僕の心が染まる時   作:トマトしるこ

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 リアル学園祭楽しんできました。豚汁150円で連日完売、ありがとうございました。もしかしたら来られた方おられるかもしれませんねw


004 四月一日

 誰かに肩を揺さぶられているんだとぼやけた頭で察した僕は、とりあえず身体を起こすことにした。

 

「くあぁ………」

 

 外の明るさからして長い時間眠っていた訳じゃ無さそうだけど、妙にスッキリした感じがする。よっぽど疲れていたに違いない。束さんのラボから一転して異性の中に放り込まれたんだ、自分じゃなければ同情もしたけれど、生憎とそうはいかなかった。

 

 まだクラスの人と会話してないんだよね……。放課後に織斑君と少し、さっきすれ違った布仏さんぐらい。これから大丈夫なのかなぁ。

 

 そういえば、肩に触れている手は誰のものなんだろう?

 

「あ………」

「………誰?」

 

 隣に立っていたのは見知らぬ女子だった。入学初日で見知らぬってのもおかしいかな。とりあえず、同じクラスにはいなかった。

 

 肩まで伸ばされた水色の髪に真っ赤な瞳、少し変わった眼鏡をかけている。白い肌に細い身体。力を入れれば簡単に折れてしまいそうな花みたいだ。

 

 特に魅入ったのがその瞳。綺麗である反面良い印象を持たないこの色は、僕を人から遠ざけた。買い物の時も、気味悪がって誰も近づこうとはしなかったっけ。

 僕のそれよりも数段輝いて見える赤は、彼女の魅力を引き立てるアクセントの一つでしかないのかもしれない。

 

 とても羨ましかった。

 

「ルームメイト、だけど……」

 

 そ、そうだったんだ……。まぁ部屋に入ってきてるんだからそうだよね。初日から他人の部屋にズカズカと入る人なんてそうそういないだろうし。

 

「そっか。名無水銀っていいます。よろしくお願いします」

「えっと、更識簪……です」

 

 誰になるのか怖かったけれど、少し安心した。知識のある人としか聞いてなかったから。乱暴な人だったらどうしようかと………。更識さんは大人しそうな人っぽいし、僕が気を付ければトラブルが起きることも無さそうだ。

 

「それで、どうしたの?」

「チャイム鳴ったから」

「チャイム?」

 

 聞き慣れない単語が聞こえたので思わず復唱してしまった。いや、チャイムが何なのかを知らないのではなくてね、なんで学園に流れるのかってことなんだけど。

 

「食堂が開放される合図、かな? 仕込みが終わって、利用できるようになると流れるんだって」

「へぇ……」

 

 読んだ本や姉さんの話では、定刻になれば何時でも利用できるものだと思ってたけど、ここでは違うみたいだ。

 

 時計は午後六時過ぎを指している。確かに良い時間かもしれない。

 

「ねぇ? もしかしてわざわざ起こしてくれたの?」

「……うん」

「優しいね」

「え………?」

「だって、僕を置いていくことだってできたのに、そうしなかったんでしょ?」

「それは……極力、目を離さないようにって、言われたから」

「いつも見張ってろってわけじゃないじゃないか。一人で行っても良かったんだし、クラスの人とも仲良くなれるチャンスだと思うよ。むしろそうするべきだと思うけど」

「……仕事だから。私、日本の代表候補生で、政府から言われてきたの」

「あ………」

 

 知識がある人って、そういう意味なんだ。

 

 覚えている限りでは、国家やコアを所有する企業には代表者がいるらしく、彼女達はISをより良く正しく使用するためにという名目で、軍人のような訓練を受けているらしい。ISの技量もさることながら、緊急時の対処法だって熟知している。

 

 僕が日本人で、学園の運営が日本に任されていて、更識さんがその日本の代表候補生だから。

 

 更識さんがここにいるのは、それだけの理由なんだ。

 

「ごめん」

「?」

 

 なら、僕は更識さんに謝らなくちゃいけない。

 

「僕のせいで同室になっちゃったこととか、色んな楽しみを潰してしまったこととか。多分、僕のせいで振り回してしまうかもしれないし、迷惑ばっかりかけることになると思うから」

 

 束さんに貰った卵という名の生命維持装置のお陰で、僕はこうして立ったり歩いたりできる。昔に比べたらかなり丈夫な身体になったけれど、それでも一般的な人たちに比べれば圧倒的に劣る。

 僕にとってはかなりの改善になったものの、回りからすれば大して変わっていない。よわっちいままだ。

 

 いつ体調が崩れるのか僕だって分からないんだ。それに付き添えなんて言われれば、張り付くしかない。自分の時間を返上しなければならなくなる時がきっと来る。つまり、僕は我儘で更識さんの自由を奪っているんだ。

 

 仲良くしていきたいとは思っている。でも更識さんはそう思っていないだろう。僕は男だし、病弱だ。悩みの種でしかない。なら、巻き込むのも良くない。

 

「嫌だよね、他人の我儘に付き合うのは。うん、やっぱり駄目だ、今からでも変わってもらえるように頼んでみるよ」

「え? でも……名無水君は、どうなるの?」

「僕はいいよ、慣れてるから。それに何時までも周りの人におんぶに抱っこは良くないからね。まぁ死にはしないと思うから」

 

 常に誰かが居てくれるとは限らない。そんな考え方は危険だ。そろそろ自分一人で何とかするようにならなくちゃね……

 

「まぁ部屋変えがあるとすれば、僕と織斑君が一緒になるんじゃない? 男同士だし、彼は鍛えてるみたいだから何とかなる―――」

「いい」

 

 更識さんの強い言葉で、僕の台詞はバッサリ切られた。

 

「更識さん?」

「別に気にしない。仕事って言いはしたけど、そこまで真面目にやるつもりなんてなかったし、隠すほどのことなんてないから」

「いや、でも、嫌じゃないの? 自分の時間が無くなるかもしれないんだよ?」

「名無水君が協力してくれるのなら、問題ない」

「協力?」

「私の行きたいところに来てくれればいい」

「あぁ……」

 

 なるほど、僕をつれ回すのか。逆転の発想だ。実に本末転倒な考え方。それならやっぱり部屋を変わった方が………あ、いえ、何でもありません。

 

「でも悪いよ――」

「名無水君」

「はい?」

「私と同室はそんなに嫌?」

「………」

 

 初対面とは言え、可愛い女子にそんなことを言われて断れるほどに、僕は対人スキルもなければ女子に慣れたわけでもなかった………。

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

「「頂きます」」

 

 半月型のボックス席に並んで座り、合掌して一礼。この席は二人で座るには広いんだけれど、他に空いていなかったのでここに座るしかなった。きっと、ついさっきまで誰かが使っていたんだと思う。良い時間に来れたものだ。

 

 部屋を変えることはせずこのまま過ごすと決めた後に、更識さんと一緒に食堂に来た。教室が違うので授業中は別々になるけれど、放課後から就寝、登校までは極力一緒に行動するというところで妥協(?)することに。何故そこまでこだわるのだろうか? 僕が男なのにISを動かしたから? それとも、日本の代表候補生だから?

 

 ………仕事熱心なんだよね、うん、そういう事にしておこう。考えるのが面倒。

 

「ねえ、名無水君」

「うん?」

「それだけで大丈夫なの?」

 

 少し離れて座っている更識さんが、僕のトレーに乗っている食器を見ながら言った。

 

 お茶碗一杯分のご飯に、少量の鮭が乗っかったお茶漬け。海苔も粕も入っていないシンプルな鮭茶漬けである。しかし舐めてはいけない、ここは世界中から才女が集まるIS学園なのだ。全てが一級線で纏まっている為にこれだけの料理も馬鹿にはできない。

 

 美味しいです。

 

 それに対して更識さんは焼き魚定食。魚に春と書かれるだけあって、この時期の鰆は脂がのっておいしいそうだ。

 

 女子がこれだけ食べるのに、僕がそれだけで足りるの? そう聞いているんだろう。

 

「全然。夜中にちょっとお腹が空くかな」

「なら、食べなきゃ。身体弱いんでしょ?」

「うん。でも食べ過ぎると吐いちゃうんだ。血と一緒にね」

「……ごめんなさい」

「いいって。さ、食べよ」

「……ん」

 

 正直に言えば、もう少し食べても問題はない。束さんと過ごしていたころは今更識さんが食べているぐらいの量は入っていたし。見えないところで確実にストレスが溜まっているはずなので、しばらくは控えるつもりでいる。

 

「自炊できればいいんだけどね……」

「名無水君は、料理できるの?」

「ちょっとね。ここに来る前にお世話になっていた人の所じゃ誰もできなかったから、覚えるしかなかったんだよ。できない人よりかはできる自信はあるよ。更識さんは?」

「……少しだけ。料理よりも、お菓子作りの方が好き、かな?」

「僕もケーキやクッキーは作ったりするよ。何が得意?」

「か、カップケーキ……とか」

「へぇぇ……そう言えば作ったことないなぁ……」

「今度、作ってみる?」

「いいの? じゃあ道具と材料揃えないとね。楽しみだなぁ」

 

 ラボじゃあ他に料理できる人いなかったし、その話題で盛り上がることもなかったから楽しみだ。束さんがキッチンに立ったら真っ黒な鉱物しかできないし、くーちゃんに至っては………ああ、思い出すんじゃなかった。

 

 誰かと料理トークするのがこんなに楽しいなんて思いもしなかったな。こういうのをきっかけに仲良くなれるのは良いことだと思う。どうせなら楽しく過ごしたい。

 

 それからは食器を返して寮に帰るまでずっと料理の話で盛り上がっていた。ああすると汚れがよく落ちるとか、実は隠し味にあれを使うといいとか、そんな内容だった気がする。色々と話し過ぎて具体的なのは覚えていない。それぐらい楽しかった。

 

 その過程で色々と更識さんのことを知れたと思う。

 

 家は名家らしく、格式も高く財も地位もあるそうだ。本人としてはそれらを背負わされる期待を嫌っていて、あまり家の事が好きではないらしい。家族が、ではなく、しきたりや押しつけがましい期待が、だ。お姉さんがこの学園の先輩らしいけれど、それについては聞かせてくれなかった。何か思うところがあるのかもしれない。この話題は避けよう。

 特技と趣味は機械工学系で、ISの整備なんかは特に好きっぽい。機体の武器や装甲がどうのこうの、エンジンや駆動系がうんたらと半分も内容が理解できなかった代わりに、どれだけ好きなのかが分かった。この分野には惜しみない情熱を注いでいることも。

 

 部屋に戻ってから、互いの荷物を整理している間もずっとお互いの話をしている。

 

 燃やした家から持ちだした家族の形見と、教科書に数着の私服と大量の医薬品だけしか持っていない僕は直ぐに終わったので、実際は更識さんの片づけを手伝っているだけ。中を見ても別に問題ないと言われた一つの段ボールから一つ一つ出しながら、丁寧に棚へ並べていく。

 

「ねえ、更識さん」

「何」

「これ、何?」

「何って……アニメのDVD、だけど」

「へぇー。これがDVDなんだ……」

 

 学術書や参考書を並べていると、下から非常に薄いプラスチックのケースが出てきた。表紙や背表紙には全く勉強と関係のないカラフルな文字や、漫画の様なキャラクターが描かれている。その割には薄いし、硬いし、ページが無い。どうやらこれがDVDというらしい。

 

 DVD自体は薄っぺらい円盤で、専用の機械に入れて使うんだよね? 記録した映像が見れたりするとかなんとか………。

 

「知らないの?」

「記録媒体って言えば小型のメモリぐらいしか知らない。アレなら映像も画像も見れるし、色んなデータを残したり閲覧できるしね。DVDっていうのがあるのは知ってたけど、実物は始めてみたかも」

「そ、そうなんだ………」

 

 ………何さ、その原始人を見るような目は。どうせ無知ですよ。知らないことを知らないままにするのが一番いけないんだ。僕は特に欠けているモノが多いから、この辺はしっかりしないといけないんです。

 

「し、CDは?」

「何それ?」

「MD!」

「あ、それは知ってるよ。手のひらより大きいぐらいの四角形の奴でしょ。後は……カセットテープだっけ? 他にはフロッピーディスクとか、レコードとか」

「なんでそれ知ってるのに他を知らないの!?」

 

 どうやら更識さんにとっては余程のショックだったらしい。この際なので教えてもらう事にしよう。

 

 DVDは映像。アニメや映画、ドラマにライブ映像等を記録したものが殆どで、CDには映像は無く音楽や音声のみだとか。新しい記録媒体は幾つかこの数十年出てきているそうだけど、結局残っているのはこの二つらしい。懐古的なものを楽しむ人は今でも集めているそうだ。手に入れれば彼ら相手に高く売れるかもしれない。

 

 まあそれはさておき。

 

 段ボールの半分を占める容量をこのDVDとやらが占領していた。同じタイトルのものが幾つもあり、また別のタイトルも混じっているものの、やっぱりたくさんあった。何故同じものをたくさん集めているのだろう?

 

「保存用、観賞用、布教用、実用用の四種類でしょ?」

「ち、違う……!」

「でも同じのがこんなにたくさんあるし……」

「同じのはタイトルだけで、中身は違うの!」

「え? そうなの?」

「漫画本みたいに、ナンバリングされてるから……」

「あ、ホントだ。1とか2ってちゃんとついてる」

「パッケージのイラストとかも違うし」

「おおー、言われてみれば。………ところで実用用って何?」

「し、知らないっ……!」

 

 顔を真っ赤にするような意味合いの事ってのは分かりました。

 

 何はともあれ、これだけある意味が分かった。アニメは漫画を映像化したようなものだと思えば、表紙が違うことも番号が振られていることもよく分かる。更識さんにこだわりがあるのかは分からないけど、とりあえず作品を番号順に並べておいた。

 

 どうやら持ってきていたDVDやら何やらはかなりの量があるようで、更識さんの棚を飛び出して僕の棚にまで侵入してしまった。何か置くわけでもないし、むしろ有効活用した方がいいと思って何も言わずに並べておいたけど、後で何か言われるかな……。

 

 夕食を食べて部屋に戻って来たのが七時半。更識さんが全部の段ボール箱を解体し終えて、一息ついたのが九時だった。途中から僕も手伝ったけど、それでも一時間半もかかったのか……。多いね、女の子の荷物は。

 

「ふぅ……」

 

 四月に入りはしたけれど、この季節はまだ寒い。淹れたばかりのココアが身体を温めてくれるのを感じながら、明日の準備を進めていた。

 

「ねぇ」

「何かな?」

 

 カバンに全部入っていることを確認して机の上に置く。ココアの入ったカップをを両手で持っている更識さんは、僕の髪を見ながら口を開いた。

 

「嫌なことだったら、ごめんなさい」

「まだ聞かれてないのに謝られてもねぇ……それで?」

「その、髪飾りとか……女の子のだよね?」

「ああ、これ? よく分かんないんだけど。そうなの?」

「………うん。日本に本社がある世界的にも有名なブランドの代表作だと思う。髪止めも、簪も」

「そう、なんだ」

 

 思えば、僕は姉さんの形見がどんなものなのかを気にしなかった。手作りにしては精巧過ぎるし、安物には全く見えない。

 

 ……いや、違うかな。それが何だろうが僕にとっては大した意味がない。安物だろうが、高価なものだろうが、手作りであっても、この二つが姉さんが残した形見であることに変わりはないんだから。

 

 これだけじゃない。手作りの人形も、フィギュアも、指輪も、ガラス細工も、マフラーも。規格品とか関係ない、全てがこの世にたった一つだけの大切な宝物。

 

 それだけで十分だ。

 

「大切なもの、なんだね」

「うん」

 

 そっと触れて、優しく撫でる。

 

「宝物だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     四月一日  晴れ

 

 何がなんだかよく分からないまま、僕は束さんによってIS学園に入学させられた。しかも全寮制のうえに、同性は一人しかいないらしい。僕の社会進出は劇的なデビューだったと思う。

 

 同年代の人達がこんな狭い空間に集まるところを見たのははじめてだった。控えめに言ってもどの子も綺麗で、眩しい。あれが普通なのかな? うらやましいなぁ。

 

 クラスのみんなの名前を覚えようと頑張るけれど、時間がかかりそうだ。髪の色が同じだったり、眼鏡をかけてたらみんな同じ人にしか見えないから困る。

 

 自己紹介なんてはじめてだから緊張したけど、ちゃんとできたと思う。あまりいい反応とは言えなかったから、これからが大変かもしれない。織斑君みたいにカッコいいわけでもなければ、特別凄いこともないから当然かな。インパクト弱いよね、僕って。

 

 そう思えばルームメイトの更識さんとはちょっとは仲良くなれたかな? お仕事を押し付けられたみたいで申し訳ないから、迷惑かけないように気を付けないとね。

 

 初日で色々決めつけるのも良くないし、また明日から頑張ろう。時間はあるんだから。卵もそう直ぐには孵化しないさ。

 

 

 

 

 

そっと次のページをめくった。

 




フロッピーとかMDとか久しぶりに書いたわ。カセットならまだ家にあるんですけどねぇ。

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