僕の心が染まる時   作:トマトしるこ

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021 5日目―

妹が酷い顔で泣いていた。見ていられないような、恐ろしい顔で。

 

「おね、ぢゃ……あぁ」

 

要点を得ない単語とうめき声が混ざった会話を続けて何とか分かったことは、名無水銀との間に何かあった事だけ。

 

何があったの? と問いかけても――

 

「違う違う違う違う違う違う違うの。ねぇホントだよ? 私そんなこと思ってないよ? 何でも言うこと聞くから信じて。信じて、信じて信じて信じて信じて信じて信じてよおおおおおぉぉぉお!」

 

――突然錯乱して落ち着ける所から取り掛からなければならない。どれだけ落ち着かせても、いざ核心に迫ると同じように取り乱す。

 

かなりマズイ状態だ。時間がかかればかかるほどドツボにハマって抜け出せなくなる。何とかして本人に解決させなければならない。

 

鍵は、名無水銀という男のみ。

 

対する私はここから動くことが出来ない。妹からこれ以上情報を引き出せない今、学園に残った駒を動かすしか無かった。丁度信用に足る従者が一人いる。

 

携帯を取り出して電話をかける。

 

「虚」

『はい、遅い時間ですがどうされました?』

「急ぎ。名無水銀に問い詰めなさい、家の妹となにがあったのか」

『了解です。既に消灯時間を過ぎていますので時間はかかりますが』

「最速」

『はい』

 

手は打った。これ以上駒を動かすのは逆効果になりかねない。

 

「あぅ、あ、あ、えぁ」

 

獣のように呻く妹を力強く抱きしめながら、自分の無力を呪った。

 

やはり妹の交際を認めるべきではなかった。二人の……少なくとも妹は私の想像を超える程依存している。この様は麻薬を切らした薬物者によく似ていた。幻覚が見えてもおかしくないような狂い様。焦点が合わず目がグルグルと回り、唾液がダラダラと垂れる。

 

人に怯える小動物のような可愛らしい姿はどこにも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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目が覚めた。大の字になってふかふかのカーペットに寝そべっていた。

 

上半身を起こす。部屋は強盗でもここまで荒らさないでしょってくらい荒れていた。ベットの基礎部分も、シーツも、内装の全てが、水周りに家電、窓ガラスまで、消えていたり壊れていたり、高級ホテルのスイートルームは影も形もない。

 

「何が……」

 

立ち上がる。そこで僕は一番の違和感に気がついた。

 

右手が手袋を嵌めている。しかも真っ白じゃなくて幾つかのボロきれを縫い合わせたような模様の。でもサイズはピッタリで僕のために作られたようなフィット感。

 

「何だ……これ…」

 

何かが起きた。今も何かが起きている。

 

僕は玄関の姿見へと足を向ける。奇跡的に姿見は全損しておらず、所々欠けているものの全身を見るという機能は果たしてくれた。

 

ボロきれと剥き出しの機械を中途半端にまとったISが、立っていた。

 

僕が右手を動かすと、鏡が合わせて動く。首も足も同じだ。

 

継ぎ接ぎだらけの組み立て中のような機体を僕が操っていた。

 

僕の記憶が正しければ、部屋に帰ってきて荒れていた事に驚いて壊れて……。目を覚ましたらこうなっていた。うん、おかしい。

 

どうしよう。タダでさえ粉々だった遺品が跡形もなく消えてしまっている。荒らした誰かも手をつけなかった簪の私物もぐちゃぐちゃだ。説明しろなんて言われても無理だ。

 

気絶する前よりも詰んだ現状に呆れて声も出ない。もう死ぬしか無いんじゃなかろうか。

 

「はぁ……」

 

ため息をついて壁に寄りかかる。天井を見て、もう一度ため息を漏らして視線を戻した。

 

「ッ!?」

 

額に突きつけられる冷たい感触。それは銃口。オルコットさんのブルー・ティアーズにそっくりな、けれどもボロボロのビット兵器が僕の額を狙っていた。

 

硬直する身体を奮い立たせて床に転がる。一回転してビットを睨み、ハイパーセンサーで探りを入れた。

 

「えっ……この機体の武装?」

 

型式番号が若干文字化けして表示され、武装欄の一つと一致。間違いなくビットはこの機体の武装だった。

 

わ、訳が分からない。だってさっき起きたときはこんなもの無かった。上を向いた一瞬で現れて僕に狙いを定める自分の武器ってなんなんだよ。

 

一先ず警戒心を解いて腰を下ろす。ビットは格納した。

 

さっきよりは落ち着いたし、ゆっくり考えてみよう。

 

これは確かにISだ。機体名や武装など細かな情報は全て文字化けして読むことが出来ない。ハッキリと分かるのは"生体再生機構"が搭載されていることだけ。さっきのビットも格納したはずなのに拡張領域には無いし、姿見みたらなんかさっきより機械の面積広くなってるし。

 

コアはどうだろ。ナンバーは……468? どこの国にも所属しない、世界に登録されていないISという事になる。そんなものが何で、と考えた矢先に解を得た。

 

右手には黒ずんだ腕輪ではなく、宝石のように輝く石を埋め込まれた赤と黒が混じりあうブレスレットが。

 

間違いない、卵が孵化したんだ。だから機体を作ろうとして無理やり部屋の中にある家電や内装まで取り込んでなんとか形を作ろうとして継ぎ接ぎになったのか。関節や機械部分を守るように巻かれている布はよく見ればベッドのシーツやマフラーの糸だったりしてる。

 

こんな時に孵化するなんて……ごめんね。きっとさっきの絶望感で経験値を満たしてしまったんだ。もっと素晴らしい事を学んで欲しかったけど、今の僕はそんな事を口にする元気も希望もない。

 

世の中に善がいっぱい溢れてるんだよ、なんて口が裂けても言えなかった。

 

取り敢えず……。

 

「どうすれば、いいんだろう」

 

お先真っ暗だ。

 

束さんとは音信不通或いは鬼電で呆れられている。簪に至っては直接くどいと切り捨てられた。家族の形見は粉々。部屋もボロボロで何故か孵化したISだけが手元にある。

 

機体のお陰で身体は動く。でも動かしてどうする? 何をする? 行き先も帰る場所も無い。目的も無い。無い無い尽くしだ。

 

生きる意味なんて、どこにも……。

 

「いや」

 

一つだけあるじゃないか。これから先どうなろうが、形見を滅茶苦茶にしてくれた犯人は懲らしめてやりたい。端的に言えば殺したい。関節の一つ一つを刻んで、おろし金で指からゆっくりと削り、髪を引っこ抜いて剃って、最後には全身をかんなでスライスしてやりたい。

 

そうと決まれば寮に行こう。どうせアイツしかいない。差し入れなんておかしいと思ったんだ。

 

ゆっくりと立ち上がってドアを開けた。

 

「うわっ! あ、亜紀原さん!?」

「その声は……名無水さんですか?」

 

驚いたことに、亜紀原さんがドアの前に立ってビックリした様子で僕を見上げていた。あ、IS装着したままだ。機体を解除して向き合う。

 

先に彼女の要件を聞くことにした。

 

「な、何か御用ですか?」

「ええ、まぁ。来ていただきたい場所がありまして」

「僕に?」

 

無言で亜紀原さんが頷く。

 

「その機体、そして部屋の惨状。ある程度はお察しします。その貴方に、来ていただきたいのです」

「……どちらに?」

 

ふっ、と彼女は微笑むと眼鏡外して胸ポケットに収め、髪ゴムを解いて長い髪を広げてこう言った。

 

「オレ達のアジトに、さ」

「アジト? オレ達って……どうしちゃったんです?」

「アタシはこっちが素なんだよ。んで、どうする? まあ来るしか無いんだけどな」

「な、何でそんな……」

「飯はどうする?」

「え?」

「寝床は? 風呂は? トイレも無いな。ここまで散らかして今まで通りなんて虫のいいこと、お前は考えたりしないよな?」

 

そうだ。ついさっきその壁にぶち当たったじゃないか。文字通り僕は全部失くしてしまった。生きる術が無い。

 

でも、亜紀原さんは怪しい。とても護衛には見えない。まるで知っていたかのようなタイミングで僕の部屋に来て、それが目的だったかのように僕を誘ってきた。

 

つまり、日本政府の人間ではない。僕を狙って潜入してきた誰か。

 

それでも僕は受け入れるしかない。

 

「……目的と何者かを教えて下さい。あと一つ条件を呑んで貰えるなら」

「カカカ。保護してもらう立場で要求たぁ肝が据わってんな」

「死んでもいいんですよ? 生きている方が都合が良いんでしょう?」

「まぁな」

 

すっと差し出された手を握る。初めて会った時、やけに現場の手をしているなと思ったらそういう事だったんだ。

 

「国も亡く、種族も亡く、己の為にそこに有る。ようこそ亡国機業へ。組織随一のIS部隊スコールチームのオータムだ」

「宜しくお願いします」

 

簪のアニメで見た事のあるようなシーンだなって、ぼやけた頭で思った。仲間だと思っていたキャラが実は敵のスパイで、目の前で裏切って、最後は仲間達に殺される。或いは家族をみんな殺されて、少年兵に身を落とすしかなかった子供。そんな感じ。

 

どちらかと言うと僕は裏切られた側だけど、きっと最後はそう大差ないんだろう。こんな手段を取る組織だ、真っ当じゃない。

 

でも仕方ないじゃないか。何も無いんだ、真っ白なままで生きていけないなら汚れるしかない。

 

「取り敢えず一仕事してから行くか」

「え?」

「え? じゃねぇよ。殺るんだよ、お前が」

「やる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「卜部ー」

「どうしたの?」

「いやそれが部屋から出てこなくて」

「卜部が?」

「うん」

 

いつもの様に朝起きて、朝食に誘おうと何度もノックするが一向に出てくる気配がなかった。普段なら五月蝿いと言いつつもニヤけた顔で出てくるんだけどな。面倒な性格をしてるけどそういう所が可愛いし、良さだと思ってる。

 

腕時計を見る。そろそろ出てきてくれないと余裕を持って食べれなくなりそうな時間だ。仕方ない。

 

「開けるよー」

 

一際大きな声で宣言してドアノブを回す。鍵は……掛かってなかった。

 

赤い。紅い。あかい。そして滅茶苦茶な部屋がそこにはあった。内装まで剥げ、家電はボロボロ、ノートは焦がされ、食器は割れ、大事にしていたであろう化粧品やアクセサリーは真っ赤に染まり粉々に砕けている。

 

そして臭い。月一のアレと似たようなニオイが、鼻の奥をガンガン攻めてくる。気を抜くと気絶してしまいそうな悪臭が。

 

私も、さっき合流した友達も言葉を失った。

 

逃げなければ。

 

身体はそんな本能とは真逆の動きをとる。一歩。また一歩。部屋の奥へと進んでいく。

 

ベットは二つあるが、卜部のルームメイトは退学したので実質一人部屋だ。彼女は奥のベットを使っていたはず。

 

だというのに、彼女のベットで寝ていたのは卜部じゃなくて、赤い塊だった。

 

何となく輪郭や全体像で人間のようなカタチをしていることは分かる。だが、およそ人間と呼ぶには色々なモノが足りなさ過ぎた。

 

右手にあたる部分は解体されて、繋げられている。指の関節、手、手首、肘、肩と切り離されて、それをわざと一センチほど隙間を開けて繋がっているように見せていると言うのが正しいか。

 

左腕らしき細長いものの周りには真っ赤な大根おろしが山積みに。爪も、所によっては骨まで見えても、綺麗に綺麗に細く長くおろされている。

 

足もあしも、あし、あ、しがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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三十二本のアームを同時に操る。凡人では到底不可能なそれをいとも容易くこなす。天才故に。アームはそれぞれが工具を持ち、目の前の真紅の機体をひたすら改良している。

 

紅椿。私が心血を注いだ四機目のIS。より妹にあった機体へと変化させていく。全ては妹と親友の弟の為。

 

アメリカ・イスラエル間共同開発の軍用IS銀の福音。これを暴走させ、撃墜するは新型二機を操る若武者二人。妹のデビュー戦には持ってこいなシチュエーションだ。

 

しかし気を抜くなかれ。箒ちゃんが少し浮かれているのは予想済み。隠れあがり症なのも熟知している私は、そんな妹を最大限フォローしてくれるように、今回に限ってマニュアル操縦の割合を減らす設定に書き換えている。

 

自作自演のショーとはいえ、役者は私の思うままに動いてはくれないし、機体性能は(私の作品を除けば)世界最高の機体なのだ。全く油断ならない。

 

「くーちゃん、大丈夫かなぁ」

 

事情があるので表に出てこれない同居人はちゃんと一人で生活できているだろうか? と考えて無駄な事だとすぐに頭から追い出した。彼のお陰もあって生活能力は私よりも高い。多分私の方が心配されてる。

 

「ん?」

 

白衣のポケットで何かが揺れている。取り出してみるとそれは何個目か忘れた携帯で、銀からの着信が来ていることを示していた。

 

「おおっ。久しぶりだなー。どんな感じかなー」

 

たまに掛けてくれるこの電話が地味に楽しみだったりする。気になる女の子がいるんだー、なんて言われた時は顎が外れそうになるくらいビックリした。早すぎ。美味しく頂いた? って聞いたら全力で否定されたので健全なお付き合いをしているようだが。果たしてどんな相手なのか。今日こそ問い詰めてやる。

 

意気揚々と二つ折りの携帯を開いて通話ボタンを押す。

 

「ありゃ」

 

それと同時か或いは先か、バッテリー切れでウンともスンとも言わなくなってしまった。試しに振ってみても、電源ボタン長押しでも画面に電気が入らない。

 

「あーー、そういや一昨日から充電してないなぁ」

 

やってしまった。全く使わないからつい忘れちゃうんだよね。電話なんてほとんど来ないから気にしないけど、ちーちゃんがどうしてもって言うから持ってるだけだし。でもこういう時は困るんだなぁ。

 

うーん……電話したいけど今は紅椿仕上げないといけないし、てか充電器無い。今時の学生が持ってるはずもないしなぁ。かけ直すのは帰ってからになりそう。後で謝らないと。

 

心の中で謝りつつ作業に戻った。

 

 

 

 

 

この時、私がはっくんの気になる人を探してでも彼に連絡を取っていたら、携帯をもう少し早く開いていたら、充電してれば、あんなことにはならなかったのに。

 


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