僕の心が染まる時   作:トマトしるこ

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後日談のような中身。
だからアフター。


アフター ■■

ふと、微睡みから浮上する感覚に包まれる。

 

夢を見てるときは殆ど夢だなぁって自覚があるのに、この時ばかりはどっちか判断がつかなくなるよね。だから寝ぼけて適当な相槌をうったり、普段ならしないポカやらかしたり、あと五分…なんて台詞が出てくるわけで。

 

期待してるところ悪いけど、ラッキースケベなイベントとかないからね? この間織斑君が篠ノ之さんの胸元に手を突っ込んだりしてたけど、そういうのないから。え、メタイ? そりゃなんと言っても死んでるし。

 

あえて言うなら、そうだなぁ…。

 

「おはよ」

「…ん、おはよ」

 

将来の妻が必ずと言って良いほど先に起きてて、毎朝僕のほっぺをつつきながら微笑んでくれることくらい、かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕こと名無水銀は不本意ながら死亡した。

 

「ん……」

 

目が覚めるとそこは、写真で何度も見たことのある場所で、肉眼では束さんが実家に連れて行ってくれた時に一度だけ見たことのある光景が広がっていた。

 

焼け落ちたであろうマイホーム近くの公園。近所の子供たちのたまり場で、弟や妹もよく友達とここで遊んでいたそうだ。最近は何かと規制されがちだけど、ここは毎日賑わっていたらしい。そういや、束さんと来た時も小学生ぐらいの子供たちが砂場で山を作ったり鬼ごっこしてたっけ。

 

「あれ、僕……たしか…」

 

春のような暖かい日差しに照らされて、草の上で寝転がってぼやけた頭を働かせる。

 

はっきりと死ぬ瞬間の記憶が残っていた。何度も感じていた血が無くなって体が冷たくなっていく感触に、僕を見下ろしていたエム達。

 

そして、ISを奪って何故か装着していたジジイ委員長。最後に右腕を持っていかれたのは機体の武器を何か使ったからだと推測してる。

 

「あんのクソジジイ」

 

頭が冴えてきたところでジジイへの怒りが天元突破。

 

これから、これからだったんだ。

 

本当にもうどうしようもないことをやってしまって、みんなを傷つけてしまって、心配だってかけて……人を殺して。それでも簪は僕に寄り添ってくれて、なんだかんだと織斑君達も許してくれていた。あまり明るい未来は見えなかったけど、やり直そうって思っていた矢先だった。

 

しかも僕の■■を奪うどころか使いこなすだなんて、何者なんだよマジで。

 

「はぁ」

 

いや、ま、もう考えたところでどうしようもない。呪い殺せるなら二十四時間背後にべったりくっついて即死の呪文を唱え続けてやるんだけど、できるはずもなし。もうちょっと建設的なことを考えようよ、銀。

 

よし、そうと決まれば。

 

「ん、あれ?」

 

大の字になっていた身体を畳んで上体を起こす。

 

重い?

 

「おお? 義手と義足じゃないぞ」

 

僕の左腕は学園が無人機に襲撃された時、両足は臨海学校での一幕で失っている。無くなった場所にはハンドメイドの義手と専門家真っ青の義足が接続されていたはずなのに、生身よりもパワフルでハイテクなそれらはもとに戻っていた。つまり、そこには生の手足が。

 

握って開いても問題無い、曲げ伸ばしも自由自在、関節が許す限り、思う通りに動かせる。

 

虚弱な僕のことを思って少しでも軽くなるように素材を厳選してくれた二人のお陰で、義手義足は肉と骨よりも軽くて丈夫というちょっとありがたい仕様だった。ただ、あんまりにも軽すぎて生身の部分とバランスがとりにくくて慣らしに苦労したのはいい思い出である。流石の束さんも苦笑ものだった。というわけでちょっとありがたい、である。

 

そんな経緯もあって、久しぶりの重量感に少しばかりほっとした。同時に寂しい気持ちが胸を占める。

 

血の通った手足はもう僕には無い。辛うじて? 残っていた右腕も死ぬ間際に奪われてしまった。無い筈のものが戻ってきている非現実的な僕の身体が、何よりも僕の死を裏付けているのだから。気の迷いや妄想ではない事実だと、教えてくれる。

 

「やめやめ。建設的なことを考えるんだろ、僕」

 

しょげたところでどうしようもない。先も考えた通りじゃないか。

 

「とは言え、何をすればいいものやら……」

 

土を払って立ち上がるも、最初の壁は結構分厚かった。

 

一度だけ立ち寄った場所がどれだけ縁のある土地であっても、僕からすれば見知らぬ土地だ。どこに何があるのかなんてわからないし、そもそも死後の世界が現実とそっくりにできているとも限らない。見慣れた公園? 地球上にごまんとあるだろうさ。

 

知らない場所と言っても覚えは良いほうだ。僕の家があった場所までの道ならぼんやりと覚えている。充ても無いし、寄ってみるのもいいだろう。

 

死んだら生まれ変わるなんて話もあるけど、今の僕は生前の身体と記憶を持ったままでいる。死んだらそういう風になるのか、それとも神様とやらが何かをさせたいのかは知らないけど、折角だし好きにさせてもらおう。

 

公園のバリカーの間をすり抜けて家までの道を歩き出した。

 

一歩外に出ればそこが住宅街だったことがよく分かる。

 

手入れの行き届いた街路樹が奥までずらりと整列して、落ち着いた色のマイホームがそれに沿う。

 

排気ガスを撒きながらコンパクトカーが徐行して、僕とすれ違うように犬の散歩をしていたおじいさんが公園へ入っていく。

 

ランドセルを背負った私服小学生集団が友達の家の前でサヨナラを言いながら解散しているし、その反対からは女子中学生が今日はどこ行こうかと盛り上がっている。

 

どこにでもあるような普通の……いや、ちょっと裕福な暮らしを謳歌している、ニュータウンの風景だ。

 

いつかの様に想像してみる。すれ違う人達一人一人の傍に幼い自分を投影して、こんな暮らしもあったのかなーと。近所のおじいさんと仲良くなって昔話を聞かされてちょっとうんざりしたり、同じクラスの友達と一緒に帰ったり、姉さんの友達に揶揄われて。

 

「……やめた」

 

かぶりをふって脚の回転を早める。

 

結局同じことだ、考えたところで意味がない。それはそれで楽しいことかもしれないけど、今まで育ててくれた人たちへの後ろめたさが強すぎていい気分に浸るなんて、とても。

 

それに、きっとそこにいる僕は僕じゃない誰かだ。名無水銀は濡れた障子並みに病弱な少年じゃないといけない、それがいいんだ。

 

とぼとぼとした歩みから腕を大振りにして元気よく行こう。死んだからなんだってんだ、死んでも今の僕は生きている。だったらまだ生きてる。命があるなら足掻く。それが、それこそが……いつだってそうだったんだ。

 

そうやって歩くこと十分。元気になった僕の前には、焼いて消えた筈の我が家があった。

 

帰ってきた…ってことになるのかな? い、いいよね? だって表札には“名無水”ってかかってるし? 

 

生唾を飲み込んで門扉のカギを外す。敷地に足を踏み入れて、玄関までの数段を上って、インターホンをぐっと人差し指で押した。今時珍しいカメラがついてないタイプだ、覗き穴が一応ついてるけど、家主と家族は使ってないんだろうなと苦笑する。

 

「はー、い……」

「や、やぁ。どうも……」

 

ドアの向こうから上半身を乗り出した女性は、僕とそっくりな紅い目を見開いた。

 

ちょっと癖の入った栗色の髪を肩まで垂らした、黄金比を体現したようなモデルも裸足で逃げだす医者の卵。

 

「……銀?」

「…うん、ただいま。楓姉さん」

 

信じられないといった表情と震えた声で、名無水楓は僕の名前を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ただいま死後二ヶ月といったところです。久しぶりにこちらに来た時を思い出しました。

 

あの後少し時間をおいて…生活や元の身体に慣れた一週間後に簪は自殺してこちらにやってきた。それからは両親と姉さんに紹介して、「うちの息子はやらん!」とか一悶着があって……はい、嘘ですすみません。簪は大歓迎で即入居しましたとも。姉さんはほんの少しだけ不服そうだったけど。

 

部屋に余裕はないので簪とは同室。学園でも稀に同じベッドで眠ることもあったし、今更ということでベッドは一つだ。今更っていうより、尚更?

 

こんな死後の世界で何があるのか、どうなるのか、時間の概念とかその他もろもろさっぱり分からない。でも僕は、僕らはお互い溜め込んでいた想いを伝え合った。ずっと一緒に居ようと。もしこの世界で何かあったとして、その時まで。今度こそ終わりまで添い遂げると。やることもやりましたとも、ええ。

 

それからはすごくすっきりした気分で過ごせている。快調な身体もあって、我慢する必要がないからだ。食べ物を気にする必要もないし、両親の手伝いもできて、弟妹の無茶ぶりにも応えられる。姉さんの着せ替えに付き合うのだって……うーん、これは流石に疲れたっけな。

 

「おはよう」

「おはようございます」

「ん、おはよう銀、簪」

 

揃って階段を下ると、リビングでは姉さんがコーヒーを片手に雑誌を読んでいた。

 

「今日は大学休みなんだ」

「んー、そうね。午後から用事があるからちょっと出るけど、それまではゆっくりしてる」

「父さん達は?」

「どっちも仕事。カナとリクも友達と遊びに行くって、ついさっき」

「早いなぁ」

「そうねぇ」

 

両親は同じ職場で勤務しているらしい。詳しくは聞いたことなかったけど、大手の商社に勤めているとか。生前に裏の人間と聞いてびっくりしたけど、ここには亡国機業も無いし足を洗って堅気に生きるって真面目に答えてくれたのは記憶に新しい。

 

カナとリクは妹と弟のこと。名無水華菜芽と名無水陸也。どちらも元気いっぱいで友達がたくさんいるらしい。朝から誘いに行くor誘われるばかりなのでクラスでは上手くやっているみたい。お兄ちゃんもそんな君らにあやかりたかったな。

 

「二人はどうするの?」

「ご飯を食べたら外に行くよ」

「また“下”を見に行くの? 好きねぇ」

「いやいや、今日はまた別。簪が買いたいものがあるんだって」

「そうなの?」

「はい。楓さんに頼まれていたものを作るのに、ちょっとパーツが足りなくって」

「ああ、PDAね」

 

姉さんがよく使っているPDAが故障してしまったのが三日前。母さんのお古を譲ってもらって使っていたのがとうとうご臨終なさった、というのが僕と簪の診察結果で修理も難しい状態だった。講義で欠かせない道具なので新品の購入を検討していたところ「簪が世話になっているから」とイチから作ることに。

 

義手の製作や打鉄弐式のソフトウェア開発を横から見ていたからわかるけど、大手企業の技術職人に勝るとも劣らない技量が彼女にはある。市販品よりは良いものを作ってくれるのは間違いないし、簪のハンドメイドが市場に流れたらかなりの良い値段がつく筈だ。

 

普段大人しい簪がやる気を出した様子を見て何を思ったのか、にやにやと笑いながら姉さんは製作を依頼した。

 

「言ってくれたら私が買いに行ったのに……っていっても、パーツの違いなんてわかんないか、ごめんなさいね。お金はちょっと多めにあげるから、デートでもしてきなさいな」

「お、お代なんていいです。頂いてばかりだからそのお返しに作るのに、もらっちゃったら意味が無くなります」

「まーまーそう言わないで。いいからとっときなさい」

「でも…」

「うぅん、そうねぇ…。だったら、お使いを頼まれてくれない?」

「その話を私の前でするのはどうかと思いますけど…」

 

姉さんの強引なやり口に僕も苦笑する。何とかしてお金を持たせようとするのはわかるけどさ。でも意外と効果覿面で、断りづらくなるから面白いよね。

 

「銀の新しい服を縫うのに布と糸が足りなくなっちゃって…」

「分かりました喜んでお使いを承ります」

「うふ、ありがと」

「ちょっと!?」

 

ひじょーに聞き逃せない部分があったんですけど華麗にスルーしないで! まだやるの!? すっごく疲れるし恥ずかしいし簪が暴走して大変な事になるからもうやめてって言ったじゃんか!

 

という僕の抗議を無視して立ち上がった姉さんと簪が熱い握手を交わしていた。手にはメモ紙と諭吉が三人。困った表情は仮面を外したように捨て去って、簪さんはとってもご機嫌です。

 

ちらりとこっちを見た姉さんがゲスな笑みを浮かべていたのがまた悔しい。

 

「お店はいつもの場所でいいですか?」

「うん。店員にこれを渡せば用意してもらえるから」

「はい、わかりまし……?」

 

握ったメモ紙とお金を収めようとした簪。しかし姉さんは全くその手を離す気配がない。にこにこと笑ったままだ。

 

そんな様子に簪は困惑するも、姉さんの意図を察した途端にあわあわと慌て始め、頬と耳が少しずつ赤く染まっていく。言わないと放さないゾ、と姉さんの顔に書いてあるのがよく見える。観念した簪は照れながらぼそぼそと口を開いた。

 

「お義姉ちゃ、ん……」

「え、聞こえなぁーい」

「う、うぅー……い、行ってきます。楓お義姉ちゃん…」

「ん。いってらっしゃい、簪」

 

手を放してにこりとほほ笑んだ姉さんは、簪を大事に想う楯無さんとそっくりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきのやり取りはそう珍しくない。というか僕らが同じ部屋で眠っているのを快く認めている時点でもはや公認だ。だから姉さんは簪に自分のことを姉と呼ばせるようにしているし、父さんと母さんも喜んでお義父さんお義母さんと呼ばせてる。僕は簪に指輪を渡したりプロポーズした覚えはないけど、家族の中では既に嫁として迎えられているという不思議な状況が出来上がっていた。

 

まだ顔をカッカさせている簪の手を引いて家を出た僕らは町までバスで移動している。利用者の少ない時間帯を選んで甲斐あって貸し切り状態だ。マイカーを持ってる人がほとんどだから利用者そのものが少ないってのもあるけど。お陰で運転手からは喜ばれた。

 

目的はささっと済ませた。欲しいパーツを予め電話で伝えていたおかげでスムーズに買えたし、姉さんのお使いも店員が慣れたものでこれもすぐに終わった。

 

「えへへ、楽しみにしてますね!」

 

と言ったのはお使い先の店員。姉さんと懇意にしているこの人は驚くことに僕の着せ替えを楽しみに待っていると言う。姉さんが買い物に来た時に何を作っているのかと聞かれて、僕が女装させられた写真を見せて意気投合したとかなんとかかんとか。それ以降、新作という名の僕の女装を心待ちにしているそうな。どうかお願いだからそんなところに働き甲斐を見出さないでほしい。

 

多少のどす黒い感情を抱えたまま、いい時間になったので昼食をとることにした。場所は既に予約してある。

 

町からまた少し離れた場所にあるそこは、要人御用達の高級な料亭だ。死後でも通用した更識の名前を使って貸し切った簪の案内で中に通される。本人は何度か利用したことがあるらしく、従業員も見知った様子で、迷うことなくすいすいと進む彼女について行った。

 

庭園が良く映える一室に腰を下ろす。ソファも真っ青な座布団が癖になりそうだ。

 

「更識ってやっぱりすごいんだね」

「そう、かな……?」

 

聞いた僕が馬鹿だった。彼女は日本でも上位に位置する名家の娘で、お家柄ちょっとは訓練を積まされているが女子校育ちの箱入りお嬢様。簪にとってこういう食事や部屋は日常でしかない。

 

……改めて、とんでもない女性を貰おうとしてるね、僕。

 

運ばれてきた食事に舌鼓を打ち、景色と簪を堪能する僕に、彼女はとうとう切り出した。

 

「で、聞いてもいい?」

「うん。■■のことだね」

 

これが今日の本題だ。ずっと簪の中にあった疑問を解消するために、わざわざこうやって場所を選んで足を運んだと言っていい。

 

■■。僕が束さんから預かったISの卵が孵化した存在。専用機…になるのかな? まぁ分類はどうでもいい。特筆すべきはその異常性だ。

 

外見はぼろを纏った故障寸前のガタが来ている状態で、扱う武器も全て破損したものばかりで基本性能は当然低い。パワーアシストやセンサー系統はまだ働いていたように思うが、足回りは壊滅的だった。浮くだけで精一杯、緊急回避でスラスターを使えない損傷具合で、来ると分かっていても避けられなかった攻撃が幾つかある。僕自身の体調ももちろん要因の一つではあったけど。

 

ただし、あの一瞬で見せた武器性能は時代にそぐわないものばかり。みんなが苦戦したのは一重に自分が装備している武装よりも高性能で、それを幾つも使われたこと。第三世代兵装は脳波コントロールを要求するものが多く、ビットであったり、AICであったり、衝撃砲であったり、一つを使うだけで脳のキャパシティを使い切ってしまう。それを平然と併用した様子がまたプレッシャーになったことだろう。実際はもう少し種類があったのだけど、僕にはあれが限界だった。

 

現時点で最先端の技術の更に先を行く技術を持った謎のIS、と言ったところか。

 

「どう話せばいいのかな……」

「うーん、じゃあ、所持するに至った経緯から」

「経緯か。まず、僕は病室から外出できないくらい病弱だったんだけど、それを解消してくれたのが■■なんだよ。生体再生機構が僕の身体を人並みに丈夫に保ってくれていた」

「それは聞いてるよ。篠ノ之博士の研究を手助けも含まれていたって、前に言ってた」

「うん。その時はまだデータが足りない状態で、孵化する前の卵の様な状態でね」

「……そのデータが集まったから、卵が孵化して……その、ISになった?」

「そう言う事。■■って言うと、簪には伝わらないみたいだね」

「ごめん、その部分だけ何を言ってるのかぜんぜん聞き取れないの。外国語とかじゃなくて、言葉じゃないみたいに」

「だったらこれからは“亡霊”と呼ぼうか。これが言い得て妙でね、本当に亡霊なんだよ、あの機体は」

 

ふと思い返す。

 

データ…着用していた僕の感情を餌として世界を学習し、収集完了したその時に孵化した亡霊。残念ながら、僕が卵に与えた餌は良いものではなかった。簪に対する好意や、束さんやくーちゃんに対する親愛、織斑君に対する友情を含むものの、大半は僕を執拗にいじめてきた先輩だったり、ほんの行き違いから生まれた束さんとの音信不通と浴びせられた簪の罵倒。それらを反面教師にするような知能も無かった卵は素直にそれらを吸収して……負の存在として生を受ける。

 

今振り返っても機体の性能も、在り方も、マイナスなISだった。

 

「どういう事?」

「……物はいつか壊れる時が来るよね?」

「え、そ、そうね。大切に扱っても部品を変えたりしても、最終的には捨てなくちゃいけなくなる、よね?」

 

一見して何の関係もなさそうな僕の問いかけにも、簪は真面目に考えて返答してくれる。

 

「それってさ、ISも同じだと思わない? それが開発終了に伴う解体なのか、戦闘によって破損して修復不可能になったのか、それは分からないけれど」

「……うん。どれくらい先の話になるんだろう」

「そうでもないと思うよ? 現に第一世代機は全て解体されて存在しないわけだしさ」

「ああ、そう言われるとそうかも。となると、第二世代や第三世代もいつかは引退する日が来る」

「引退か。良いね、その言い方。そう、兎も角いつかは引退する可能性だってある。破壊されるとはまた違うけど、これも似たようなものだと僕は思うんだ。でもね、第三世代は長生きするんじゃないかなって気がする」

「それは分かるよ。第二世代とは違って革新的な技術を搭載しているし、織斑君や銀みたいに男性操縦者が現れたから。彼はずっと白式に乗り続けるだろうし、他の皆も長い間乗り続けるんじゃない?」

「おっ? どういう具合に?」

「ううん……まだ無駄やムラが多いから、それをまずは洗練していって、燃費効率もあげなくちゃだし、ブルーティアーズみたいに適性が必要なシステムなら敷居を下げなくちゃ使える人も増えないし……稼働を簡易にしたり、時間を延ばしたり、とか?」

「流石、簪だね。それが答えさ」

「え? …………あ、あぁ…! でも、そんな!?」

 

驚愕に目を見開いてあり得ないと振りかぶる簪を宥める。理屈をすとんと理解した僕と違って、技術畑の簪にとっては理解できる範疇を超えている。いや、そうじゃなくても普通に考えてもまっとうにオカシイのだ。順序が。

 

簪が挙げた通り、第三世代はまだ課題が山積みで研究の伸びしろがたんまりと残っている。第四世代なんてものを束さんが提唱してるけど、世界としては第三世代をまだ捨てきれないし、次のステップに上がる為にはまだデータが足りていない。

 

では仮にそれらの欠点を克服すればどうなるのだろうか?

 

無駄をなくし、燃費が上がって、適性は要らず、簡単に動かすことが出来て、長時間稼働できる。まるで夢の様だ。きっと白式も、ブルーティアーズも甲龍もシュヴァルツェア・レーゲンもミステリアスレイディも、その域にまで到達するのだろう。その上で、何らかの形で幕を下ろす。

 

云わば“死”だ。稼働停止や解体、引退はISにとって人が死ぬことと同義と言える。

 

 

 

だったら、それを理解し寄り添うことが出来るのは、同じように濃厚な“死”を体感したことのあるISだけ。

 

 

 

あの時の自分の感情は今でも説明できない。暗くて底なしで、ずぶずぶでどろどろでぐちゃぐちゃだった。あんなものを人間が抱けるのかと、客観的に笑ってしまうくらいに埒外だった。でも、気を失ってまた目を覚ました時、僕は自分でも怖いくらいすっきりとした気持ちで現実を受け入れていた気がする。よく分からないボロのISも卵が孵化したのだとすとんと納得していたし、人を殺した時も何も感じなくなっていた。姉さんを喰い尽くした時だって、それが幸せだと心の底から思っていた。

 

まるで一度死んで生まれ変わった(・・・・・・・・・・・・)ようだった。僕だけど、僕じゃない、みたいな。

 

どうやらISに臨死体験をさせるには、十分過ぎたようです。

 

一度死んで、それでもなお現世に留まる。ご丁寧に、それらの死ぬ姿を引っ提げて。

 

僕はみんなから、亡霊や死神の様に見られていたんじゃないかって思うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした。次は……しばらくいいかも」

「気に入らなかった?」

「いやいや、そんなことないよ。でも僕には敷居が高すぎるかな」

「じゃあいろいろと回って慣れてもらわなくちゃ」

「あはは…」

 

昼食を終えてぶらぶらと町を歩くことにした。荷物は料亭に来る前にロッカーに預けているので気にしなくていい。忘れないようにだけ気を付けてさえいれば…。

 

ごはんは本当に美味しかった。病院食が僕の基準になってるんだけど、それに比べたら学園の食堂は月とスッポンぐらい差があったのに、それを飛び越える美味しさがあるとは思わなかったな…。またと言わずに何度でも来たいけど、メニューに価格が載ってないところとか、そもそもメニューが存在しないディナーとか、流石にご遠慮したい。庶民には縁のない場所ですって、ほんと。

 

でもまた連れていかれるんだろうなぁ……。

 

「とりあえず、聞きたいことは聞けた?」

「うん、まぁ、納得は出来てないけど……」

「だろうねぇ」

 

ちゃんと詳しく説明したところでやっと簪は大人しくなってくれた。

 

“亡霊”は死という概念とイメージを持って生まれている。また、コアネットワークという部分で根源的にすべてのISは繋がっている。つまり、現存する機体の行きつく先を演算から導き出してその最後を再現したのでは? というのが僕の仮説であると話した。よく分かってもらえないとは思うよ、何せ僕もちんぷんかんぷんだし。でもこうとしか考えられなかったし、簪もその結論に至ったので、そこまでズレた見解ではない筈だ。

 

あの場で皆の機体に使用された武器を使ったのは、その方が心理的にダメージを与えられると思ったからだし、使われているシーンを見たことがあるので知りもしないものより扱いやすかったという理由がある。

 

実のところ、かなり危険なISだ。

 

「あ、ねえ、聞いてもいい?」

「んー?」

「最後に委員会の理事長が“亡霊”を強奪して使ったんでしょう? 将来的には、男性が使えるようになるようになっていたってことなのかな? それとも、そういうオプションパーツが開発された、とか?」

「あぁ…」

 

死に際を思い出してちょっと鬱になるけれど、簪の手前おくびにも出さない。

 

「それは、違うよ」

「……ってことは」

「うん。委員長がなぜISを使えたのかは分からない。少なくとも、“亡霊”が予測した未来において男性が女性同様にISに乗れていた、ってことは無いみたい」

 

これに関しては僕も自信が無い。現時点では僕と織斑君二人だけが乗れるけど、今後少しずつ増えてくる可能性はある。勿論そうでない可能性もある。僕ら男性操縦者が単なるイレギュラーなのか、それとも今後男性操縦者が増えてくる前兆なのか、こればっかりはその時にならないと分からない。“亡霊”はイレギュラーとして処理した未来を予測した、と僕は考えているけど。

 

「あのジジイが乗れるようにした、誰かが居る。束さんと張り合えるだけの力を持った誰か。そいつにとって僕は邪魔だったんじゃないかな」

「……ほんと腹立たしい」

「そうだね。だから階段から落ちて全身複雑骨折してしまえって呪っておいたよ」

「ええ? それじゃ足りない。人間もみじおろしにして生皮を剥いで作ったソーセージを食べさせるぐらいはしないと」

「ひぃ………」

 

彼女だけは怒らせないようにしよう。みんなも気をつけような?




銀のISについては、今回打ち明けた通り。

コアネットワークを介して全てのISの死を予測し、再現している。他から学習して生まれたから自己が希薄で、他に依存し、身近なものが他ISの死にざまだから、常にボロボロの状態しか維持できない。

第三世代型が退役する頃には今直面している問題も解決されて、軽量化簡素化されてるなら一機に複数の第三世代兵装が積まれていてもおかしくないから、戦闘時も色んなものを並列して使いこなしていた。

武器も含めて性能は劣悪。破壊寸前の状態の再現なので損傷具合も半端ない。それでも基本性能は現行機よりも高いし、武器も強力。ただ、あれだけの大立ち回りを演じたのは何よりも銀のセンスによる所が大きい。

てー感じです。ちょっと無茶ぶりな設定でですかね? 私は大好物ですけど

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