僕の心が染まる時   作:トマトしるこ

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思わず筆がのった。

ここいらから原作一巻終了までは、作品を書く前から書きたいなと思っていたところでもありますので、意図せず熱くなっているかと………

毎度ながら、感想ありがとうございます


010 奇襲

 聞くところによると、試合の抽選は完全ランダムになっていて人の手は一切加えられないようになっているらしい。方法までは僕の知るところではない。ただ言えるのは人為的ではないということ。

 それでも疑わずにはいられないこの組み合わせには、僕だけでなく周囲にいる皆もフリーズしてしまう程の衝撃だった。

 

「おお~」

 

 ※隣のクラスメイトは除く。

 

「ちょっと、今脚注挟まなかったかな?」

「脚注?」

「ふぅうぅうぅん?」

 

 怖い怖い怖い!!

 

「布仏さんは、この組み合わせどう思う?」

「初っ端決勝戦って感じかなぁ」

「やっぱり?」

 

 僕らの会話を聞いていた他の生徒もうんうんと首を縦に振って頷いている。

 

 第一試合  織斑一夏 VS 凰鈴音

 

 今回のトーナメント参戦者の中で専用機を持っている二人がいきなりぶつかるのだからそれもそうだ。

 

 専用機はそれだけで量産機とは格が違う。極端な仕様の違いや装備の有無、何よりも操縦者の力量如何でどうなるのかはわからない。ただ、機体の性能差が大きくあることは間違いない。普通のママチャリ(?)とロードバイクは同じ自転車というカテゴリの中でも性能が段違い。つまりはそう言うこと。

 

 端から専用機の相手をできるのは、同じ専用機だけ。量産機で出場する他の代表には悪い話だけど、彼女らに勝ち目はまるで無かった。性質の悪い出来レースみたいなもの。

 

 だから布仏さんは初っ端から決勝戦って言ったんだ。

 

「じゃあこの初っ端決勝戦、どっちが勝つと思う?」

「そうだねぇ。それは難しい質問だなぁ~。逆にななみんはどっちだと思う?」

「僕?」

 

 むむむ。

 

 普通に考えれば凰さんの方に軍配が上がる。専用機によるアドバンテージが無くなれば、決め手になるのは力量と知識と経験。凰さんが日本にいた頃はISに触れていなかったことを考えると、彼女はたったの一年で素人から候補生へ駆けあがった天才肌だ。たとえどれだけ織斑君が気力と才能があったとしても、一年のキャリアと経験の差はそうそう埋められるモノじゃない。ISが蓄えた経験値の差も大きい。

 

 ただ、それすらも覆せる力が織斑君の白式にはある。

 

 『零落白夜』。エネルギーによって生み出されたエネルギー無効化。コアのエネルギーによって動き、シールドエネルギーによって守られているISにとって最も恐れるべき能力。IS殺しと言ってもいい。

 

 たとえどれだけ卓越した技術があっても、機体の性能がずば抜けていても、それはISというカテゴリがら逸脱することは絶対にない。零落白夜が掠りでもすれば大ダメージは避けられず、数秒触れれば致命傷となる。

 

 つまり、敵がISである限り、わずかではあるけれど織斑君は勝つことができる可能性が残されているわけだ。

 

 そこに白式という機体の高性能が加わるなら、可能性はもう少しだけ上がる。

 

 五分はありえない。良くても一対九。勝負の世界がそんなに甘くないことは僕よりも彼の方が身にしみて分かっているはず。でも織斑君には一割が残されている。彼にとっては十分賭けるに値する確率に違いない。

 

「凰さんかな」

 

 それでも織斑君は勝てない。僕はそう思う。

 

「へぇ~。それは戦ったことのあるななみんならではの感想かな?」

「そんなところ」

 

 一対九とはつまり十回戦って一回しか勝つことが出来ないということ。これでもかなり多めに見ての確立だから実際はもっともっと低いはず。ここまで来ると勝ちを掴むというよりは勝ちを引き寄せる“運”の問題。

 零落白夜がうまく発動したとしても、当てられるかどうかはまた別の話。

 機体には慣れたかな? 乗れる時間はほんのわずかしかなかった。

 空中戦の間隔は? 練習はしていないけれど。

 

 不安要素はまだまだある。もう上げればキリが無いよ……。

 

 実際は織斑君の勝率は限りなくゼロに近いゼロ。凰さんは勝てて当たり前の勝負。だからこそ、性質の悪い出来レースなんだ。一見釣り合ったカードに見えても、中身の役が大違い。

 

「そもそも、乗ったことのない運動もしたことのない僕にあれだけ追い詰められてちゃ……ねぇ」

「確かにね~。でも、ななみんは特別だと思うんだ……」

「そうかな?」

「うん! とってもシュバババって動いててね、カッコ良かったよ~。あんな動き、代表候補生でも中々できないと思うなぁ。ななみんはセンスの塊だね」

「言い過ぎだって……」

 

 それ、更識さんにも言われたんだっけ。厳密にはセンスじゃないんだけどね。

 

 僕があれだけ動けたのは馬鹿みたいな搭乗時間と、卵とISの二重で働いた生命維持装置と、おかげでなんとなく分かるコアの声があったからであって。僕自身は人を叩いたこともデコピンしたことも無い。

 

「それで、布仏さんはどうなの?」

「私? わたしはねぇ~」

 

 袖をぱたぱたと振りながら布仏さんらしいポーズをとって言った。

 

「引き分け。もしくはお預けかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全校生徒お目当ての第一試合。予想通りの展開になり、一切の遠距離武装を持たない白式は凰さんの射撃による弾幕を抜けられずに飛びまわっている。

 

 凰さんの赤くとげとげしたISは僕らには何も見えないけれど、なにやら弾を撃ち続けているらしい。織斑君は必死に避けているし、実際に何も無い空間で吹き飛んだりいきなりエネルギーが削られたりしている。銃を構えてもいないのに弾丸を撃つことが出来るのが、凰さんのISの第三世代兵装か……。

 

 今は上手に避けることが出来ている。きっと織斑君には見えない弾丸が見えているんだ。肉眼では無理でもISのハイパーセンサーなら感知できるんだろう。

 

 でも……。

 

「このままじゃ織斑君、負けちゃう……」

「デザートパス……」

 

 クラスメイトの悲しい声が地味に広がり始める。……デザートパスって。まぁ、そうだけどさ。もうちょっと真摯な気持ちで応援しようよ。

 

 現状、織斑君は一撃すら与えていない。にもかかわらず凰さんは安定した距離を保ちながら織斑君を寄せ付けない。たとえ無茶をして剣の間合いに入ったとしてもそう簡単に零落白夜の一太刀を入れられるはずもない。凰さんは両手に薙刀の様な中国っぽい槍を持っている。どう見ても近接寄りの機体だ。しかも二振りだから手数で負けている。

 

 僕は周りに聞かれないよう小声で布仏さんに話しかけた。

 

「さっきの話しの続きじゃないけど、どっちに勝ってほしい?」

「んー、複雑な質問だね……」

 

 人差し指……いや、袖を顎にあてて上を向く。

 

「おりむーは、かんちゃんのISが完成しなくなった原因。だけど、おりむーが故意に何かをしたわけじゃないし………。同じ倉持技研製だからちょっと負けてほしい様な負けてほしくない様な………むむむむ」

「割と悩むんだ」

「むむっ、ななみんは私を何だと思っているのだね? そろそろ怒っちゃうぞ~」

「ごめんごめん」

 

 てっきりどちらかを即答するものだと思っていたから……別に馬鹿にしているわけじゃない。

 デザートパスをとりたいなら織斑君を、打鉄弐式を引き合いに出すらな凰さんを。同じ簪さんの経緯を知る者同士、ちょっと気になっただけ。この人ならどっちもあり得ると思った。

 

「ななみんは?」

「凰さん」

「即答?」

「即答」

 

 織斑君にはすんなり勝たれると困るんだ。ゆっくりと階段を上るような成長をして貰わないと、僕に変な期待やとばっちりが押し寄せそうだし。

 名無水銀は病弱な人間。そういう事実の方が先に広がった上で織斑君と比較されるのと、広まらずに比較されるのでは大きく違う。出来もしないことを要求されたり、変な先入観を持たれるのが一番面倒だ。

 

 だから凰さんには勝ってほしい。贅沢を言うなら、シールドエネルギーに大きな差をつけて。

 

「ふぅぅん」

「ニヤニヤして……気持ち悪いなぁ」

「別にぃ? かんちゃんにほーこくだねっ」

 

 今の言葉に伝えるほどの意味があるのかな……。

 

 その時大きな歓声が会場から巻き起こる。

 

 見えない弾丸を切り抜けた織斑君が、凰さんのISに一撃を入れた上に左手の槍を遠くへ弾き飛ばしていた。

 

「おぉ~、やるねおりむー」

「わ、私の稽古の成果だな!!」「ふっ、私との練習の成果が出ているようですわね」

「「…………」」

 

 少し離れた所に座る篠ノ之さんが大層喜んでいた。踏み込み方から貼りつくように指導していた篠ノ之さんからすれば、結果が見える一撃に違いない。地のない空中でも立派に懐へ入りこめたのは稽古のお陰ということもあるんじゃないかな。

 見えない弾丸と言っても、見えないだけで性質は普通の銃弾と大差ない。超高速の点の攻撃だ。織斑君があれだけ避けることが出来たのも、一重にオルコットさんのビットを使った連続射撃を相手にして毎日頑張ったからでもある。

 

 ……そこ、睨まない睨まない。

 

『その空気の弾丸……龍砲はもう見切った! 次で決めてやるぜ、鈴!』

『はっ! 何一回アタシに一撃入れただけで調子にノってんの? 衝撃砲なんてこの甲龍にとってはただの牽制武器。一番性能を引き出せるのは―――』

 

 くいっと手首を動かした凰さんの手には弾き飛ばしたはずの槍が収められていた。かろうじて見えたのは、巻き戻しの様に一直線に戻ってくる一瞬だけ。

 

『―――アンタの大好きな剣の間合いって奴よ!!』

 

 槍の柄同士を噛み合わせて双刃の槍に変化した武器を両手で構え、更に気合いを漲らせる。凰さん自身近接戦を好むような雰囲気をしているし、ここからが本番って言いたいんだろう。織斑君からすればようやく戦いが始まるってところだろうけど。

 

『本気で行くぜ』

『アタシは手加減してあげてもいいわよ?』

『抜かせ!!』

 

 対する織斑君は突進の構え。左半身を前に、両手で握った刀の先は地面を向いて、重心を前に傾けて腰を落とした。あれは確か……千冬さんが一つだけ教えてくれた、お得意の『瞬間加速』……だっけ。

 

 数秒間の間。観客も静まり返ったその後……。

 

 先に仕掛けたのは織斑君だった。

 

『うおおおおっ!』

 

 構えそのまま、スラスターを全開にして突進していく。

 凰さんは見えない弾丸を撃ちながら斬り結ぶ為に槍を振りあげていた。

 

 そこで織斑君――白式が視界から消えた。

 

『そんな……何を!!』

『決める!』

 

 次の瞬間には凰さんの懐へ。

 槍では受けることも逸らす事も出来ないほどの近距離。ただし、刀からしてみれば一撃の入れやすい適正距離。この絶妙な距離まで踏み込めたのは、やはりあの瞬間加速を使ったからに違いない。

 

 一度吐き出したエネルギーを取り込み、機体内のエネルギーと一緒に噴射することで一瞬だけ爆発的な速度を得られる。だったかな。一番ベーシックかつ難易度の高い技術らしい。

 

 加えて白式が握る刀――雪片弐型が金色に包まれ、刀身が肥大化する。零落白夜の発動だ。これは既に知っていたのか、凰さんの表情が更に引き攣る。

 

 右下から左上へ斬りあげる。

 

 その前に、二人の直ぐ脇を何かが通り過ぎて地面へと激突した。巻きあがる粉塵。

 

「あれは……一体」

 

 卵が教えてくれるかすかな情報は……僕の知らないものばかりだった。

 

 一拍置いてから土煙の中からエネルギーの閃光が直上へ迸る。行く先はアリーナの電磁シールド。アレの強度はISのシールドエネルギーの比ではない。どんな攻撃も簡単に弾く……はずだった。

 

『電磁シールドがたったの一発で壊された……!』

『とんでもない化け物ね……コイツは!』

 

 僕らに見ることができたのはそこまでだった。織斑君達のやりとりの直ぐ後に観客席の緊急用シャッターが閉じて非常灯の淡い光に包まれる。

 

『緊急事態だ! 観客は避難! 教員は直ぐに避難誘導とISを以って奴を抑えろ!』

 

 じわりと広がり始めた動揺は一気に爆発した。すぐさま全員が出口へと殺到し、教員達が落ち付かせて非難させようと声を飛ばす。

 

 それにしても……今のは一体……。

 

「ななみん、行こうよ。危ないよ?」

「そうだね」

 

 僕らも安全な場所へと避難することにした。二人ならきっと大丈夫なはずだ。千冬さんだってついているんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで……。

 

「ふぅ」

 

 武装はようやく及第点ってところかな。荷電粒子砲、高振動薙刀、最大四十八のクラスターミサイル。機体のコンセプト自体は前々から決まっていたけど、色々なパターンを試したくて載せている武装が他にもいくつかある。シールド、ライフル、バズーカ………大半はそのままキャストオフだろうけど。

 

 ここまではいい。うん。銀のお陰でかなり進んだし、学んだことも多くて私の技術も向上してるから、やりたかったこともある程度は実現した。ただ、マルチロックオンシステムに関してはやはり私一人では無理があった。とにかく実戦が出来るようにしておきたいので後回しにする。

 

 問題はここから………そう、機体そのもの。武装はそこまで苦労していなかった。

 

 バランスはガタガタ、出力も不安定、回路もまともに繋がっていないときた。ただ組み立てただけのハリボテと言っても差し支えはない。銀の手伝いがあったとは言え、やはり全体的にはまだまだ。

 

 ………悔しいけれど、これ以上は私一人では手がつけられない。銀がいないと。でも、試合を楽しんでって行ってもらったのに呼ぶのも違う。

 

 どうしよう……。

 

「見に行こうかな……」

 

 銀も本音もいるし。暇つぶしにはちょうどいいかな。

 

 今の様子を取り敢えず確認。

 

「ふぅん……意外と、善戦してる」

 

 すぐやられるとは思ってなかったけど、ここまで粘るのも予想外だった。シールドエネルギーの残量からして結構避けているみたいだし、二組の候補生のシールドエネルギーも減ってるからダメージも与えてる。

 

 予想をいい意味で裏切って、しっかり試合をしていた。

 

 生徒としては彼を褒める……というか関心の言葉を贈るべきなんだろう。

 でも、そこにいられるのは、その機体を使うことができるのは……私と打鉄弐式という犠牲を払っているからこそ。楽しそうに、笑いながら、汗を流して剣を振るえるのは………。

 

「………」

 

 黙って首を横に振る。故意的な事じゃない、私ごときではどうしようもない仕方の無いことだ。彼にはなんの罪もない。その事でグチグチと恨み言を言うのは間違っている。

 

 ……嫌な女にはなりたくない。好き嫌いなくさないと。

 

「いこ」

 

 腹を括ってアリーナへ行く決意を固める。

 

 カードリーダーでスキャンして整備室を出ようとした時、アナウンスが流れた。

 

『 緊急事態だ! 観客は避難! 教員は直ぐに避難誘導とISを以って奴を抑えろ! 』

 

 ………穏やかじゃない内容だ。

 

 頭を切り替えて代表候補生として取るべき行動を取る。まずは現状の把握と、私がすべき事の確認だ。

 

 スキャンするために取り出した学生証を端末に通して原因を探す。非常事態が起きそうな場所といったら………トーナメントが行われている第一アリーナが怪しい。

 

「繋がらない……回線が向こうからカットされてる」

 

 ビンゴ。何かあったんだ。見られては困るけれど、教員が出なければならず、避難もしなければならないほどの危ない何かが。

 

 危ない?

 

 …………!? 銀っ!

 

 観戦には学年問わず多くの生徒が集まっている。出場するのは一年生のほんの一部だけど、ISを使った実戦形式の試合には不測の事態に備えて多くの教員が控えているため、他学年の授業が出来ないらしい。自習にするくらいなら観戦した方が勉強になると思っての配慮だ。

 

 銀は、そこにいる。

 銀だけじゃない。本音も、本音のお姉さんも、私のお姉ちゃんも、クラスメイトも、みんな………。

 

 ………行かなきゃ。何が出来るのか分からないけど、ここでじっとなんてしていられない。だって……そう、私は銀の護衛役なんだから。部屋が一緒なのも、傍に居なくちゃいけないからだから。役割を果たさないと。

 

 再び部屋を出ようとカードリーダーへ近づく。

 

 そこで異変に気付いた。

 

「………音?」

 

 聞こえるはずのない音が聞こえた。しかもそれは確実に少しずつ大きくなっていく。つまり、近づいている。これは聞き覚えのある……聞きなれた音。

 

 ………ォォォォォォォォォオオオオオ。

 

「ISのジェット……!」

 

 それはスラスターから漏れるISの推進力。PICで浮いた機体を加速させる音。

 

 たとえIS学園内であろうと、不用意な許可のないISの起動は禁じられている。治外法権の適用されるIS学園でも、これだけは変わらない。

 

 だが現にISは接近してきている。殆ど無人であるはずの整備室が並ぶこのエリアに。

 

 狙うのであれば、人が多く集まり試合の為に集められたISのあるアリーナがまず挙げられる。さっきの放送の事を考えれば、今ここに近づいてくる機体の仲間がアリーナに乱入した、もしくは乱入した機体がこちらへ来ていると考えると………普通に私が危ない。

 

 いや、逃げてきているのならまだいい。追って来ている教員部隊がすぐ来てくれるから。もしも、アリーナに現れた機体とは別で、誰も気付いていないのなら……でも、いや、もしかして。

 

「私のISが狙い?」

 

 成程と一人で納得する。どうやって私の居場所を調べたのかなんてどうでもいい、そんなことは後。狙われる理由なんて考えればキリがない。この危機をどう切り抜けるかを考えないと……。

 

 非常時の通路なんて知らないし、そもそもあるのか怪しい。今すぐここから出て人がいる場所へ逃げたとしても、対処できるかどうか分からない。それに、その途中でもし遭遇でもしたら詰み。今の打鉄弐式じゃまともに戦えるわけがない。

 

 IS相手にして生身で逃げきることは不可能。迷路の様に複雑ならまだしも、ここはISを搬入することも想定されているので大きく広い。頑丈な造りだけど壁を壊されたらもうどうしようもなくなる。そもそも私がここにいることを始めから分かっているなら、移動したところで追跡されることも十分ありうる。

 

 逃げは悪手。

 

「ここで迎え撃つ」

 

 技術者にとって、自分だけの整備室は自分の城の様なもの。どうせ戦うなら自分に有利な場所で戦いたい。未完成の機体を使うのなら尚更。

 

 入口から最も離れた壁に背中をくっつけてISを展開。機体の半面をカバーする大型のシールドを展開し、ライフルも構えて砲台になる。今から細工をする時間は無い。背水の陣を敷くほか無かった。

 

 次第に大きくなってきていた音がブツリと途切れた。

 

 瞬間、轟音。頑丈な仕上がりの自動ドアが部屋の内側へ吹き飛ぶ。

 

 現れたのは引きずるほどの大きさと長さの剛腕が目立つ鉛色のIS。全身が装甲に包まれ、漂う雰囲気はどう見ても友好的なものではなく、敵意と殺意に溢れている。

 

「……………っ!!」

 

 近づかれたら何もできない。動けないのだから踏ん張りも効かない。少し力を込めて突かれただけで倒れてしまう。

 

 だから、その前に終わらせないと。

 

 ズン。

 

「う……」

 

 怖い。相手が誰なのか分からないことも、何の目的なのかも。選択を間違えれば、深手を負うかもしれない……下手をすれば死ぬ。

 

 ズン。

 

「…………っくぅ」

 

 それでも引けない。

 

「わああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 銀が待ってる――!

 

 大型シールドを床に突き立てて、右手でライフルを、左手でマシンガンを握ってトリガーを引く。発砲による反動は全部壁が吸収してくれる。気にすることなく、撃ち続けた。

 

 ロックオンのシステムはしっかり機能していたので、微妙な射線のズレを勝手に直して撃ってくれた。吸い込まれるように弾丸は敵ISへ……。

 

 硬い……! 

 

「でも……」

 

 弾丸を弾くような装甲だからといって、何度も同じ個所を狙われて無事なはずが無い。必ず攻め時はやってくる。

 

 一歩ずつ、確実に、追い込むようにISが迫ってくる。手を休めることなく正確に撃ち続けた。

 

 ガキン!

 

「弾切れ……!?」

 

 はっとなって視界の左に表示される武装欄に焦点を合わせる。どちらも全ての弾を撃ち尽くしていた。本来なら弾倉を変えればそれで済む話だけど、生憎とそんな物は持ち合わせていない。どれもこれも、インスタントにしか使えないことにようやく気付いた。

 

 それならそれでもいい。無いよりは何倍もマシだ。

 

 領域内へ再格納せずに鉄屑になった銃を投げつける。当然自慢の腕で弾かれるが、脚は止めたし身体もガラ空きだ。

 

 すぐさまバズーカを二つ展開して関節部の肩と膝を狙い撃つ。

 

 どんな攻撃手段を持っているかは分からない。ぱっと見たところ射撃系の武装は持っていないみたいだし、近づかれる事さえなければ一先ずの安全は確保できそうだ。脚さえ何とか出来れば……。

 

 儚い期待を持ってひたすらバズーカも連射する。無駄にしないように、丁寧に。

 

 命中するたびに爆発が起きて視界が濁っていくが、視界が塞がれた程度じゃISのハイパーセンサーはどうもしない。見えない不安もあるけれど、当たっていることを、傷を負わせていることを祈る。

 

 ガキン、ガキン!

 

「っ……! なら!」

 

 あとがどうなるかなんて考えない。室内であることも忘れてとにかく手にある武器を使い続けた。

 

 ロケットランチャー。

 手榴弾。

 迫撃砲。

 ミサイル。

 槍。

 キャノン砲。

 狙撃銃。

 荷電粒子砲。

 

 ………。

 

「はぁ、はぁ…………っく」

 

 これでもかと撃ち続け、あっという間に空になった武装欄から目をそらしながら敵を見やる。粉塵がバンバン巻きあがる中で荷電粒子砲やら持ち出したせいで、電波障害が若干起きている。視界は殆ど煙で染まって何も見えない。機能しなくなったセンサーも合わせて、本当に何も見えなくなった。

 

 酷い有様になっている整備室の換気扇はまだ生きていたようで、天井の数点へ煙が吸い込まれていき視界が徐々に晴れていく。

 

「そん………な」

 

 ガシャン、と膝をつきたくなるような光景。

 

 所々装甲にヒビが走ったり、壊れたり、一部は砕けている所もあるが、ISは健在だった。脚もある。幸いと呼ぶべきか、左腕は吹き飛んでいた。

 

 そこで気付いた。損傷した部位から見えるのは、人間の身体じゃなくて、コードや電子機器に噴出するオイルばかり。乗っているはずの人間の身体なんてどこにもない。考えたくも無いけれど、本当なら骨や焦げた肉、血が飛び散っていてもおかしくはないるのに……。

 

「無人? いや、でも、そんな………なら……」

 

 ISは人間からの電気信号をキャッチして動く。少しでも効率を上げるためにわざわざスーツまで作られるのだから、この電気信号がどれだけISにとって重要なのかはよくわかる。

 

 そう、無人機など有り得ない。

 

 でも、これがもし機械だけで作られた……無人機なら?

 

 たとえ足を壊したところで止まることはない。腕を使って這ってでも私を捕まえようとするだろう。目的を果たすまでは止まることなく、手段も選ばない。

 

 ……いや、そんなことはない。これはISなんだから。

 

 でも、止まらないという事実は同じだ。

 

「どう、すれば……」

 

 全て文字通り打ち尽くしてしまった。残されているのは薙刀の夢現のみ。ただ、近接武器を下半身の踏ん張りなく使えるはずがない。

 

 自分の周りには何もない。打ち尽くした銃火器は全て投げつけたのだから。ガラクタや破片も投げたところで効果があるとは思えない。

 

 どうする? このままじゃ……動くか、せめて走れるぐらいはできないと………!?

 

「あ」

 

 簡単なことたった。

 

 今システムを完成させればいい。それさえできれば戦うこともしなくて済む。

 

 時間がない。大きく負傷したとはいえ敵は健在だ。なんとしてでも間に合わせる。

 

 システムキーボード、オン。

 

「回路を接続。神経系………クリア。やっぱり出力が安定しない」

 

 とはいえそう簡単に出来ることでもない。だからこそトーナメントには出場していないし、逃げることも出来ないんだから。

 

 色々なパターンを試しては診断して、エラーを突きつけられた。今まで何千回と繰り返した行為。その度にため息をついては考え直してきた。たけど、今に限ってはため息じゃ済まない。

 

 ズン。

 

「ひっ!」

 

 一際大きな足音に悲鳴を上げてしまう。無表情の鉄の顔が笑っているように見えた。カメラの向こうにいる製作者がわざとそうさせているに違いない。こいつは悪趣味だ。

 

 スピードを上げて新しいパターンを試していく。

 

 エラー。

 

 エラー、エラー。ERROR。

 

 ズン。

 

「ハァ、ハァ………ハァ、ハァ……」

 

 次第に息が上がっていく。それに合わせてミスタイプが増えてきた。

 

 だめ、落ち着いて……。私の命が掛かってる、銀が待ってる……!

 

 ピピッ。

 

「こんな時に……!」

 

 一通のメールだ。

 

 差出人は……名無水銀。


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