僕の心が染まる時   作:トマトしるこ

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ハッピーバースデー私! リアル誕生日です


005 融け散る心の氷

 ピピピッと少し耳障りな音が意識を浮かび上がらせる。次第に思考が機能し始め、それが目覚まし時計のアラームだったということを思い出した。恨みのこもった叩きで止めて時間を確認。

 

「くあぁ………」

 

 デジタル式のそれに針はなく、代わりにカラフルなディスプレイがチカチカと光っていた。

 午前の六時半かぁ。ご飯作らなくてもいいのに、いつもの癖でこの時間にセットしちゃったな。二度寝したら起きれなさそうだし……。

 

 ……起きようか。

 

 まだまだ肌寒いこの季節、布団が恋しいけれども仕方がない。僕は動けるんだから。

 

 ベッドから降りると、視界に入る見慣れない少女が、規則的に肩を揺らして微かな寝息を刻んでいる。更識さんが眠れるのか不安だったけど、大丈夫だったみたいだ。僕? 慣れてるよ。

 

「ぅ……」

 

 ぶるりと震えて無意識に布団を寄せる更識さん。寒いのかな?

 

 さっきまで使っていた掛け布団を更識さんにそっとかける。少なくともさっきよりはマシにはなるはず。女の子が身体を冷やすのは良くないからね。

 

 ルームメイトが目をさます前に制服に着替えを済ませて、初日から持ち込んだ電気ケトルを使ってココアを淹れる。かっこよくコーヒーでも飲んでみたいけど、生憎苦いものは苦手なんだ。

 

 最低音量でテレビをつけて天気予報とニュースを見る。あぁ、日本語だ。良かった。

 

 げ、今日の星座占いは8位かー。二日目だっていうのに、幸先悪いな。

 

 やっぱりというか、特集あるよね。そりゃ天下のIS学園が入学式を終えて二日目なんだから。画像ばかりなのは、カメラやキャスターが入ってこれないからかな。大企業の重役だってそう簡単に入れないのに、彼らが来れるわけがないか。

 なんと言っても注目は織斑君。彼のお姉さんである千冬さんは世界大会優勝者であり、伝説の人だ。そんな人の弟なんだ、話題には事欠かない。

 彼と比較して、僕について何か触れられることは無かった。一年前に家族は全員死んでしまい、僕は束さんに拾われて行方不明。家は謎の放火。金目宛の親族たちは動揺しているに違いない。これからずっとでしゃばらないでもらいたいな。

 

『岡田さん、これから各国はどのような動きを見せるのでしょうか?』

『あくまで予想ですが、国家代表候補生を編入させていくのではないでしょうか? 親しい関係を築いて何らかのパイプを確保しようと、同年代の代表候補生、それも専用機を持つ少女達が』

『データを得るため、という側面もあり得るのでしょうか?』

『むしろそちらが目的かもしれませんね。彼らのどちらか、もしくは両方が専用機を与えられると考えます。それに備えて、専用機を持たせることでしょう』

 

 専用機、か。この卵も見方を変えれば専用機になるのかな?

 

 何にせよ関係ない。その話が行くとすれば織斑君だろう。例え正常な身体を持っていても、彼のステータスには敵いそうもない。僕はかっさらっていじくり回される方だね。

 

 お国の思惑に振り回されるんだろうなぁ。お隣さんは特に。最近仲がよくないって聞くし。それを言ったらどこの国も同じ。

 

 同じ組のオルコットさんは、監視の名目で来たわけじゃなさそうだけど、これからどうなるか分からない。このテレビで言っていることが実際に起きるなら、色んな国からわんさかと一組に来る。

 

 織斑君には悪いけど、僕には来ないように祈ろう。いや、もう一人張りつかれてるんだけどね?

 

「ふぁ、ぁぁ……」

「あ、おはよう」

「!? お、おはよう………」

 

 少しびっくりされたけど、ルームメイトということを思い出してくれたのか、一瞬で落ち着いてくれた。よかったよかった、何もしてないのに叫ばれてお説教なんて理不尽過ぎるしね。

 

「ココア飲む?」

「え、あ、ありがとう……」

 

 少し冷めたぬるめのココアを手渡す。布団を剥いでベッドに腰掛けた更識さんは一口飲んでほっと息をついた。寝起きにはちょうどいい温かさだと思う。

 

「おいしい」

「ん。良かった」

「ちょっと甘過ぎる気もするけど」

「うぐ」

 

 い、痛いところを的確に……。

 

「?」

「いやぁ、何でもないよ?」

 

 薬は苦いものばかりだし、食事も栄養優先だから、甘党になりました。たまの甘味は許してください。じゃなきゃ食事が嫌いになる。

 

「更識さん、朝早いね」

「……お弁当、自分で作ってたから」

「へぇ。中学校で? 給食とか食堂は無かったの?」

「食堂はあったけど、お母さんに覚えなさいって言われたから」

 

 女の子だねぇ。

 

「じゃあお弁当作るの?」

「ううん。やること、あるから」

「やること?」

「そう」

 

 ぽわぽわと眠気が漂っていた雰囲気が消え去り、剣のような鋭さが伺える。今までの気弱な彼女じゃない。これが代表候補生の顔か。

 

「僕が言うのもなんだけど、身体壊さないようにね?」

「わかってる」

「言えば手伝うよ? ていうかしなくちゃね、昨日も言ってたし」

「え?」

「行きたいところがあるからーとか、協力してくれればーとか」

「………うん」

「そこでしか出来ないこととか、時間がかかって大変なことなんでしょ?」

「……それは、そうだけど」

「いや、違うな。手伝わなくちゃいけないんだ。僕のために更識さんが時間を使ってくれるのなら、僕は更識さんのために時間を潰さなくちゃいけない」

 

 誰かのためになれる人になりなさい。

 

 姉さんもそう言っていた。正しく堂々とあれば、何も恥じることはないと。

 

 自発的ではないとか関係ない。結果として彼女はそうしなければならなくなった。どちらかと言えば不本意ですらある。だからこそ、しなければならないんだ。

 

 ベッドに寝たきりの僕じゃない。もう施しを受けるだけじゃいられない。そんなのはもう嫌だ。

 

「………名無水君には、お姉ちゃんがいる?」

「うん」

 

 いた、とは言わない。話の腰を折るようなところじゃないから。

 

「更識さんにもいるの?」

「うん。何でもできて、綺麗で、強い。だからーーー」

「比べられる?」

 

 顔を伏せて、わずかに首を縦に振った。

 

 出来る人は目立つ。要領がいいからとか、面白いからとか、かっこいいからとか、理由は色々とあると思う。影で妬まれることもあるだろう。しかし、えてしてそういう人たちはそれすらもねじ伏せる。圧倒的なカリスマみたいなものを持っているんだ。見たこと無いけど、多分更識さんのお姉さんはこのタイプ。

 これを悪い言い方をすれば、"出来ない人がいるから、出来る人が目立つ"とも考えられる。対照的な人はこっちで見られる。要領が悪いとか、つまらないとか、気持ち悪いからとか。本人が望む望まないに関係なく、巻き込まれる。

 

 誰が悪い訳じゃないのにね。

 

 更識さんは出来が良くないとか、そんなことは無いと思う。だって、日本の代表候補生なんだから。誰もが成れるものじゃない、出来ないことを十分にやって見せている。

 負けているところはあると思う。だからって劣っていると決めつけるのはおかしい。

 

「これは僕の勝手な想像なんだけどさ……」

 

 だから思うことをそのまま話してみることにした。

 

「更識さんは、少し考えすぎなんじゃないかな? うーん、思い込みが激しいとか、決めつけが過ぎるっていうか………まぁ、そんなニュアンス」

「考えすぎ?」

「上手くは言えないけどね? 人ってさ、必ず何かで誰かに勝ってて誰かに負けているんだと思う。それを長所短所って呼んだり、特徴って言うじゃない。ある一面から見ればお姉さんの方が凄くて、また別の一面から見ると更識さんの方が凄いってことがあると思うんだ」

「私が、お姉ちゃんに?」

「うん。あ、具体的に教えろなんて言わないでね。会ったばかりの人の良さとか、知らない人の良さなんて語れないから」

「ある………のかな?」

「それは更識さんが自分で気づかなくちゃいけないことだよ。酷かもしれないけど、人から言われて気づくようじゃ駄目なんだ。そうでなくちゃ、依りは戻せないし、劣等感も消えないままだよ。距離置いてるんでしょ?」

 

 僕の問い掛けに、更識さんは応えない。

 

 更識さんはジレンマを抱えていると思う。

 お姉さんのことは好きだ、でも存在が遠すぎる。どれだけ努力を積んでも追い付ける気がしないし、届かない。全部がお姉さんの前では霞むし、誰も誉めてはくれない。

 

 自分で自分を追い詰めて、周りの圧力で歪んでしまった。だからこそ、自分でなんとか気持ちの整理をつけなくちゃいけない。違和感無く納得させるだけの何かを。

 

 「これでいいや」は諦め、「これしかない」はすがっているだけ。それじゃあ本当の意味での解決にはならないことを、僕は知ってる。

 

「なんで……」

「うん?」

「なんで名無水君に、そんなことを言われなくちゃいけないの?」

 

 ごもっともです。

 

 行きなり現れては言いたい放題言うだけの男は、どう見ても悪にしか見えないよね。

 

 それでも。

 

「分かるから、気持ちが。優秀な姉さんがいて、妹がいて、弟がいて、両親がいて。どうしようもなく醜くて無様で泥を塗りたくって足を引っ張ることしか能のない自分がとことん嫌いだよ。今でもね」

 

 勉強を教えてもらってもイマイチうまくいかない。入院代を食うだけの穀潰し。ことあるごとに迷惑を生むトラブルメーカー。僕は自分が嫌いだし、こんな人がいれば僕も嫌う。

 

「更識さんとはちょっと違うかな? でもわかる。姉さんの背中は遠くて、追い付けない自分にイラつくんだ。そんな気持ちがループして抜け出せなくなるんだよ」

 

 身体的な部分においてはもうどうしようもない。諦めるという選択肢しか残されていなかったんだ、諦めもついた。

 でも勉強は違う。教わる人や環境に違いはあるかもしれないけど、それは何にだって誰にだって言えること。使い込まれた教科書には書き込みもあるし、文字や図で埋め尽くされたノートも貰っておいて、僕は結果を残せなかった。

 

 誰かと対等に、あるいは誰か以上の力を得る数少ないチャンスすら活かせない僕はなんだろう?

 

 なにも出来ない自分が嫌になった。取り柄と呼べるものすら見つからない。

 

 それでも姉さんは励ましてくれた。だからまた頑張れた。何度も何度も挫けては立ち直ってを繰り返して、努力を重ねる。

 

 行き着くところまで行けば、その先にあるのはーーー

 

「更識さん、僕は経験者だ。気持ちも分かれば、このまま更識さんと更識さんのお姉さんが行き着く先も分かってる。とても悲しい最後がね」

「悲しい最後……」

「プライドや意地はあると思うけど、たった一回だけでいいから全部捨ててお姉さんと向き合ってほしいかな。それだけでも大分変わると思うから」

 

 空にしていたカップを更識さんから拝借して二杯目を渡す。元気無さそうに伏せっていた表情には少しだけ活力が戻り、目にはやる気が見えた。

 

「できるかな? 私、気が弱いし……」

「できるよ、きっと。心が強いから。何よりも、更識さんは仲直りしたいって思ってるじゃないか。お姉さんもそう思ってるはずだよ。だから上手くいくって思おう?」

「………ありがとう」

 

 彼女は少しだけ、昨日会った時よりも元気になっていた。

 

 完全な手遅れになる前に、僕は姉さんと仲直りすることができた。本当に良かったと今でも思ってる。何か一つでも歯車が噛み違えれば僕はここにはいなくて、姉さんは一生自分を恨むに違いない。

 

 閉鎖された病室でさえこうなるんだ。ISという大きな要因に深く関わるこの姉妹が、優しく終われる筈もない。きっと、僕と姉さんよりも、辛い最後を迎える。

 

 もしも更識さん達が、最悪の結末を迎えてしまったら? どちらも癒えない傷と負い目を抱えて過ごすことになる。同じ血が流れてて、同じ時間を生きてきたかけがえのない家族なのに、そんな思いを抱かなければならないこと自体がおかしい。

 

 家族は無条件で自分を受け入れてくれる。好きでいてくれる。好きでいられる。愛すべき人達。だから何度だってぶつかっていい。やり直しは幾らでもできるんだ。

 

 僕と違って、更識さんには傍にいてくれる人がいる。僕のようにはなってほしくない。

 

「さて、それじゃあ早速行こうか」

「ええっ!?」

「あ、お姉さんの所じゃないよ? 更識さんが早起きしてまでやろうとしてることを、やりに行こうよって意味だからね?」

「あ、あぁ……驚いた」

「ごめんごめん」

 

 ズレまくったけど、元々は早起きした理由がなんだっけってところだ。ついさっき手伝うよと宣言したばかりで何もしない訳にはいかない。

 

「じゃ、準備しよっか」

「…………」

「どうしたの?」

 

 コップを水につけてシンクに置き、更識さんの方を向くとじーっと見つめられた。そう、なんか邪魔なんだけどって感じの………。

 

「……ら」

「?」

「き、着替えるからっ! そのっ! その……」

「あ、あぁ、ごめん」

 

 もじもじと頬を赤らめながら言われたら何も言えないじゃないか。僕が悪いんだけどね。

 

 今までになく素早い動きで回れ右をして部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤くなっているであろう顔を制服に埋めて気持ちを落ち着ける。………よし。落ち着けるわけ無い。

 

 朝起きたら近くに名無水君が近くにいて結構ビックリした。直ぐに学園の寮で同室だったことを思い出したので、叫び声を上げることは無かったけど、ついさっき出ていくまでは落ち着きがなかった。

 

 言い方は誤解を生みそうだけど、名無水君と一晩過ごして気づいたことがある。

 

 私は彼に何らかの興味を抱いている。

 

「ななみ、はがね………」

 

 一切の詳細が不明な男性操縦者。同じ男性操縦者の織斑一夏とは対照的な人。身体は弱く、積極的な姿勢は見られない。私という護衛兼緊急時の対応者が張り付かなければならないあたり、死と隣り合わせの状況で生活していると言える。

 なのに、ついさっき聞いたばかりの言葉の数々は、形容し難い重さを感じた。心の底からそう思っていて、それが使命であるかのような重さ。

 そして嫌な顔もせずにしっかりと話を聞いて返してくれる真摯な態度と、読み取れる彼の辿った悲劇の重さ。

 

 床から天井まで、一切ブレることのない細くがっしりとした芯が、彼の心にはある。

 

 ISの登場により、昨今の男性の立場は非常に弱い。女性が傲慢になっているだけなのに。とにかく、腰も低くなり、プライドも随分と安くなって金で買える時代らしい。

 

 全員がそうだとは言わないけれど大半はこうだ。だから彼のような人はわりと珍しい。誠実であることは簡単ではないのに、病弱な彼はさも当然のように語る。

 

 外見と中身がまったく釣り合わない不思議な人。私にはない強さを持っている。

 

 そして当然のように手伝うと言われた。一人で機体を組むことに意味があるのに、驚くことに私はそれを拒もうとは思っていない。今まで張り続けていた意地は破裂すること無く失せて、受け入れようとしている。

 

 分かったような口振りにイラついたけれど、それは間違い。彼は分かっているから敢えて断言するように諭してきた。経験者だからなのか、それとも別の要因が働いたのか、言葉に重みをのせた何かは私の心の氷を優しく溶かしてくれた。

 

 会ったばかりの人なのに………どうしてこんなにも言葉が染み入るんだろう?

 

 分からない。でも、いや、だからこそ知りたい。そこまでさせるナニカを、強さを。

 

 一杯目よりも温かいココアをゆっくりと飲み干して、パジャマのボタンを外して制服を手に取る。

 

 もう高校生なんだよね。打鉄弍式に割ける時間は少なくなるのに、出番はすぐそこに迫っている。急いで仕上げなくちゃ……。

 弱音を吐くのはダメだ。でも行き詰まっていることも事実。私自身の限界もとっくに来ていた。疲れはとれないし、体調も優れない。このまま行けば絶対に倒れてしまう。

 

 打開するとなれば……第二者のヘルプしかない。

 頼りになるのは虚と本音、そしてお姉ちゃん。でも、誰かを頼ったとしても更識には力を借りたくない。

 

 ………。

 

「大丈夫、なのかなぁ?」

 

 入学したばかりで、専用機をいじれる人なんて早々いない。私も代表候補生じゃなければここまで詳しく知らなかった。先輩に知り合いなんていないし……となればもう彼しかいない。

 

 ISのことなのに、男の彼に頼るのもおかしな話だ。それくらい私が追い込まれているのかな? ちょっと悔しいけど、彼の好意に甘えてみよう。いいアイデアでも浮かぶかもしれない。

 

 袖を通してお気に入りの眼鏡型ディスプレイをかけ、カバンを持って外で待つ彼の元へ向かった。

 

「いいの?」

「うん」

「じゃあ行こうか………って、行き先知らないや」

「………こっち」

 

 本当に、大丈夫かなぁ?

 

 疑問を持ちながらも、私専用に与えられた整備ハンガーへと足を向けた。昨日の内に場所だけは把握しているので迷うことはない。まだ誰も起きていない寮はとても静かで、朝の空気がいっぱいだ。気のせいなんかじゃなくて清々しい。

 

 私の右側にぴったりと寄り添う名無水君も気持ちよさそうに歩いている。窓から差し込む光が髪飾りや簪に反射して眩しいけれど、不快な気持ちは一切しない。高価なものだからなのか、それとも彼が大切にしているものだからなのか………多分、後者。日に照らされて光る雪結晶というのは案外綺麗なものだ。

 

「どこへ行くの?」

「第一整備室」

「………というと、ISの調整でもするの?」

「詳しいことはそこで話すから」

「楽しみにしてるね」

 

 ニコニコ顔の名無水君は今にもステップでも踏みそうなほどご機嫌だ。そんなに楽しみなんだろうか? 自分から願い出たとはいえ、他人の手伝いなんて面倒なだけなのに。随分変わっている人なのかも。

 

 ………い、今からでも断った方がいいかな? 余計なことされて壊されたら堪ったものじゃないし。でもでも、今更手のひら返すのも悪いし、私の行くところについてくればいいって私が言っちゃったんだし……。

 

「更識さん?」

「ひゃっ……! な、何?」

「第一整備室はそっちじゃないよ?」

「え? …………あ、ごめんなさい」

「さ、行こう」

 

 考えごとをしている内に道を間違えていたみたい………恥ずかしい。私が先導するつもりで言ったのに。

 

「な、名無水君は場所知ってるの?」

「パンフに載っていた場所なら一通りだけ。機械いじりは少し興味があったから、余裕ができたら行ってみようかなーって思ってたところの一つなんだ」

「そ、そうなんだ………好き、なの?」

「お世話になってる人が得意でね、ちょっと興味があるんだ。恩返しとかしたいから勉強してお手伝いできたらとか思ってる程度だよ。好きってほどじゃないかな………手段って言う方がしっくりくる」

 

 ………べ、別に残念じゃないし。

 

 渡り廊下を歩いて整備棟へ。教室や職員室のある教室棟とは格段に違う大きさに驚くけど、ここで行われることを考えれば小さいくらいだ。それでも国内の一般企業が持っている敷地に比べれば全然大きいので、文句があるどころか小躍りするぐらいに嬉しい。

 学生証をカードリーダーに通して鍵を開ける。実家よりも揃えられた一級品の機材と機具、広々とした室内、モニターの数々は私の想像以上だ。

 

「あれ? ここって鍵がいるの?」

「……ここ、私専用の整備室なんだけど」

「え、そうなの?」

「そう」

「なんで?」

 

 これだけの設備が全部私の為に揃えられて、使い放題とあれば疑問もわく。いくら私が更識の人間でも学園にそこまでの影響を与えられるわけないし、そもそもそんな話をしても彼は理解できない。それ以前に家の力を使うなんてあまりやりたくない。

 

 答える代わりに見せることにした。手伝ってもらうんだから正直に言おう。

 

「おいで、『打鉄弐式』」

 

 右手の薬指に嵌められたクリスタルの指輪が光って、目の前に大きな一機のISが現れる。

 

 空色の装甲に、大きなミサイルポッドと腰の荷電粒子砲。珍しく腕部パーツの存在しない私の専用機、『打鉄弐式』だ。防御と格闘を主眼に置いた日本量産第二世代型IS『打鉄』の後継機。ISらしく、コンセプトは防御ではなく機動に切り替えられた。発展機であると同時に、新たな分野を切り開くための実験機でもある。

 

「そっか、更識さんは専用機を持っていたんだね。打鉄の後継機かぁ、その割には防御面が心許ないね」

「後継機だから」

「それもそうだね。専用機って言えばどれも実験機だし」

「……よく知ってるね」

「そうかな?」

 

 意外だという表情の彼だけど、これはあまり知られていないことだ。ISを学ぶ少女たちでさえ知らないだろう。

 

 ISコアの数は世界人口とは比べ物にならないほど少なく希少価値が高い。その為、専用機としてコアを独占することは誇りであり憧れとなる。与えられることの特異さが目立ち過ぎて、専用機が何故作成されて一個人へ託されるのかという意味に焦点がいかないのだ。

 ズバリ、彼の言うとおり実験である。例えば新しい技術だったり、装甲だったり、エンジンだったり、武器だったり等々。目的は多岐に渡りそれこそ星の数ほど。

 

 新たな技術を確立する為に、他国より一歩先を行くために、専用機にデータ採集をさせてはまた新たな専用機を開発し、来るモンド・グロッソやあるかもしれない有事の為に備える。

 

「でもこれ、完成しているように見えるけど………」

「ガワだけ。中身のOSやシステムなんか全然できてなくて……からっぽ」

「がらんどう、ってやつだね。なるほど、ただ機体を組むよりもシステムを作り上げるのは確かに時間が掛かるし人手もいる」

 

 機体を組むのは難しくない。引かれた設計図の通りにパーツをくっつけて、配線を繋げるだけだ。非常に複雑なプラモデルの様なものだと思えばいい。

 問題は、それを動かすための中身。人間で言う脳や神経にあたる部分を、私は作らなくちゃいけない。脳が無ければ植物人間になるだけだし、神経が無ければ脳があっても動くことはできない、つまりはそういうこと。

 

「システム作製のお手伝いだね」

「うん。………その、大丈夫?」

「なんとか。僕が全く知らないことじゃなくて安心してるくらいだよ。とりあえず作業始めようか、一秒でも早く完成させなくちゃね」

「………うん」

 

 彼に促されてタブレットを取り出してモニターにつなげる。同時にPCも立ちあげて作業できる体勢を整えた。

 

「今出来あがっているのは近接武装の『夢現』だけ。とりあえず、動かせるように機体制御系を何とかしたいから弄ってるんだけど………」

「………ここ、かな?」

「え? でも――」

「正しい配列だけど、多分この機体には合わないんじゃないかな?」

「そう、かな? …………言われてみたらそうかも。駆動系にからんでるし」

「このままで行くなら組み立てからやり直さなくちゃいけないかも。どうしてこうなったのかは組み立てた人に聞かないと分からないけど……どうしようか?」

「名無水君、わかる?」

「ギリギリ」

「じゃあ――――」

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

 それからはずっと二人でモニターに向かい合ってああでもないこうでもないと議論しあって、少しずつだけど作業を進めていった。驚いたことに、彼は手段だと言っていた割にはかなり詳しかったことだ。いや、手段だからこそ詳しいのかもしれない。本職の技術者でもないのに、男性がISに詳しいなんて珍しすぎる。

 だからこそ、気兼ねなく彼と接することができた。

 

 私の事情も聞かない。私の事情を知らない。私のことを何も知らない。だからこそ、名無水君はぐいぐいと前に踏み込んで引っ張ってくれた。更識簪という人間に対する先入観を持たないからできることだ。

 

 行き詰っていたところに風穴を開けてくれただけじゃない、親身に付き合ってくれて、尚且つ話の合う人なんてはじめて。私達は時間も食事も忘れてただただ没頭した。

 

 授業も忘れて。

 

「たはは………まいったな。二日目からサボっちゃった」

「その、ごめんなさい」

 

 皆が起きる前に整備室に入って作業を始めてから、およそ十数回に渡る始業と終業のチャイムを全てスルーし、食事は供えられていたドリンクや栄養たっぷりの固形食品とゼリーで済ませ、強制終了時刻が迫っている事を知らせるアナウンスを聞いて初めて思い出した。

 学校が始まって立ったの二日目にして、仲良くおサボりである。

 

 片や話題の男性操縦者、片や日本の代表候補生。彼はともかく、私は模範になるべき立場にあるのに……恥ずかしい。

 

 でも後悔はまったくない。それどころが良かったとすら思っている。今日一日、授業時間を全て費やしたおかげで残り作業の約十二%が終わった。今の今まで、数日かけて一%進む程度だったのに比べれば大きな成果だ。それもこれも、彼のおかげ。

 

 良かった。

 

 彼の言葉を受け入れて、存在を受け入れて、手伝ってもらえて、ルームメイトで。昨日の私に会ったのなら言いたい、素直になれと。

 

 それだけに申し訳ない。彼を付き合わせてしまった。

 

「いいって。怒られるだけだから」

「でも……」

「死ぬわけじゃない。やり直しは効くんだからさ。今日の失敗は、明日取り戻せばいい」

「………凄いね。そんなふうに思えるんだ」

「凄いのかな? 今日の時間は確かに帰って来ないけど、取り戻す事は難しくないでしょ? 先生から聞けばそれでおしまい。二度と会えなくなるとか、そんな深刻なことじゃないよ」

「………そうだね」

 

 間違ってはいない。言い方は悪いが、所詮は入学したての一年生向け授業。自習するなりすれば直ぐに遅れは取り戻せる。人間関係は………まぁ、何とかなると思う事にしよう。

 

 今は、得られたことの大きさに喜びたい。

 

「ご飯、いこ。は、銀君」

「………そうだね。簪さん」

 

 彼とルームメイトになって二日目。私は入学して初めて心からの笑顔を浮かべることができた。

 




ちょっとチョロインっぽくなりすぎたかなぁ………心配

そうそう、感想でこんなものが届きました。


『髪飾りと簪が何処にあるのか気になる』


今回の話しの中にもちょろっと書きましたが、簪は左則頭部、髪飾りは左側の前髪を纏めるようにつけています。

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