01 のろけ話
早く帰ってくるって言ったじゃない..。
マリューは、深夜12時を指そうとする時計に目をやり、ため息をついた。
今日は久しぶりの二人揃っての休日だからと、ムウの家でのんびり過ごす予定だったのに、アカツキの整備不良とかなんとかで、ムウは急に呼び出されて出ていってしまったのだ。
夕方までには帰ってくるからと言っていたのに、帰ってくるどころかいまだに連絡すらもよこしてこない。
帰ってきたらすぐ一緒に食べれるようにと作っておいた夕飯は、とっくに冷めてしまっていた。
はぁ…。何回目のため息だろう。
先にひとりでごはん食べちゃおうかしら、とソファーから立ち上がろうとした時、携帯がけたたましく鳴り響いた。
「ムウ?」携帯が鳴っただけで、さっきまでのモヤモヤが消え、ムウを許せてしまいそうになる自分がいるのだから、なんて単純なんだろうと思う。
「もしもし?!」
「あぁ、マリューか?
ほんと悪い、まだ仕事終わりそうにないだわ。すぐ帰るはずだったんだけど、そうも行かなく「フラガさぁ~ん、はやく来てくださぁい」
え…
ムウの声を遮るように女の声が聞こえてきて心臓がドクンと波打つ。
なんで?女の人とこんな時間に?
「すぐ行くってーの!わりぃ、もう行かないと」
「二人きり?」
「え?あ、あぁ、みんな帰っちまって新人に整備の仕方教えるように押し付けられちまってさ」
「そう、楽しそうね。」
「いや、別に遊んでるわけじゃないんだぜ?楽しいも何も、」
そう。遊んでるわけではないのだ。仕事なのだから仕方ない。わかってる。それは重々わかってはいるけど、だけど、
「遅くなるんですね、わかりました。もう帰るのでお気遣いなく。」
「ちょ、」
「では。」
淡々と告げると一方的に切ってしまった。
いい年してヤキモチだなんて情けない。
呆れたかしら?
めんどくさいって愛想をつかしてしまったかしら?
こんなことで怒る女嫌気がさして今頃若い女の子に気持ちが動いてしまっていい感じになってたりしてね。
そう思うと不安で押し潰されそうになる。
電話越しでもあの女の子が彼に好意を抱いていることぐらいわかる。だからきっとムウに言い寄ってくるだろう..
女の勘ってやつかしらね。なんてふと切なくなる。
ムウは長身で顔も文句の付け所がないほど整っている。きっと女性関係だって途切れたことなんてないはずだ。
だから今でも信じられずにいる。
なぜわたしなんかと彼は付き合っているのだろう、と。
もしかしたら遊びの一人なのではないか、と。
止めよう、惨めになるだけだと気持ちを切り替えて帰ろうとした時、
ピンポーン
こんな時間に?一体誰?
恐る恐るインターフォンに近づき画面に目をやる。
「あ!」
そこには見慣れた姿があった。
すぐに玄関に走り、ドアを開ける。
「キラくん!」
そう、それはフリーダムの操縦士、キラ⚫ヤマト。
「マリューさん!?」
「どうしたの?こんな時間に」
「あ、いえ、実は今日仕事の資料、少佐に渡すの忘れてしまって。明日僕非番なんで、今日中に渡しとこうと思って届けに来たんですけど、マリューさんいたならお邪魔でしたね、すみません、すぐに帰ります。」
「あ、いいのよ!どうせムウ今仕事で家にいなくて一人だったから」
「え!少佐まだ仕事してるんですか?!」
ええ、若い女の子とね。なんて少し不機嫌そうに答えるマリューにキラは少し困ったように笑う。
「で、今から帰ろうと思ってたとこ!」
「そうなんですか。あ、じゃぁ、このあとごはんでも行きませんか?僕晩ごはん食べ損ねちゃって」
「えぇ?」
「ほんとはお酒でもって言えたら格好いいんですけど、何せまだ僕未成年なんで。」
そういたずらっぽく笑う彼に少し救われたようにマリューは感じた。きっとこちらの気持ちを瞬時に読みとったのだろう。ひとりで放っておけないと。彼は本当によく人を見ている。この優しさに今日だけは甘えてみようと思った。
ひとりでいたらきっとずっとモヤモヤして寝れそうにもなかったから。
「そうね、じゃぁ行きましょうか」
そう言って鞄を取りに行き部屋を後にした。
キラと他愛もない話をしながら夜道を歩く。
ふと、キラは自分よりも一回り以上歳が離れているし、弟みたいな存在だけど、れっきとした男性なのよね、彼も。だとしたらこれは浮気になるのかしら?なんて考えながら歩いていると、キラがニヤニヤしながら話してきた。
「でもマリューさんてほんとに少佐のこと好きですよねー」
「えっ!」ぼっと顔が一気に赤くなるのが自分でもわかった。
「な、な、なに言ってるの!」
「あ、でもそれは少佐もかっ」
「..え?」
「もー、仕事中もマリューさんの話ばっかりで!こっちがげんなりしてることすら気にしないでずーっとニヤニヤしちゃって」
そうなの?ムウがわたしのことを?
「あ、これは言うなって言われたんですけどね、マリューには二年間辛い思いをさしたから俺は一生かけてその穴を埋めるぐらいマリューを幸せにするんだって話してました。少佐はきっとマリューさんしか見えてないんだなぁってその時思いましたもん」
それを聞いて一気に罪悪感が押し寄せてきた。
私はあの人の何を見てたの?
そんな風に思ってくれてるあの人に対して、なんであんな態度をとってしまったんだろう。
そんな気持ちに苛まれていると、キラがいきなり立ち止まる。
「マリューさん」
その声にパッと顔を上げ、キラを見る。
「ん?」
「あの..あれ..。」
キラが指差す方向を見ると
そこにはゼーハーゼーハーと荒く息をし、
顔は怒りに満ちている様子で立つ男がひとり。
「む、ムウ?..」
「..な~にやってるのかなぁ?」
「あ、いや、そのっ、」
(こ、殺される..)
キラは内心焦りながら苦笑いで必死に言い訳を考える。
「違うの!キラくんは、私を励まそうと思っ..」
その瞬間にはもう、マリューはムウの腕の中にいた。
「キラ!これは俺の!お前ははやく帰ってお姫様の相手してあげない!」
ムウはマリューをぎゅうっと抱きしめながらキラに言う。
それを見て
「はいはい、わかりましたぁ」
キラは呆れたように笑った。
二人はムウの部屋に戻った。
「ったく、なんでキラとふたりで歩いてるわけ~?俺のいないとこで!」
納得いかない様子のムウ。
「き、キラくんなら一緒にいても、怒られないかなぁって、その..。」
ムウは深いため息をついてマリューをみた。
「マリューさん?」
「はい。」
「キラも男なの。男と自分の大事な彼女が歩いてたらそりゃ良い気はしないでしょ。わかる?」
「..はい。」
「あとね、マリューさん。」
「うん?」
「今日はほんとに悪かった!」
「え?」
ムウはマリューを引き寄せ、自分の膝のうえに乗せる。そして、後ろからぎゅっと抱きしめながら続けた。
「マリューだって俺が他の女と二人きりだと嫌だよな。俺さっき、キラとマリューがふたりでいるの見てむちゃくちゃ妬いた!もー本気で腹立った!!だからさ、それがよーくわかったんだよ。自分の恋人がどんな理由にせよ異性とふたりきりでいたら不安になるんだって。」
「..うん。」
「マリューも妬いたの?」
嬉しそうに聞いてくるムウの顔を見れず、真っ赤になりながらマリューは頷いた。
「そか。あー、なんか嬉しい!」
「え?」その言葉に驚きパッと顔をあげると、その瞬間に口付けされ、更に顔が赤くなる。軽く触れられただけで体が熱くなり、彼から目が離せなくなった。
「だってそれだけマリューが俺のこと、好きでいてくれてるってことだもんな」
「うっ、あっ」言葉にできないマリューを尻目にムウは満足気で。
なんでこの人は、そんな恥ずかしい言葉を言えるのだろうか。
「あ!でも、俺あのあとなんもなかったからな!ずーっとマリューの話してたら、何か一方的にキレられちゃってさ、先に勝手に帰ってやがったし。まだまだ馴れ初め話しようと思ったのによぉ?」
マリューは吹き出しそうになるのを堪えて、「仕事しなさいよ」とムウの頭をはたいた。
「あ!晩ごはん!冷めちゃったけど食べる?」
「食べる..けど、先にマリューからっ」
「ちょっ!きゃっ、」
バタバタ抵抗しようと思っても、力でムウに敵うはずもなく、二人はそのまま、甘い快楽の中に落ちていくのでありました。