僕の心が染まる時   作:トマトしるこ

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前回までのあらすじ
束さんが衝撃の事実をしるまであとちょっと


029 あらためて

折角なのでちーちゃんに一つ、ちょっとした我儘を聞いてもらった。

 

「まぁ、手短に頼むぞ。ここにお前が居る事が一大事だからな」

 

何も残ってないぞ? と念を押された。何か調査の一環と思っているみたい。確かにその通りだけど、だって私以外の調査結果なんて全く期待していないし。

 

日が落ちて消灯時間が来るのを談笑しながら待って、再び暗い学園の敷地内を二人で歩く。昨日の深夜と違って長々と歩くことは無く、目的地の学生寮はすぐそこだ。

 

消灯時間になるとそれぞれの部屋から明かりが消えて、廊下の照明も二分の一に減らされるらしい。等間隔に並んだ学生寮には過ぎたおしゃれなそれは、半分だけがその役割を果たしていた。

 

向かう先は、学生寮。

 

世間で事故物件と言われるいわくつきの部屋になった一室を中心とした数部屋は今空き部屋になっているそうだ。事故物件の横に住む気持ちを察してやることはできないけど、年頃の女子が素知らぬ顔で今後も生活するのはまず無理だろう。というかよくまだ通学しようって思えるね。

 

「退学した生徒も当然いた。特に、名無三が学園生として戻ってきた時期がピークだったな」

「そりゃそうか。人を殺しておいて罪に問われず復学したとなれば、ねぇ」

「罪を問える精神状態ではなかった、というのが関係者各位への説明だったんだが……到底納得できる内容ではない」

 

当時のちーちゃん的には周囲への説明よりも手を焼いていたことがあったらしい。足を切ってしまった更識簪ととどめを刺したいっくん、他にも一緒になって戦った専用機持ちのケアだ。去る人間が出てくるのは分かっていた事。無理に止めることはせず、渦中の彼女らと必死に向き合っていた。

 

心が折れないように、教師としての務め、理由は色々とあるけど……すべては自分が正気を保つためだろう。

 

「既に消灯時間で夢の中だ、大きな音を立てたりするなよ。バレると面倒くさい」

「うん」

 

正面入り口で再三の注意を聞いてゆっくりと中に入る。ちーちゃんの先導に任せて上質な床を歩いた。外と同じで完全な暗闇ではなく、ほのかな灯りが廊下と整然と並ぶ豪奢なドアを照らす。教職員用の寮よりもワンランク下の印象を受けるが、これもまた豪華なこと。高級ホテルも顔負けだ。泊まった事ないけど。

 

綺麗な廊下は見飽きることが無い、装飾も外の景色も結構見ていられる。が、あっという間に目的の角部屋へたどり着いた。

 

ここも隣数部屋は空いている。開錠だけ慎重に、ドアはゆっくりと音無く開く。

 

聞いていた通り、彼の暮らしていた部屋は何も無かった。話では緊急用の医療器具があったとか、更識簪のアニメがずらりとならんでいたとか、家族の遺品を大事に飾っていたとか聞いてたけど……それも無くなっている。

 

「臨海学校の最中、卜部達はこの部屋に忍び込み名無三の私物を壊した。どうやら睡眠薬入りのドリンクを詫びと称して渡し名無三はそれを飲んだらしい。眠った名無三から鍵を盗み、散々に荒らしてまだ眠っていた名無三のポケットに返した、と」

「そして壊れた」

「お前と、更識簪への電話の後にな」

「そうだったね」

 

誰とも連絡を取り合わない自分をあれほど恨んだことは無い。あれから携帯の充電には神経質なくらい気を使っている。

 

人の物を盗んで壊すだなんて、本当によくやるね。死んで当然のクズ野郎だ。気の毒なんてちっとも思わない清々しいクズめ。こんな奴が居なければと思わずにはいられない。

 

もうどうしようもないのだけど…。

 

遺物は全て片付けられた。身寄りのないはっくんの遺物は捨てられたことになっているけど、保護者代わりだった私がちーちゃんからこっそり受け取っている。粉々になり判別のつかないものは捨てられたが、僅かでも私物らしきものは全て。

 

……。

 

「現場の写真、ある?」

「ああ」

 

ちーちゃんが掌に収まる機械をちょっと操作すると私の端末が震えた。データ化されて届いた画像を開いて、今の整頓された部屋を見比べる。とても三人が荒らしたとは思えない悲惨な現場だ。

 

ガラスは割られ、ベッドはスプリングが露出し、テレビもパソコンもネジ一つになるまで分解状態、不思議な事に電子レンジやケトル、シャワーヘッドに至るまで部屋の全てがバラバラ。

 

「ねぇ、これおかしくない?」

「私もそう思う。私怨で壊すには念が入り過ぎている気がする。それに…」

内側から破裂している(・・・・・・・・・・)、よね」

「それだ」

 

モノを壊そうとするなら、モノそのものを叩きつけるか鈍器を振り下ろすのが普通だろう。柔らかいなら刃物で切り裂くのもあり得る。こんなのに普通も何もないけど。

だけど、ガラスは内側に破片が散らばってるし、ベッドの綿も同じ。家電には何かを叩きつけられた形跡は見られず、いくら何でもシャワーヘッドを壊すなんて考えられない。

 

最も不自然なのが綺麗すぎる事だろう。弾けているけど散らばった細かな部品には目立つ傷はない。この電子レンジの扉がまさにその通りで、透明なガラス部分は亀裂も入っていないのに、それを囲っていた枠やネジだけが綺麗さっぱりと消えている。割れ物の破片が目を引くから勘違いする人も大勢いたかな? 一番大事な点は明らかに見逃してるね。いや、揉み消された? うーん…。

 

「束」

「ああ、うん。この内側から破裂したような跡なんだけど…部屋の……このあたりに向かっているの」

「んんん……そう言われるとそんな気が」

「多分ここに、はっくんが居た」

「名無三が部屋中の物を壊して吸い寄せたとでも? 何故…」

 

その問いへの答えはまだ得られていない。でも予想はつく。

 

「はっくんに持たせていた卵の事はもう説明しなくても良いよね?」

「ああ。登録の無いコアと未確認機だった。だから、名無三の卵が孵化して戦闘を行ったんだろう?」

「そうだね。学園の専用機達の特性を併せ持った異常な機体。専用機8機相手に単独で大立ち回り出来る化け物さ。でも、詳しく聞くと武装は豊富でそれらを的確に操作できる技術はあっても、速さとパワーは量産型以下らしいじゃん」

「だから化け物。ISの基本性能を満たさないながらも、あれだけ戦えるのをそれ以外にどう呼ぶ」

「そこだ。ISの基本性能をを満たさない、がポイントなんだよ」

「……その話が部屋の惨状とどう結びつく」

「ちーちゃんには、私の“リソース”の話したことあるよね」

 

私個人の考え方の一つに、リソースと名付けたものがある。

 

人間でも動物でも機械でも、ISでも、100を上限としたリソースをどのように振り分けるのかというものだ。同じ人間という種族でも勉強が得意な人と運動が得意な人が分かれる。時間や情熱、それから努力というリソースを一つの分野へ注いだ結果が、科学者や弁護士だったりスポーツ選手だ。

でも、それら全てを一人の人間が兼ね備えるのは不可能に近い。掛け持ちできてもせいぜい二つが限界だろう。なぜなら時間も情熱も努力も、割けるもの…リソースは有限だから。

 

ISでも同じことが言える。白式で例えるなら、零落白夜という機能とそれを活かすためのパワーとスピードにリソースを割いており、汎用機ならあるはずの容量はまるで無い。

ブルー・ティアーズのようにイメージインターフェースにリソースを割きコンセプトを寄せた機体もあれば、燃費や基本性能に重点を置いた甲龍も存在する。ラファールの大容量っぷりはまさに何でもできると評判は良いが、基本性能は最低限と言ったところだし。

 

あくまでも持論ね。この篠ノ之束のだけど。

 

「それを当てはめるなら、基本性能を捨てて武装に特化したIS、ということになるんじゃないか」

「私もそう思ってた。でも、この部屋を見て確信したよ。それは半分違う。確かに基本性能をよりも武装を優先して組み立てられているけど、そのリソースの総計は100じゃない。私はね、卵の中に確かにパーツを入れておいたけど、それもPIC関係の最低限だけなんだ」

「と、いうことは」

「はっくんのISは未完成だね」

 

戦う為に武器を最優先で作り、ISとしての本当に必要最低限だけをガワとして纏っているだけでしかなかったと仮定して、

 

「絶望のどん底に落とされて卵が孵化したその時、室内のあらゆるものを分解して吸い寄せて、武器と機体を形作った、か」

「うん」

「まったく、恐ろしい機体だな。多種多様なの武器を同時に本人以上に使いこなせる名無三もそうだが」

「いやー流石ちーちゃんは分かってるねぇー」

 

アレの何が恐ろしかったのかについては、乗り手のセンスが異常だったの一言に尽きる。まさに、ブリュンヒルデ級。

 

似た者としてフランス娘のラファールがあげられる。大量にある武器を知識と経験で何が適正かを瞬時に判断し、高速切替という技術と努力がそれを実現させる戦闘スタイルだ。基本性能の差をものともせず、専用機の中でトップの実力を持つのはそういう事だ。彼女自身の力が、ただの剣を勇者の剣へと変えている。

 

はっくんの場合もそれと同じことなのだが…武器の種類や同時に操った数、立体的に戦場を把握し最適な武装を選択する空間把握力、1対8を圧倒した技量など、彼女とは次元が違う。

いや、彼の次元が違う。フランス娘は良くやっている方だ。仮組みの出来損ないで最新鋭機8機を相手に大立ち回りできる人間がどうかしている。

 

はっくんもまた、特別な存在だったのだ。それだけに惜しむ気持ちでいっぱいだった。

 

収穫は無かったが、私は決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえりなさいませ」

 

真面目に働く愛しい娘はとててと駆け寄ってくる。犬猫の様に見えるし、私の影響でつけ始めたウサミミのせいでウサギにも……は無理があるか。可愛いぐらいしか共通点が無い。

 

「どう?」

「いえ」

 

ちーちゃんのところで数日世話になっている間も、ずっと下手人を負わせていたが特に進展は無かった。何かあれば電話で知らせると話し合っていたので、これは分かっていた事だ。分かっていた事だけど、どうしても聞いてしまう。

 

進捗は80%を超えた。

 

隠せないため息をついて、どかっとソファに倒れ込む。くーちゃんがお茶を淹れてくれてもイマイチ身体を起こす気分になれない。精神的な徒労がピークを迎えている事を数年ぶりに感じている。久しく忘れていた疲れとやらにすっかりやられているのだ。

 

そりゃ、私だって苦しい戦いになる事は分かってた。

 

あのIS自体が完全なブラックボックスで、どんな機能が搭載されているのかよく調べられないままだった。既存のISとはどう違うのかすらさっぱり分からない。ジジイがそこそこできるヤツで解析を進めてステルス機能をしっかり使いこなしていたら、発見は困難を極める。

 

そして、ジジイのバックにいる誰か。この誰かはジジイ以上に曲者だ。人物像というか目的というか、とにかく読めない。

まずはっくんは殺す必要が無いのに殺されたのがおかしい。彼は2/70万という地球上で最も価値ある存在なのだ。もう片方がいっくんというところを考慮するなら、1/70万と言い換えても良いまである。

ISコアよりも断然価値ある筈の彼をどうして殺す必要があったのか。どうにかして結論付けるなら「どちらかと言うと死んでくれた方が都合が良い」からだろうか。バックにいる誰かにとっては生死不問なのは間違いない。

殺したかった……は、流石に無いか? 復讐したいと思うヤツがはっくんに居たとは思えない。せいぜい私物を壊した三人組の生き残りくらいだろうけど、一人があんな殺され方をしてやり返すような連中じゃないか。

 

……いよいよ分からなくなってきた。これはもう狂人の仕業? うーん、なんだか私の勘はそう外れてもいないと言ってるような。

 

そこまで考えてゆっくりと身体を起こした。狂人が黒幕だったとして、これ以上考えても分かるわけがない。私は常人から外れている自覚はあるけど、狂っているつもりはないのだ。見つけて問い詰めた時にとっておこう。理解できるとは思えないが。

 

熱々だったお茶がちょっと冷めて飲みやすくなるくらいには時間が経った頃、普段は物言わない私の携帯が音を立てた。あまりにも聞き慣れてなくて、なんの音かさっぱり分からない着信音。それをうるさいなぁと思いながら電話に出た。

 

『私だ』

 

相手はちーちゃんだった。というかくーちゃんがこの場にいるので、かけてくる相手はちーちゃんしかいない。

 

「どうしたの、忘れ物でもしてた? 今日は下着もリボンをつけて帰ったつもりだったんだけど?」

 

忘れもしない中学時代の思い出の一ページだ。お泊りの度にこのネタでおちょくってくるので、今日は先手を打ってみた。ちなみに気づいたのは私でもちーちゃんでもなくて、洗濯してたいっくんというのがオチ。

 

『直ぐにこっちにこい。更識が手がかりを見つけた』

「……詳しく教えて」

 

ゆるゆるだったネジをがっちりと締めなおす。電源スイッチもオンにして、居住まいを正して続きを待った。

 

 

 

 

 


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