僕の心が染まる時   作:トマトしるこ

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 どうも、おはこんにちばんは、トマトしるこです。

 今作品は、私があまり好ましくない「アンチ・ヘイト」タグを最初からつけるという暴挙に出ております。あ、ちゃんと全体の流れを整理したうえでつけています。勢いではありませんよ?

 タグを見ていただければおわかりだと思いますが、鬱な展開をプッシュしていきます。ベターな設定にありがちな筋書きだとは思いますが、どうぞ読み続けていただければ幸いです。

 ヒロイン(確定)の簪ちゃんとのちょっぴり甘いシーンを混ぜ込みつつ、主人公がどんどん闇堕ちしていく様を暖かい目で見守ってくださいな。

 それではどうぞ。開幕です。



本編
001 悲劇と別れは音もなく訪れた


「おはよう、名無水(ナナミ)君」

「……おはようございます」

 

 看護師さんに言われて目が覚めた。次に身体を起こそうとするけど……やっぱりできない。手元にあるボタンでベッドの上半分を上げる。最近のベッドはリクライニング機能がついているらしく、主に身体が不自由な人や高齢者が使用している。

 

 僕もその中の1人だ。生まれつき身体が弱く、1人では何もできない。身体を起こすことすらね。現代の医療技術でも直す事ができない不治の病を、僕は生まれたときから患っている。世界で最も医療の分野が発展している日本、アメリカ、ドイツも匙を投げた。

 

「はいこれ、今日の朝ごはん。何かあったら、いつも通りナースコールお願いね」

「はい」

 

 台の上に食事を置いて、看護師さんは病室を出て行った。

 

 正直、食べたくない。味はどうでもいいんだけど、疲れるんだよね。でも食べないと家族に迷惑をかけてしまう。これ以上余計な心配はかけたくないので、無理やりにでも食べるようにしている。

 

「頂きます」

 

 少しでも重たくないように、という病院の好意で、僕の食器はプラスチックでできている。ただのプラスチックじゃなくて特殊な素材と方法で作られた物で、かなり軽い。スプーンなんて紙みたいだ。それでいて、従来のものより強度があるんだから驚き。

 

 そんなハイスペックスプーンで無理矢理食事を流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

「げほっ、げほっ……」

 

 姉さんが持ってきてくれた本を読んでいると、突然苦しくなった。別によくある事なので驚いたりしない。無理に咳を止めようとせずに、傍に置いていた洗面器を持ってきて、それに向かって咳をする。面倒だけどこうしないとベッドを汚してしまう。

 

「げふっ、かは、ごぼぉっ……」

 

 今みたいに吐血するからね。

 

 収まったらゆっくり水を飲んで、口をゆすぐ。それからタオルで拭って薬を飲んだ。最後にナースコールで看護師さんを呼んで、洗面器を変えてもらう。コレを放置するのは衛生的に良くないんだとか。

 

「大丈夫?」

「……はい。すみません、また……」

「いいっていいって」

 

 看護師さんも慣れたもので、病室に来る時はいつも新しい洗面器を持ってきてくれる。些細な気遣いはとても嬉しいんだけど、それだけ病院に馴染んでるって事実が辛い。

 

 

 

 

 

「はろー、元気にしてた?」

「姉さん……」

 

 姉さんが来てくれた。夕暮れ時だし、スーツだからきっと仕事帰りだ。

 

「ほら! 今日は銀の好きなカップケーキ買って来たぞー!」

「………」

「んー? どうした?」

「ありがとう、って言ったの」

「気にしない気にしない。銀の為だからね」

 

 備え付けのイスに座って、カップケーキを食べやすい大きさに切ってくれる。

 

(本当は、ゴメンナサイって言ったんだけどね……)

 

 自分で好きなことしたいはずなのに、もっと遊びたいはずなのに、大学に行きたかったはずなのに、僕のせいでゴメンナサイって。何回言ったかもう分からない。でも、何万回でも僕は謝りたい。高校で首席をとった姉さんならいい大学に行って、有名な企業に就職できたはずなのに、僕の入院費と医療費を稼ぐためにって高卒で仕事を始めたんだ。大好きな家族の将来を潰した。僕みたいな存在が。だから、何度でも謝るんだ。それを言うと絶対に怒るから言わないけど。

 

「おいしい?」

「……うん。おいしい」

「そっか」

 

 ただにっこりと笑って頭を撫でてくれた。それだけで、僕は十分嬉しかった。お菓子なんて買わなくてもいい、僕の事なんてどうでもいい、ただ幸せに暮らしてほしいだけなのに。

 

「こら」

「……痛い」

「余計なこと考えるから。バカなこと言わないで、食べて元気出しなさい!」

「……うん」

 

 考えていることがバレるのって、何か嫌だなぁ。

 

「あら、先に来てたの?」

「今日は早かったからね。ダメだった?」

「そんなことないわ」

 

 母さんだ。続いてぞろぞろと入ってきたのが父さんと妹、弟。毎日じゃないけど、こうして家族みんなでお見舞いに来てくれたりする。なんていうか、贅沢だなって思う。

 

「見て見て! 今日ね、学校でテストが返って来たの! ほら、満点!」

「俺も! 姉ちゃんは2つだけど、俺は4つだよ!」

「そっか、よく頑張ったね」

 

 テスト用紙をランドセルから出して、机に広げる妹と弟の頭を撫でてあげる。重たい右手を動かすのは辛いけど、我慢した。姉さんが僕にそうしてくれたように、僕もそうしようと思ってのことだ。こんな死んだような僕だけど、いいお兄ちゃんでありたい。

 

「身体の調子はどうだ?」

「いつも通り」

「無理だけはするんじゃないぞ。ほら、口開けろ。父さんが食べさせてやろう」

「姉さん。お茶とって」

「はい」

「ガン無視!? 母さん、銀が不良に……!」

「はいはい」

 

 いつまでも子離れしない父さんと、割と何でもできる母さんには感謝してもしきれない。お金もそうなんだけど、2人には僕を捨てることだってできたはずなんだ。迷惑がかかる、お金だってどれだけするのかわからない、そもそも治るのか? たくさん不安とかあったはずなのに、当たり前のようにまだ僕のことを見てくれる。僕が生きていられるのは、生きていようと思うのは両親が……家族がいてくれるからだ。

 

 生まれてきてゴメンナサイ、居てくれてアリガトウ。矛盾してるけど、本当にそう思っていた。

 

 思ってたんだ。まだ、この頃は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家族が、皆死んでしまった。

 

 警察の人が突然病室に来てそう言った。どこかへ出かけた時、台風によっておきた土砂崩れに巻き込まれたらしい。見つかったのは、台風が去った3日後。土砂に呑み込まれた車の中で、五人の遺体が見つかった。丁度、お見舞いに来なくなった日と合致。他にも死傷者が出ており、記録的な大災害だったらしい。

 

 それからはいろんな人たちが訪れた。主に親戚の人たちだったけど。どの人達も、軽く挨拶をしたら遺産がどうのこうのって話ばかりで、母さん達の死を嘆いた人はいなかった。

 

 世の中腐ってる。

 

 病室から出た事なんてないのに、本気でそう思った。

 

 嫌になった僕は、看護師さんに頼んで面会謝絶にしてもらった。友達なんていない、家族だって消えた、来るのはお金目当てのクズ共ばかり。面会なんてシステムは僕には必要ない。

 

 遺産問題は全部丸投げして、ただただ、ボーっとする日々が始まった。

 

 それが変わったのは、あの人が来た時だった。

 

「やあやあ始めまして」

「………どなたでしょうか。面会はお断りしてます」

「おお、まだ中二のくせにやたらと礼儀正しいじゃないか。驚きもしないし、冷静沈着と……おもしろいねぇ~」

「僕は面白くありません。出て行ってください」

「まーまーそう言わずにさ、ちょっとお話ししようよ」

 

 入ってきたのはコスプレみたいな恰好をした女性だった。姉さんと同じくらいの歳に見える。

 

「で、私が誰か分かるかな?」

「知りません」

「おや? テレビやネットは見ないのかい?」

「ここにそんなものがありますか?」

「じゃあ知らないんだね。私は篠ノ之束、IS開発者とは私の事さっ!」

「ISって何ですか?」

「そこからーー!?!?」

 

 娯楽関連のものは姉さんが持ってきてくれる本だけ。ここにはラジオすらない。興味が無いからっていうのもあるけど、外に憧れてしまうから敢えて置かないようにしていた。他の病室には普通に置いてある。

 

 そこでこの篠ノ之さんにISについて教えてもらった。

 

 インフィニット・ストラトス。イニシャルをくっつけてIS(アイエス)と呼ばれている。宇宙進出を目的としたマルチフォーム・スーツで、空を飛んだり数km先を見たりと人間単体ではできないことができるらしい。100を超える戦闘機と数十の戦艦をたった1機で無力化もしたそうだ。

 

 で、それを目の前の人が開発したと。

 

「それで、そのIS開発者が僕に何の用ですか?」

「どうやら君には適性があるみたいでね……頼みごとがあって来たのさ」

 

 ISは聞いただけでもとてもすごいものだと分かる。でも、欠点が1つ。女性にしか扱えない。篠ノ之さんがそう設定したのか、偶然なのか、それは分からないがここでは関係ない。

 

「僕が……女性にしか扱えないISを?」

「そそ。ちょーっと病院のPCにお邪魔して調べさせてもらったよん。プライバシーに関することは見てないから」

「………それで、頼みごとってなんですか?」

「うんうん、いいねぇ~」

「?」

「喚かず騒がず、現実を受け入れ、即座に対応する。もしもこんな身体じゃなかったら、君は私側の人間だっただろうね。いや、動けないだけであってこちら側なんだね」

「こちら側?」

「私みたいな天才だってことさ! さて、それは置いといて………頼みごとというのはちょっとしたお手伝いさんになってほしいのだ」

「お手伝いさん……というと、掃除をしたりとかですか?」

「それもあるけど――」

 

 そう言いながら篠ノ之さんは席を立って、くるくると回りながらベッドの左側に移動して、真っ白なブレスレットをポケットから出した。

 

「じゃじゃーーん! これを着けてもらいたいのだー!」

「……ブレスレット?」

「ISが普段はアクセサリーだってこと話したよね。これがその状態。でも、これはまだISとしては不完全なの。君にも分かりやすく言うなら雛が孵る前の卵。そう、これは『ISの卵』なんだ」

「ISは機械でしょう? 機械に卵って表現はおかしくないですか?」

「これには深ぁいワケがあるの。ISの動力源であり核である部分――そのままコアって言うんだけどね、このコアには意志がある。私達人間みたいにね。でも、そのブレスレットのISにはまだ意志が生まれてない状態なんだ」

「『ISの卵』は、普通のコアが持つ意志がない。だから、孵るまで――意志を持つまで面倒を見ろ、と」

「そそそそ、話が早くて助かるなー。おっと、因みに君は断ることはできない……いや、断れないよ」

 

 お断りします、そう言おうとした時、先に言われてしまった。断れないってどういう事だろう?

 

「メリットが無いじゃないですか」

「ある。ISには操縦者を守る盾、“絶対防御”が存在する。それとは別でシールドエネルギーっていうのもあったりしてね、要するに、ISは操縦者を保護する機能が幾つかあるんだよ。その中に、ほんの一握りのISにしか積まれていない機能、“生体再生機構”っていうのがあるんだよねー」

「“生体再生機構”?」

「読んで字のごとく、搭乗者の身体を最善の状態まで高速再生するのさ。余程の大怪我をしたときとかに発動するの。コレをちょちょーっと弄れば、装着している間は常時発動にできるんだよ。君の場合は生まれた時からって聞いてるから、どこまで回復させられるか分からないけど、少なくとも寝たきりの生活とはオサラバ、ようこそ外の世界へ、ってね」

 

 話を纏めよう。

 ISには搭乗者を保護する機能が幾つかある。そのなかでも、限られたISにしかない“生体再生機構”というのが、篠ノ之さんが持っているブレスレット型のISにある。それを少し改良すれば、1人で起き上がることすらできなかった僕でも外を出歩くことができるようになる。それだけの力が、あのブレスレットにはある。

 

「………それ、本当なんですか?」

「ホントホント。本気とかいてマジと読む。最近の言葉で言うならガチってやつ。勿論、私のお手伝いをすること、『ISの卵』が孵化するまで面倒を見ることが条件」

 

 外に、出ることができる。その言葉だけで十分だった。

 

「分かりました。やらせてください」

「いい返事だね」

「ただ、1つだけ。我儘を言ってもいいですか?」

「聞くだけ聞いてみようじゃないか」

 

「家族が住んでいた家が、見たいです」

 

 

 

 

 

 

「ここが……」

「そ。君の家。と言っても、来たのは初めてだろうけどね」

 

 翌日、看護師さんに黙ってこっそり抜け出して束さんに家まで案内してもらった。車椅子を使おうと思ったんだけど、「それじゃ家の中回れないじゃん」って言われて、代わりにISを貸してくれた。僕にはよくわからないけど、PICっていう浮くためのシステムしか入っていない、太ももまである大きな足みたいなやつだ。歩けないので浮いて移動する。

 

 門を開けて、玄関を開けた。鍵はいつでも帰って来れるようにって、姉さんが合いカギを作ってくれていた。

 

「ただいま」

 

 靴箱の上には小物と写真が、壁にはカレンダーと姿見。多分、どこの家庭も変わらないような、一般的な玄関だ。

 ふわふわと浮いて、近くのドアを開ければそこはリビング。大きな6人用(・・・)のソファに、大きなダイニングテーブルと6つのイス(・・・・・)。食器棚には1人1人の名前が書かれたコップが6つ(・・)

 

「家には5人しかいないのにね……」

「そう、ですね……」

 

 ぐるりと回って、リビングを出て1階を回る。お風呂場、手洗い場、トイレ、書斎、庭。階段を上がると、廊下があり、部屋が幾つかある。ネームプレートがかかっているので、多分個人の部屋だ。

 

 手前のドアを開ける。両親の部屋だ。大きな本棚にはびっしりと学術書が並んでいて、デスクにはPC。大きなダブルベッド。クローゼットに三面鏡付きの化粧台。とても落ち着いた雰囲気を感じる。

 

 隣の部屋に移る。姉さんの部屋だ。大雑把な人だったから結構散らかっていた。服とか、下着とか、会社の書類とか、あと、医学書。ジャンルはバラバラだけど、どれもヨレヨレになるまで読み込まれた形跡があった。

 

 向かいの部屋に入った。妹と弟の共同部屋のようだ。小学校低学年らしく、玩具やゲーム、絵本に漫画で散らかっている。他にも戦隊ヒーローのフィギュアとか、アニメの人形とか、動物のぬいぐるみとか。僕とは対照的に元気いっぱいだってことがよくわかる。

 

 隣の部屋は空き部屋だった。プレートには『みらいのわたしのおへや(かり)』。妹の字だった。

 

 そして、その向かいの部屋、姉さんの部屋の隣。プレートには『銀の部屋っ♪』と書かれた姉さんの字と、妹と弟のぐちゃっとした絵、父さんが好きな釣り道具の絵と魚、母さんが趣味で育てているアネモネとバラの写真。どの部屋よりも大きくて、綺麗なプレートだ。

 

 ドアを開けると、中には物があまり置かれていなかった。空の本棚、新品同様のデスク、最新型のノートPC、母さんとおそろいの姿見、シワ一つないベッド。押し入れの中には布団が1つ。

 

 何を買ってもいいように、好きなように部屋をアレンジできるように、やりたいことがやれるように、友達を呼んでお泊まりできるように………生活感は全くないし味気ないけど、部屋にはそれだけのものが揃っていた。

 

 全部僕の為に。いつ退院してもいいように。いつ家に帰ってきてもいいように。

 

 ゆっくりと部屋に入って、1つ1つ触れていく。どれも指紋も埃もついてない、新品だった。イスに座って、押し入れ開けて、ベッドに横になって、ベランダにでて外の風景を眺めて、もし自分がここに住んでいたらを想像してみる。

 

 自分で起きれるのに、毎朝姉さんが起こしに来て、下に降りるついでに妹と弟を起こして、6人そろって頂きますって言って、テレビ見ながら仲良くおしゃべりして、学校に行って、友達作ってバカやって、誰かを好きになって、放課後は店に寄ったりして、帰ったら母さんと一緒に夕食作って、皆で集まってゲームして、宿題やってぐっすり寝る。

 

 そんな、当たり前の日々を、普通すぎて幸せな日々を僕も送っていたかもしれない。

 

 所詮は妄想、ただの幻想だけど。

 

「……………」

「いいお家だね」

「……そうですね」

「ところで、机の上に置いてあるのは君宛じゃないかな?」

 

 篠ノ之さんが指さす先には、大きな箱が1つ。綺麗に包装されて置かれていた。最後に開けようと思っていた物だ。ただの家具ならさわろうとは思わなかったけど、『銀へ』ってカードがあるから僕宛の何かだろう。

 

 破らないように綺麗に包装を解いて、ふたを開けると手紙が入っていた。一番上に置かれていた手紙を開いて読んでみる。

 

『コレを読んでいるって事は、銀が見事退院したってことね。家族みんな、とっても嬉しいわ。おめでとう、銀。部屋は気に言ってくれたかな? とりあえず必要になりそうな物は揃えておいたから、あとは自分好みに部屋作りしていってね。コレ、まず銀がしなきゃいけない事。あと、退院祝いとこれからの新生活を頑張る君へのプレゼントを、この手紙が入っている箱に入れてるから、ちゃんと受け取ってね。手紙も読むこと。きっと気にいってくれると思うわ。最後にもう一度、退院おめでとう、銀     母さん』

 

「……………」

 

 手紙を出して、かぶせてある紙をどけると、中には5つのものが入っていた。

 

 手縫いのウサギとブタが合体したようなぬいぐるみを取り出す。ぬいぐるみが着ていた服には手紙が入っていた。

 

『お兄ちゃんたいいんおめでとうっ! お母さんがね、お兄ちゃんのためにプレゼントをよういしてあげてって言ってたから、お母さんにおしえてもらいながらぬいぐるみを作ってみたよ! なづけて“ブタウサギ”! そのまんまだね! どう? かわいいでしょ! だいじにしてね!』

 

「……………うぅ……」

 

 よく病院で話していた戦隊ヒーローのフィギュアと手紙を出す。ヒーローは手に指輪を握っていた。

 

『兄ちゃんたんじょうび……じゃなくてたいいんおめでとう! プレゼントはオレと兄ちゃんが大好きなヒーローだ! どうだ、うれしくて声がでないだろ! それだけじゃないぜ、父さんにおしえてもらいながらゆびわ作ったんだ。木でもプラスチックでもないぞ。ちゃんとこーきゅーてんが使ってるようなそざいなんだ! デザインもオレがかんがえたかんぜんオリジナル! 姉ちゃんには負けないぜ!』

 

「……………あ、ああ……」

 

 透明なガラスケースを箱から出す。中には綺麗なガラス細工の花が咲いていた。上に乗せられていた手紙を開く。

 

『退院おめでとう、銀。父さんが手先が器用なのは知っているだろ? 俺が初めて手を出した工芸品がそのガラス細工なんだ。今じゃ色々とやってるけど、ガラス細工ほど上手に出来たヤツは無かったな。母さんにプロポーズした時も、指輪と一緒に送ったっけ。そんな原点に立ち返った渾身の一作だ。ガラスってのは脆いもんだ。床に落とせばすぐに割れる。誰もが思う以上に、ガラスって素材は儚いと俺は思っている。だから、俺は『銀』という名前をお前につけた。壊れない、砕けない、強い男に育ってほしくてな。そして願った通り、身体は弱くても、心は強く育ってくれた。父さんは嬉しいぞ! この調子で身体を鍛えて、本当に強い子に育ってくれたらもう文句は無い。自慢の息子の、今後に期待だな』

 

「……………うああっ……ああっ……」

 

 赤い手編みのマフラーを広げる。ぱさりと落ちた手紙を拾った。

 

『退院おめでとう、銀。母さんは手編みのマフラーにしました。まだ結婚する前、お父さんにプレゼントしようと思って頑張ってたんだけど、上手くいかなくて……しかもばれちゃったことがあったの。結局、一緒に編んだわ。結構大きめに作ったから、好きな子ができたら2人で一緒に使ってみてね。手袋は手をつなぐからいらないわよね♪ で、真面目な話なんだけど、お母さんね、悪いけど治るの殆ど諦めてたわ。世界でトップクラスのお医者さんでも治せない未知の病気が本当に治るの? って。でも、すぐに考えるの止めた。私が信じないで、誰が信じるの? 諦めたら本当に治らないままじゃない! ってね。神様なんて信じない、信じるのは私とあなた。必ず治りますようにって。どれだけそれが不可能なことでも関係無い、世の中絶対は存在しないの。いい? どんなに辛いことがあってもあきらめちゃダメ! 粘って粘って粘りなさい! 医者をうならせた病気を克服したあなたならできるわ。あ、それと1つ。いいお嫁さん見つけなさいよ。孫の顔を見せてね♪』

 

「うっく、ああっッ………」

 

 最後の1つ。綺麗な綺麗な、蒼い簪と雪模様の髪飾り。そして、手紙。

 

『退院おめでとう、銀。なんで簪!? って思ったでしょ? 銀はねー、女の子みたいな顔してるから、絶対女装が似合うわ! お姉ちゃんの服貸してあげるから、退院した次の日はファッションショーやるわよー! ………胸? うっさい! ま、冗談はこれくらいにして。必ず帰ってくるって信じてた。これからはずーーっと一緒だね! まずはそうだな……近所を案内してあげよう。お隣の佐東さんとむちゃくちゃ仲いいから、顔覚えるように! 慣れてきたらどんどん遠くまで行って、商店街とか、姉さんが通ってた学校とか、お気に入りの絶景スポットとか、ご飯がおいしいお店とか、仕事先とか。あ、銀が大好きなカップケーキを売ってるお店もね。とにかく、どんなことでもいいから、一緒にしようね。銀はね、姉さんにとって初めての姉弟だから特別なんだ。でも、一度も家に帰ってきたことない、ただいまを聞けない、いってらっしゃいが言えない。こんなことってあるの? すごく恨んだ。色んなことをね。酷い時は、お母さんにめちゃくちゃ言ったこともあったよ。どうしてあんな体で産んだの!? ってね。今はそんなこと思ってないよ。現実受け止めて、やれること、ちゃんと見つめてるから安心して。もちろんやりたいことだってやってるよ。アンタ、あたしが大学に行かずに就職したことを自分のせいって思ってるみたいだけど、それ間違いだから。あたしは目標があったから、今の道を選んだの。知りたい? しょーがないなぁ、教えてあげよう! それはね、医大に行って世界一の医者になること! そんで、絶対に銀の病気を治す事! …………笑ったでしょ。いたって大真面目なんだからね! 就職したのは、お金稼ぐため。家にはそんな余裕ないし、あの時そんなこと言ったら反対されただろうから。学校でもたくさん言われたよ。先生はどうして自分の可能性を潰すような真似をするんだって、同級生からはもったいないよって、一流の所に進学したほうが銀も喜ぶよってね。するだけ無駄なんて事を言ったバカは鉄拳制裁してやったわ。言ったでしょ、真面目だって。コレを読んでる時に私が医者だろうとなかろうと関係無いの。早く治るに越したことは無いからね。できるなら、私が治してあげたいって気持ちはあるんだけど。良かったわね、あなたのお姉ちゃんは世界一の医者なのよ。ノーベル賞なんてザラね……きっと。まぁ、そういうこと。あたしとしては、銀が元気で幸せに暮らしてくれるのが一番うれしいの。それだけ。姉バカ? ブラコン? そんなの褒め言葉ね。私は、弟の名無水銀がだーーーーーーーい好きっ!!』

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 我慢できなかった。思い出の中にって、それだけのはずだったのに、泣かないはずだったのに。

 

 家に帰ったことは無かったけど、部屋で過ごしたことは無かったけど、家族一緒にご飯を食べたことも無かったけど、僕は確かに、ココで一緒に暮らしてたんだ。

 

 僕は、ここに、いたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。お見苦しいところを……」

「ううっ、とっても良い家族だったねぇ……ぐすん。束さんもらい泣き」

 

 いっぱい泣いた後、もう一度ゆっくりと家の中を回った。どこに行っても6人分用意されていて、何度も泣いてしまった。

 

「最後に、良いですか?」

「うん?」

「家を、燃やしてください」

「………いいのかな?」

「ここに、他の誰にも住んでほしくありませんから。それに、きっと姉さん達の葬儀にも顔を出せないままでしたから。それなら、代わりに……」

「そっか」

 

 どこからともなく、篠ノ之さんはポリタンクとマッチを取り出した。無言で受け取って、それを家の周りにばら撒く。本当なら中にも撒いた方が良いのかもしれないけど、こんなもので汚したくは無かったから止めておいた。

 

 火のついたマッチを放り投げる。ガソリンの上を火が走って行き、家に燃え移り、焦げ臭いにおいと焼けるような熱さに襲われる。

 

「持ち出したの、それだけでよかったの?」

「ええ。いいんです」

「そか」

 

 手に持っているのは、プレゼントと手紙のはいった箱。包装紙も綺麗に畳んで入れている。他にも色んなものを持ち出したかった。お墓の前で、本当に姉さんの服で女装しようかとも思った。でも、この家のままでいてほしかったから、気持ちを抑えた。その分、今まで生きてきた思い出とプレゼントをいっぱい大切にしよう。

 

「行きましょう」

「ん。じゃあ、これからよろしく。名無水銀(ナナミハガネ)クン」

「こちらこそ。篠ノ之束さん」

 

 燃える我が家を後にした。泣かない。だって、もう枯れてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『昨日午後6時ごろ、○○県□□市△△町で火事が発生しました。名無水さんのお宅が全焼。幸いなことに、近隣の民家に燃え移ることはありませんでした。警察の調べに寄りますと、火元は玄関と家全体を囲むようにして撒かれたガソリンが原因だそうです。名無水さんは、先日の台風による土砂降りで亡くなられており、現在は無人の状態であることから、警察は放火されたとみて捜査を進めています。次のニュースです――』

 

 

 





IS要素が無いなぁと思いましたので、二話続けて投稿しております。


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