悲しい思いをさせてしまっているのだろう。
彼女はいつも、俺の顔を見るたびにどこかさみしそうで。
それほどまでに、ムウ・ラ・フラガという男を大事に思っていたのだろうか。
それを見るたびになぜか胸がしめつけられる。
まだ記憶は戻っていないが、彼女に対する思いは昔の記憶からなのか、それとも今の俺の、ネオ・ロアノークとしての感情なのか――――。
「何かほしいものある?」
彼女、マリュー・ラミアスは負傷したネオを収容した時からずっと看病している。
少しでも彼のそばにいたいのだろう。
2年間も苦しんだんだ、無理もない、とネオも思う。
そしてきっと、そばにいれば、もしかしたら思い出してくれるのではないかという、僅かな希望もそこにはまざっているのだろう。
「いや、特に..今はない。」
「そう..」
目を伏せる彼女に、何か気の利く言葉をかけた方がいいのか、思考を巡らすが、やはり何も声をかけることができない。
「ねぇ」
「?なんだ?」
「私のこと、全く..覚えてないのよ、ね..?」
「..あぁ..。」
「この艦のことも?みんなのことも?」
「..すまない。」
「いえ、そうよね..あなたはムウではないものね..変なこと聞いてごめんなさい。」
「いや、..ただ..」
「えっ」
「わからないが、俺の中で君を、覚えている感覚が、あるんだ。」
「...!!」
「君を見てると..なぜかあたたかい気持ちになる。」
「そう、なの?」
さきほどまでは暗く塞ぎ込んでいた彼女だったが、その言葉を聞いた途端に驚きと共に、パァッと顔色が明るくなる。
そんなに嬉しいのか?
ネオはその様子をみて、なぜかまた心が痛んだ。
「よほど..」
「え?」
「"彼"が好きなんだな。」
「....そう、ね。」
「彼はどんな人間だったんだ?」
そう聞くとマリューは少し驚いていたが、ふっと優しい笑みを作り話す。
「優しい人..だったわ、とても。
仲間思いで、決して何があっても逃げ出さない、真面目で、不可能を可能にする、そんな人かしらね。」
彼の話をしてる時のマリューは、本当に幸せそうだった。
彼女が見ているのは俺じゃない、
そうはっきり突き付けられてるようで
ネオはマリューから目をそらす。
俺じゃだめなのか?
伝えることができたらどれほど楽になれるかわからない。
だが、そうすればきっと、彼女は迷うだろう、そして、また、この笑顔を曇らしてしまうぐらいなら..
「そう..か。なら、記憶を取り戻せるように努力するよ。」
それが彼女の望みなら。
「え?」
「いつになるかはわからんけどな。」
「..ありがとう」
はじめて俺に向けて笑ってくれた。
「でも..」
「?」
「無理はしないで」
「…………」
「あなたが生きていてくれるだけで、私は幸せだから。」
今は体治すことだけ考えて下さい、とニコッと笑う彼女をみて、
自分がどうしようもなく彼女に惚れているんだと思い知らされた。
ムウ・ラ・フラガとしてではなく、
ネオ・ロアノークとして、――――――。
「じゃぁ」
時間の許す限りそばにいてくれた愛しいひとを見送る。
このまま記憶が戻らなくても彼女はそばにいてくれるだろうか。
横になり、そんなことを考えながらネオは深い眠りに落ちた。