私は基本的に七千字を目安、平均にして一話を投稿しています。そこで、もうちょっと内容を濃くしていきたいなーと思った結果、字数を増やしてみることにしました。多くても一万字程度ですかね。ご意見ありましたら、是非是非。
ちなみに今回は八千五百です。
あらかじめ伝えておきます、今回はちょいとグロイっす。
役目を果たしたパイルバンカーを外して、腰のラックにかけていたバトルライフルを手に取る。
が、あまり役には立たないだろう。
もともと僕の身体は頑丈じゃない。柔いとかいうレベルを超えて、もはや濡れた障子やティッシュ並の脆さだ。お陰で実技を受けなくていいという取り柄になりつつあるけど……こういう時は困り者かな。
普通のライフルの反動でもギシギシと腕と身体に来るというのに、火薬を爆発させて杭をブチ込む武器でまともにいられるわけがない。きっと生身のままなら肩から粉微塵に吹き飛んだとおもう。
とにかく、この敵を何とかするまでは使えそうにない。できても盾代わりくらいだ。
たとえ打鉄弐式が完成したとしても、この有様じゃ………
ん?
「簪さん。打鉄弐式、動くの?」
「うん。お陰様で」
そ、そうなんだ。あれだけの情報をすぐに整理して完成させるなんて、流石だなぁ。
ということは打鉄弐式も戦力と見て大丈夫。いや、明らかに僕よりも強い。むしろ僕のほうがツマじゃないか?
………。
少し、虚しい。
「銀!」
自分で抉った心を慰めていると、簪さんから激を飛ばされた。視線の先を見ると、キャノン砲で吹き飛ばした敵のISが起き上がるところだった。
直撃した腹部はショートしていて、回路やチップがよく見える。既に切り落とされていた腕を見ても同じだ。
それにしても、大分小柄な人が乗っているんだね。あれだけお腹の部分を破壊したのに、生身の肌が少しも見えない。
「簪さん。色々と武器を持ってきてるけど、使う?」
「じゃあ、これ。貸して?」
「うん」
武装リストを送って、言われたとおりに武器を渡す。使用者制限解除はもちろん済ませてある。
足元に散らばる武器の残骸を見るに、簪さんの武器は薙刀だけだろう。流石にそれだけじゃ心もとない。何より、僕よりも強い彼女が多くの武器を使うべきだ。
「動きを止めたら逃げよう」
「そうするつも………ううん、逃げない」
「え?」
「私達で、一緒に、倒す」
「どうして!? 危険な相手なんだよ!? 死んじゃうかもしれないのに……」
「退けないの。私は、日本の候補生だから」
「それは……」
そう言われると、僕は言い返せない。
でも、退いても許されるだけの理由はあるんだ。
簪さんは僕の護衛兼監視役として常に行動する。僕が行くところには彼女がとついて来るってことだ。言い返せば、彼女が行く場所に僕はついて行く必要がある。
僕の安全を最優先して逃げたと言えば誰もが首を縦に降るだろうし、専用機を奪われないためと言えば研究所だって何も言えなくなるはず。
それでもそうしないということは、それ以外に何らかの事情があるってことだと思う。先の代表戦みたいに。
僕らにとって良い状況や環境を作るため、何と言っても、簪さんがお姉さんから認められるため。
ムキになっているということもありうる。
それでも、僕には止められなかった。こんなにも自分を通そうとする姿は、殆ど見ないから。それだけ大切なことだと思うと、口を挟むことは僕にできない。
怪我で済まないとわかっていても、むしろそれを助けたいと思った僕はどこかずれてるんだろう。
「援護なんて器用なことできないから、逃げ場を潰していくよ。だから、簪さんが決めてほしい」
「……ありがと」
推進ユニットと山嵐の弾倉を兼ねる背部のユニットをパージ。およそISらしからぬ、走るという行為で敵へと接近していく。僕が来るまでに推進剤を切らしてしまったんだろう。
簪さんを迎え撃とうと、敵ISは腕に内蔵したエネルギー砲を向けた。
正面から向かう簪さんが狙いみたいだ。
そのまま撃たせたりなんて、させない。
スラスターを一瞬だけ吹かして急上昇。加速の余韻に浸りつつ、PICによって身体を上下逆転させて天井に着地。ISにとってはあまりにも低すぎる天井に到達した。
手に持ったライフルを頬付けして直下の敵へと向ける。ロックオン機能もあるし、これなら外さない。僕は迷わず引き金を引いた。
火薬が弾ける音が部屋に響くと同時に、鉛玉が簪さんへと伸ばしていた不気味な腕に命中する。
見えないハンマーで叩きつけられたように、腕の装甲にヒビが入って床に激突する。そこで発砲された腕部エネルギー砲は、整備室の床を大きく抉っていく。
弾け飛ぶタイルの残骸を、PICをオンにして苦もなく歩を勧めた簪さんは、驚異的な威力を誇る薙刀を振りかぶって横に薙ぐ。
床に向かって放ったエネルギー砲の反動と、脚部のスラスターを使って、敵は簪さんが攻めて来ることを読んでいたかのように全力で後ろに飛んだ。夢現は敵の表面をなぞって線をつける程度の傷しかつけられなかった。
仕切り直し。
をするつもりはないらしい。後ろにステップを踏んだその足で今度は前に突出してきた。
対する簪さんは、夢現で迎え撃つ体制だ。
ライフルと肩のキャノン砲がいつでも撃てるように構えて待機する。一瞬だけ僕を見てきた時のアイコンタクト、あれは待て。絶好のタイミングを、作ってくれるはず。
残された腕を振りかぶって、握りつぶそうと指を立てて開いた手を簪さんへ向ける敵IS。
ひょい、としゃがんで回避した簪さんはアシスト全開の脚部で足払いを繰り出した。自然と敵ISの身体は不安定な状態で宙に浮く。
ここからの流れるような動作は綺麗という一言に尽きた。
夢現の振動機能をカットして刃側の鍔元を持ち、刃側を地面に向け、石突を天上へ向けるように、柄のおよそ中心部分を背中と肩の上にポンと乗せる。
石突は浮いた状態の敵ISの股間部分を強く打ち付け、次に向きを変えて右太腿の内側を強く打つ。
柄が触れている肩と背中を支点とし、刃の鍔元を握る両手で力を加え、敵の内側右太腿に力が伝わり、更に敵の姿勢を崩す。今のタイミングでスラスターやPICを使おうがもう間に合わない。
てこの原理を用いた、武道の型のような動きだった。
そしてこれこそが、彼女が作り出した絶好のタイミングに違いない。
ライフルのトリガーを握る指に力を込める。延髄に叩き込めば、流石に頑丈なこの機体でも……!
ロックオンの照準を首へと定める。
………そこまでが僕の限界だった。
「ごふっ」
あぁ、こんな時に……。
酷使していた身体は悲鳴を上げて、とうとう耐え切れなかったらしい。口から溢れる赤い液体を押し留められずに、鉄臭い雫を撒き散らしながら僕は床へと墜落した。
「は、銀……!」
視界には真っ赤な床がいっぱいに映っている。が、ISとしての機能を活用させて周囲を把握した。
敵ISは空中で姿勢を整えることは出来なかったようで、壁に叩きつけられている。そして床にうつ伏せに広がった。
簪さんは驚いた表情で僕へ駆け寄ろうと走ってくる。
そして、無意識下で捉えた小型の何か。
その小型の何かの正体を探る暇も考える余裕もない。直感に従って、駆け寄ってくる簪さんを突き飛ばした。思いっきり。スラスターも使って。
その行動が正しかったと僕は痛みを持って判断した。
「ぎっ、い、あっ………ァァァァァァアアアアアアアアアア!!!!!!」
左腕に襲いかかる、まるで万力のような締め付け。ラファールの装甲で守られたその奥、僕の生身の左腕がミシミシと聞きたくない音を膨らませていく。
万力の正体は……切り落とされた腕だった。
僕が部屋に到着した時には、簪さんによって既に切り落とされており、タダの残骸としか見ていなかった。だって、ねぇ? まさか切られた腕が動き出すなんて分かるわけないよ。
いや、それよりも……おなじくらい? ヤバイよね。
内蔵をグチャグチャにかき混ぜられるようで、熱された鉄の杭で貫かれ、鎚で潰され、鑢で削られ、ミンチになった皮膚の内側を炙られるような………表現のしようがない。とにかく痛いしつらいし、吐きそう。
ISの搭乗者保護のお陰様で、意識を飛ばすことができないまま、僕は叫びながら悶え続けた。
こんな状態でも、ISは律儀に情報を送ってくれる。身体を起こした敵ISが僕の方へ向かってきているみたいだ。僕との間に割って入るように、簪さんが夢現を握って立ちはだかる。
痛みはどんどん増していく。本で読んだような、拷問を受けるシーンで殺してくれという気持ちがよく分かる。こんなものをずっと受けるくらいなら、死んだほうがマシに思えてきた。
左腕が更に軋みを上げる。
ばきん。
「 」
もう声も出なかった。喉の痛みと血で口が舌もああああワケがわからない。赤い泡でも吹いてそうだ。
とうとう左腕の骨が折れた。
そしてここからはドミノ倒しのように、また折れていく。
ばきん。ばきっ、めきめき、べきり。
骨が折れるということは、周りの肉もとんでもないことになる。
ぐちゃ。みちみちぃ、ぐちゅ、ぶしゅっ。
装甲はもはやその体を失って肌に張り付く鉄になり、むしろ腕に破片が食い込んでいる気がする。
所々にできた隙間から赤い液体が勢い良く吹き出して、噴水がいくつもできていた。
は。
ははは。
「アハハハハハハハハハハハ。アハハハハハハハハハハハはははははははは」
どうしてこんなことになったんだろう?
どうして僕はこんなにも恵まれないんだろう?
持っているものなんて何一つ無いのに、繋ぎ止めていた人達はもう居なくて、僕はこんなにも弱くて脆い、普通たり得ない人間なのに。
どうして?
僕がいったい……何をしたっていうのさ……。
何もしてない。生きることに精一杯なのに。満足に走ることも、好きなものを好きなだけ食べることも、勉強することも、人と仲良くなることも、碌に出来たもんじゃないんだ。
なのに、これ以上苦しめって………
見もしない誰かは、神様とやらは、このISは、僕をいじめて何がしたいんだろう。
僕は…………。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
何が起きたのか、理解が追いつかない。
私が投げ飛ばしたところまでは順調だった。銀が上から狙撃することで、決着がついて私達が勝つはずだった。
でも、私が見たのは倒れている敵のISじゃなくて、血を振りまきながら落ちてきた銀の姿。
忘れていたつもりはない。でも、まだ大丈夫だって勝手に決めつけて、安心しきっていた。
銀はいつだって精一杯に生きている。いつ歩けなくなるのかわからない。危険な綱渡りを毎日毎日、誰に知られることもなく続けているんだ。
わざわざ格納庫から装備を持って駆けつけてくれた。
試合のあるアリーナは離れているのに、苦もなく来てくれて、当然のように迎えに来てくれた。
それだけ銀はISを動かし続けていた。
激しい戦闘とはいえ、トーナメントでは持って十分程度しか動けなかったのは知っていた筈なのに。それに、頑張って十分戦えたとしても、その後には吐血して気を失う。
最初から戦わせるべきじゃ無かったんだ。
欲を出してしまったから……銀の言う通りに逃げていれば……。
周りの評価なんて本当はどうだっていいのに、銀やお姉ちゃんが見てくれるならそれで良かったのに、倒したことで得られる評価なんて、守ったことで得られる安心感のほうが何倍も大きいのに!!
「銀!!」
まだ敵は倒れていない。
………そんなことはわかっている。
いま追い打ちをかければ倒せる。
………知ったことじゃない。
銀に駆け寄った。
それが、一番の悪手だというのに、私は気づけなかった。
「きゃっ」
いきなり跳ね起きた銀が私を思い切り突き飛ばした。まさか起きるとは思っていなかったので、私も尻もちをつくほど飛ばされてしまう。
驚きはしたが、お陰で冷静さを少しだけ取り戻せた。ブルブルと頭を横に振って目を開く。
「あ」
まず目に入ったのは、私が切り落として私を締め付けていた片腕。それが銀の左腕を鷲掴みにしている。ラファールの二の腕部分だ、あの辺りには搭乗者の生身の腕が格納されているはず。
……まさか、まだ動いていたなんて。いや、動いて当たり前。私はあの腕にとどめを刺した覚えはないし、銀が割って入った時も攻撃したところを見てはいない。本体と同等かそれ以上に警戒しなくちゃいけなかったのに、あろうことか忘れていたなんて。
「ぎっ、い、あっ………ァァァァァァアアアアアアアアアア!!!!!!」
――だめ。
ばきん。
――やめて……。
ばきん。ばきっ、めきめき、べきり。
――もう銀は一歩も歩けない状態なのに、それ以上傷つけないで……!
ぐちゃ。みちみちぃ、ぐちゅ、ぶしゅっ。
「アハハハハハハハハハハハ。アハハハハハハハハハハハはははははははは」
「っく……うぅ、はがねぇ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ、な、さ………」
痛みに狂って笑い出した銀に、私はボロボロと泣きながら謝ることしかできなかった。
だって、私のせいだよ。
ここで頑張れば、織斑一夏に負けないくらい凄い男だって世間は彼を知る。学校での白い目もきっと変わる、銀はたくさんの人から褒められる。
銀はいつも私を褒めてくれる。組み立てるときはもうどこからそんなに言葉が出てくるんだろうってぐらい、べた褒めされたっけ。おかげでちょっとだけ自信がついた。お姉ちゃんのことも、今は前ほど深刻に捉えてはいない。
でも銀はそうじゃなかった。一緒に歩いているとき、ご飯を食べるとき、他人の視線がある場所で、周囲の人間は銀のことを『世界で二番目の操縦者』だとしか見ていない。『名無水銀』という個人は、この学園に在籍していないかのような扱いだった。
叱られることを覚悟で、私は銀の服に手製のカメラ付き盗聴器を取り付けていた時期がある。ばれたらばれたで、彼を守るためにやったことですと言えばどうとでもなる程度だけれど、これがもう、聞くに堪えなかった。
無視。
しかと、とも呼ばれる行為のオンパレードだ。隣に座る本音や席が近い人、同じ男性の織斑一夏以外の女子は、銀に近づくことも話しかけることも話しかけられた時に言葉を返すこともしなかった。まるで、お呼びじゃないとでも言うような、一夏君じゃないの? とも見えるような、そんな表情をする女が殆ど。あまりにも腹がたったのでこっそり回収して壊した。あれ以上見続けていたら、私は一組の半分以上をひっぱたくことになりそうだったので。
本音からの報告も私が感じたものと大差なかった。むしろ、観察するという点においては天才的なモノを持っている本音が生で見てきた感想の方が酷かった。
「なんだかねぇ、使いようのないサンプルみたいな感じするなぁ。おりむーがメインのごはんなら、ななみんは用意された皿に乗ってる埃みたい。みんなおりむーにはとっても興味があって自分から近づくんだけど、ななみんの場合だと逆に避けているっぽくて……」
「理由は? 分かってるでしょ?」
「ほ、ほら! ななみんってさ、おりむーとはタイプがちがうでしょ? おりむーが正統派イケメンって感じで、ななみんは優しくてほんわかしててでもちょっぴり儚げだから――――」
「言いなさい。本音」
「うぅ………。一組だけじゃなくて、全部のクラスや他学年も聞いたんだけど、その……」
「二度目はないわ。言いなさい」
「………幽霊みたいで、気持ち悪いって」
その時の私はよく我慢したと今でも思う。
だから少しでも銀は銀だって、ここにいて、懸命に生きているんだって、知ってほしかった。
ぶしゅうぅっ。
こんな……血まみれでぐちゃぐちゃになるだなんて……
「こんなの、望んでなかった! 欲しくない! 要らない!! 嫌い!!!」
夢現を握りしめて銀に駆け寄る。早くあの邪魔な腕を切り落とさないと……! でも本体の方も邪魔だ。割り込まれると困るし、倒し損ねて別のパーツが銀を傷つけ始めたらキリがない。
少しの間だけ、銀に我慢してもらおう。
待っててね、あんな鉄屑すぐにバラバラにしちゃうから。すぐに治療できるところに運ぶから。
敵が来た直ぐの時、使え無くなり投げつけた武器の内一つを手に取る。このワイヤーガン、逆に引き寄せてしまうかもしれなかったのでそのまま投げたのだ。が、推進剤を切らしている今ならこれが役に立つ。
ようやく起き上ったISの背後にある壁へ向けてワイヤーガンを撃ち込む。すぐにリールを巻いて、さっきよりはマシな速度で敵へと迫った。
途中でワイヤーガンを放り投げ、慣性に身を任せて襲い掛かった。
夢現を投擲、ワイヤーガンのアンカーが刺さったところから更に敵IS寄りの壁に突き刺さる。敢えて外すように投げた槍に気を取られて、頭部がすぐ右に突き立つ刃と柄に注意を割いた。
「やっ!」
ボールを蹴る様に、左頬を狙って右足を振り抜く。鋭く尖った打鉄弐式の足が見事に命中、突き刺さる。が、そのままでは非常に困るので更に力を込めて、パーツを抉り、足を振り抜いた。その代りに右足のつま先から足の甲までが犠牲になったが。
ギギギ、と鈍い音を鳴らして腕を振り上げて狙いを定める敵IS。対する私は右足の勢いに、体全体の捻りを加えて空中で一回転。銀がさっき命中させてヒビが入っている部分目がけて、左足で踵落としをお見舞いする。二度目は無く、残った腕もとうとう使い物にならなくなった。幸運なことに、完全に千切れることなく、肘から下の一部の配線とゴムだけが生き残ってぶら下がった状態だ。また一本の腕が自由に動くことはなくなるので助かる。
左足、右足の順番で足をつけ、壁に突き刺さった夢現の柄を握る。瞬時に振動機能をオンにして、刃が鈍く光り始めたのを見て確認。
「はあああああああああっ!」
引き抜くという動作ももどかしく、そのまま壁ごと敵の胴体を斜めに切り裂いた。右の肩から左の腰まで。
バチバチと傷口がショートを起こして、数秒後にはヘッドパーツから光が失せる。それからは糸が切れた操り人形のようにがしゃがしゃと膝をついて股を開きながら仰向けに倒れた。
「終わった……?」
達成感と同時に緊張が解けていく。が、それと同時にやってしまったという焦りが生まれた。
やりすぎてしまった。両腕は腕が通っていない部分を切り落としたので大丈夫だったけれど、この最後に付けた切り裂き傷はかなり深い。確実に中の人間まで斬ってしまった。
確認のために駆け寄って傷を見る。が、流れてくるのはどれも潤滑油ばかりで、人間の血のような赤い液体はどこにも見当たらない。それどころか、傷口から見える内部はどこまでも機械ばかりで人間の肌は無かった。
まさか……無人?
『聞こえる!? 返事をして、簪ちゃん!』
深い思考の泥沼に入りかけたところで、チャネル越しに親しい声が聞こえた。
「お姉…ちゃん?」
『ええ、お姉ちゃんよ。今どこにいるの? 大丈夫? 怪我してない? 音が結構遠くにまで聞こえてきたし、もう一機入り込んでいたのは気づいたけど、追われたりしてない?』
その声で、一気に現実に引き戻された。
「助けて、……が」
『どうしたの? 一緒に誰かいる? 怪我してるの?』
「銀、が……」
『え?』
「銀がっ! 私を庇って! 怪我が酷くて、身体も無理したから危ないの! お姉ちゃんお願い! 銀を助けて! 先生でも医者でも誰でもいいからぁ!」
『っ! すぐに行くわ! 虚! どこにいるの!』
チャネルを切り忘れるほど慌てたお姉ちゃんの声を聞いて、私から回線を切る。うるさかった。
少し、少しでも銀を楽にしてあげないと……。
駆け寄るような気力が無くて、足を引きずるようにがしゃがしゃと歩み寄る。夢現を握る力もなくて、ずるりと柄が掌から滑り落ちた。
からんからん、と私だけが動く私の部屋で、虚しく響く。
ようやくたどり着いた血だまりで膝をつき、敵の片腕に触れる。
「は、はが……はがね?」
「………」
気を失っていた。痛みで叫ばれたり、暴れられるよりはマシだと思って、重たい腕を動かす。
ビクともせず、あれだけ苦しめられた力は感じられない。私の身体や、銀のラファールの装甲へ簡単に食い込んだ指を、楽々とはがすことが出来そうだ。
鉄の色をしていた敵の腕は万遍なく赤に染まっており、引きはがそうと触れた私の手もまた赤に染まる。
ねちゃり。にちゃり。
持ち上げる指には、血だけではない、ブヨブヨとした柔らかいナニカや、ずるりと薄い膜のようなナニカや、目の粗い砂のように固いナニカが私の手に触れる。
掌が、手の甲が、手首が、腕が、肘が、二の腕が、肩が、胸が、首が、お腹が、顔が、髪が。
全身が銀の血で染まっていく。水色の装甲も、全部が赤に変わっていく。
リアルな音と一緒に指を剥がしていくたびに、私が赤く染まっていく。銀に染まっていく。包まれていく。
人差し指から小指まで、最後に親指をはがした。
「………」
意を決して、血まみれの腕を、ゆっくりと、銀から離していく。
「ひっ!」
私は決して気が強い方じゃない。夜一人で家を歩くのも怖いし、先生や両親から怒られるたびに泣いていた。サブカルチャーは大好きだけど、ホラーだけは手が伸びない。
そんな私には、この光景はショッキングだった。
コレが、鋼の左腕
……目を逸らすな、更識簪。
これはお前が招いた結果だ。お前が引き寄せた事実だ。お前が永劫背負わなければならない罪の象徴だ。
さあ。
「……ぁああ」
ソレを。
「っく、うぅぅ……ひっく……」
目に焼き付けろ。
お姉ちゃんが織斑先生や保険の先生を連れて来たのは、それから数分後。
私は血まみれの銀を抱きかかえて、やつれたような表情をしていたらしい。