僕の心が染まる時   作:トマトしるこ

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013 非情の現実

 エンターキーをカタンと叩いて、肩の力を抜く。一時間前に山田先生から淹れてもらったコーヒーはすっかり冷めていたが、構わずカップを傾ける。彼女が淹れるコーヒーは非常に美味しいので、現役時代からのお気に入りの飲み物だ。飲み慣れたとも言える。

 

「お疲れ様です。先生」

「全くだ。ただでさえ手のかかる馬鹿がいるというのに……」

「もう、そんなこと言っちゃ駄目ですよ? 織斑君は要領良くやっていますし、頑張ってるじゃないですか。事実、成績は学年でも上位です。先生は織斑君限定で厳しすぎじゃありませんか?」

「そうかね?」

「そうです! まったくもう……大切だからこその気持ちは分かりますけど、やり過ぎはいけませんよ」

「なあに、奴はその程度じゃへこたれたりはせん」

 

 私相手にこんな話を出来るのは世界広しと言えども彼女ぐらいだろう。優秀かつ唯一の気のおける後輩であり、友人だ。

 

 隣の席からため息が聞こえるが無視だ無視。あぁコーヒーがうまい。

 

「名無水君の、ですか?」

「ああ。読むか?」

「いいんですか?」

「さあな。だが、自分のクラスの生徒がどんな容体なのか、知る権利はあるだろうさ」

 

 マウスを動かしてクリック。印刷された提出資料を山田先生へ渡す。

 

 ――クラス対抗トーナメント中の事態における報告書――

 

 ソレのタイトルだ。山田先生へ渡したのは、その中でも名無水に関係のある箇所。アリーナでの戦闘は直接目にしているので説明の必要はない。

 

 かいつまんで要約すると、偶然目撃した二機目の無人機を静止するクラスメイトや教員に反して追い、無断で訓練機と多数の武装を持ち出し、色々と褒められない行為を重ねたものの、結果的に敵を大破させることに成功した。目的と思われた打鉄弐式のコアも守り、更織簪にも目立った外傷は見られず、大金星とも言える成果を挙げている。

 専用機三機がやっとの事で機能停止に追い込んだことと比べて、未完成の専用機と虚弱な素人の訓練機がコアに傷を付けることなく大破させた。

 

 どちらが高評価なのかは一目瞭然だろう。

 

 それだけで済めば、な。

 

「左腕は……どうなったんですか?」

「………」

 

 答えるのも心苦しい。名無水は年頃の男とは思えないほど綺麗な奴だった。下品な女達より何倍も品があるし、礼儀正しく、芯を持った強い男だ。だからこそ惜しい。

 

「君も見ただろう? あんな状態の腕を元通りに治すのは不可能だ」

「では……」

「書いている通り、肩から切断だ」

「そう……ですか」

 

 酷いものだった。

 

 肩口から手首までがミックスされてミンチ状態。骨まで粉々にされており、噛まずに飲み込んでも痛くない程細いらしい。掌も、筋肉の繊維と皮でなんとかぶら下がっているだけ。

 

 もはや腕としての機能は果たしていなかった。

 

「義手は用意されます……よね?」

「分からん。だが、当たってはいるところだ。男性操縦者というブランドがあるおかげで、そう時間はかからん」

 

 これはウソだ。

 

 実際は束に頼んである。トビキリ高性能なものを作ってみせると、泣きながら電話をしてきたのだ。向こうから。

 

 その序に色々と情報を仕入れ、私の中で整理することもできた。

 

 元々束が怪しいとは思っていたんだ。たとえ故意ではなくとも、関与していることは間違いない、と。事実、束は襲撃してきたISに関する情報を私へ公開した。

 

 二機の無人機は全く同じだった上に、使用コアは未登録ナンバーの物。つまり、束が作成したものだった。本人も認めている。

 

 余計な武器も持たせずにエネルギー砲だけだったのは、元々宇宙空間の隕石やデブリ……宇宙ゴミ撤去の為に取り付けたものらしく、作業用だそうだ。基本性能は高いものの、現行の機体と比べるとどこか見劣りする程度の性能なんだが……。

 

『中身が全く別だね。かなり豊富な経験を積んだISのデータをベースにして戦闘モデルに改造されてる』

 

 とは束のセリフ。

 

 稼働テストで実際に宇宙へ打ち上げていた数機の内に、束に気付かれずデータを書き換えた強者がいるという事らしい。中々に信じがたいが、説明が付けられなかったので信じるしかなかった。天才科学者は万能じゃない。

 

 今頃、アイツは名無水の義手を作りながら、躍起になって犯人を探し回っていることだろう。それ自体には賛成なので、こちらで解析したデータは全部くれてやった。学園長の許可? 知らんな。

 

「身体を失ったという心の傷は大きいが、今回は本人よりも深刻な奴がいるからな……私としてはそちらの方が心配だよ」

「彼女は……更織さんは立ち直れると思いますか?」

「立ち直ってもらわなければ困る。そうしなければ名無水が危ない」

 

 今までも今もこれからも、名無水を守るのは更織の役目だ。こういう時こそ気を持って欲しかったんだが……ここで強要出来るほど、私は残酷にはなれない。

 

「……警備の強化を主任へ申し出てみます」

「是非そうしてくれ」

 

 書類を私に返してから、山田先生は席を立って教務主任のデスクへ歩いていった。負い目はないが、責任を感じているんだろう。教師の鏡だな。

 

 私もそうなりたいとは思うが、恐らく無理だろう。彼女とはベクトルが違うし、親切親身になって接するなど出来るものか。直そうと思った時期も多少はあったが諦めた。

 

 私は私なりのやり方でやる。

 

 受け取ったプリントを脇に寄せて、新しくファイルからクリップで止められた二部の資料を抜き取って広げる。

 

 同じような二種類の資料には、顔写真が付いている。

 

 転入者の調書だ。新しく二人の少女が、ここへ来ることになった。

 

 一人はプラチナブロンドの長髪をリボンでまとめた華奢な印象の少女。写真は真面目な表情だが、調書の内容や写真から感じる印象では、温厚で優しい性格なのが伺える。

 

 もう一人は、凛とした鋭さが見て伝わる銀髪の少女。同年代の中では幼い容姿だが、誰よりも強く厳しい。そして、左目の黒い眼帯が異彩を放っていた。

 

 フランス代表候補生、大企業デュノア社社長令嬢。シャルロット・デュノア

 

 ドイツ代表候補生、ドイツ軍特殊IS部隊シュヴァルツェ・ハーゼ隊隊長。ラウラ・ボーデヴィッヒ大佐。

 

「はぁ……」

 

 少しのため息ぐらいは、許してほしいものだ。次から次へと問題や案件が転がり込むのだから。

 

 思っていた通り、各国が男性操縦者の情報欲しさに続々と代表候補生を送り込んでくる。編入に関してはどうでもいいが、面倒なのは彼女らが入学を蹴った事が問題なんだ。掌返しなど珍しくはないが、嬉しくもない。

 

 通常の倍以上の書類とにらめっこは、精神的に削られたがそれも先日済ませた。あとは転入を待つのみである。また何か起きるんだろうが……それまではせめて何もありませんように、とらしくもない祈りを捧げてみた。

 

 あとは……名無水か。更織の妹もか。

 

 此度の謎の襲撃。事情を知るものからすれば、二人が成したことは言葉では表せない程の戦果だと、私は思っている。それに比べて一夏は……等と言うつもりもない。弟達が戦い、無事に勝利を収めたこともまた素晴らしい戦果だ。

 

 だが、それに見合うだけの結果を用意することは出来なかった。 

 

 話としては単純だ。

 

 ISは人が乗って初めて起動する、という定義を覆すだけではなく未登録のコアまでもが使用されていた。襲撃という事件を公表すれば、当然謎のISにまで話が行き着く。各国や世間に対して公表出来るような内容でないことは明らかだ。誰が? コアは? なぜ? と世界は荒れに荒れるだろう。

 

 それらの問題回避は、委員会にとっても学園にとっても絶対に成さなければならないことだった。

 

 ならばどうする?

 

 簡単なことだ。事件そのものを、無かったことにすればいい。

 

 学園生と教員ならまだ口封じが出来る範囲内だが、マスコミによって拡散されればもうどうしようもなくなる。それさえ起きなければ、何とでもなるし何が起きようと構いはしない。コアの数が増えた、という事実に比べれば安すぎる。

 

 それが結論。余程のバカでない限りは誰もが辿り着くであろう答え。

 

 世間にはこう公表されるだろう。

 

 IS学園の年間行事の一つである、クラス代表トーナメントの最中に、謎のISが襲来。試合を行っていた織斑一夏と凰鈴音は、謎のISと戦闘を行うことになる。

 学園職員は、試合会場のアリーナから観客の生徒や来賓の避難誘導を進めると同時に、IS部隊を急いで準備させて取り押さえに入ろうとする。

 が、その前に、試合を行っていた織斑一夏と凰鈴音、そして一年一組のセシリア・オルコットの三名によって、機能停止に追い込むことに成功した。

 その後についての調査は、現在進んている。

 

 とまあ、こんなものか? 最近はコアを盗んでテロ活動を行う組織もあることだし、言い訳の材料には困らない。

 

 だが、名無水と更織が取り押さえたもう一機のISに関しては、救助に駆けつけた私、更織楯無、山田先生、更織の生徒と職員以外には公表されることはない。クラスメイトであってもだ。誰に話すことも許されない。

 

 しかし、名無水は実際に戦闘によって左腕を失い、ISを操縦した事によって衰弱している。第一整備室は半壊し、戦闘の爪痕が無数に残されていることに変わりはない。打鉄弐式は何故か完成しており、戦闘のログまでしっかり残っている。名無水の操縦したラファールも損傷し、失った左腕と同じ箇所を粉々に碎かれ、名無水のものと確認が取れた肉片や血液も採取された。

 

 これだけの証拠と、事実があるにも関わらず、名無水は避難をせずに負傷した。と一行で纏められてしまうのだ。

 

 この事実だけは覆すことは出来ない。私の名前を使おうと、学園長に、委員会の面々に頭を下げようと決して変わらない。変わってはいけないことだ。

 

 だから私に出来るのは現実を二人へ認めさせ、守ること。

 

 途轍もない労力がかかることは想像出来る。気弱だと高をくくっていたが、姉譲りで強かな面を見せられて手を焼いたのはつい最近の事だ。

 

 なぁに、やってやれんことはない。私は教師なのだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 コチコチと音が聞こえる。………あぁ、時計の針の音か。

 

 どれくらいぼうっとしてただろう……音がする壁を見ると、針は午後の四時三十二分を指していた。事件が起きたのは昨日の昼前だったので、もう軽く一日を過ぎている。

 

 それでも、目の前の彼は瞼が一ミリも動くことはない。寝息の音も立てずに、深い眠りについていた。心電図のグラフでようやく死んでいないと確信が持てる程に、死人のような顔をしている。

 

 ………本当に? 生きているよね? 銀?

 

 自分の膝の上に置いていた右手を、ベタベタとモニターの電極が貼られた胸へと優しく重ねる。

 

 ………ン。

 

 弱々しくも聞こえた鼓動にほっと息をついた。

 

 そして目を覚ましてくれるその時を待つ。

 

 ………またこれを、何度も何度も繰り返すんだろう。どれだけ私が悔やんでも、自分を責めても、時は戻ることはないし、打鉄弐式が完成することも………銀の左腕が治ることも絶対にない。

 

 正常な人間であればそこにあるはずのものを、彼は失ってしまった。私が気を付けてさえいれば、気づくことが出来ていれば、銀は一生の傷を負うことはなかったのに。守る立場の人間が、守られる立場の人間に守られただなんて笑えないわ。

 

 幾度となく握りしめたシーツは皺でくしゃくしゃになってしまい、涙で濡れた部分は余計ひどかった。

 

 シーツだけじゃない、きっと私も酷い顔をしているに違いない。食事も喉を通らなかったし、お風呂にも入っていないから臭いだってする。年ごろの女子がすることじゃない。

 

 だから? そんなもの、銀の左腕以上の価値があるの?

 

「………」

 

 クズだ。人一人も守れないなんて、とんでもないクズだ。私は。泣いて謝ってもらおうなんて甘えたことを考えて、死んで償うことも左腕を削ぐこともできない軟弱な人間なんだ。

 

 なんて……なんて弱くて、情けない。

 

 死んだ方がいいに決まってる。

 

「……いや」

 

 嫌だ。死にたくない。それは嫌だ。

 

 やり残したことがいっぱいある。やりたいことはそれ以上にたくさんだ。何よりも……私は銀と一緒にいたい。きっと銀もそれを望んでいるはず。

 

「違うの?」

 

 それなりの責務と義務を果たす必要はある。それが出来なかった私には相応の罰を私自身が与えなくちゃ……。

 

「それも……ダメ」

 

 まるで私が二人いるみたいだ。生きるか死ぬかを迫られているようなこの感覚……気持ち悪い。頭が痛くて割れそう。

 

「ぁ……っはあぁっ……」

 

 次第に息が荒くなってきたのが自分でもわかる。急に痛み始めた頭を両手で抱えて、突き立てる指と爪に力が籠った。

 

 ガリガリ。

 

「違う、違うの……」

 

 ガリ。

 

「そうじゃないの!」

 

 ミシミシ。

 

「私は」

 

 ガリガリガリ。

 

「わたしは……………ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ぼんやりとした、ふわふわした感覚に体中が包まれている。これは……あぁ、麻酔かな。あやふやでちぐはくなこの感じ、間違いない。週に一回は会う友達みたいなもんだしね。

 

 待っていればその内はっきりしてくるだろうし、それを待とうかな。

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

「わたしは………ッ!!」

 

 広くない病室に大きな声が響いた。微睡んでいた意識がぐいっと引き戻される。

 

 ん。感覚も戻ってきた。誰か傍にいるみたいだし、起きよう。

 

「ぁ………」

 

 そこで僕は仰天した。左側に座っていた簪さんは、涙をボロボロと流しながら頭を両手で抱え込んでいた。爪が食い込んでいるんじゃないかってくらい指を立てて、ガリガリとここまで音が聞こえるほど引っ掻いている。普段の彼女からは考えもつかない、常軌を逸したシーンだ。

 

 止めさせないと……!

 

 ………?

 

 おかしいな、麻酔は大分抜けたはずなのに腕が動いてくれない。右腕には点滴の針が刺さっているし、何より遠すぎる。左腕が鈍いなんてことは今まで一度もなかったはずだけど……。

 

 あ。

 

 そっか、そういえばあのISに握りつぶされたんだっけ。再生出来るかなぁ……うん、無理でしょ。あそこまでぐちゃぐちゃにされたら束さんでもどうしようもないよね。

 

 でも僕がこうやってベッドで寝ている所や、目の前の簪さんが無事そうなのをみるあたり、とりあえずあのISは撃退できたみたいだ。勝利にはそれなりに貢献できたと思うよ、うん。それと引き換えなら、腕一本は安いもんだよね。母さんと父さんには申し訳ないけど……。

 

 誰かの命が救えたのなら、僕はそれでいい。僕が死んだわけじゃないんだしさ。

 

「だからさ、泣かないでよ。簪さん」

「ッ!?」

「なんで泣いているのかは何となくわかるよ、でもいいんだ」

「駄目! 私は……私のせいで……銀は!」

「それでいいんだって。もっと酷いことが起きたかもしれないって思ったら、僕はこの結果でもいいかなって」

「……ごめんなさい。私は、知ってたのに……逃げることも、止めることもしなかった…!」

 

 確かに、それは簪さんの言うとおりだ。僕が割って入った後に逃げようと言っても、彼女は戦うことを選んだ。それを言ったら、戦うことを認めた僕も同罪の様なもんだよ。

 

 責めてほしいのやら、許してほしいのやら……。僕にとってはどっちでもよくて、謝るのも泣くのも止めてほしい。だって、瞼を真っ赤にして、普段よりやつれてボロボロの彼女にそんなことが言えるわけが……。

 

 だから責めることもしよう。許しもするさ。そうでもしなきゃ、簪さんは一生このままだ。

 

 その代り、僕は彼女を縛り付ける。でなければ先に進めないから、と言い訳を自分について罪の意識を奥へと押し込んだ。

 

「じゃあこうしよう……簪さん、僕の義手を作って。そしてそれを整備してほしい」

「……え?」

「いいかい簪さん。僕は君のせいで(・・・・・)左腕を失った。だから、それなりのお返しを貰うってことだよ」

 

 人間にとって、腕と脚はとても重要な身体の一部だ。いや、無駄な場所なんて一つもないんだけど、その中でも特にって意味で。

 

 歩くためには、モノを持つためには、それぞれが必要だ。どちらか片方を失うだけでも、人間としての満足な機能を失うと言って過言じゃない。片足だけじゃ歩けない、片腕だけじゃ物を持てない。極端に生きづらくなるそうだ。僕は腕を失って目を覚ましたばかりだから、何がどう不自由なのかも分からないけど、そんな僕でも想像はつくし、病院で何人も見てきた。

 

 なんて重たいことを言ってみたけど、今の時代じゃ義手に義足が普及してきている。昔の生活を取り戻したと喜ぶ人もちらほら見かけた。何らかの収入がある家庭なら、もう一度身体が復活できるように最近はなってきている。

 

 お世話になった病院と言わず、束さんに頼めば速攻で最先端の数世代先を行く義手を作ってもらえるんじゃないかなぁとは思ったよ。それぐらいには仲がいいという自負もある。性能が良いことに越したことはないし、手軽に手に入るとはいえとても大切なものだ。手に入れるだけじゃなくてアフターも真剣に考える必要がある。

 

 だからこそ、任せる。まさしく縛り付ける行為だ。

 

「ほら、前に話したことあるんじゃないかな? お世話になってた人。あの人ってかなりのメカニックだから、きっと簪さんよりもいい義手を作ってくれるんだ。それでも、簪さんにお願いしようかなって思ったんだけど、無理そうなら別に……」

「やる」

「そっか。よろしく」

「うん」

 

 たったの一言で頷いた簪さんはいつも通りに戻っていた。

 

 僕がしたお願いのことを本当に理解しているのか、勢いで頷いてしまったわけじゃないのか、気になる。だけどやっぱムリなんて今更言えないし、悪くないと僕が思っているんだから、それでいっか。

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

「というのが今回の事件だ」

 

 簪さんが落ち着いた所で、内線を使って千冬さんに病室まで来てもらった。医師からいくつかお叱りの言葉を貰った後に、軽めの食事を食堂から簪さんが貰って来て、食べながら事件についての話を聞かせてもらった所だ。

 

 アレがどこから、誰が送り込んだのか、目的はなんだったのかは結局のところ分からずじまい。終わってから見れば、衝撃的な織斑一夏の衝撃的なデビュー戦だったわけだ。

 

 学園からしてみれば、トーナメントをめちゃくちゃにされ、生徒も職員も危険な目にあっただけでなく、施設まで破壊されるどころか、未登録コアまで手に入れてしまった。厄介極まりない。特にISコアという希少物質の価値を考えればもう投げ出したくレベルで。

 

「そこでだ、お前たちに言っておくことがある」

「……何も見ず、何も起きなかった。私たちはただの事故に巻き込まれた」

「そうだ」

「え? どういうこと?」

「一から説明してやる。つまりは―――」

 

 話を要約すると、世界的にトンデモナイことだったから公に出来ないんで黙ってろ、ってことらしい。頑張って二人でアイツを倒したけど、僕の左腕が犠牲になったけれど、無かったことになると。それどころか、僕は避難誘導を無視して戻って大けがを負う馬鹿ってことになる。

 

「そう、ですか……」

「……すまない」

「いえ、理由は分かりましたし、仕方ないですよ」

「銀……!」

「何も思わない訳じゃないよ。でも、僕にはどうしようもない事じゃないか。大人でも手に余るのに、子供の僕には、ね」

 

そうだ。千冬さんが無理と言ったらそれは無理だ。ISにおいて、とんでもない顔の広さと影響力を持っている人が、不可能としか言えないんだ。

 

束さんの名前を使う訳にもいかないし、更識さんの大きな家でもこればかりは無理がある。家柄や、お金、権力でどうこうできる範疇を超えていることだ。

 

そもそも、簪さんを助ける為に頑張っただけであって、何かを得ようとした訳じゃない。

 

「これ以降、たとえ私や更識相手であっても、この事を口にするな。この会話だって誰が聞いているのかわからないからな」

「はい」

「更識もだ」

「……はい」

「よし。名無水は治ってから授業へ復帰だ。それまではここで経過を見る。容体が良くなれば部屋に移してやらん事もない」

 

要約、おとなしくしてろ。

 

「はい」

 

僕の返事を聞き届けた千冬さんはカーテンを閉めて出て行った。丁度よく食堂解放のベルが鳴ったので、簪さんも戻っていった。持って来てもらおうとも思ったけど、しばらくはお粥シリーズらしい。

 

「……ふぅ」

 

やっと一人の時間ができた。誰かが見舞いに来てくれるのは嬉しいけど、気遣いをしなくて済む時間もやっぱり欲しい。

 

一難が去った。という実感がやっと出てきた。きっとこれからもこんな事が起き続けるんだというのが、ぼんやり浮かんだ。男が二人もいれば無茶をして手に入れようとする人も増えるだろうし、それに合わせて今年は専用機も沢山ある。学園の高い技術も考えると、この島はまるで宝物庫さ。

 

腹をくくる必要があるっぽい。

 

僕は左腕を失った。もしかしたら、今度も身体が傷つくかもしれない。

 

「全身機械になったりして……」

 

笑えな冗談だった。

 

そっか。僕、もう腕が無いのか。

 

「……っ」

 

今ぐらいぽろぽろと泣くのは許して欲しいかな……。





とまあ、こんな感じで原作一巻がおわったわけであります。MF文庫の第一巻が販売されてからどれだけ時間がたったのやら、ハーメルン様の毎月のツイート見てますけど、いまだに検索率トップ5をキープしてるISは地味にすごいとつくづく思います。

閑話休題

こんな感じのノリで進んでいきます。ちょいと上げたので、こっからは段階を経て下げに下げていく所存であります。是非最後までお付き合いいただければ幸いです。

いかがでしょうか? こうした方が良いとか、こんなシーンが見てみたいとか、これが知りたいとか、なんでもいいので読者様の率直素直なご意見をお聞きしたいですね。

陰鬱な話は書いてる自分がブルーになりがちなのでコメディの次に苦手なんですが、頑張りますw

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