026 懐疑
あの日から一年が経過した。あの日、というのは銀が死んだ日の事であって、更識簪の事ではない。私にとっては……まぁ、複雑な相手であるが銀のガールフレンドだったので渋々名前を覚える事になった程度だ。いや、そんなことはどうでも良くて。
命日から一週間、遺体から回収した肉片よりDNAを分析して不眠不休でクローンを作成した。クローンと言っても映画に出てくるような立派なものではない。皮膚も貼り付けていない人型のマシンにISコアを応用した電脳を搭載して、分析した情報を転送しただけの簡素なものだ。
最初こそ油を定期的に差したり、せめて見てくれぐらいはと皮膚を貼り付け、電脳にエラーが発生してくーちゃんと慌てふためいたりすることもしばしばあったけど、一年も経過すればそんなアクシデントともおさらばだ。
今の“銀”は生前と瓜二つの外見まで寄せることが出来ている。フレームは骨格から見直し、人工皮膚は電気信号を受け取って表情を作り出す。横に並ばれると並の人間じゃあこれがマシンだと気づけないだろう。学習も進んでいて、料理洗濯炊事はお手の物。最近になってようやくだらしなさを叱る事も覚えた。
ソフトウェアは順調だが、ハードの方はそうもいかない。
培養液に満たされた四肢は既に完成しているものの、内蔵の複製が難航していた。高度に発達した医療の専門家が未だに試行錯誤しているのだ、いくら天才の私でも生体分野は門外漢。勉強を始めたものの成果はまだ出ていない。
しかし手ごたえはある。宣言した通り、あと二年もあれば完璧な銀を模した“銀”の生体クローンが完成できるところまでは漕ぎつけた。研究と勉強に没頭すれば二年なんてあっという間だ。世間一般では十二分すぎるクローンもいるのだから、きっと退屈だってしない。
二年間いつも通りにコツコツと進めればそれだけで半分はハッピーになれるってわけ。凡人が一生をかけて挑むものを、この私ならたったの三年で実現できる。あぁ、素晴らしきかな天才。
ソファに腰掛けてアルバムをめくる私の前に、すっと湯気が立つコーヒーが差し出される。礼を言って受け取り、一口啜ってはテーブルのうさぎマークのコースターに置いた。
丁度欲しいなーと思っていた所へ用意してくれたくーちゃんは、自分のココアが入ったマグカップを両手で持って隣へ座った。
「束様」
「うん?」
「今回も収穫無し、との報告が」
「そっかー」
何となくそうだろうなと思っていた答えに相槌を打つ。作戦を虱潰しに切り替えて包囲網を徐々に狭めているのだ。簡単に見つかる相手ではないし、追い込みも最終局面に入ったばかり、焦る必要は無い。むしろ追い詰めているという実感が私を興奮させる。
探させているのはほかでもない、銀を直接手に掛けたあのクソ忌々しいジジイ――IS委員会の委員長だ。
クローンが完成すれば私の世界は完成されるが、そこで終いにしてはいけない。私のこの手で直接地獄へ送ってやらねばならない。銀にしたように腕を捥いだ後、自分がどれだけの罪を犯してしまったのかを悔いながら死んでしまえ。奴は生きてちゃいけないゴミだ。
亡国機業の連中はあまりいけ好かないが、この銀が絡む一件だけは利害が一致した。理由は分からないが、絶対に裏切らないだろうと確信が持てたので、駒が手に入るならと手を組むことに。裏社会で最も幅を利かせる勢力と、世界最高の頭脳が結託したことで包囲網は完成した。私がこうやってコーヒーを啜っている間にも、奴は袋小路へと追い込まれている。
捜査に必要な情報は全て渡した。捕まえた、と電話が来るまで私は優雅に待てばいい。クローン研究をこつこつ進めながらね。
「懐かしい写真ですね」
「うん。まだ来たばかりの頃だよね」
「はい。ISの足に不慣れでゴミ山に頭から突っ込んだところです」
「人の資材をゴミ山だなんて…ひどいなぁ」
無表情のままぴしゃりと口にするくーちゃんは今でも根に持っていると分かった。空を移動するこのラボで出てくるはずの無い黒光りするアレが出てきたからだ。病原菌の塊ともいえるヤツと銀が接触でもしようものなら大事である。深く反省した私はそれ以来片付けというものを少し意識するようにした。
アルバムには他にもいろいろな写真が収められている。写真を撮り始めた切っ掛けが銀なだけあって、全て彼で埋め尽くされている。写っていないのは彼が撮ったものだ。
段々と血色が良くなって、自分の足で歩けるようになり、重たいものも持ち始めて、制服に袖を通して。
入学してからもこっそり小型ドローンを飛ばしてアルバムを増やしていたりする。ちーちゃんが気づいていたので決して盗撮ではない。
教室で熱心に勉強している姿はレンズ越しでも嬉しそうなのが良く分かった。次第に後のガールフレンドである更識簪とのツーショットが増えて、
左側が寂しくなって。笑顔も辛そうになって。
………思えば、ここから不幸が始まったように思う。
ゴーレム暴走、臨海学校で護衛が皆留守になって始まったいじめ、亡国機業にそそのかされて殺人を犯し、遺体を喰らい、学園生との殺し合いまで。この一連で目を付けた委員長に呼び出されて、多くのものを奪われた。
まるでドミノ倒しだ。誰かの描いたシナリオをなぞる様に起きている。立て込んだこともあり深く考えてこなかったけど、共犯者がいるとみて間違いない。それも、IS委員会とは関係が無く私の目をごまかせるだけの力を持つ、誰かだ。
そもそもゴーレムが暴走する事自体がおかしい。この私が手掛けたマシンがそう簡単に操られるわけがない。しかし現に起きてしまった。私はそんなことが出来るとすれば亡国機業ぐらいのものだ、と思って探りを入れていたが、実際は形違えど銀を守る側で動いていたので、共犯者の正体は亡国機業ではない。
「そろそろ、動かないとね」
「?」
ジジイを問い詰めてからと思っていたけど、先に動き出しても損はない。研究も一段落付いた事だし、探りを入れるにも丁度いい季節だ。
アルバムを閉じて机に置いた代わりに手に取ったのは携帯電話。二度と同じ過ちは繰り返さない為に、常に充電するバッテリーを導入した魔改造のそれを操作し、電話帳から彼女を呼び出す。
『………なんだ』
「もしもしちーちゃん。明日学園に行くから、オフレコでよろしく」