。
「あ、あそこじゃないか?」
二人が探していると、霧雨が突然声をあげ、ある本棚の間を指差した。底がそちらに目を向けると、先ほどの悪魔の翼を生やした赤髪の少女と、紫色の髪に眼鏡をかけた少女が座って本を開き、眺めていた。
「多分そうだ。行こう」
頷き肯定して、迷わず少女二人がいる所へ向かう。
紫の少女の隣に立っていた黒い少女が、耳打ちした。すると、紫の少女が目線をあげる。読書スペースのテーブルまで来た、底と目があった。底の隣には霧雨が立っている。
「まずは挨拶をしよう。俺は繰鍛 底」
「私は霧雨魔理沙だ」
「そう」
開いていた本を閉じる。『パタン』それだけの音が、不思議にもよく響いたように感じた。続けざまに、眼鏡を外した。「よくここまで来たわね。パチュリー。パチュリー・ノーレッジよ」
外見は少女だ。座っているが身長は低く、顔もあどけなさが残っている。長い、腰まである紫の髪の先をリボンでまとめて、ナイトキャップを被り、それには三日月やら青と赤のリボンがあしらわれている。真っ白のゆったりした服を着て、更にその上から薄い紫の上着を着用。寝巻きみたいだ。
「私は小悪魔です、小悪魔、もしくはこあ。またはこぁちゃんって呼んでください! ここの司書でパチュリー様の使い魔です。あ、因みに小悪魔っていうのは名前じゃないですよ? 種族名なんです。我輩は小悪魔である。名前はまだない。気がついたらここに召喚されていた。なにを言ってるかわからねぇと思うが、安心しろ私もわからない」
息を吐かぬ勢いで喋りだした。そして徐々に奇妙なポーズをとっていく。背景に『ゴゴゴゴ』という文字が見えなくもないがやはり見えなかった。
『また始まった』と言いたげに頭を抱えて深いため息を吐くパチュリー。あんぐりと口をひらきながらもなんとか聞く底と霧雨。
「――なんとか咲夜さんに怒られながらもこうやって整理整頓しながら生きてきたんですよー。それも何年も。パチュリー様ったら喘息があるから外に出れないし『日光で髪が傷むから出たくない』って言うんですよー? だから貧弱貧弱ゥ! って言われるんです。少しでも動いたら息切れしちゃって『うわっ……私の体力なさすぎ……?』って後悔する羽目になるんですよ!」
止まらない。ついには霧雨が欠伸をする。底が頭を掻く。パチュリーが怒りで顔を赤くして手に水を溜める。
「レミリア様に鍛えて貰ったらどうなんですか? もしくは、美鈴さんと舞いをしましょう! あ、それか私と整理します? それなら私も楽になってパチュリーさまも――」
「いい加減にしなさい!」
溜めていた水の塊を小悪魔の身体中を濡らす。
「こあー!?」
自分の名前でも掛けてるみたいに、やけに可笑しな悲鳴をあげる小悪魔。身体を犬のようにぶるぶると振って、水を飛ばす。パチュリー以外が、目から飛んできた水を守るように腕で庇う。
底達が腕を下ろして、咎めようと口を開けたが、言葉を失うことになった。
それも、小悪魔は服から滴る程に水を被った筈なのだが、たったそれだけの動作で、てんで理解出来ないが、不思議にも水気はなくなってたからだ。パチュリーはあたかもそれを知ってたかのように、もう視線を底達に向けていた。
「冷たいじゃないですかやだー!」
すっかり元通りになった小悪魔が、パチュリーに非難を送る。
「うるさいのよ。大事な話があるんだから向こう行ってなさい」
睨み、威圧的に命令。
「こぁ……。はーい……」
寂しそうに肩を落として、背中の羽を動かして飛び去った。
「やっと居なくなったわ」
またため息。さて、本題だけれど。と発言して底達に顔を向ける「いつまで変な顔してんのよ」理解出来ない。といった風に、眉に皺をつくり、片目を細めた二人に怪訝そうな顔をして言った。
「あ、ごめん。どうぞ」
まったく同じように底と霧雨が首を左右に振って続きを促した。
「この異変を起こした人物。それは――」
核心をいきなり教えてくるもので、底達は唖然としたが、すぐに戻って、生唾を飲み込む。「ここの当主である、レミリア・スカーレット。『吸血鬼』よ」
パチュリーの囁きにも似た息の漏れたような声が、しかし今だけは、しっかりはっきりと聞こえた。知らされ、底は愕然とした。霧雨はいまいちわからないようで、首を傾げている。
底は詳しく知らないが、身体能力、また、治癒能力が恐ろしく、しかしデメリットに、にんにくや十字架、流水や日光に弱い。ということだけテレビでよく見る。抜け落ちず、頭の片隅に残存していたことに、今は感謝した。
「私はレミィの友人。だけれど、貴方達と戦おうとは思わない。なぜなら私には持病があるからよ」
底達に質問させまいと、質問の内容を先読みしたように言う。
「それは喘息のことか?」
沈痛な表情で底が聞いた。
「ええ。だから戦うだけ無駄。私の本も傷がついたら大変だし」
一応最上級の結界魔法は張ってあるけど。と無数にある本棚に視線を配って付け加えるパチュリー。
「んじゃなんで閉じ込めてこんなところまで来させたんだよ」
箒のブラシの部分を弄りながら問い掛けた。
「それを今から話すわ。座りなさい」
パチュリーの向かいにある、空いた椅子をテーブル越しに指差して勧める。黙って二人が腰かけたのを見届けて、神妙な面持ちで切り出す。
「あの子はきっと、底。貴方を求めてる」
「……どういうことだ?」
「底を知ってるのか?」
底はその話の本質を。霧雨は面識があるのかをそれぞれ質問した。
「いえ、レミィが恐らくほんの少しだけ。それも外見を少し覚えてる程度だと思うわ」
人差し指と親指を離し『ちょっとだけ』とアピール。
「この異変をおこした時、貴方と対峙する運命を見たらしいわ。その際に、無数の運命があった。らしいの。『だからもう一人の女は足止めしてて』ってね。因みに咲夜にも伝えてるわよ」
「その、さっきから言う『運命を見る』とは?」
底が聞いた。
「ああ。レミィの能力よ。運命を操る程度の能力」
「そりゃまた大層なもんをお持ちで」
パチュリーの底への応えに、幾分か棘のある言い方で送った霧雨。
「魔理沙って言ったわね。ここにいてほしいの」
頭を下げるパチュリー。
霧雨はテーブルに頬杖をして一蹴する。
「やなこった。吸血鬼? 運命? 知らないね。なんでそんなことを聞いてやらないといけないんだよ。自分勝手すぎだろ? 相手は吸血鬼。底が死ぬかも知れないんだぜ? 責任とれんのかよ」
パチュリーを睨み付け、言った。
「…………」
「いや、いい。待っててくれ。俺は“絶対”に死なない」
黙りこむパチュリーを一瞥して、立ち上がり霧雨を制する。それを『こいつはなにを言ってるんだ?』とでも言いたそうに霧雨が底を見る。
「必ず倒してくる。俺を信じろ。とは言わない。どうか待っていてくれ」
濁った、しかし黒曜石のような輝きを秘めたその目で、霧雨をまじまじと見つめ返す。
「わ、わかった……」
視線にたえきれず、帽子を傾け、顔を隠しつつも「危なくなったら必ず逃げろ。油断をするな」諭すように注意した。
「ああ。ありがとう。行ってくるよ」
パチュリーと霧雨に背を向けた。パチュリーは目を瞑り、霧雨は心配そうにその背中を眺めている。
「待ちなさい。こぁに案内させるわ」
瞑ったままのパチュリーが底の背中に向けて声をかけた。ありがたい。と底が呟く。
「呼びましたか!? 小悪魔、見参!!」
「まだ早いわよ」
「あ、そうですか、じゃちょっと出直して来ますね……。あはは、お恥ずかしい……。よ、呼んでくださいね?」
「はいはい」
コント染みたやり取りをパチュリーと小悪魔がやり、小悪魔が何処かへ消えた。適当に返事をしてから、呼んだ。
「やーやー我こそは小悪魔であーる! 遅れ馳せなが――――」
カットだ。省略だ。割愛だ。
ということで小悪魔がこの異変をおこした者の場所へ案内することになった。
底の背中には『まかせとけ』という男気が見え隠れしたが、対称的に小悪魔の背中はどこか寂しげだった。