約二ヶ月近く音沙汰が無かったことをお詫びします。めちゃしこ忙しくててがつけられず、これだけでなく他もまったく次話に手がつけられていないのが現状でした。
今年も残り二日、なんとか一話ずつ更新したいですね。
久しぶりすぎてヘタクソになっていないか、矛盾起きてないかちょっと心配ですけど……
非常に気まずい。
二日目にして女子と並んで歩いていることじゃない、戦争に勝った軍隊が凱旋するように人で道ができたわけでもない。………現実に道ができてはいるんだけど。
何がって?
「よう。今日はどうしたんだ?」
「あはは……ちょっとね……」
授業をサボったくせに平然と食堂を歩いては不調を見せることなくご飯を食べていることが、ひっじょーーーーーに気まずい。心配そうに話しかけてくれる織斑君には申し訳ない気持ちだ。一緒にいた篠ノ之さんは敵を見るように僕を睨んでいるので、彼女は僕と織斑君が話すのをよく思ってないらしい。単に僕を嫌っているのか、それとも………
「そっか、電話もできないくらいキツかったんだな」
「ん?」
「職員室まで行かなくても欠席の連絡ぐらいはできるだろ? それすらできなったんだからそうなるじゃないか」
「………まぁ、そうだね」
考え事をしていたんだけどね……都合いいし、便乗させてもらおうかな。適当に勘違いしといて。
「そっちの人は知り合い?」
「ルームメイトのーーー」
「ご馳走さま。行こう」
「うえぇっ!? ちょ!」
簪さんを紹介しようとして顔を右に向けると、いつの間にか右手をがっしりと掴まれて、気がつけば僕は無理矢理引きずられながら食堂を後にしていた。さよなら、ポテトサラダ。
それからも暫く振り回されるような速さで校舎をグルグルと歩き回り、ようやく足を止めたのは二十分後のことで、食堂からも寮からも離れた海がよく見えるベンチに腰かけた。
後から知ったけど、ここは海の向こうに日が沈む瞬間がよく見えることで有名らしい。周辺には何もないくせにベンチが設けられているのはそういうことだ。
荒れた息を整えてから、理由を尋ねる。
「どうしたの?」
「………」
俯くばかりで何も答えようとしない。短くはない髪のせいもあって表情を伺うことも難しいし、ただ右手を待機状態の指輪ごとぎゅっと握りしめていた。
「打鉄弐式に関わること?」
「………」
黙って、頷く。
整備室を出たときは誰が見てもわかるほど上機嫌だった。話が膨らめば笑顔も時々見せてくれていたし、食堂で蕎麦を啜っていた時も美味しいと楽しそうに呟いていたのに、今では泣きそうな雰囲気すら漏れている。
そう、多分…………織斑君と篠ノ之さんが話しかけてきたときだ。どちらかが、或いは両方が影響を与えているんだろう。
とても大事なことで、彼女にとっては悔しいことのはずだ。会話すら耐えられないほどに。僕はその理由を知る由もなければ、そこまで深く関わろうとは思わない。
これからの学園生活で長く世話になる相手なのは間違いない。部屋替えがあったとしても、何らかの付き合いはあると思う。クラスが違うからといって二度と会わないわけじゃないんだ。だからこそ僕に付きあわせてしまう申し訳無さを感じていたし、楽しい生活を送りたいから、友人がほしいから仲良くなった。
言ってしまえばただそれだけの関係だ。特殊な事情で選ばれたルームメイトでしかない。僕を守ってくれる反面、僕を見張るカメラでもある。簪さんは消極的みたいだけど、聞くだけなら十分に煙たい話だ。
面倒事なのは間違いない。彼女ですら処理できないことを僕にどうにかできるものか。むしろ面倒を増やすことだってあり得る。
それでも―――
「愚痴でも聞こうか?」
―――はじめての友達を見捨てられるほど薄情ではない。僕にできる最大限のことをするだけだ。彼女の我儘に付き合うと言ったのは僕なんだから。できることは少ないけれど、最低限のできることはやろう。
彼女はただ、左手を右手で握りしめて頷いた。
*********
愚痴を聞くにはあのベンチはちょっと寒いし、人に聞かれでもしたら次の日どうなることやら。場所を僕らの自室に移す事にした。何せ、簪さんが今から話す事は織斑君と篠ノ之さんが絡んでいる可能性がかなり高いのだ。方や世界最強の弟にして男性操縦者、もう片方はISの母である束さんの実の妹。誰かが聞いてぽろっと漏れた時、入学したばかりで二人がどういう人なのかも知らない生徒や先生は、理由もなく二人を庇って、理由もなく簪さんを責めることだって十分あり得る。というかその可能性が高い。
織斑千冬と篠ノ之束という名前はそれだけの影響力を持っている事を、僕はよく知っている。
「何か飲む?」
「………アイスココア」
「ん」
湯を沸かす時間が勿体ないので、パウダーと氷に水を混ぜて簡単に作ったものを渡す。僕は常備しているお茶をカップに注いで向かいに座った。
お互いに一口つけて、机にカップを置く。
「今から言うことは、まだ誰にも言っちゃ駄目なこと。後で知ることになるとは思うけど」
「僕には話してもいいの?」
「そこに原因があるから」
「ああ」
それもそうだ。でなきゃ初対面の彼とイザコザが起きるなんてありえない。
「……織斑一夏には専用機が用意される」
「この時期から? 基本をしっかり押さえてからと思ってたよ」
「少しでも多くのデータが欲しいからって。どうせだから『白式』で基本も学ばせて経験値をあげるつもり」
「『白式』って?」
「彼の専用機。高機動格闘型の第三世代」
「詳しいね」
「白式の作成を依頼されたのは、打鉄弐式を作成する倉持技研だから」
「………」
そういうこと。
今日手伝っている間ずっと引っかかっていたんだ、どうして個人で機体を作成しているのか。それも、組み上がった後のシステムだけという中途半端なところだけ。
企業お抱えの操縦者だろうが代表候補生だろうが、彼女らに任される専用機は最新の技術を積んでいる。つまり、それは今までの技術の結晶でありこれからの技術を支える希望や布石だ。それを途中で投げ出すなんて余程の事が無い限りは起きない。
それこそ、男性操縦者が現れ、彼の専用機を作成するという垂涎の依頼でもない限りは。
技術者は自分らの腕で食べている。養ってもらえる人間がする小遣い稼ぎのアルバイトやパートじゃないんだ。俗っぽい話、食べるためには常に腕を磨いて自社の魅力を売りださなければならない。本人達は機械が弄れるならそれでいいような変態ばかりらしいけど……。
生きるために働く。その為に技術者は学ぶし、新しいものを生み出していく。
もし、今あるものを生み出す事より数倍以上の利益を生むことができるのなら? そのチャンスが目の前にぶらさがっているとしたら?
企業としては………利益を追うのなら食いつかないはずが無い。
「倉持技研の人達は、作製途中の打鉄弐式よりもまだ見ぬ白式にお熱なんだね」
「そう」
単純に、打鉄弐式よりも白式の方が“イイ”ってだけのこと。
もはや時代遅れになりつつある第二世代を組むよりも、全てが未知数に包まれている第三世代の方が旨みがあるのは誰が見たって分かることだ。
だからと言って今まで心血注いで作ってきたものを途中で放り出して、新しいものに飛びつくのはどうかと思うけどね。
簪さんは人形じゃなくて人間だ、打鉄弐式……ISコアにだって人格や心と呼べるものがある。もういいやと投げだされた側の気持ちをもう少し組んでやるべきじゃないだろうか? これじゃあ歩き方を教えてもらう前に捨てられた赤ちゃんだよ。
「打鉄弐式の作製に入ったのは去年の夏。設計図を直ぐに引いて組み立てに入って、今の状態まで進んだのが丁度今年一月下旬」
「そこで高校入試があって、織斑君がIS適正を持っていることが分かって倉持技研に依頼が来た、と」
「最初は白式開発のスタッフだけで作業していたんだけど、人手が足りなくなったみたいで、打鉄弐式のスタッフもそっちに割かれた」
「倉持技研は小さい企業なの?」
「……多分、日本で一番進んでいる所だと思う。専用機の依頼が来るぐらいだし。勿論、人はたくさんいるよ」
「なら―――」
「未知数だからとか、候補生なら日本にとって良い方を選べ。そう言われた」
それは………卑怯だ。正論だけど、気持ちを踏みにじる卑怯な言葉だ。気が強いわけでもなく、はっきりと物を言える性格じゃない簪さんにそんなことを言えば断れないのは、付き合いの短い僕だって分かる。
彼女にそう言い放った人は、確信を持ってそう言ったに違いない。とんでもないクズだ。
「……偶然、聞いちゃったの」
「何を?」
「………旧式を組み立てるのはもう飽き飽きだ、って」
担当になった人が偶然そちらに興味を惹かれた……というのは都合のいい解釈かな。何にせよその人物は技術者失格だ。組み上げる新型を旧式呼ばわりし、責任放棄したのだから。
それに大した腕も無さそうだし。
IS作成で最も手間と時間が掛かるのは中身の部分……つまり、今簪さんが一人で手掛けている部分だ。前にも誰かに言った気がするけど、機体を組むだけなら時間なんて掛かりはしない。緻密な設計図と、人員と設備があれば尚のこと。倉持技研が日本国内でトップの位置にいるのなら、組み立てだけで半年もかかる方がおかしいんだ。
同時進行でもしていればまた話は違ってくるけど、ゼロの状態から簪さんが作製に入っているのを見るあたり下積みは無さそうだから……。結果的ではあるけれど、引き取って正解だったのかな。
「新型の建造に関われるのはとても光栄なことだし、惹かれるのも分かる。私が代表候補生だからっていうのも承知の上。彼もただISを動かしただけで、何の関係も無い」
机に置いていたカップを手にとって煽り、一気に飲み干しておかわりを要求してくる。時間が経っていたから沈澱してあまり美味しくなかっただろうに。
「どうしようもない、仕方のないこと、だよ」
「納得できていないじゃないか」
「できるわけ、ないよ。自分が我儘言っているだけだっていうのは分かっていても」
受け取ってもう一度同じ様にココアを淹れて渡す。
担当者も中々だけど、簪さんも気持ちの整理が出来ていないのか。理解はしてるけど納得してないって感じだ。靄が取れないままだから、白式を受け取るだけで事情を知らない織斑君に苛立つし、対して関係のない彼に八つ当たりする自分にも苛立っている。一番は酷いことを言った人だろうけど。
何とかしたいけど………そうだ!
「じゃあさ、僕らで最高の打鉄弐式を完成させよう」
「?」
「要は途中で放り投げた倉持技研が原因なんだよ。入学までには完成していただろうし、織斑君に苛立つことも無かった。だから、ここで倉持技研が完成させるはずだった打鉄弐式以上の打鉄弐式にしてしまえば、自分で引き取ってよかったってとりあえずは思えるでしょ? お姉さんにいい所を見せるチャンスでもあるんだしさ」
強引だけど、コレぐらいはしないとね。ぶっちゃけ方法はどうでもいいんだ、簪さんが納得できるのであれば。折角同じ学校にいて、同じ日本人で、同じ倉持技研製の機体に乗るんだから仲良くできる方がいい。
より一層集中できることだろう。
「大丈夫、最初からそのつもりだから。……彼を見て、ちょっと思い出しただけ」
「そっか」
「ごめんなさい。聞いてほしかったの。ありがとう」
「どういたしまして、でいいのかな?」
「うん」
調子を取り戻したのか、またにこりと笑って返してくれた。大分笑顔が増えてきたようで何より、不快に思われていないと分かるので助かる。
ぐぅぅ~
「………」
「………」
「………食堂開いてるかな?」
「もう閉まってると思う」
「何か作るね」
「手伝う」
多分アレだよ。安心したからお腹が空いたんだよ。決してエアブレイカーなわけじゃない。
くすくすと笑われながら、僕は重たくなった腰を起こした。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
スイッチを入れて温度調節、三十八度の程よい温度の湯が身体を打つ。寮に備え付けのシャワーは綺麗だし広いから好きだ。大浴場も今の時間は開放されているけど、行きづらいし、私よりも大きい子を見ると殺意が湧くので行きたくない。どこが大きいとは言わない。
お姉ちゃんとエンカウントした時が一番最悪だ……あの、篠ノ之さんも敵。
………どうして私はこんなに小さいんだろ。豆乳こっそり飲んでるのに。
ぐすん。
「銀君は……どうだろう?」
やっぱり大きい方がいいのかな?
……いやいや、彼は関係ないでしょ。何を言ってるんだろ。
でもでも気になるな……。
「どうしたんだろ、私」
最近……というか学校に来てから自分が今までと別人のようだと思う。親しい本音でさえそう言うし、誰よりも私自身が変わっているという自覚がある。それが良いのか悪いのかまでは分からないけど、本音曰く「ずっと明るくなったねー」らしい。
確かに、気が楽になった。作業は進むし、心配だったルームメイトはとても親切でこんな私にも親身になってくれる。気が利いて美味しいココア淹れてくれるし、私の知識にもしっかりついてくるし、さっき食べた缶詰をアレンジした料理は上手に出来てたし、女子の私が羨むぐらい可愛いし、髪も飾りも綺麗で肌もすべすべでさわり心地いいし、自分だって辛いのに気遣ってくれる優しさや相談に乗ってくれる懐の広さに偶にぐいっと引っ張る男の子っぽさもあって………
「簪さーん」
そうそう、ああやって名前で呼んでくれる男の子なんて彼ぐらい……
「簪さーん」
「ひゃっ!? はっ、銀!?」
「うん。昨日ちょっと機械の調子がおかしかったから気になったんだけど、大丈夫? 急に冷水が出たりしてない?」
「えっ………特には、ないけど」
「そっか。驚かせてごめんね。ごゆっくり」
洗面所の更に奥にあった人の気配が少し遠ざかっていく。ほっ、と溜息が漏れた。
それにしても、本当にどうしたのかな。一人の時間が出来たら銀君の事ばかり考えてる気がする。会ってまだ二日しか経っていないのに……。
でも、今の私はとても満ち足りている気がする。打鉄弐式の事だけじゃない、他の何かがそうさせている。
鏡に映っている私は、両手で胸を包みながら幸せそうな顔をしていた。
銀君は織斑君とは違う。何も奪わない、与えてくれるし、支えてくれる。
私は………
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
今の僕はれっきとした学生だ。いや、入院中も学籍はあったんだけど通っていなかったからノーカンってことで。
サラリーマンがパソコンとにらめっこしたり会議を開くのが仕事なら、僕ら学生はペンを握って勉学にいそしむのが仕事だ。世界を支えるために、夢をかなえるために、金を稼ぐために、生きるために。理由は千差万別だろうけど、勉強することに変わりない。学校にいる以上、学ぶことは義務である。
二日目の様なおサボりを何度もするわけにはいかないので、三日目からは普通に起きて登校し、授業が全部終わってから第一整備室で簪さんと合流するのが習慣になっていた。
今日で七日目。入学して一週間が経過している。
勿論これから打鉄弐式の作製に入る………つもりだったんだけど、別の予定が既に入っている。
「模擬戦?」
「そ、前に話さなかったっけ。イギリスのオルコットさんが織斑君と決闘するって」
「あぁ……あったね」
入学早々に問題を起こした二人は今日決闘することになっている。勝った方がクラス代表になるわけだけど……どうみても千冬さんがややこしくしてるっていうね。
「そうなの?」
「だって織斑君はやる気が無くて、オルコットさんは自分がやりますって言ってるんだよ? 素人でやる気のない人と、経験があってやる気のある人ならどっちを推すのか何て明白でしょ」
「織斑先生はどうしても織斑君にクラス代表をやってほしいの?」
「経験を積ませたいんだと思うよ。男がIS操縦に関わるなんて前代未聞だからね、これから面倒事に絡まれるのは目に見えてる」
「まぁ、そうだけど………今日は見に行くの?」
「自分のクラスの事だからね。それに、白式が気にならない?」
「………行く」
明らかに嫌そうな顔をしていたけど、白式を口にしたら一瞬にして候補生の顔になって手のひらを返した。どっちがクラス代表になろうがぶっちゃけどうでもいいけど、勝負の行く末は気になるし、イギリスのISと白式も気になる。実際の戦闘を生で見るのは初めてだし、純粋に興味もあるんだよね。
見たくも無い簪さんには悪いけど、今回は僕の我儘に付き合ってもらおうかな。彼女だって得る物があるはずだし悪い事じゃないさ。
場所は第三アリーナ。話を聞き付けた生徒は学年問わずにわらわらと集まっては、観客席に座って今かと待っている。一組の皆は大体一ヶ所に集まっているみたいだけど、あまり仲の良い人はいないし、偶然にも隣の席だった布仏さんは別の人と観戦するみたいで塊の中にいて楽しそうに話していた。今は簪さんと一緒だし、離れたところで観戦しよう。
「そういえばさ、簪さんは四組だよね。クラスの人とはどうなの?」
「私? 最近になってちょっと話せるようになってきた。クラス代表だし」
「え、そうなの?」
「候補生だから」
「ああ」
機体は未完成なのにね。
「知ってる? あと一ヶ月もすればクラス代表だけでトーナメント戦が行われるの」
「へぇ。もしかして、敵情視察かい?」
「素人に喧嘩を仕掛ける候補生なんて、敵じゃない。気になってるのはどっちがクラス代表になるかだけだから」
「おおぅ、けっこうキツイね」
「候補生なんてこんなものだよ。大小差はあるけどプライドの塊だから」
「簪さんにもある?」
「勿論。操縦者にとって肩書きは誇りだし、専用機は憧れだよ」
僕にはよくわからないな。入院している間はISなんて知らなかったし、束さんに引き取ってもらってからはずっと傍にISという存在がついて回っていた。左腕には卵があるし、身体が良くなるまではISを使って生活していたし、ちょっとドアを開ければパーツが転がっていることなんてザラにあったしなぁ。
どうやら当たり前の様にISが傍にあることそのものが異常らしいね。気を付けよう。
お、出てきた。
左側のピットから出てきたのは青い機体。大きなライフルが目を引く射撃型だ。どう見ても白くないし、金髪の女子が操縦しているのは見えるので、あれがオルコットさんの専用機ってことか。
「簪さん、知ってる?」
「イギリスの第三世代『ブルー・ティアーズ』。見ての通り射撃型で、『ビット』っていう小型の遠隔操作BTライフルが特徴なの。ほら、あの浮いているユニットに接続されているでしょ」
「あれがビットかぁ。彼女、適正高いのかな?」
「じゃないと試験機任されたりはしないと思うけど……」
「オルコットさんには悪いけど、参考にはなりそうにないや」
機体コンセプトや武装が別のベクトルだし。
「あ、こっちも出てきたね」
「あれが……」
オルコットさんが出てきた方とは真逆から機体が躍り出る。
お世辞にも白とは言い難いテストモデル全開な機体だ。背部のスラスターの大きさや上半身の装甲の薄さや少なさからして防御よりは機動を優先したベーシックなフォルムをしている。ぱっと見たところ、特別な装備は見当たらないけど、簪さんが言うには第三世代なんだよね……。どんな装備を積んでいるのやら。
「あれ………」
「どうしたの?」
「……初期状態のままなんだけど」
「というと、織斑君向けのセッティングが済んでないということ?」
「多分。普通、専用機を作る時は搭乗者のデータを先に入れてから作り始めるけど、織斑君の場合は逆だから。前に倉持技研で見た時と変わってないから……」
「それって専用機って言えないんじゃ……」
「うん。試合中に初期化と一次移行を済ませるつもりだよ」
「メチャクチャやらせるなぁ。ちふ……織斑先生らしい」
人前で一生徒が千冬さんとか言ったら馴れ馴れし過ぎてファンの人からなんて言われるか分かったもんじゃない。簪さんは気にしなくても回りで観戦している人が怖いね。この学校、千冬さんのファンが殆どだし。
試合開始のブザー鳴る。
オルコットさんが先手を奪い、予想通りの展開で試合が始まった。大型ライフルを活かして距離を離して狙い撃つ様は映画で見る狙撃主そのものだ。実に綺麗なフォームで、よく訓練していることが窺える。
対する織斑君はまだ操縦に慣れていない様で、上手く制動をかけられずにいる。それでも紙一重で避け続けるあたり流石としか言いようがない。まだ白式が馴染んでいない上に二回目の操縦でよくあんなに動けるものだ。元々身体は鍛えているみたいだし、あの様子じゃ何かスポーツをしていた様にも見える。
白式が展開した武器は何とブレード。飾り気も無ければ何の特徴も見られないただの剣だった。多分、まだ一次移行が済んでいないから機能が引き出せないんだ。
この勝負、織斑君が勝つためにはまず一次移行が済むまで最小限のエネルギー消費で逃げきることが大前提だ。それまでに慣熟まで何とか済ませて距離を詰めるだけのテクニックを身につけなければ折角の武器を活かせない。銃じゃなくて剣を出すって事は、銃が無いか剣に慣れているか。わざわざ後者を選ぶ素人がいるはずもないし、多分武器はアレだけのはず。随分と偏屈な機体だなぁ。
元々負けて当たり前の試合だ。オルコットさんの勝ちは殆ど確定しているようなもの。見どころはどれだけ織斑君が食い下がるか、だね。
「彼は筋がいいかい?」
「………癪だけど。血は争えないっていうのかな」
「それは君にも言えることだよ」
「………銀君?」
「ごめんごめん」
簪さんはもっと自分を高く見てもいいんだよ。自分で機体を完成させようって発想そのものがずれているって事に気付いてないのがらしいけど。
「さっきの話だけど」
「どの話?」
「やる気があるとか無いとかの……」
「あー、うん」
「銀君は、どうなるの?」
「僕?」
予想もしていない角度からの変化球にフリーズしてしまった。てっきり何が起きるのかとか聞かれるのかとばかり……。
「織斑君には専用機が付くし先生もいるけど……銀君はどうなの?」
「男だからって二つもコアを割くほど余裕があるわけじゃないし、機体は無いだろうね。先生も一応僕のことを見てはくれているし、何より簪さんがいるじゃない」
「そ、それは……ってそうじゃなくて、その……影響力っていうか……」
「あー」
影響力。言い方を変えれば社会ステータス、箔がつくか否かってことかな。織斑君で言う千冬さん、篠ノ之さんで言う束さんの様ないわば後ろ盾やスポンサーが居ないこと? それとも僕自身の社交性その他諸々?
言えないだけで、僕は十分以上にあるんだけどね。束さんと千冬さん両方の庇護下にあると言えば世界でも指折りの安全性を得ていると言っても過言じゃない。機体は無くてもある程度なら卵の皮膜装甲が守ってくれるし。
「………」
「簪さん?」
それだけ言ってしまうと急に黙りこんでしまった。試合も気になるけど、隣で俯かれると放っておくわけにもいかないし……集中できない。
「機体の搭乗時間はどれくらいある?」
声をかけようとしたところで逆に質問された。しかも場にそぐわない。でもまぁ無視もできないよね。何らかの意図があってのことだろうし。
「えっと………」
正直に答えようとしたけど一瞬詰まった。
ISとして完成されたものであれば、授業中と放課後の打鉄弐式のテスト時ぐらいしかないから精々五時間がいい所。だけど、病院を抜け出してから自分で歩けるようになるまでは脚部だけのISでPICを使いながら生活していたから……それも込みで考えるなら、最低でも五ヶ月は装着しっぱなしだったから三十日×五ヶ月×二十四時間で三千六百時間。最低でこれならどこの候補生ですかねぇ。
うん、誤魔化そう。
「多分、多めに見積もっても八時間ぐらいかなぁ」
「………ん。来て」
「えっ、ちょ、ちょっと……!」
返答を聞いて数秒考え込むと、簪さんは僕の右手を取って歩き始めた。急な上に早歩きなものだからこっちがこけそうだ。
「し、試合は見ないの?」
「あとで学園のデータベースから見ればいいから」
「どこに向かってるのさ。は、早すぎてこけそうだよ……!」
「ごめん。いつ試合が終わるか分からないから」
それ以上は答えない、時間がもったいないから。そう言わんばかりの慌ただしさで観客席を出た後、何時になく急いだ様子で階段を駆け上がった。
ノックもせずに入った部屋には篠ノ之さんと山田先生に千冬さん。どうやら管制室らしい。こういうところは生徒立ち入り禁止だった気がするんだけど……いいのかなぁ。
「名無水……と、あの時の……」
「だ、ダメですよ! ここは先生しか入っちゃいけないところですよ?」
「織斑先生にお願いがあって来ました。それに、篠ノ之さんが既に入っているのですから問題ないでしょう?」
「あ、そうなんですか。………あれ、そう言えばどうして篠ノ之さんがいるんでしょう?」
「山田先生……」
大丈夫かなこの人。良い人すぎて天然になってるよ。
「ん? 更識の妹に……名無水か。何の用だ?」
「いえ、用があるのは僕じゃなくて簪さんで」
「ほう? 名前で呼んでいるのか? あまりたぶらかすなよ」
「た、たぶらかすって……」
あなたの弟さんと一緒にしないでください。
「それで、どうした?」
「はい」
いつも以上にしっかりとした返事で答えた簪さんは僕をぐいっと前に押し出してこう言った。
「