僕の心が染まる時   作:トマトしるこ

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018 三日目/復讐

 亜紀原さんに手配してもらったのは、ラファール一機を僕の代わりに申請してもらうことと、左腕に換装する武器腕の用意、無ければ外してもらうことだ。

 機体は用意してもらえた。本来は予約がぎっしりのところ、僕の名前を出したらすんなりと通してもらったらしい。不思議に思ってたけど、その理由はすぐに分かった。

 

「今日もよろしく頼むよ」

 

 何度も乗っているラファールだった。こいつは前に僕が乗った時に左腕を大きく損傷していて、交換の為のパーツがないまま、整備だけされていてそのままだったらしい。左腕がないので生徒には貸し出せないが、左腕のない僕になら……と貸し出してもらえたとか。

 ただ、武器腕に関しては僕が使えるものはなかった。どれも左腕があること前提で作られているので当然といえば当然か。身体障害者が乗るには豪華なもんだからね。

 

 左腕の部分は装甲板を重ねて塞いだ。これで、僕でも問題なく使える。大規模な整備の必要も無し、バランスの微調整と武装選択を、済ませてしまえばあとは待つだけだ。

 

「武装は……片手で使えるものじゃないとなぁ…。時間も短いし、リロード出来ないことを考えると、使い捨てる方向で考えて沢山積む方がいいかな」

 

 できれぱ全損させる形で決着をつけたい。その為には速攻で畳み掛けるのが最善だろう。別に被弾してもいいんだけど、僕自身が虚弱度からシールドエネルギーが残ってても動けなくなって負けそうだ。

 

 近接武器は片手のショートソードだけでいい。鍔迫り合いも勝負にならないから、受け流すしかないので長物は取り回しにいし。

 

 前回は初手にパイルバンカーを使ったから右腕がもう限界だったけど、振動が小さい武器をチョイスすれば三分間は持ってくれると思う。

 

 時計を見る。現在時刻は午後一時。試合の時間は授業後の午後六時に設定してもらった。四時には三年生の授業が終わるので、そこから整備と準備運動を行えば丁度いい時間だ。アリーナの閉館は八時なのでまた丁度いい。

 

 その時、ピピピと電話がなった。ポケットから取り出して画面を見ると、知らない電話番号が表示されているだけ。

 

 ………。確か、電話帳に登録されてない人は電話番号だけで出るんだっけ。束さんとくーちゃんに千冬さん、簪と更識さんの五人ぐらいだったから、それ以外で僕の電話にかけてきてるってことか。

 こういうのは誰かが教えたか間違い電話らしい。で、フリーダイヤルとな押し売りとか詐欺の電話も掛かってくるとか。怖いなぁ……。

 

 まぁ、危なさそうだったら切ればいいよね。これも経験ってことで。

 

「はい」

『もしもしー、名無水かー? 織斑だよ、織斑一夏』

「は?」

『あ、番号は千冬姉から聞いたんだ』

「そ、そうなんだ」

 

 全く意外な人物からだった。

 

「それでどうしたの?」

『いや、千冬姉が騒いでたのをこっそり聞いたんだけどさ、今日の午後に模擬戦するんだって?』

 

 げぇ! なんでか知らないけどバレてる!? 亜紀原さんばらさないでって言ったのにーーー!

 

 ど、どうしよう……殺される、千冬さんにアイアンクローされて死んでしまう。その後に簪から二日間ぐらい説教されそう。やばい。

 

 生唾を飲み込んで一瞬考える。正直に話すことにした。織斑君は千冬さんが騒いでいたのを盗み聞きしただけだ、もっと話が大きくなってるなら皆がと言うだろうし、織斑君よりはやく簪が電話するかもしれない。彼が偶然聞いたのは山田先生と話している最中か、学園の誰かと電話しているときだ。

 

「……うん、そうだよ」

『まじか…。実習休んでるのに大丈夫なのか? トーナメントの時も吐血したし…』

「三分間だけだよ。それよりも、この事は絶対に誰にも言わないでね。この会話も聞かれないでね。バラしたりバレたりしたら君らが帰ってきた後に織斑君の根も葉もないうわさばら撒くから」

『お、おぅ。男に誓うぜ…。お前そんな奴だっけ…』

「そんな奴だよ、僕は」

 

 僕らは周りの視線もあってお互いに関わりあいになるのを少し避けていた。織斑君を取り囲むような専用機持ちは他に近づく女子を警戒してるし、僕の事も噂で良く思ってないだろう。僕は簪が織斑君を嫌ってる事があるから。個人的には千冬さんから耳にタコができるくらい聞いてるし、同じ男子として仲良くしたいんだけどね。

 

「理由は言わないよ。というか、言いたくない。どうせ帰ってきたら先輩達から嫌ってほど聞くと思うしさ」

『そ、そうか……』

「うん。だから他言無用で頼むよ、特に簪と更識さんには」

『おう、わかった。男の約束だな』

「……うん、男の約束、だね」

『ん? なんか変だったか?』

「いやいや、そういう訳じゃなくてさ、男って言われるほど男子扱いされたことないなぁーって」

『そうか? 俺はお前が立派に男子やってると思うぜ』

「え?」

『ベンチで女の子を慰めてたしな!』

「ぶふぅっ!?!?」

 

 ゼリー飲料を思わず吹き出してしまったじゃないか!!

 

「そ、それ、どういうこと?」

『えっと……入学したばっかの時だったかなー。箒とお前のルームメイト合わせて四人で食堂のテーブルについたことあったろ? あの時入れ替わるように慌てて出ていったからさ、食べ終わったあと少し気になって探したんだ』

「そしたら、僕と簪がベンチの近くにいたのを見つけたと…」

『そうそう』

 

 まぁ、確かに真面目な話してたけどさ。しかも内容は君も絡んでたからね?

 

『その時は辛そうにしてたけど、次の日見たらウキウキしてたからさ。悩み解決したんだろうなーって思ったんだ』

「なる程ね」

 

 実際は解決したかと言われると怪しいところだけどね。人間関係だけは、一朝一夕とは行かないんだ。

 

『なぁ、ついでにもう一個聞いていいか?』

「いいけど……」

 

 時計を見るとまだまだ時間はある。僕も暇つぶしとかリラックスしたかったから、折角だし彼の無駄話に付き合うことにした。

 

『名無水ってさ、更識さんのこと好きだろ? あ、妹の方な』

「ぶふぅっ!?!?」

 

 本日二度目のマーライオンをしてしまった……。

 

 て、てか……!

 

「な、何言い出すんだよ! そりゃあ確かに簪は可愛いし機械系の話はよく通じるし料理も美味しいしお菓子も得意見たいだし、頼りになるし掃除もしてくれるし体調崩した時も嫌な顔しないで看病してくれるし吐血しても汚れるの気にしないで真っ先に心配してくれるし」

『お、おぅ、そ、そうか…』

「僕が女性用のアクセサリーを身に着けてても褒めてくれるしむしろつけるの手伝ってくれるし、少し前なんて似合うと思うからって自作のヘアゴムプレゼントされちゃったし、てか今でも僕の義手作ろうと頑張ってくれてるしメガネ似合うし実は種類すこーしバリエーションあるしその事言ったら照れちゃって可愛かったしタイツとか細い足とか魅力的だし、それ言ったら初対面の時の綺麗な目がすごい印象的で吸い込まれそうだったし、簪のおかげでのほほんさんとか友達も増えたし」

『わ、わかった! わかったから! ストップ、ストーップ!!』

「……ごほん。変なこと言い出さないでよ、まったく。君に好きだの嫌いだのを言われる筋合いは無いよ」

『ひ、酷いな。でもさ、絶対あの子お前のこと好きだって』

「……は?」

『は? って、いやいや、見てたらわかるじゃん。いっつも目で追っかけてるしさ、ほかの女子が近づいてきたら目線が鋭くなるんだぜ? 臨海学校の間もずっと携帯みてるし、学園のある方気づいたら見てるんだ。あれ、お前に気があると思うんだよなぁ』

 

 え、君、そういうとこ見てるくせして自分に向けられる好意分かってないの? ほんとにそうなの? 実はそういう演技してるとかじゃないの? 君に言われても信じられないし、むしろムカッとくる。

 

『両思いってことだろ? 青春だなぁー』

 

 このあとの試合で殴り合う人とは別の意味で、僕は織斑君をはたきたい。猛烈にはたきたい。取り敢えず世界に謝って欲しい。

 

「……知ってるよ」

『あれ、そうなのか?』

「君と一緒にしないで」

『はっはっは(?)』

「そこ笑うとこじゃないから…」

 

 はぁ、とため息をこぼす。

 

 ……そうさ、僕は彼女が好きだ。と、思ってる。人を好きになる気持ちなんてわからないけど、友情とはま違った彼女への感情があるのは間違いない。何だろう、守りたいとか抱きしめたいとか…。

 そして彼女の好意も何となく分かる。少なくとも悪くは思われてないはずだ。でも簪の場合だと、僕を無理矢理ISに乗せて気絶させてしまったことや、左腕を潰してしまったことの罪滅ぼしなのかなと考えることがよくある。でもさ、少しくらいは自惚れたいとも思うわけだよ。

 

『でもま、ホントに無理だけはするなよ。臨海学校が終わったら千冬姉も更識先輩も戻るんだからさ。頼ることは悪いことじゃないんだからな』

「分かってるよ…ありがとう」

 

 織斑君が『じゃ』と言って通話を切った。

 

 分かってるよ? 嘘つきめ。

 

 僕がわかってるのは、少しでも乗ると痛い目を見る事だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げずによく来たじゃん」

「そりゃまあ、僕から売った勝負ですから」

 

 時間になるとアリーナにその人は打鉄で現れた。名前は……。

 

「では、卜部先輩」

「きも、名前呼ばないでくれる?」

「……もう一度、ルールを確認します」

 

 オープンチャネルでやり取りしていると、液晶が切り替わった。審判役を引き受けた亜紀原さんの優しさだろう。ルールが観客にもわかるように名文化されていた。

 

「試合時間は三分間。シールドエネルギーの減衰量で勝敗を決める。同率の場合は最後にはシールドエネルギーを減らした側の勝利とする」

 

 シールドエネルギーの総量は機体によって異なる。同じラファールでも追加装備によっては増えたり減ったりもするのだ。あとはエネルギーバランスの調整でも少しは変わる。だから、実際に減った値ではなく、パーセンテージによって判断するのがオフィシャルルールだ。

 

「武器の使用制限は無し。シールドエネルギーが全損した相手への攻撃は厳禁。その他はオフィシャルルールに則ったものとなります」

「どーぞー」

 

 くひひ、と見下すような目で下品な笑いを見せる卜部先輩。彼女の後方観客席には取り巻きの二人もいて、同じようにニヤニヤしている。彼女だけじゃなく殆どの観客が似たような顔をしていたけど。

 いつか見たような、スポーツの大会で対戦相手も観客も日本一色に挑む外国選手の気分だ。僕の数少ない味方と言える人はこの場にいない。

 

『では、カウントを始めます』

 

 五から刻まれた合図は程よい緊張を高ぶらせてくる。気持ちを鎮め、身体の力を抜く。

 

 四。卜部先輩がマシンガンとシールドを展開した。加えてヘッドバイザーが装着される。補助を入れるってことは、射撃戦で戦うつもりかな。遠距離武装もありうるかな。

 

 三。対する僕は自然体。肩幅に開いて爪先は地面に向ける。腕もだらりと下げるだけだ。武器を見せては対策を立てられてしまう。特に僕が取ろうとしている戦法では。

 

 二。ぐぐっと力を込める。

 

 一。目を瞑った。

 

『試合開始』

「うらぁ!」

 

 合図と同時に卜部先輩が発砲。シールドで半身を覆い、ライフルを握る右手は肩から一直線に伸ばした綺麗なスタイルでトリガーを引いている。

 

 対する僕はというと。

 

「は?」

「なに、あれ……」

 

 背部、腰部に追加ブースターと姿勢制御スラスターを展開した高機動スタイルで距離をとってスルスルと避けて見せた。その最中にバトルライフルを右手に、両脚部にミサイルポッド、バックパック左面にアームを取り付けた大型シールドを展開する。

 

 銃床を脇に挟んで細かく引き金を引く。卜部先輩は僕は向けてシールドをかまえているが、僕の狙いはそこじゃない。カバーしきれていない肩や足を的確に穿った。

 

 反撃に撃たれたのは追尾性ミサイル。これには脚部のミサイルを一発だけ発射して、それを撃ち抜いて誘爆させることで回避する。

 

「こ、この……!」

 

 シールドを投げ捨てて両手にサブマシンガンをコールした卜部先輩が鬼の形相で吶喊してきた。怖い、かなり怖い。

 

 アームを伸ばしてシールドを前面に押し出す。身体を水平にして盾に全身を隠して接近、視界をふさいでいる分レーダーとにらめっこして、タイミングを計る。バトルライフルを引っ込めてショートブレードをコールした。

 

「ぶっ飛べ!」

 

 全速力と体重を乗せた飛び蹴りがシールドを砕いた。簪が見たらライダーキックと叫んだに違いない。

 

「んなっ!?」

 

 が、僕はそこにもういない。

 

 シールドが砕かれる直前にパージして、身体を百八十度回転。地面を向いていた視点が一転して空を仰ぐ。すれ違いざまに目が合った。まるで化け物を見るような目だ。

 

 また地へ顔を向けるように半回転。ブレードを振り抜いて斬りつけ、片足のブースターを殺した。

 

 すり抜けた後は直進して直角に急上昇して振り向く。ショートブレードからバトルライフルに切り替え、バックパック右側にキャノン砲を装備して静かに銃口を向けた。

 

 シールドエネルギー減衰率。零対三十八。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 私はその時馬鹿なヤツと思った。学園に来て初めて乗り始めた一年の癖して三年の私に勝負を挑むなんてバカのやることだ。相手が代表候補生ならまだわかる。と言うよりも私が負ける方が確率が高そうだ。

 

 でも、まさか、あの男風情が?

 

 クソ笑えるんだけど。

 

 あんだけ虐めてやっても気にしていないフリをしてるのがまた面白かった。それと同じくらい、歯向かってくるのが気にくわないのよ。私は財閥の一人娘なのだから、そんな私の言葉に逆らうことがどういうことか教えてやらないといけないじゃん? 目上の人間との付き合い方って奴をさぁ?

 

 蜂の巣にして、試合が終わったら花壇のミミズ入り腐葉土口に突っ込ませてやるわ。

 

(なんだよ……なんなんだよこのクソ野郎!!)

 

 と、思っていた。

 

 試合開始の宣言と共にマシンガンの斉射で流れを掴んで終始圧倒してやるはずだった。

 それが、なんだ? なんで私は幽霊男を見上げてるんだ? なんで翻弄されてるんだ? あいつは授業をサボってる実技ゼロ点男じゃなかったのかよ!

 

(クソ…クソクソクソクソクソッ!!)

 

 なんであんなに動けるんだ。ブースターを増やせばその分繊細なコントロールが必要になる筈なのに、狭いアリーナで魚みたいにスルスルと…!

 

「ありえない、って顔してますね」

「あぁ!?」

「教えませんよ。時間もありませんし」

 

 逆光の中でも赤い目は歪な光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 トリガー。キャノン砲とバトルライフルの夾叉で動きを封じ、バトルライフルを素早く連射して的確にダメージを与える。逃げようものならミサイル進路上で爆発させて足を止めてキャノンで叩く。

 

 壁に叩きつけられ、地面で跳ね、四つん這いに這いつくばる卜部先輩。

 

 余りにも一方的な展開になってしまった。観客もびっくり、先輩の取り巻き二人なんて真っ青だ。

 

 特別何かをした訳じゃない。練習なんて出来ないし、僕にはアホみたいな搭乗時間だけがアドバンテージだ。だけ、なんて言ったけどどれだけ乗ったかも重要なスキル。簪の好きなRPGに例えるなら一極振りの歪なステータスキャラってとこかな。更識さん曰くのセンスもあるらしいけど。

 

 きっと誰もが想像していなかったはずだ。病弱な一年の男が、健全な三年の女子を圧倒するなんて。

 

 卜部先輩はもう戦意を失いつつある。反撃しようと翻しても僕の射撃で足を止められ直撃コースだ。シールドを展開してもその手を狙って握りを緩めて弾く。銃火器もそう。でも肝心の(スラスター系統)は破壊しない。

 

 怒り心頭といった様子が、次第に苦虫を潰したような苦しい表情に変わり、今は犯罪者が警察から必死に逃げるような、今にも泣きそうな表情だ。

 

 許せないなぁ。

 

 僕はアンタの殴る蹴るにこうして面と向かって立ち会ってるというのにさ。命の危険を犯してまで、こうしてさ。

 

 本当に、許せないなぁあぁ。

 

「ははっ」

 

 いつか束さんが言ってた通りだ。くだらない凡人そっくりそのまんまじゃないか。学園の三年生ともあろう人がそんな人だってことも、そんな人に苦しめられたことも悔しい。

 

 丁度いいね、善人じゃないし、容赦なく叩く。

 

 弾切れになったキャノン砲をリリース。グレネードを代わりに展開して更に追い詰める。

 

 シールドエネルギー差は、残り時間一分で覆すにはほぼ不可能になりつつあった。

 

「くっそがぁぁぁあああ!」

 

 内部機関がチラホラと見える機体が最後のあがきに出てきた。右手にブレード、左手にマシンガンを握って弾幕の中を突っ切ってくる。

 

 グレネードからシールドに切り替える。左面にも同様にシールドを展開して、バトルライフルからショートブレードに持ち替え、迎え撃つ態勢を作った。

 

 シールド二枚を繋げてマシンガンの弾幕の中を突き進む。正面に向けていた脚部のミサイルを真下に向けて残弾をすべて撃ち尽くす。一定距離を直進すれば敵へと向きを変えるそれは下から卜部先輩を襲う。

 

 先の反省からか、照準をすぐにミサイルへ移した先輩はマシンガンで迎撃して全弾迎撃してみせた。

 

 その一瞬があればそれで良かった。

 

「んなっ……!」

 

 得意の機動でバックをとった僕はブレードを一閃。右脚部スラスターの燃料タンクに穴を開けると、あっという間に空になった。右脚をとられて上手くバランスのとれない先輩の顔面にシールドを叩きつける。

 

「ぶっ」

 

 胸のあたりにぶつけるつもりが顔面に叩きつけてしまった。女性の顔なので少し申し訳ない気持ちになるけど…まぁ、いっか。流れるように半回転して、シールドの辺の部分でお腹を切り裂くように振り抜く。

 

「ごっ、おえっ」

 

 唾液とそれ以外のものを撒いて地面に叩きつけられたあと、数回バウンドした先輩は地上でむせ返っている。吐くまいと耐えているに違いない。

 

 ブザーが鳴った。

 

 僕の完勝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした。取り敢えず、おめでとうございます」

 

 ピットに戻った僕を迎えてくれたのは、管制室にいたはずの亜紀原さんだった。急いで来てくれたに違いない。

 

 ラファールから降りた僕は膝をついてうずくまった。もう限界だ。

 

「ごほごほっ、げふっ」

 

 身体中が痛い。もう指一本動かせそうにないし、先輩とは別の意味で吐き気を抑えてた。

 

「飲んでください」

 

 開いた口に薬が押し込まれて常温の水を流し込まれる。窒息したくない一心で飲み干した。これぐらいの吐き気なら、薬が効いてくればなんとか収まる。身体の痛みは…耐えるしかない。

 

「ありがと、、ございます」

「いえ」

 

 それ以上は何も言わず、抱えられて近くにあったコンテナに背中を預けられた。亜紀原さんは隣に立って僕と同じ方向を見ている。

 

「どうでしたか?」

 

 早速薬が効いてきたお陰で少し落ち着いて、考えるだけの余裕が生まれた。ぼやける頭で振り返る。

 

 とても……

 

「嫌な三分間でした」

「?」

「最初、昨日から始まる前にかけての僕は、先輩の行動がただ許せなかったんです。無抵抗の無力な人に手を上げることが、僕には理解できませんでした。でも……」

「気づいた、と」

 

 亜紀原さんの答えに、小さく頷いた。

 

 分かってしまった。

 

 最初は本当にムカつくからやり返したいとか思ってた。ただの意趣返しだ。ところが蓋を開けてみれば、卜部先輩は僕よりも操縦ができない人だった。ISというものをまるで理解していない扱い方に、ろくに武器も扱えない姿に、笑ったんだ。ひどく滑稽に見えて、ISに関しては自分よりも劣る人なんだと思ってしまった。

 

 ここはISの研究機関であり、操縦者等の養成機関。学校とは銘打ってあっても、実力社会なのは違いないと、束さんは言っていた。

 

 であれば、卜部先輩は僕にも劣る人間なんだ、性格も言葉使いも汚いし、とこの感情を正当化してしまった。

 

 その瞬間から復讐じゃなくなって、知らない何かにすり替わった。それがあまり良くない感情だと分かっても、それはとても楽しいもので気分が良くなった。口に出して笑ってしまう程に。

 

 でもそれは僕が成そうとしていた事じゃないって、ふと気づいた。俯瞰すればよく分かること。

 

 昨日の先輩とおなじことをしてるんだと気付いた。気付いていないふりをして僕を痛めつけた挙句暴言を吐くことと、執拗にいたぶって暴力に笑って身を任せること、何も変わらないじゃないか。

 

 そこに気付いたから、僕はもう一秒でも終わらせたくなった。身体に無茶な機動をとってまでして。

 

「あなたのその感情は決して間違っていない、むしろ人として正しい感情です。誰であれ、誰かから屈辱を受ければ復讐したいと思い、それが達成できるとなれば胸が空く思いをするもの。ましてや自分の方が上手であったとなれば歓喜もするでしょう」

「そんなものなんですか?」

「そんなものなんです。あなたが思っている数倍、人間という生き物は醜く、不器用だ」

 

 亜紀原さんの目が遠い。きっと僕の様な体験をしてきたんだろうか? いや、誰もが知っていることで僕が知らなかっただけだ。亜紀原さんの様な人なら、普通の人以上にそれを知っているだけのこと。

 

「まぁ知識としてお納めください。先の発言も、名無水さんが目指す姿には関係のないこと」

「……そう、ですね」

 

 間違いなく、僕は勝った。よくよく考えれば負けてばかりの人生で初めての白星がついたんだ。ただ、とても喜べるものじゃないってだけで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「くっそがああああぁぁぁ!!」

 

 ピットへ戻った私はイライラのあまり近くのコンテナを蹴り飛ばした。

 

 あんな、あんな男に私が負けた…?

 

 ありえない。

 

(大体、なんだよあの機動は!? 実習は全部見学するくらい病弱って話じゃん!)

 

 まず聞いていた話とは全然違った。二人目の男性操縦者、名無水銀は病室暮らしの病弱人で運動は出来ない人間だった、というのが学園生の共通認識で、これはマスコミが雑誌に取り上げたりもしている周知の事実だ。それが本当ならISに乗った事なんて精々超が付く簡単な実習か入試だけのはず。あんなに複雑且つ繊細な機動戦なんてできるはずが無い。三年生や代表候補生ですら怪しいレベルだ。

 

 つまり、私は負ける勝負を挑まれてそれを受けて、想像通り負けたって?

 

「ッ-----!!」

 

 あまりの苛立ちに声も出なくなった。

 

 私に恥をかかせて……っ!!

 

 そこへ取り巻きの二人がやっと来た。タオルとドリンクを奪い取って汗をぬぐい、水分を補給する。

 

 私の頭の中は復讐でいっぱいいっぱいだった。

 

「調べてきた、あの名無水って男」

「へぇ、なんて?」

「生徒会長の妹と同室らしいよ。警備と監視兼ねてるって。ソースは先生だから信じていいと思う」

「生徒会長の妹って……日本の候補生の?」

 

 生徒会長といえば、学園最強の称号を兼ねる学生。今は二年の更識楯無が務めている。どうやら日本有数の名家らしく、天才でありながら英才教育を受け、ロシア国籍を持ち専用機を任されるまさしく最強の人間。それが私達三年生も含めた見解だ。

 その妹なら、同じとは言わないまでも同程度の教育は受けているに違いない。候補生で専用機も持っているのが何よりの証拠。

 

 ならば、その二人がバックについた名無水銀は彼女らの庇護下にあることになる。

 

「じゃあ何もできないんじゃ……」

 

 取り巻きその二が呆れたようにうなだれる。バカじゃないの? これだから凡人はさ。

 

「今がチャンスなのよ、その姉妹揃っていない今が」

「「え?」」

 

 くふ、くひひっ。ひひひひひひひひっ。

 


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