東方繰鍛録   作:みょんみょん打破

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今回
東方繰鍛録(くりかしろく)
始まります。
三人称は初めてなので、不安がありますが、頑張りたいとおもいます。
よろしくお願いいたします

先に言っておくと、弾幕ごっこはしません。主人公のスペルカードもありません。よって、これは弾幕ごっこが流行っていない幻想郷になります。
寧ろ、東方projectによく似た世界って考えると見やすいかもしれません。
それに、これは自由気ままに書くことになります。プロットは今回も組んでいません。

追記
前作が終わってすぐに書いたもので、すこし読みにくいと思います。二十一話で書き方が変わるので、ご了承ください。
追記の追記。
できるだけ修正していきたいと思います。


異変前
繰り返す人間


 

 

 

 東京の何処か。ジーンズと白のシャツを着て、黒髪の肩まである、どこにでもいるような青年が歩いていた。だが、その青年は目に光がなかった。濁り、まるで『この世に絶望』しているようだ。

 太陽が燦々と輝き、汗水滴らして人が通勤や通学に使う道。しかし、彼は通勤でここを歩いてる訳じゃない。ましてや通学なんかでもない。

 ただ買い物をしているだけだ。その証拠に、彼の手には一つの買い物袋があった。

 だが彼は、何処と無く、警戒しながら歩いている。何故か。それは彼の不可解。

 怪異。

 奇怪極まる生活を送っているからでもある。簡単に言うと『彼は何回も死んでいる』のだ。

 ある意味では“不死身”と言える。だが、死んでも復活及び、再生している訳ではない。時間が巻き戻るのだ。八歳の頃から、それを何回。いや、何十と経験している。

 最初こそ戸惑い、時には発狂したこともあったが、今は死なないで済む。と割り切っている。そうでもしないと自分を保てないからだ。

 そんな彼の名は――――繰鍛 底(くりかし そこ)

 底はいつも通り、人を避けながら家に向かう。

 その頭上からは飲食店の看板が音をたてて外れ、真下にいる底に落ちる。音をたてた時点で気づいていた底は、走って通りすぎた。

 少しだけ振り返る。

 やれやれ――と、底は肩を竦めて、騒ぎを無視し、家に向かって再び足を進めた。

 これくらいは日常茶飯事だ。

 時には通り魔。

 時には爆発。

 時には轢かれ、時には落雷。

 またあるときは火事に巻き込まれたりと。死因はもう色々経験している。死に至るとこまでいかず、病院で目覚めた事も多々。よって、底の身体は傷だらけだったりするのだが、本人はもう生きていたらそれでも良いらしい。

 不幸中の幸いなのか、顔には傷がない。

 世界が、なのだろうか。神なのだろうか。あらゆるものが底を殺そうとする。

 アパートに入り、鍵を開けて、閉める。この行動だけでも意識を散らせない。底は溜め息一つ、適当に靴を脱ぎ散らかして、玄関からすぐの居間に入った。

 キッチンの椅子に座り、泥のように身体の力を抜く。

 家が唯一の安全場所だ――深い、安堵と緊張を一緒くたにして吐き出す。このまま寝てしまいたい気持ちに駆られるが、顔を左右に振り、眠気を振り切った。

 

「飯……、作らないとな……」

 憂鬱気に呟いて、椅子から重い腰をあげる。買い物袋からテーブルに材料を置いていった。

 玉ねぎ、じゃがいも、にんじんに肉、最後にルー。今日はカレーライス。二日、三日なら大丈夫だと思ったからだ。一人暮らしで、金も仕送りだけの底にとって、節約は絶対なのだ。

 バイトなりで稼いでもいい。だが、底はそれをしない。日々生きるだけでも精一杯なのに、バイトなんて出来るわけない。と思っての事だろう。

「…………ん?」

 底は少し違和感を覚える。それは人間にとって、とても些細な違和感。誰かの視線を感じるといったものだ。底が玉ねぎを片手に、部屋に視線を巡らせる。

 テーブルに一つの椅子。床はフローリング。その奥に布団が畳まれていて、棚、本等が乱雑に置かれていた。男の一人暮らしならこんなものなのだろう。トイレと風呂への扉。玄関への短い廊下。一望出来る内装だ。

 一頻り見た後、気のせいかと安堵の溜め息を吐いて、料理に取りかかる。

 玉ねぎの皮を剥いて、切る。じゃがいもと人参も同様。肉を炒めて、小鍋にいれる。その小鍋に水を注ぎ入れ、火にあてる。換気扇をつけて、椅子に座った。

 座った底は、こくこくと船を漕ぐ。一際大きく頭を落とすと、意識が戻ったのか、はっと我に返り、勢いよく左右に首を振った。鍋の様子を見ると、もうルーを入れても良いくらいには沸騰していた。

 カレーを作り終え、皿に盛って食べる。

「うん。普通にうまい」

 誰ともなく、底は、自分の料理を評価した。その少し後、底の向かい側から返事がする。

「あら、本当。美味しいわね」

 底の座っていた身体が飛び上がるように立った。椅子が足に跳ねられ、騒がしく倒れる。

 向かいに……? 全く気付かなかった……!! クソッ! 何者だ――油断していた自分が恥ずかしいと。慣れてないが、形だけでも構える底。その立ち姿は隙こそ素人にしては少ないが、やはり不恰好だ。

 

 女性はスプーンを置き、何処からか扇子を取り出す。それで口元を隠し、目を細める。その姿はどこか、胡散臭く、妖艶で、美しい。“美”を全面に押し出したような。それこそ『人間とは逸脱した容姿』をしている。

 底は初めて見る、色んな意味での人間離れした女性に冷や汗と、これまでにない命の危険を感じた。

「あら、それが女性に対しての行動なの? 紳士としてどうなのかしら」

 扇子の裏で口の端がつり上がる。

 確かにその通りか。どうせこの得体の知れない女の人は、いつでも俺を殺せるに違いない。なら抵抗は無駄か――そこまで思考が行き着き、構えを解く。死んでも時間は戻るのだ。死んでからでも遅くはない。と考えたのだ。

「すまない。何しろ死にそうになることが多いんでな。自然と警戒してしまった。こんな美人に構えるなんて我ながら馬鹿な事をした」

 謝罪を述べて、ついでとばかりにおだてておく。底が頭を掻いた。

「あら、お上手ね」

 そう言う女性は何処と無く嬉しそうに思える。椅子を戻して、再び座った。そして、座ってから気づく。

 この女の人は何処に、何を使って座っている……? 椅子は一つの筈なんだが――そう考えながら、底は怖いもの見たさが刺激される。だが、テーブルの下を覗き、女性の足やらを見るのはどうだろうか。そう省察して、止める。

 

「賢明ね」

 それを聞き、底は戦慄した。

 まるで『思考が筒抜け』とでも言うように、女性は呟いたのだ。

 この女の人は色んな意味で危険だ――いっそう、警戒する。しかし、あたかも警戒してませんよと振る舞う。

「なんでここにいるんだ?」

 底は女性に向けて問うた。緊張の糸を張って。

 だが、女性は飄々と「私がここにいては駄目かしら?」質問に疑問形で返した。

 名前も知らない。いつ殺されるかわからない底にとっては悪質な事極まりないだろう。

 

「質問を変えようか。なんの用があってこんな所に来たんだ?」

 カレーライスをテーブルの端に移動させる。腹は減ってるが食べてる場合ではないと思ったらしい。それはそうだろう。こんな状況で食べる人間は相当肝が据わっているか、ただの馬鹿かだろう。

「私はいま、激しく困っているの」

 わざとらしく紫のハンカチで目元を拭う。因みに涙は出していない。

「ほう。その心は?」

 女性の動作を無視して聞き出す。酷い……。と聞こえたが、依然意に介さない底。

 

「まず、そうねぇ」

 ずっと口元にやっていた扇子をテーブルに置いて「私は八雲 紫よ。幻想郷の賢者をやっていますわ」艶然と微笑む。その笑みは何をも魅了するよう。

「俺は繰鍛 底と言う。普通の“人間”だ」

 自己紹介をする。人間を強調した。それは人間でありたい。という願望か。はたまた普通の人間だと思っているのかは底自身、定かではない。無意識の内に人間だと強調したのだろう言葉を、八雲が一笑に付した気がした。

 

「幻想郷というのは、私が作った、妖怪や神、忘れられた人間等、幻想が集う世界よ。最近では『弾幕ごっこ』というものを流行らして、人間にも平等に戦えるよう、したいのだけど、どうにもうまくいかないのよねぇ」

 はぁ。困った。とでもいうように溜め息を吐く八雲。

「俺がその『弾幕ごっこ』とやらを流行らせればいいと? ただの人間にそれを言うか?」

 声色も表情も、心底呆れたような底。

「詳しくは言わないけど、貴方には特別な力。“能力”があるわ。それを駆使して幻想郷を救って頂戴。勿論、救ってもらうからには衣食住は保障するわ。私が屋敷でも家でも手配してあげるし、食材だって持ってきてあげる。至れり尽くせりよ」

 などと宣う八雲。底にはメリットなんてものは勿論のこと、ない。ただ、あるのは。

 これを断ると俺はどうなるのか――ただそれだけ。一回だけ試してみるか。と思い、動悸が激しくなり、全身の穴から汗がふき出しながらも「断る。俺にメリットなんてないじゃないか。なにがよくてそんなことせにゃならん」必死に平静を装いながら、言い放つ。その刹那、凄絶な程の殺気を感じた。

 

「私は妖怪達を束ねている賢者なのよ? 貴方にそんなメリットなんて求める立場があるとでも? いえ、無いわ。まだ生きてる事に感謝しなさい。今すぐ殺す事だって出来るのよ」

 恐ろしい。その一言に限る。低い大人の女性を感じさせる声は、しかし、今だけは死神のようだ。それに氷、いや、無表情。化石のように乾いている。底は体温さえ失ったような、底冷えする感覚を覚えた。

 ここまで言って引き返せるか。いっそ死んでやる――それこそ死にもの狂いで、断る。死ぬとわかっているからこそ。いつものように巻き戻る事を知っているからこそ、引き返せないし、意見を変えない。

「もう一度言う。断る」

 腕を組む底。高鳴り、バイブレーションにも似た動悸が腕に伝う。手汗が尋常ではないようで。腋辺りでわからないように拭っている。

「……そう。なら仕方ないわね。虚仮にされるのは久方ぶりだわ。ここまで阿呆で、馬鹿だとは思わなかった」

 全面から溢れ出る、底に対する失望感。立ち上がり、椅子に座り、内心は怖じ気づき、萎縮している底を冷たく見下す。

「“藍”始末しなさい」

 底の背後に音もなく現れた九の尾をもつ獣。“藍”と呼ばれて現れた女性は無表情で底に長く、鋭く尖った爪を降り下ろす。直前に気配を察した底は、振り向く。が、あまりにも遅く、無力。底が気付いた時にはもう、辺りを真っ赤な鮮血で染めていた。幸いなのは痛みを感じない事だろう。あまりの激痛に、脳が“痛覚”をシャットダウンしたのだ。

 

 底は力を絞って、振り向く。テーブルと端に置いていたカレーライスを赤黒く染めた。

 呼吸がどんどん弱まる。最後の抵抗か、底は八雲の方に手を伸ばした。それを無慈悲にも振り払う。果てに、底はテーブルに突っ伏して――――生命を停止させた。

 

「全く。身の程を知らないとこうなるのよ。お疲れ様。藍」

 吐き捨て、労いの言葉をかけた後、赤黒いカレーライスを頬張り、美味しそうに顔を綻ばせる八雲。

「いえ」

 表情を感じさせない顔で、血によって赤くなった自らの爪を舐めとった。             


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