僕の心が染まる時   作:トマトしるこ

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すごくお待たせしてます。
急転直下、普段の倍近い長さになりましたが、お楽しみください


023 9日目↓

姉さんの声が聞こえる。

 

『私殺されたの。家族みぃんな、××とかいう連中に』

「土砂で亡くなったって……」

『そうよ、私達を狙って土砂崩れを起こしたの』

「そ、そんな、どうして!?」

『ねぇ銀。私憎いわ。殺してやりたくて仕方ないの。私の代わりに、そいつら殺してくれないかしら?』

「……うん。やるよ。姉さんが言うなら」

『ありがとう。そいつらはねーー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「目標は太平洋のど真ん中に出現。北上した後、軍事施設を破壊しながら南西に進路をとっている模様。予定進路は……こうだ」

 

織斑先生が旅館に持ち込んだミーティング用のデスクを操作して、各々の専用機と前方のディスプレイに情報が送信された。真っ直ぐではないものの、おおよそ西寄りに南下しているという感じか。施設を狙っていると言うよりは、目的地に行く途中にあるから寄り道したという方が正しい様子だ。

 

「奴の最高速度にはどの機体でも追いつけない以上、とれる作戦は限られている。全戦力を投入でき、尚且つ確実性の高いこの作戦で迎え撃つ」

「これって……」

「待ち伏せ?」

「そうだ。予測進路上に点在する無人島に待機し、多方面からの一斉飽和攻撃を行う。幸いな事に、今回各国から送られてきたパッケージは砲戦型、高機動型と今作戦に適している。各国からの許可は既に得ている事を確認しろ」

「あぁ、そう言えばメールが来ていたような……」

 

私も来てたっけ……。やたら長ったらしくて適当に流してたけど、あれってそういう内容だったのかな。

 

「作戦はーー」

「ちょい待った!」

 

天井の板をぶち抜いて現れたのはウサ耳。そして明るい桃色の美髪。

 

「……」

「や、やだなぁ、そんな目で見なくてもいいじゃん」

「取り敢えず、修理代は払え」

「勿論さ!」

 

軋む床に音も立てず着地した篠ノ之博士は両手を腰に当てて鼻を鳴らした。

 

「ズバリ! 紅椿と白式によるヒットアンドアウェイだよ!」

 

何を行ってるんだろう、と思う反面、成る程と納得する。

 

普通に考えるなら、遠距離型の砲撃や狙撃で足止めしつつ、中距離の射撃で削りつつ、近距離にて有効打を与えていくのがセオリーだ。軍用機であろうがこれだけの専用機があれば負けはない。

幸いにもそれぞれの距離においてスペシャリストがいることも大きいだろう。砲撃パッケージと高速狙撃パッケージのドイツとイギリス、オールラウンダーで定評のあるフランスは防御を尖らせた防衛型パッケージに、燃費を抑えた継戦力に長けた中国と私の打鉄弍式。そして一撃必殺の零落白夜を持つ白式。なにより海上ではお姉ちゃん無双が始まる。

 

ただし、付いて回る問題も多い。十字砲火、波状攻撃を仕掛けるには完全な、それを意識して訓練しなければならないほどの連携が求められる点だ。一人がしくじれば全員が死ぬかもしれない。そんな重圧に耐えながら戦えるほど、私達は……というか私と彼らはお互いを知らなさすぎる。

政治的な背景もあるだろう。誰だって自国の最高機密を見せびらかしたくはない。それが他国の尻拭いとなれば尚更。委員会の打診が無ければこんなドリームチームは結成されなかった筈だ。

 

対して二人なら被害も最小限に抑えられるし、どちらも国家に属せず篠ノ之博士のお手製IS。何処だってデータは喉から手が出るほど欲しがっている。零落白夜があれば火力も十分。まぁ乗り手は二人とも心許ないが、そのあたりは性能でカバーできるという心算かな。

 

「却下」

「なんでさー」

 

まぁ、そうなるよね。

 

「そんな危ないことを……ん、いや……。よし、作戦を説明する」

 

という私の期待を裏切って先生が納得した様子を見せた。しかも自己完結。らしくはあるけど、篠ノ之博士が口にする事を受け入れるのはなんだか珍しそう。ぽかんとしている弟が証拠か。

 

「第一段階、紅椿と白式のタッグによる強襲。第二段階、他全機による包囲網縮小と集中砲火で鹵獲する。詳細はこうだ」

 

データリンクで周辺海域が投影される。参加する全機体と銀の福音を表すコマも合わせて表示された。

 

「白式は紅椿とトップアタックを仕掛けろ。銀の福音の主兵装である銀の鐘直上に向けた砲門が無いことが分かっている、攻めるならココだろうな。側面から射出された追尾弾丸が膨らむ形で迎撃してくる可能性が高い、気を付けろよ。特に篠ノ之、お前がキモだという事を自覚しろ」

「お、おう」

「はい!」

 

戸惑う織斑一夏とガチガチに固まった篠ノ之箒は誰から見ても緊張している様子で、頼りなかった。

 

「他全機はトップアタックの着弾地点を中心に二重の円を描く形で包囲網を形成する。凰と更識姉妹は、織斑と篠ノ之の離脱を援護した後、銀の福音に攻撃を仕掛ける。残る三機は遠距離からの支援砲撃に徹しろ。状況次第では高速パッケージのオルコットには敵を引きつけてもらう」

「は、はい!」

「いいか、安全が最優先だ。委員会からの要請とはいえ、本来ならば学生が対処する問題ではない。が、放っておけばどれだけの被害が出るかもわからん。気を引き締めていけ」

 

この後、作戦準備に各々が取り掛かることに。お姉ちゃんは生徒会長&国家代表って事で、残って先生と話をするらしい。私達は山田先生と一緒に砂浜へ先に行く事にした。

 

「作戦の大詰めや細部は更識さんと織斑先生にお任せしておきましょう」

 

と、半ば強制的だったけど。

 

「一先ず学園からはみなさんにユニバーサルモデル(世界共通規格)の外付けブースターを支給しますので、行きについて心配の必要はありません。織斑君はブースターが例によって取り付けられないので、篠ノ之さんに乗せてもらってください」

「の、乗るんですか?」

「はい。それはもう、サーフィンのように。あー、疑ってますね? 乗り方があるんですよ、ちゃんと」

「第一回モンドグロッソのタッグマッチ部門優勝ペアですわね」

「ああ。"サマリー"だな、興味のない私でも知っているぞ」

「いやぁ、千冬姉には見るなって言われてたからさ。こっそり見るのも限界あったんだよ。だからタッグマッチは見てない」

「アンタ千冬さんの試合は網羅してるけど、それ以外はからっきしだもんね」

「そうそう」

 

先を行く賑やかな集団から数歩離れてついて行く。彼の事はイマイチ苦手だし、あんなにワイワイと盛り上がる会話なんて出来ないし、そもそも警戒されていて近づけない。チラチラとこちらの様子を伺われている。

 

…なんかしたっけ。

 

「どうかしたの?」

 

さらに一歩引いた私に声をかけてきたのはフランスの代表候補生。隣には一悶着あったと噂のドイツ代表候補生。聞けば同室らしいので、仲がいいのかもしれない。

 

「…よくわからないけど、睨まれてるだけ」

「睨まれ? ……あぁ、そういうことね。更識さんの事が嫌いとかじゃないから、安心してもいいと思うよ」

「どうして?」

「一夏ってば、勝手に女の子と仲良くなるからさ。ライバル増やしたくないから警戒してるんじゃないかな。ね?」

「ああ。何せ私達がその口だ」

「堂々という事じゃないと思うよ、ラウラ」

 

フランス代表候補生のデュノアさんの推測に、ドイツ代表候補生のボーデヴィッヒさんが同意する。いいコンビ感がすごくあるなぁと思った。

 

「更識簪」

「な、なに」

「実は私達は編入当初からお前と話してみたいと思っていた」

「え?」

 

私には全く思い当たる節がありません。

 

方や、IS素人でも耳にする大企業の社長令嬢。

方や、軍属なら知らないものはいないドイツの特殊部隊の隊長。

 

ちょっと特殊な家に生まれただけの私に何の用があるというのか。

 

「メカニックでありながら代表候補生の座を手に入れた人間はそう多くない。だが、それらは全くの無関係でない事は、模擬戦やトレーニングを見れば明らかだ」

「え、えっと…」

「機体構造やシステムに精通しているからこその射撃がそれを物語っている、という事だ。機体構造を瞬時に把握。そして弱点を的確に狙う射撃精度。機動制御と近接戦闘の技量も悪くないときた。軍にお前の様な人間がいれば速攻スカウトに行く」

「あ、ありがとう?」

「僕も、良ければ色々と話が出来ればなぁーって前々から思ってたんだ。一夏の事避けてるのは分かってたから、一緒にいる僕らも避けられてるかもって思ってて、どうしようかなーって。中々接点が作れなくて困ってたんだけど、今日は一緒に作戦に参加するからコミュニケーションも兼ねて」

 

銀髪少女は腕を組みながらうんうんと頷きながら、金髪少女は朗らかに頬笑みながら、そう話してくれた。まさかこんな有名人達に興味を持たれているなんて思ってもいなかった。どうやら私のことを良い意味で評価してくれているみたいだし。

 

言われた通り、避けていただけに少しの申し訳なさを覚える。何があるか分からないものだ。

 

「む。何だ、一夏のことが嫌いなのか?」

「えっと…専用機がらみで、少し。誰も悪くないんだけど」

「ん? ああ、そういうことか」

 

誰かに話していない筈なんだけど。なんだか分かってもらえたみたい。

 

「奴は確かに無遠慮で唐変木でどどどどと鈍感野郎のニブチンだからな。まだISに触れて間もないし、メーカーや業界にも疎い故に、まさか他人の専用機に迷惑をかけている認識など持ってないだろう」

「うんうん」

 

わかるわかる、と言わんばかりにデュノアさんが首を縦に振る。困ったような表情で。

 

「でも、誰かの為に全力になれる人だよ。会ったばかりの僕だったり、険悪だったラウラであっても、全力で、命をかけて助けてくれる。だから僕らにとって、一夏はトクベツなんだ。ヒーローなんだよ」

「……ヒーロー」

 

私は彼のことを良く知らないままだ。ボーデヴィッヒさんとデュノアさんが言うことはわからないけれど、誰かを特別だと思ったり、ヒーローだと思いたくなる気持ちは凄く分かる。

 

銀。愛する、愛すべきヒーロー。私だけの英雄。

 

彼女らにとっては、それが織斑一夏だったってだけの話。

 

「そうなんだ」

「うん。だから話しかけてみても良いんじゃないかな」

「私は名無水とよく話をするから見ていたが、男同士は仲が良いようだ。まだ知らない一面も、一夏なら知っているかもしれないぞ?」

「う……」

 

それは確かにある。おおいにある。どれだけ仲良くなれたり、気持ちがあっても私は女で銀は男だ。私相手だと言いにくいことがあって、(人生初の)同性の友人になら打ち明けられることもあるだろう。私だって銀に言えない秘密や悩みがあるのだし。

 

今まで織斑一夏に対して張っていた心の壁がぐわんぐわん揺らいでいるのがわかる。得られるはずのなかった銀の情報は喉から手が出るほど欲しい。具体的には好みのタイプとか。

 

「動機など俗物的でいいのだから、少し挑戦してみると良い。経験から言わせてもらうが、自分が一方的に張っていたレッテルなど案外脆くてくだらないものだぞ?」

「……ん」

 

織斑先生を崇拝し、織斑一夏を憎んでいた彼女が言うのだから説得力もあるというもの。頷く他ない。

 

「一夏に話しかけると言うのなら協力しよう。その代わりと言っては何だが、兼ねてから聞きたかったことにも答えてもらえないか?」

「それは、別にいいけど……」

「ほ、本当か? では聞くぞ……」

 

威厳溢れる凛とした雰囲気はどこへ行ったのやら。背格好相応の照れを見せながら周囲を確認して、こっそりと、こう彼女は切り出した。

 

「実はだな、私の部下が日本のあにめとやらが大好きでな? 入学前から色々とせびられているのだが、何をいっているのかさっぱりわからんのだ。翻訳してくれ、よく見ていると噂で聞いたぞ」

「え、いいけど・・・」

「恩に着る! 二度と本国の土を踏めなくなるところだった・・・・・・」

「流石にそれは言い過ぎじゃないかな?」

 

困り顔のデュノアさんに、安心したような疲れたような表情のボーデヴィッヒさん。国も言葉も違う別世界のような人達だと思っていたけど、そういうわけじゃなさそうだ。うん。

 

そこからはなんてことない話をした。メカニックなこととか、アニメのこととか、意中の相手のこととか。先頭と距離を開けて歩く間に、私は二人と意気投合した。名前で呼び会うぐらいには仲良くなれたから、友達とよんでもいいんじゃないかなーと思う。いや、そういうことにさせてもらおう。友達少ないし、迷惑扱いされてないみたいだし。

 

変わらず銀のことは心に刺さったままだし、気を抜けば狂いそうになる。どうしようって考えが止まらない。

 

でも。

 

すこしだけ、学園での生活が楽しみに思えてきたのは間違いじゃないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふうっ・・・・・・・・・」

『銀の福音の停止を確認、搭乗者も怪我はありません。作戦成功です!!』

『よくやった。直ぐに旅館へ戻ってこい』

 

セカンドシフトを果たした白式・雪羅の左腕にはぐったりとした銀の福音。打鉄弐式のセンサーは、先生が言うようにエネルギーが底をついて停止していることを教えてくれてる。

 

ちょっとしたアクシデントはあったけれど、全員無事なまま終えることができた。

 

正直なところめちゃくちゃヤバかった。軍用機舐めてた。これだけの専用機が揃っていても、生け捕りが目標だったとはいえここまで苦戦するなんて考えてもなかった。海をうまく利用したお姉ちゃんと、途中でセカンドシフトして全回復した織斑君以外はボロボロと言う表現がピッタリである。装甲は剥げたりヒビが入ったり、所によってはショートしているプラグが見えている機体も。弾薬も殆ど使い尽くしてしまった。

 

丁度エネルギー切れを起こした荷電粒子砲を切り離して、薙刀を担ぎ一息つく。自然と、白式を中心にしてみんなが集まった。私は武装が中~近距離なので前で戦っていたのであって、決して自分から彼に近づいた訳じゃないことだけは言わせてほしい。

 

「ご苦労様。みんな無事で何より。でも織斑君、次あんな無茶したら五回気絶するまで私の新技サンドバックにするから、次からしないように」

「う、うす。スイマセンデシタ。みんなも、ゴメン」

「まっっっっったくだぞ一夏。密漁船を庇うのは何よりだが自分が瀕死の火傷を負ってどうする!?」

「箒さんの言うとおりです!!」

「カッコつけも大概にしないとブッた斬るわよ! どんだけ心配したか・・・!」

「一夏のそういうところは良いけど、もっと自分を大事にしてほしいかな、うん」

「教官と私を悲しませてみろ、二度と同じ真似ができないように調教してやる」

「誠に申し訳ございませんでした」

 

器用に空中で土下座をする姿は草も映えない。普段の操縦スキルはそこそこなくせして、そんな技術をどこで磨いているのやら。

 

「でもほら! なんとかなったし、誰も大きな怪我してないし、迷い混んできた船も無事だし!」

 

・・・・・・流石に私もなにか言った方がいい気がしてきた。

 

「反省してる?」

「し、してます」

「だったら、発言に気を付けるべき。悲しむのは、貴方じゃない・・・・・・」

「うぐ・・・、気を付けます。てか、更識さんって結構毒舌なんだな」

 

気を付けようと思った矢先に目の前でアホなこと言われたら誰だって毒舌にもなる。これは確かにラウラが言ってたとおりのどどどどど鈍感野郎だ。

 

「「「・・・!?」」」

「あちゃぁ・・・」

「失言だな、簪。実害はそう無いだろうが」

 

どうやらお三方には更に勘違いされてしまった。まぁ、もういいや。是非ムダな警戒を続けて疲れて。銀に余計な蟲が這い寄って来るのは私も望むところじゃないし。

 

「ほら、続きは帰ってからよ。私が密漁船と話をつけてくるから、あなたたちは先に帰っていてちょうだい」

「大丈夫なの?」

「元気なのは私と織斑君ぐらいだし、海上だからね」

 

ぱちん、とウインクして見せたお姉ちゃんはふわふわと無人島へ寄せていた船へと近づいていく。それを視界の端に捉えながら、銀の福音を抱えた白式を囲むようにして帰路についた。

 

これで、帰れる。

 

銀に会える!! 

 

警戒をそこそこに、先ずどう謝ろうか、何を話そうかを考える。

 

「貴方、どうしーー」

 

思考を遮ったのは、海を割る爆音とお姉ちゃんの途切れた声だった。

 

反射的に身体が反転する。振り向き様に飛来してきたそれをキャッチした。

 

「お、お姉ちゃん!」

「全速後退! 私が殿に付く!」

 

受け止めた私には視線だけで返し、即座に指示を飛ばす。手から離れたお姉ちゃんは数歩前に進んでガトリングランスを構えた。そこへ黒と橙の機体が方を並べる。

 

「加勢する。コイツは逃げ足よりも叩き潰す方が好みだからな」

「今回は盾役だから、適材適所ってことで」

「頼もしいわね」

 

私はというと、ピッタリと白式の前に機体をつける。手持ちの武器は薙刀だけで他に出来ることがないのだ。私以外も似たような状況なので、全員で白式を守るように配置し、逃げた。

 

だが、敵は私たちの退路を塞ぐようにあらゆる方向から銃弾を雨のように降らす。それでも必死の思いで身体を操り段幕を切り抜けた時だった。

 

「いたっ! ちょ、なにこれ!? なんか壁があるんですけど!」

「こっちもですわ!」

「俺の方もある! アリーナの電磁バリアみたいなのが!」

「くそ・・・何処かに抜け出せる隙間があるはずだ! 探せ!」

 

全員で変わらず飛び交う弾丸を避けつつ視線を巡らせる。センサーを切り替えれば確かにそこに電子の幕があることが分かった。あとはセンサーの受信半径を広げれば・・・・・・。

 

「・・・・・・!?」

 

そんなまさか。という考えが頭をよぎる。アレは莫大な電力が安定的に供給されるから形成できるのだ、あんなものが小型化に成功しているならとっく世界で使われている。

 

こんな。こんな範囲を立体的におおうだなんて、技術的に無理だ。

 

ただ一人を除いて。

 

「・・・だめ、逃げられ、ない! 反対側まで、海のなかも、隙間も穴もない!」

 

海を割った密漁船。そこを中心として半径五キロ圏内は未知の技術によって隔離された。中継機の様なものは現状センサーで拾えていないことから、発生させているのはやはりあそこか。

 

どうやら倒すしかないらしい。

 

「箒、この人頼む。お前ならエネルギー回復できるし、スピードも一番早い。俺たちが何とかしてこのバリアを壊すから、真っ先に旅館に戻って先生たちに伝えてくれ」

 

正しい判断だと私も思う。真っ先に試した通信も全く反応がない今はこうするしかない。誰も反論はなかった。以外にも篠ノ之さんは食い下がらずに素直に銀の福音を受け取る。

 

「いくぞ!」

 

一機を残して全員が反転する。すると射撃はピタリと止んだ。篠ノ之さんだけが狙われていると言うわけでもない。

 

「狙いは俺ってことか」

 

戻ってくるなら構わない、といったことろか。

 

そう言えば。誰が狙ってきているのか。センサーは円の反対側まで情報を拾い続けているが、ISコアの反応は無い。中心にお姉ちゃんたち三人と、恐らく敵であろう解析不可の機体が一つあるだけだ。つまり・・・

 

・・・・・・あった。ビット。夜闇に紛れるように塗装された黒の塊。イギリスのとはまた違った意匠のそれは、美しさよりも実用性を追求した軍用というのがしっくり来る無骨さを感じさせる。はたはたと風に揺らぐボロ布がさらにそれを引き立てた。

 

私と、目がいいオルコットさんが同時にビットの存在に気づいた瞬間、一目散に進行方向へと逃げていった。

 

脂汗が滲む。

 

私はてっきり索敵範囲外の長上空から複数機で狙われているものだと思っていたのだ。そうでない、そうではなかった。戻っていくように、敵のビットは円の中心へと向かっていった。つまり、先にいる敵は三人を相手に立ち回りながら数キロ先までビットを的確に操れるということ。

 

マシンも、パイロットも、とんでもない化け物だ。

 

ついにその姿をとらえることができた。

 

「お姉ちゃん、ラウラ、シャルロット」

「・・・・・・そう、逃げられなかったのね。通信は?」

「ダメ」

「了解。だったら、ここからは時間稼ぎじゃなくて潰す方向で頑張りますか」

 

いつになく殺気立つお姉ちゃんが睨むその先。

 

まるで亡霊のような機体がそこに佇んでいた。

 

頭から爪先まで走行でおおわれるフルスキンモデル。だが、全身の装甲はボロボロという言葉が正しく当てはまる。ヒビ、欠け、パーツの欠損、はみ出るプラグ、むき出しの回路、ほんの少しだけ肌を覗かせるメットバイザー、脚先の装甲から漏れ出るオイル。非固定武装も同じようなもの。間接を含む所々を、ボロボロの布で多い隠していた。

 

だが、見た目とは裏腹に漂わせる雰囲気は撃墜寸前の人間が醸すそれではない。裏打ちするように三人の息は荒く、表情は険しい。

 

「嫁、気を付けろ。コイツは強い。教官に匹敵するほどな」

「冗談キツいぜ、それ。世界最強ってことだろ」

「そうだ。比喩でも何でもない。動きや武装の全てがまるで別次元」

「唯一の救いはパイロットの不調かな。時おりピッタリ攻撃が止むんだ。咳き込むように身体を丸めてね」

「でも既にボロボロじゃない。あとちょっと攻撃すれば・・・」

「いいえ。やつは最初からああだった。私たちは、一度も攻撃できてないの」

 

内心驚愕する。姉の実力は私がよく知っているからだ。織斑先生といい勝負ができる実力があるあの人でも、逃げるだけで精一杯と言っている。

 

ゆらり。亡霊が身体を揺らす。

 

「来るわよ!」

 

お姉ちゃんの激が身体を震わせた。

 

亡霊の周囲には私たちを苦しめたビットが漂い始める。右手には日本刀のような刀、左手はサブマシンガン、腰から六つの爪のように鋭いワイヤーブレードを垂らし、頭上に謎の球体を浮かべた。そのどれもが、本体と同じように故障寸前のボロップリだが、実際そうでないのはビットが証明済みだ。

 

「あぐ!」

 

甲龍が突然海面に叩きつけられた。それを皮切りに逃走劇が始まる。

 

亡霊の次の手はワイヤーブレードの乱舞。同じくブレードを持つラウラが切り結ぶが、三本にまで減ったワイヤーと両手のプラズマブレードを使っても捌ききることはできず段々と押され気味。ラウラの加勢に入ったシャルロットがショートブレードとシールドでカバーに入るが、タイミングを同じくして海面に叩きつけられる。

 

「龍砲!? まさか・・・」

 

オルコットさんがビックリした様子でライフルを構えている。成程、中国の見えない弾丸が正体か。

 

ワイヤーが今度は私に向かって伸びてくる。次の獲物は私らしい。

 

「アレはなんとか引き付けるから・・・!」

「よろしくってよ!」

「応!」

 

その隙に攻撃して。という意図は伝わったようだ。六本のワイヤーはわき見することなく私へ向かい、二人は両サイドから龍砲を避けつつ接近する。

 

薙刀を絞るように握りしめ、構える。そこに道場の床があるとイメージして腰を落とし、突いた。

 

「・・・・・・・・・ッああああああ!!」

 

突いた。突いて突いて突いて突いて突いた。正面から壁のように迫る爪を片っ端から突いて弾く。死角に回り込むのは払い、ワイヤーをたゆませ、刀身で滑らせ、ひたすらに振るい続ける。柄にもなく声を張り上げ、一心不乱に捌いた。

 

実力は間違いなくラウラには劣る。だが、槍術と武道に限ってはそうでない自信がある。彼女がマシンに乗り続けた倍以上の歳月、私は更識だからと槍を握ってきたのだ。それなりに打ち込んできただけに、そんじょそこらの人には絶対負けない。これくらいならまだイケる!

 

「仕返しだっ!」

 

ワイヤーが一斉に張りを無くす。復帰した凰さんの投てきした双刃の槍だ。かなり頑丈な素材で編まれたワイヤーを切ることはできなかったが、苛烈を極めた猛攻がストップ。今がチャンスだ。

 

オルコットさんと織斑君の十字砲火。海中から水をまとったお姉ちゃんの槍。トップアタックを仕掛けるラウラ。それらの退路を塞ぐようにグレネードで隙間を埋めるシャルロット。

 

亡霊は・・・・・・

 

「うそ・・・」

 

全て何てことはない、と言わんばかりの滑らかな動きでいなして見せた。

 

着弾が早かった十字砲火をぼろ布ビットで防ぎ、速攻で展開した荷電粒子砲で直上のラウラを弾き飛ばし、左手のサブマシンガンで的確に数個のグレネードを撃ち抜き誘爆させ、変形した日本刀が激流の槍を切り払う。更に長方形の箱を展開したかと思うと、中から一斉に三桁に迫るミサイルが全方位に吐き出された。

 

全員が一瞬の内に判断を下して、お姉ちゃんとシャルロットの背後へ回る。飛ばされたラウラはオルコットさんの腕にワイヤーを伸ばして無理矢理回り込み、壁の二人はというとガトリング掃射でなんとかミサイルを全て迎撃して見せた。

 

爆煙が晴れるまでの沈黙。見渡せば全員が苦い顔をしていた。私もしてる。

 

必殺の連携だった。訓練もなしにあそこまで綺麗に繋げられたのは比喩でもなく奇跡だった。誰もが獲ったと確信した。

 

全く通用しなかった。それどころか仕切り直しまでされる始末。

 

亡霊は変わらず佇んでいた。

 

「零落白夜で一気に決める」

「織斑君」

「ちゃんと聞いてましたよ。でも現状、それしかないです。それにさっき先輩の攻撃防いでた武器、こいつと似たような奴ですよ。だったら俺の出番じゃないですか」

「・・・・・・っ」

 

下唇を噛むお姉ちゃんの気持ちはわかる。ついさっき無茶をするなと自分が言ったのに、そうでもしないとこの危機的状況は切り抜けられない。

 

「・・・・・・全員で囲むわよ。パイロットの不調に掛ける。隙を見て瞬間加速で突撃して一気に決めて」

 

無言の肯定。

 

シャルロットからライフルを一丁借りてひたすら撃つ。

 

少しずつ削り、粘って、機会を伺った。依然として分厚い弾幕が少しずつ私たちのシールドエネルギーを削り、装甲を砕き、時間が経てば経つほど弾薬は減る。

 

そして、

 

「今だ!」

 

チャンスが巡ってきた。亡霊が手を止めて苦しみ出した。

 

ラウラが温存していたワイヤーブレードを両手に巻き付け、ブレードを失ったワイヤーも総出で四肢に胴体にと巻き付ける。両サイドからオルコットさんの射撃と、凰さんの龍砲が頭を直撃し中を揺さぶる。メットの隙間が広がり、中から赤い液体が漏れ出てくるが、気に止めず背後から突貫した。

 

薙刀の振動機能をオン。切れ味を増したそれで一閃。正面のお姉ちゃんも同時に槍を振るい、あ互いに得意の槍術をプレゼント。大きく振りかぶった渾身の薙ぎ払いが両膝を切り裂き、断面から赤が吹き出す。流れるようにお姉ちゃんの槍が脇腹を薙ぎ、私は側頭部を石突きで殴り付けた。

 

流石の亡霊もこれには堪えた様子で、最後の一撃を加えた腹部と頭部装甲が砕けて剥がれ落ちていく。武装や機能はハイエンドだが、装甲は見た通りのオンボロだったか。

 

頭部は先ほどから血が溢れていたので、今回のダメージで盛大に撒き散らされた。当然すれ違う私にもかかる。おかげで薙刀には血がベットリだ。あぁ、汚い。

 

離脱しながら血をふるい落とす。すると、鮮血に混じって光る何かが舞った。青い色の結晶というか、金属片だ。破片だけでもわかるそれは装甲ではなくてまるでアクセサリーのような美しさ、が、あ・・・・・・あ?

 

ああ? アクセ? 青・・・・・・いや、蒼色の? こんなにも美しくて綺麗な、蒼色の?

 

血に混じって飛んだってことは、頭部についていたってこと。装甲にこんな鮮やかなパーツは無かった。つまり、これは中の人間がつけていたってことだ。

 

中の?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ

 

あっあああああああああああああああああああああああああぁあ

 

蒼い頭部のアクセサリ。

 

脚部から漏れていたオイル。

 

メットバイザーから漏れた血。

 

頭部から異様に撒かれた鮮血。

 

 

 

”時折、身体を丸めて苦しみだす”

 

 

 

口よりも身体が動いたいややっぱり叫んだ「やめてえええええええぇ!」帰りも考えずにフルスロットルでターンを決めて駆けつける亡霊の向こうのお姉ちゃんとすれ違うように超高速で必殺を振りかざした織斑君に向かって手を伸ばしてまにあえまにあえとまってとま

 

ざしゅっ。

 

 

 

 

 

 

手が届いたのは、零落白夜が振り抜かれた一拍あと。私は斬られた反動でふわりと浮かぶ亡霊を両腕抱き締めて、周囲の何もかもを無視して直下にある密漁船が停泊していた無人島へ着地した。

 

そっと横たえる。

 

違和感は少しだけ感じていた。ただ、プレッシャーと何とかしなければという焦りがそれらを吹き飛ばして考えないようにしていた。

 

改めてみる亡霊は、亡霊の左腕は細すぎた。基本的に訓練された人だけが乗ることを許される。細すぎても筋肉や骨格はしっかりしているはずなのに、これはそんな常識に当てはまらない。

 

左腕が極端に細い人間が乗れる物じゃないのだ。つまりは、そういうことだ。

 

確信しかない。

 

「・・・て」

 

嘘だと信じたかった。

 

「起きて。起きて」

 

メットが砕ける。それに合わせて、展開されていた装甲と武装は全て粒子に変換されて、右手首へと収束する。

 

「めを、あけて・・・」

 

さらさらの黒髪。病的な白い肌。長いまつげ。すかすかの左袖。身体の殆どが自身の血液で真っ赤に染まっても、どれも鮮明に思い出せる。

 

「銀ぇ」

 

亡霊は・・・・・・彼だった。


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