僕の心が染まる時   作:トマトしるこ

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序盤はしょっぴくシーンが多くなると思います。
……もう見飽きたでしょ?


003 始まりを告げる紅い瞳

 

 酷く居心地が悪いったらない。生まれてはじめての学校だっていうのに、まわりはみんな女の子ばっかりだ。僕の立場とか特殊さもあって、珍しい物を見る目だし。

 

 唯一の同性である織斑一夏はガチガチに固まって居づらそうにしてる。このIS学園で一番前の席だなんて、もうイジメだよ。可哀想に。束さんのお陰で廊下側最後列に座ることができた僕は、姉さんが言っていた席替えの素晴らしさを実感した。

 

 電子ボードの前に立って、一人ずつ自己紹介をしていくクラスメイトを見ながら必死に顔と名前を覚えるようとする。女の子だらけなのは仕方がない。もうどうしようもないことだ。だから、これからを良くするためにもみんなと仲良くなりたい。『卵』のこともだけれど、色々な事が知りたかった。

 

 織斑君はやっぱりというか、みんなが注目した。いったいどんなことを聞かせてくれるのかと身を乗り出している人もいるぐらいには。ていうか、僕の前の人、それやられると僕見えないから。

 

「以上です!」

 

 何故かみんながテレビ番組のようにずっこける。名前だけじゃ駄目なんですか? そうですか、みんな知ってますもんねぇ。

 

「馬鹿者が」

「うぎゃっ!」

 

 そして現れる地球最強。身内には一切の容赦がない千冬さんらしい一撃だった。たぶん、僕なら頭が割れるね、うん。絶対に怒られないようにしよう。

 

「ち、千冬姉……」

「織斑先生、だ」

 

 またしてもざわざわと騒ぎだし、場が荒れる。普通にわかるんじゃない? テレビでも千冬さんの弟って流れてたし。

 

 そして一喝。身内であろうが無かろうが関係ないようです。流石です。

 

 途中で荒れることも挟みつつ、順調にそれは進んだ。そして僕の番が回ってくる。

 

 うーわー、これはきついなぁ。織斑君はよくやったと思うよ………。

 

「えっと、名無水銀といいます。身体が弱くてずっと病院生活してて、分からないことばかりですけど、よ、よろしくお願いします……」

 

 パチパチパチ、と疎らな拍手を受けて席に座る。

 

 肌は白いし、顔も背格好も良い方じゃないから、ウケはよくないらしい。騒がれたらそれはそれで困るんだけれど、ちょっと寂しい………。友達作りは難しそうだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

「決闘ですわ!」

 

 セシリア・オルコットさんはカチンときたようで、織斑君に決闘を申し込んでいた。

 

「おう、いいぜ」

 

 ヤル気満々で喧嘩を買う織斑君。

 

 両者の間では見えない火花が散っているに違いない。

 

 元はと言えば千冬さんがクラス代表を決めるぞという一声だった。それを聞いて面白がった一人の女子が織斑君を推薦して、いかにもプライドの塊ですといった雰囲気のオルコットさんが反発した。そこからはもう売り言葉に買い言葉だ。

 

 僕も推薦されたけど、体調の関係で出来ないと千冬さんが応えた。僕のことを知ってるし、教師としても聞いているんだろう。

 

 何にせよ、僕には関係の無い事だ。誰がクラス代表になろうとこれからが変わる訳じゃないし。

 

 あれよこれよと話が進むことについていけなかった訳じゃないから。

 

 後日、二人の決闘が決まりましたとさ。

 

 オルコットさんは余裕の笑みを浮かべて席に座っている。そりゃあそうだ、相手は素人で、自分は国家代表の候補生なんだ。じつに大人げない。

 

 対する織斑君はまだ真剣な表情で教科書とノートを見つめている。後悔してる訳じゃなさそうだ。というか、腹の虫が治まらないってところかな?

 

 ああいうのが"男の子"っていうやつね。僕には無理だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

 間に授業を挟みつつ迎えた放課後、何か用がある風を装って人が去るのを待った。勿論、織斑君とお話がしてみたかったからだ。

 

 こんな言い方をすると怪しく見えるけど、特に思惑があるわけじゃない。束さんが言ういっくんがどんな人なのか気になっただけ。後は単に友達が欲しがった。そういえば、自己紹介から一度も会話してないよ………。おかげで喉が乾かない。

 

「や、大丈夫?」

「あっ、えーっと、名無水だっけ?」

「うん。勉強?」

「おう。ISはよくわかんねぇからな。授業についていけないのは嫌だし、一週間後には決闘あるし」

「そういえばそうだったね。でも、織斑君は普通の男性に比べてISに近い所にいると思うんだけど……?」

「千冬姉のことか? 俺がISに関わるのを嫌ってるみたいでさ、動画見たりとかもダメだったんだ」

「へぇー」

 

 弟さんを大事にしてるとは聞いたけど、これとなんの関係があるのやら。

 

 しっかしまぁ、律儀に守るんだねぇ。お姉さんの言うことが絶対だとか思ってるのかな? おめでたい人だったりする?

 

 なんてことを言うと嫌われること間違いなしだ。グッと飲み込んで別の話題を切り出すことにした。

 

「ねぇ、もしよければ―――」

「あー、良かった。まだ教室に残ってたんですね!」

「あ、山田先生」

 

 なんというタイミングの悪さ、山田先生が本題を切り出す前に遮ってしまった。しかも織斑君の注意がそっちに向いている。

 

「どうしたんですか?」

「お渡しするものがあったんですよ。はい」

「うげ…」

「次は大切に扱ってくださいね」

 

 それは織斑君が電話帳と間違って捨ててしまった参考書兼用語集だ。入学前に必ず読まなければならないこれは、聞くところによると三年間使い続けるらしい。再発行してあげるあたりが、千冬さんだよねぇ。

 

「あれ? これは?」

「それは寮の鍵だね」

「寮の?」

 

 どうやら参考書の他にもあったみたいで、取り出したのは見覚えのある鍵だった。僕のポケットに入っているものと殆ど同じ作りをしていることだろう。

 

 ドアの鍵にしてはやたらと大きなキーと、部屋番号が彫られたガラス製のキーホルダーは間違いなく寮の鍵だ。

 

「というかなんで貰ってなかったの?」

「逆に名無水はもう持ってるのか?」

「その説明はちゃんとしますよ」

 

 ごほん、とわざとらしく咳払いをして胸を張る先生。いやはや、素晴らしい。束さんよりも大きいんじゃない?

 

「名無水君は、割と前から入学が決まっていたので部屋の都合をつけるのは難しく無かったんです。織斑君の場合は急だったもので、また部屋割りを変える時間が無かったんですよ。だから、最初の一週間程は自宅から通ってもらうことになっていましたけれど………」

「鍵があるってことは、部屋割りが決まったんですね?」

「いやぁー大変でしたよ? まぁそんなことはいいんです。お察しの通り渡した鍵の部屋が織斑君の部屋になりますから、今日から使ってくださいね」

「わかりました。よろしくな、名無水」

「多分僕とは違う人がルームメイトになると思うけど……」

「は?」

「そうでした、ルームメイトは名無水君じゃありませんよ?」

「え? ちょ……えぇ?」

 

 その戸惑いはよーくわかる。僕と違う部屋ってことは、年頃の男女がこれからの学校生活でずっと同居ってことだもん。ルームメイトが僕だって思うのも無理はないし、違うってことへの戸惑いもよくわかる。

 

「じゃ、じゃあ俺はずっと女子と同室なんですか!?」

「良かったね、織斑君。でも襲っちゃだめだよ?」

「しねぇよ! てか良くねぇよ!」

「え、織斑君はソッチの人なんてすか……!?」

「常識的に良くないって意味ですよ! なんで鼻息荒くしてるんですかねぇ!?」

 

 ちょっとどころじゃないレベルで嬉しそうな山田先生はかなり引いた。せっかくのいい先生っぷりが台無しだよ。

 

「山田先生」

「はっ!? す、すいません、つい……」

 

 さらなる暴走を止めたのはあの千冬さんだった。流石の山田先生変態モードでも勝てない人はいるようだ。今度から暴走したら千冬さんに御願いしよう。

 

「織斑、先程山田先生が言われたとおり、お前の入寮は突然決まったようなものだ。部屋割りが決まったと言っても、空き部屋を作って無理矢理押し込んだだけにすぎない。この意味が分かるか?」

「応急処置的な意味ってことな……ですか?」

「そうだ。仮決定に過ぎず、今後も部屋割りが変わることがあるだろう。ただし、名無水と同室になることはほぼ無い。女子と同室か、一人部屋になるかのどちらかだな」

「え? 名無水は一人部屋じゃないんでか?」

「だったら最初からお前と同室になる。自己紹介を思い出してみろ」

 

 千冬さんの言葉を聞いて、手を顎にあてて頭を捻る仕草を見せる。ほんとにやる人いるんだ……あれ。

 

「確か……身体が弱いんだっけ?」

「うん」

「本来なら名無水は絶対安静にしてなくてはいけないところを、無理を言って学園に住ませている。体調管理やモニタリングの関係で、名無水だけは部屋の移動もルームメイトの変更も効かない。あまりペラペラと話すんじゃないぞ」

「は、はぁ……」

 

 未だに何でだろうと思っているに違いない。理由もなく結果だけを聞かされているようなものだ。千冬さんが言っているのは間違いじゃないし、むしろ正しい。生命維持装置があるとは言っても僕の身体は弱いことに変わりないんだ。常にモニターできる状況を整えること、それが、僕を入学させるにあたり提示した条件だって。

 

「ということで、織斑君の部屋はそこになります。ルームメイトの人に事情を説明して、健全な生活を送ってくださいね」

 

 にこりと笑った山田先生の顔は、充分千冬さん並に怖かった。

 

 コクコクと頷くばかりだった織斑君は荷物をささっと纏めて教室を出ていった。

 

 絶対に聞いてなかったね、あの顔は。

 

「はー、よかったです。ルームメイトの人に説明してないなんて知られたら何を言われるかわかったものじゃありませんからねー」

 

 だってよ?

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

 ギャアギャアと騒がしい廊下も気にせずに自分の部屋へと足を向ける。どうせルームメイトのお風呂上がりに遭遇してはたき回されているに違いない。束さん曰く、彼は主人公体質なんだってさ。

 言えてる。彼は格好いいし、身体も鍛えている。背だって高いし、社会的ステータスもそこそこだ。立場や考え方も熱血正義系と、女子から人気が出るタイプ。漫画で言えば王道を進む鈍感ハーレムマンに違いない。

 それに比べて僕の貧弱さと言えば……まるで幽霊か何かのようじゃないか。日光の入らない病室で過ごしてきて、家族と医者と看護師の人以外の面識なんてまるでない。正義感以前に常識の欠けたところもある。圧倒的モブキャラ臭が半端じゃないね。

 

「別にいいけどさ。主人公なんてまっぴらごめんだよ」

 

 そういうのはやりたい人や、やるべき人がやればいい。モブキャラどころか村人Aで十分だ。壮大なスケールの物語には巻き込まれる被害者ポジが安定している。

 

 何かを求めるのは悪いことじゃない。むしろそういう欲求あればこその人間だ。ただ、僕にはこれ以上求める物はないし、必要ない。こうして動けるだけでいいのに、更に貪欲になったらバチがあたるでしょ。

 

「さてと……僕の部屋はどこかな?」

 

 学園は一クラス四十人で、十クラスある。つまり四百人居て、かけるの三学年で合計千二百人。教員や職員含めれば千四百人がここで生活しているわけ。僕が居る一年生寮を含めた寮棟と、食堂や購買洗濯浴場がある生活棟を合わせた“生活区”は、他の全寮制に比べて設備が良くとても広い。開けっぱなしの部屋をちらりと見てみたが、あれは良いものだ。早く部屋に入りたい………。

 

 カギのガラスキーホルダーには1070と書かれている。一年寮一階の端部屋で、非常出口に近く、隣接した教職員寮にも近い。有事の際に素早く対応できるようにと千冬さんが手配してくれたそうだ。何から何まで世話になりっぱなしで申し訳ない。叩かれるのも嫌なので、迷惑をかけないように気をつけなければ。

 

 左を向けば、1044のドアプレートが掛けられている。もう少し先かな。

 

「あ、ななみんではあーりませんかー」

「ななみん?」

 

 向かいから歩いてきて話しかけてきたのは袖が余りまくっている女生徒だった。見た目と喋り方がいかにも緩~い雰囲気を醸している。ゆったりとした動作で腕を上下に振って袖をぱたぱたと振り回す動作は見ていて微笑ましい。

 

 ………同い年、なんだよね? 世界は広い……。

 

「名無水銀って言うんでしょ? だからななみんなんだよ~」

「え、あぁ、そう………君は?」

「同じクラスの、『布仏本音』だよ。よろしくぅ~」

「……よろしくぅ~」

 

 ダメだ、僕には、できない。

 

 挨拶がしたかったのか、布仏さんはまたしても袖を振りまわしながら去って行った。それにしても同じクラスだったのか……。明日会ったら挨拶してみよう。友達を作るにはこういうのが大事なんだよ、きっと。

 

 布仏さんと別れた後は、誰かと会話することはなかった。すれ違う人は皆指さしながら道を空けるし………。誰か行きなさいよ、抜け駆け禁止だからね、そんな雰囲気だ。迷惑じゃないから気にはしないし、馴染めば気にもならなくなるはず。しばらくの辛抱だ。

 テレビで見る動物園で飼育された動物達はきっとこんな気持ちなのかもしれない。よし、僕は動物園には行かない。水族館もノーだ。

 

「あぁ、ここか。本当に端っこだなぁ」

 

 左側にずらりと並んでいたドアはぷっつりと途切れている。ドアプレートには1070の数字。間違いない、ここだ。

 

 数回ドアをノックして、返事が無いことを確かめてから鍵を開けてノブを回す。

 

「わぁ……」

 

 端ということで、作りが少々他の部屋とは違うらしい。二人部屋にしては明らかに広かった。

 入って左手には脱衣所と洗面所を兼ねたスペースがあり、更に奥にはシャワールーム。脱衣所に入るドアの隣にはトイレ。個室のくせにお風呂とトイレが別なのか……。右手には冷蔵庫とキッチン。ガスではなくて電気式ではあるが、二口コンロにトースター、レンジまである。これでグリルまであったら高級マンションだって真っ青じゃない?

 

 更に奥へと進む。

 

 本来なら右手にPCと本棚まである壁にベタ付けされた机があるわけだが、そのスペースはひらけていて、窓が取り付けられていた。綺麗な海が見えるために開放感がある。机諸々は1069側の壁に移動しており、ベッドは入り口と正反対の方向にある窓に頭を向けて並んで置かれていた。

 

 実に広い。そして並びが違うという特殊さが高揚感を与えてくれる。作りが良ければ備品の質もいい。どっかで聞いた通り、スイートルーム並の環境だ。何でもかんでも揃ってる。

 

 ………すごい贅沢をしている気分だ。いや、実際に贅沢なんだ。僕でも分かる。

 

「よっと」

 

 窓側のベッドに腰掛けて、カバンを床に下ろす。どさっという音もカーペットが吸収してくれるし、背中からベッドに倒れ込んでも、スプリングの出す不快な音もない。シーツやまくら、どれをとっても高級品だ。病院のベッドとは比べ物にならない。リクライニング機能が無い代わりに、安眠をもたらしてくれることだろう。

 

「zzz」

 

 今みたいに。

 

 慣れない集団生活や環境に疲れていた僕は、瞼を少し閉じただけでぐっすりと眠った。

 

 荷ほどきは……後にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、かんちゃーん」

 

 寮を歩いていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。こんな呼び方をするのは幼馴染み兼メイドのあの子しかいない。

 

「どうしたの? 本音」

 

 ぱたぱたと駆け寄ってくる。本人はいたって真面目に走っているらしいが、傍から見ればどう見てもちょっと大げさな早歩きにしか見えない。長い袖も合わさって、同い年とは思えない幼さが溢れていた。

 

 服の上からでも分かるほど揺れに揺れる、とある一点を除いて。

 

 苛立ちを抑えて、平静を保った。

 

「どこの部屋になったの? 私はねぇ1034だよ~」

「知ってるでしょ……1070」

「ななみんと同じ部屋だってのは知ってたけど、どの部屋なのかは知らなかったの~」

「……そう」

 

 言われてみればそうかもしれない。部屋割で“彼”と同室になるのは前から聞かされていたけど、鍵を渡されたのはほんの二日前。それから本音に会う事はあってもこの話はしなかったから、知らなくても無理はない。

 

 本音自身が、その話題を避けてくれていたからというのもあるんだろうけど。

 

 入学も決まって、あとは専用機の『打鉄弐式』組み立ての調整だけだと思っていたところに、二つの悪い知らせが入った。一人目の男性操縦者の稼働データを取るために、打鉄弐式よりもそちらの専用機を優先するということと、二人目の男性操縦者が非常に身体が弱いために、誰か一人、信頼できる人を傍につけるというもの。

 前者は仕方がないと言えば仕方がない。私も世話になっている倉持技術研究所……倉持技研は日本トップクラスのIS研究施設で、政府御用達の大手にあたる。だからこそ、日本代表候補生の私へ与えられる専用機がここで作られているし、希少な男性操縦者の件を優先して回されたことも理解できる。優先順位もだ。思うところが無いわけではないが、国に所属する以上は呑むしかなかった。

 

 問題は、後者の方。どうして私が男の子の面倒を見なくちゃいけないんだろう? 乱暴だし、怖いし、単純に嫌だ。同じクラスにいて、少し気に掛けるとからなら全然分かるし抵抗感もない。でも、同室でこれから過ごすとなれば話は別だ。

 かなりの虚弱体質で身体も力も弱いから大丈夫とか言われても少しも安心しない。それでできるもんか。そういう問題じゃない。

 

 いつの間にか、私は会ったこともない二人目を勝手に嫌っていたし、本音や更識の人達も分かっていたみたいだから、この話題は避けられていた。

 

 でも今日からはそうもいかない。毎日顔を合わせるわけだし、何か体調に異変があれば私が何とかしなくちゃいけなくなる。悪く言えば、私の我儘は通用しないのだ。むしろ仲良くならなければ………。

 

「実はねー、私同じクラスなんだよー。それにさっきもあって話したんだ~」

「……どんな人?」

「えーっとねぇ………今にも消えそうな蝋燭って感じかな?」

「……そんなこと言われても……」

「なーんて言われると思って秘密兵器を持って来たのです。じゃじゃーん!」

 

 長い袖の中から白くて綺麗な手が覗く。あまり日に当たらない本音の身体はわりと白くて綺麗だったりする。もしかしたら美肌とかの為にわざとだぼだぼの服を着ているんじゃないだろうかと思うぐらい。

 

 そして手に握られているのは、数枚の写真だった。映っているのは男子にしては少し長めの黒い髪をした、華奢な男の子。蒼い簪と、雪模様の髪飾りがよく似合っている。女子の服を着せれば間違いなく可愛くなるに違いない、中性的な雰囲気だ。

 

「ななみんの写真~~」

「これが……」

 

 この人が、二人目……名無水銀君。私のルームメイト。

 

「どう?」

「うん、なんとなくだけど、わかる」

 

 今にも消えそうな蝋燭……的を射た表現だと思う。写真を見ただけでも分かるほどに、とても儚くて、脆そうで、力を入れれば折れてしまうだろう。下手をすれば女の子よりも女の子のような印象を感じる。

 

 少しだけだけれど、政府が言っていた大丈夫の意味も分かった気がする。力だけでなく気も弱いんだろう。女の子を無理矢理襲うような度胸がある様には見えない。

 

「どう? かわいいでしょー?」

「か、かわいいって……」

「とっても良い人だよ~。かんちゃんも仲良くしてあげてね~」

「あ、本音……! もう……」

 

 写真を渡して、言いたいことを言った本音は私が来た道を走って行った。追おうと思えば追えるけど、この写真にそれだけの価値はないし、話す事があるわけでもない。それよりも肩に下げているカバンを下ろしたかったので部屋に行くことにした。

 

 彼に合わせて端の部屋に決まったため、少し歩く必要がある。面倒ではあるけれど、これもまた仕方のないことだ。

 

 1070。キリのいい番号が私の部屋だ。

 

「……あれ?」

 

 鍵を差し込んで回してみるが、抵抗が無い。もしかして開いている?

 

「もう部屋に来てるのかな?」

 

 予想通り、部屋の鍵は開いていた。先に送られている荷物は部屋に入れてあると聞いているので、開けっぱなしになるとは思えない。既にルームメイトが来ている証拠だ。

 

 他の部屋に比べて広い1070号室は開放感がある。窓が多めにあることもそうだけど、単純に作りがいい。それもこれも、緊急時への対処の為だとか。二階以降の上の部屋は普通の部屋と作りが変わらないことから、わざわざ彼の為に作りかえられているのだ。男性操縦者に対するケアとしては当然なのかもしれない。これにあやかれたと思っておこう。

 

 数歩進めば窓いっぱいに広がる海が視界に入る。窓を開ければ潮風が入ってくるかもしれない。天気のいい日は尚更綺麗だろう。

 

 それよりも、気になるものが無ければ。

 

「………すぅ」

 

 やはり先に来ていたルームメイト――名無水銀君は、窓側のベッドで眠っていた。頭が枕ではなく壁に向かっているので、恐らく座った状態からぱたりと倒れたんだと思う。特に変な感じはしないし、呼吸も安定しているから異常はない、はず。

 

 それにしても、写真で見るよりも、なんだろう………さらに儚い感じがする。肌はまるで薄い白粉(おしろい)を塗ったように白かった。日にあたってないというよりも、まるで光に当たったことが無いようだ。病的なまでに白い。

 腕も足も細くて、脂肪は勿論必要な筋肉さえついていない。服もちょっぴりだぼついているし、それでいて髪は手入れが行き届いているものだからもう女の子だ。寝顔も可愛らしい。髪飾りも簪も黒髪によく似合っていた。

 

 じ、実は女の子だったりして。

 

 だからといって、確かめるために身体をべたべたと触るつもりはないけど。

 

 肩に掛けた荷物を机に置いて、備え付けのイスに座る。机の上には私の名前が書かれた段ボールが三つほど重ねて置かれていた。見覚えのあるそれは、私が数日前に実家から送った必要なものと、持っていくには重すぎる物を入れていたもの。中には教科書や参考書、技術関連の有名な著書に、機材、そしてお気に入りの漫画本やDVDが詰まっている。まだまだ持ってきたいものはあったけれど、整理に困るし、ルームメイトにも迷惑をかけると困るからって思って置いてきた。休みで帰る日に少しずつ持ってくるとしよう。

 

 荷解きをしようと思って手をかけると、学園全体にチャイムが鳴り始めた。

 

 日本ではよくある、夕方のチャイム。小学生や中学生が、家に帰る時間ということで知られるそれは学園でも流れる。学園の場合は寮に帰れという意味じゃなくて、夕食の為に食堂が開放された事を知らせるものらしい。仕込みが終わってから流れるため、日によって多少のズレがあるそうだけど、今日は入学式ということもあって早い。

 

 そう言えばお腹が空いたな……。

 

「いこ」

 

 段ボールに掛けた手を話して席を立つ。後ろを向けばベッドに寝転がる彼の姿が目に入った。

 

 ………。

 

「……ねぇ」

「………くぅ」

 

 放っておいて行くのは簡単だけど、私が何のために彼と同室になったのかを思い出すとそれは許されない。食事に行くぐらいは許されるかもしれないけれど、初日からサボったなんて言われたくないし、悪い印象を持たれてギスギスした生活を送るのも嫌だ。せめて悪い印象を持たれない程度には、これからの為にも仲良くしていきたい。

 

「起きて……」

「ううん………」

 

 彼という脆い人を壊さないように、優しく肩をゆする。口からもれた声は見た目にピッタリの少し高めで、さらりと垂れる髪や、寝がえりをうって少し覗ける首の根や鎖骨の白い肌は官能的だ。女の私でもそう思う。

 

「起きて……な、名無水君」

「ん、んぅ………くあぁ………」

 

 もう少しだけ強く揺さぶると、少しあくびをしながら目をこすり始めた。起きてくれたみたいだ。

 

「あ……」

「………誰?」

 

 むくりと起き上がって、目をこするのを止めた彼と目が合う。

 

 さらりと手入れの行き届いた黒髪は肩まであり、目が少し隠れている。髪飾りをつけているのに、前髪を纏めないのはわざとかもしれない。簪が綺麗に夕日で輝いており、雪が赤く輝いているように見えて、肌とのコントラストから幻想的にも見える。

 

 その夕日よりも、どんな火や宝石よりも赤く輝く、紅い目が、黒と白の間から覗いていた。

 

 私とお姉ちゃんと同じ、紅い目。

 

「ルームメイト、だけど……」

「そっか。名無水銀って言います。よろしくお願いします」

「えっと……更識簪、です」

 

 これが、私と彼の出会いだった。

 


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