これはまだ、二人がアークエンジェルとして艦に乗っていた頃のお話。
アラスカでの悪夢は思い出すだけでもゾッとする。
あんなとんでもない兵器を使って一瞬でどれだけの人がなくなったのかと、
それを考えると恐ろしくて、マリューはきゅっと唇を噛み締めた。
私たちだって、きっと少佐が知らせてくれなかったらあの場で…。
地球連合軍は一体何を考えているのか、
あんなことをして、本当にそれで、この戦争を終わらせることができると思っているのだろうか。
…私たちは一体、何のために戦っているのだろう―――――。
そんなことを考えていると、なかなか寝付くことが出来ず、マリューは水を飲みに食堂へと向かった。
食堂に灯りがともっているのが見えた。
もう深夜2時を過ぎようかというのに一体誰が、と不思議に思いながら、食堂の入口からひょいと中をのぞいた。
「少佐?」驚いてつい声をかけてしまった。
そこにいたのはムウ・ラ・フラガ。
「艦長か、どうしたの?眠れない?」
「えぇ…ちょっと考え事をしていたら、寝るタイミング逃してしまって…。少佐こそ、どうしたんです?こんな時間に。」
「あぁ、俺もちょっと整備に没頭しすぎてね」
ま、座んなよと、ムウは自分が座る席の隣にマリューを誘導する。
「ありがとうございます…。」
水を入れ、誘われるがまま隣に座る。
「で?何を悩んでたの、艦長さん。」
綺麗な碧眼でじっとこちらを見る姿に、思わず目を反らしてしまう。
「いえ、ちょっと…」
「アラスカでのこと?」
「!!」
なんでわかるの?と言わんばかりにムウを見たマリューに
「わかるさ、艦長のことならなんでも」と、
ニッコリ笑ってみせる。
「今さら悩んだってしょうがないじゃない。
あれは、連合軍の独断だ。君が悪いわけじゃないんだから。」
「わかってます!」
でも…、と視線を落とす。
「助けられた命があった、死なずにすんだ命があったはずなのにっ…、わたしは…私たちだけが助かって…っつ、」
涙を堪えれず、溢れだす。
「…それの何が悪い。」
「…えっ」
「助かってしまって?死んだ方が良かったとでも言うのか?」
「だってっ…!」
「ふざけるなよ!」
「っ!!」
はじめて聞く少佐の怒鳴り声に、びくっと体が反応した。
「いいか?君はこの艦の艦長だよな?だったらまずはどうこの艦を守るかを考えるのが先だろう。
少なくともここにいる部下やクルー達はこうして生きてる。それはあの時の君の判断のおかげだ。」
「……、」
「戦場では迷いは命取りになる。何が正しい、正しくないかなんて、そんなの誰にもわかんないんだよ!だったら自分が決めた道を進むしかないだろう?」
その通りだ。私は、何も見えていなかったんだ、艦長なのに、指揮を取る身で、それすらも忘れかけていたなんて……。
「そう…ですよね、」
情けなくて泣けてくる…。
「!!」
ふっと優しく抱きしめられ目を丸くするマリューにムウは先ほどの厳しい口調ではなく優しい声で話し始めた。
「なんであの時俺が、アラスカで起こること知らせに行ったかわかる?」
「…艦を、守るため…ですか?…」
「んー、まぁそれもあるけど、」
ムウの腕に力が入り先ほどより力強く抱きしめられる。
「一番の理由は、マリュー、君だ。」
「えっ…」
「俺は…、っ、失いたくないんだよっ、君をっ!」
そう言われて閉じ込めていた感情が溢れだす。
「君にだけは、生きていてほしい。
そのためなら俺は、どんなことだってできる。
だからさ…死んでも良かったなんて、言わないでくれよ。」
私だってそうだ…、あなたには何があっても生きてほしい。
こんな状況下で生きることを望むのは、可笑しいことなのかもしれない。明日には、どうなるかわからないというのが現実で…。
だけどっ、やっぱりあなたには生きてほしいっ、生きて私の元に帰ってきてほしい。
「ごめ…っなさい…。」
涙が溢れて視界が曇る。
頬に流れる涙をムウが優しく拭う。
「辛いときは俺がそばにいるから、ひとりで悩むな、な?」
彼の優しさが嬉しくて、彼の前だけは艦長としてではなく、マリュー・ラミアスに戻れるのだ。
あなただけは失いたくない―――。
少し落ち着きを取り戻していた時。
「…少佐?」
「今はムウでいいよ」
「…ムウ」
「なぁに?」
「何…してるの?」
「え?」
「手!手よ!どこ触ってるんですかっ?!」
左腕だけで器用にマリューを抱きしめていたのだが、空いた右手はマリューの胸を触っている。
ムウはニコニコ顔で
「いいじゃない、今しかこんなイチャイチャできないんだから」なんて余裕綽々で答える。
「よくないっ!
も~、離してぇっ!」
「そんなこと言われるとますます離したくなくなるな~」
キッと睨むマリューすら可愛くて仕方ないムウにはそんな抵抗は無意味で。
「さ、マリューさんのお部屋に行きましょうかっ」
「えっ、い、今から?!」
「当たり前でしょ!あんなかわいい泣き顔見せられちゃぁ、我慢なんてできるわけないじゃない!」
「なっ…」
「それともここでするの?」
ニヤッと笑われ
「わ、わ、わかったわよ!」
しぶしぶ答えたマリュー。
ムウはしたり顔で。
二人が食堂から消えたのは午前3時を回る頃。
当然、寝る暇なんてなかったのは言うまでもなく。
こうして、二人の夜は明けていくのだった。