銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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第5話 彼女ができた途端強気になるやつっているよね

「そちらの公爵が敵に捕まったそうだぞ」

 

 

照明の落とされたブリッジ、その場にはホログラムによって二つの人物が映されていた。一人はずんぐりむっくりとすら言えるほど上半身が発達した粗暴な大男、もう一人は蛇をまいている神経質そうな老人。そしてその老人に今声をかけられたのは、二人の前に生身で立つ細身の美しい青年だった。

 

「ええ、承知していますよ、それが何か?」

 

「ふんっ! あんなガキのことはどうでもいいだろ! それよりいつ始めるんだ!?」

 

「野蛮な……まぁ良い」

 

 

映像の映る彼らはアームズアライアンスの三公爵の2人。相対する青年は拘束されている公女の摂政である。立場としては主星であるためにやや上だが、摂政であるために身分では劣る、だが、権力は実質的に彼の手中に有る。そのためにこの場にいる3人こそがアームズアライアンスの首脳陣であった。攫われた主君のことなど一言の会話で流されるのが、いい証左であろう。

 

 

「1番手はこの剛腕だ! もっとも2番手も3番手もないかもしれないがな」

 

「次は私が行かせてもらおう」

 

「それじゃあ僕は最後だね」

 

彼らが決めている事、それはゲームの手番である。そう、EDEN軍NEUE軍そしてUPW軍であるルクシオールを沈めたものが勝ちという、戦争(ゲーム)である。

 

「ルールは覚えているね、使ってよいのは自分の与えられた艦隊」

 

「敵の戦力とは正面で戦う必要がある」

 

「その場で倒せなかった場合次の者の番になるだな! 全く意味のないルールになるがな、フハハハハ!」

 

 

そう言うが先に野蛮な男は姿を消す。通信を切ったようだ。

 

「ふん、野蛮な。まぁよいいい先兵になれば重々か」

 

そう言い残して老人も消える。

 

「まぁ、ご老体も蛮族も好きにすればいいさ」

 

青年もそう言い残して姿を消した。まるで魔法のようにその場から消え去った。

 

 

 

急転直下の状況にもまれ続けるルクシオール。艦長職についており、UPWという新設の組織ではあるが実質的なNEUE方面軍における最高責任者であるココは自室となった艦長室のデスクで深いため息と共に強い疲労感を覚えていた。

 

彼女が思い出すのは、先の戦闘を何とか終えた後だ。拿捕した戦闘機、いやもうこの際隠さずに言おう、紋章機に乗っていたのは敵の公女である。悪のEDENと戦う正義のアームズアライアンスなんてお題目も掲げている事、幼少時からの世話役がいて、今は摂政をしていることなどから、あからさまな傀儡であることを早々に察せたために、敵側の政治的なダメージはほぼ0に近いのであろう。むしろ戦端を開く大義名分として押し付けられた可能性すらある。

だが、公女ナツメ・イザヨイに関しては一先ず保留でよい。なにせ彼女を利用して交渉をしようにもこちらにはチャンネルすらないのだから。捕虜よりは待遇の良い扱いをして軟禁すればよいであろう。

 

問題なのは他の2つのことだ。1つは先ほど回収したセルダールより来た使者のことだ。彼女は単身高速戦闘艇でルクシオールまでたどり着いたのだ。そんな彼女が伝えた情報は最悪と言ってよい物だった。

 

セルダール陥落、それどころか連合の陥落。加えてクロノゲートの破損という、平時ならば寝ぼけているのかと言えるような衝撃的な事実だった。しかし否定できなかったは戦闘後回収した端末の示唆してきている状況と合致している事。そしてなにより彼女と元セルダールの近衛のリリィは顔見知り程度であったが身分が保証されたということが裏付けとなっていた。

 

彼女曰く、謎の艦隊によってこちらのクロノストリング由来技術が全て封じられ、その上で一瞬にして主要な星を封鎖されたのだという。その報告をきて顔面蒼白どころか色を無くしたココだが、横で聞いていたラクレットがブラックなジョークではあるが、それが本当ならば、既に詰みだし気にすることはないであろう。と持論を述べたことによって少しばかり落ち着けた。

 

なにせ、こちらを待ち伏せできる程度の情報収集能力があるのだ。公の立場では言えないが、セルダール連合を全て抑えられてもルクシオール1隻を抑えられるより、UPWとしてはましなのだ。戦力としても実際とんとんと言っていいレベルだ。そう考えるとルクシールを無効化してこなかったという事が、何かしらの条件があるのかまたは別の狙いがあるかと言うことが察せる。

ロゼルも、もしクロノストリング無力化が一度だけのみだが使えるのならば、連合よりもルクシオールを無力化すべきだと同意していたために、チェックはかけられたがチェックメイトまではいっていないのであろう。

 

恐らく近日中に向こう側からのアクションがあるであろう。それを待つことと、その間に艦の人心を掌握しきることが今のココの仕事であろう。

 

それに対して問題となってくるのが3つ目のタピオ・カーの正体がヴァル・ファスクであったという事だ。これに関してはもう、ココ自体が消化できていなかった。

彼女のヴァル・ファスクという者に対する色眼鏡はないという訳ではないが、必要であれば外せるほどのものだ。しかし、問題なのは、それを隠されて自分の下に配属させたという尊敬する元上官の意図だ。自分なら御せると思われたのか、それとも手綱を握れという意味なのか。

現状どちらもできていない彼女はもうすでに限界が近かった。

 

 

「お疲れのようですね、ココさん」

 

「あっ……ラクレット君。そっか、ここのロックの権限は君なら解除できるわね」

 

 

此処から直接行ける私室は兎も角、あくまでオフィスと言う扱いのこの部屋は、単純なロックと上位のロックがあり、基本的に使われるのは前者である。ラクレットは織旗ラクトの頃の権限で問題なく入る事が出来るのだ。

 

 

「ええ、まぁ。ちょっと色々なことがありすぎて、お疲れのように見えて陣中見舞いと言いますか。愚痴を聞きに来ましたよ」

 

「ふふっ、なんかおかしいわね。ラクレット君が気配りしているなんてね」

 

 

おどけて言うラクレットの言葉と、現状置かれている危機的状況。そんなあまりにもちぐはぐな全てにおかしくなってしまい、乾いた笑いと一緒にそんな言葉が漏れてくる。

 

 

「ひどいですね。かれこれ5年の付き合いですよ。ココさんのキャパシティーはなんとなく理解しているつもりです。そろそろ限界だと思ってきたんですよ」

 

「そうね……じゃあ、教えてくれる? タクトさんの考えを」

 

「もちろんです。と言ってもそんなに詳しくはないですよ」

 

 

ラクレットはそう前置きしながら、いまやっと準備の終えたインスタントのコーヒーをココの前に置きながら最近めっきりと見せなくなった自然な笑みを浮かべた。

 

 

「まぁ、ココがいれば、オレはもういらないよねー。それがタクトさんの意見の全てです。私見ですが、もう教える事が無いという事でしょうね」

 

「そんなことないわ……私はまだまだタクトさんの、マイヤーズ流のやり方っていうのが完璧じゃないわ」

 

「そうかもしれませんね。まぁタクトさんの考えが読めないのはいつものことでしょう?」

 

「それはそうね……」

 

 

ココの言い分に苦笑するラクレット。タクトの言いたいことは少しばかり違う。だが、それはきっと自分が言うべきではないことを彼は知っていた。故にあえて無視して話を進める。

 

 

「ああ、タピオ・カー中佐。彼はうちの爺さんの元教え子ですよ。比較的人間に対して理解を示している、まぁヴァル・ファスクとしては穏健派、ですがこっちの価値観で言うと双方の急速な歩み寄りを望む革新派と言った所でしょうか」

 

「何かの間違いとか、スパイってわけじゃないのよね、勿論頭ではわかっているのだけど……」

 

「不安なのは当然ですよね。大丈夫です、本当に信用できるとタクトさんおよび陛下や義姉さん、兄さん達、宰相閣下も保証しています。まぁ、彼が革新派で僕を旗印にして勢力拡大をしようと考えている事は否定できませんがね」

 

 

それは安心できないのではないか……? ココはそう思うも口には出せなかった。

 

 

「まぁ、ヴァル・ファスクからしてみれば、政治の形態こそ変わりましたが、新しい王はダイゴの爺さん。だから僕は王子になるそうなんですよね。だから僕の不興はかわないんじゃないんですかね?」

 

「王子……ふふっ。ラクレット君が王子様? ちょっと想像つかないわね」

 

「でしょ? ココさんもそう思いますよね。止めてほしいんですよ」

 

 

二人はとっておきのジョークを聞いたように笑い合う。ココも自分が重い雰囲気に捕らわれかけていたことを自覚することができた。そう言った意味では突拍子もない肩書には感謝であろう。

 

しかし、ラクレットはあえて黙っていた。実際何かあった場合自分がヴァル・ファスクのトップに立つ可能性は無視できるほど小さいものではなく、十分に現実味を帯びている話だという事は。ダイゴに協調するヴァル・ファスク以外でも、人間とヴァル・ファスクのハイブリットという新たな可能性は非常に興味深い存在であり、ラクレットの銀河有数のH.A.L.Oシステムを経由し特化したVチップ操作技術は原理を解析できれば非常に強力な力になる。

銀河の激動の時代、変化の速度が遅いヴァル・ファスクでも新たなステージに立つために進化の形としてラクレット・ヴァルターを成功サンプルとして持ち上げる。種の繁栄としては間違っていないそれは、ラクレットが乱心すれば第三次ヴァル・ファスク戦役の火種とすらなる危険なものだということを、ラクレットは解っていて伝えなかった。

 

 

「ようやく笑ってくれましたね。ココさんは可愛いんですから、そうやって笑顔の方がずっと似合いますよ」

 

「あら、ありがとう。彼女ができて随分口が上手になったみたいね」

 

「貴方の様な素敵な女性を楽しませるために、努力の日々ですよ。まぁその笑顔があれば報われるものです」

 

「ラクレット君。貴方って子は……」

 

 

ココは呆れてしまった。この目の前の男は、自分が今すこしだけドキッとしてしまったことをきっとわかっていないのであろうなと。今までひたすらに硬派だからこそ大きな問題なく女性関係をさばけていたのに、彼女ができて女性への若干の苦手意識が薄れてしまったら、考えるのも恐ろしい事が起こりかねない。彼の性根が素直ないい子ちゃんなのを知っている彼女は平気だったが、英雄としてしか見えてない女の子が本気になったらちゃんと責任とって距離を置けるのか。

確かに顔という点からみたならば男性的ではあるが、魅力的なものではないが、巌のように鍛えられた肉体を持つ彼は強い雄の気配を漂わせている。最近の彼しか知らない年若い少女たちにとって、ちょっとしたロマンスでもあればときめける程度の魅力はある。

 

それに、君の彼女は相当嫉妬深そうだと、外野の自分ですら思っているのに、何時か刺されるのじゃないかと心配したが、彼女は胸に秘めておく事にした。

 

 

「まぁ、カー中佐はヴァル・ファスクだって考える方が、逆に気が楽でしょう?」

 

「そうね……確かに言われてみれば、あの言動も私に対して他意があるのじゃなくて、ヴァル・ファスクだからって言ってしまえば、うん納得できなくはないわね」

 

 

ココは思い返してみる。こっちの心情を一切省みない直截的な発言。感情論をほとんど考えない現実的な意見。若干常識がずれているような言動。一切変わらない鉄皮面。これが年上の部下の人間であれば辛いものだ。しかしそれがヴァル・ファスクという、感情的な発露が少ない環境で育った存在だと思えば、そう言うものだと腑に落ちてしまう。

 

 

「あとは少しずつ歩み寄ってみてください。円滑な人間関係の構築に必要なことだと言ったらたぶん彼なんだってしますよ」

 

「そうね……それも時間が取れたらだけどね」

 

「ココさん」

 

 

部下からの進言に素直に従う意思を見せるものの、現実がそれを許さないのも事実であった。現状彼女には報告書の作成や、経緯を詳細に記したレポートの制作などやるべきことが多々あるのだから。

 

 

「やることが沢山あるのは、事実だもの。でもありがとう、少しばかり気が楽になったわ」

 

「そうですか、それは何より。では僕はこれで失礼しますね。『おやすみなさい』ココさん」

 

「? え、ええ おやすみなさい」

 

 

ラクレットはそう言って司令室を後にした。確かに艦内時刻は18時を指しており、ココもシフト上は27時までは非番だ。だが制作すべき書類がある以上そうは言っていられないのが現実でと、目の前の報告書に目を向ける。

 

 

「……もう、本当に格好良い男になっちゃったのね」

 

 

そこには司令官代行権限所有秘書のサインの入った、ドライブアウトからのログ全てを詳細かつわかりやすくまとめた報告書と経緯説明の為の音声映像記録添付済みの詳細データが入っていた。

追伸に良い夢をとだけ書かれている気障加減は、一体誰からの影響かしらと、ココは微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

居住スペースが集まる区画、その中央にはちょっとしたロビースペースの様な、おしゃべりを楽しめる場所がある。非常に巨大なルクシオールは機械の補助もあり乗っている人員は少な目であり、空間に余裕があるのだ。

そんな場所でルーンエンジェル隊の面々は顔を合わせていた。

 

 

「陛下……陛下ぁ……どうかご無事で……あぁ!!」

 

「ったく、辛気くせぇたらありゃしないぜ」

 

「仕方ないですよ、不安なのは皆さん同じことですし……」

 

「親分はもっと感情移入を覚えるべきなのだ」

 

「なんだとコラぁ!」

 

「あ、アニス落ち着いて!!」

 

「随分にぎやかだね、いつもこうなのかい?」

 

「ええ、そうね。まぁ大体こんな感じよ」

 

 

自身の主君の安否が知れず、この中では最も元々の立場への帰属意識が高いリリィは少々不安定であった。しかしそれはこの場が戦場ではないからであり、彼女は今取り乱しても良いからという信頼があるからこそ、心ここにあらずでいられるのだ。

そんな彼女とよく口げんかしているアニスは張り合いのなさに苛立ちらしくもない嫌味を言う。それをリコが諫めて、ナノナノが追従する。導火線の短いアニスがそれに怒り、カズヤが慌てて仲裁に入る。

かくも愉快で若干空気こそ重いがいつも通りの騒ぎである。今この場に来たばかりのロゼルは、一番近くにいたテキーラに対して問いかけるも、これが彼女たちの日常であるとの答えに驚きを隠せないでいた。

 

 

「あ、ロゼル! まってたよ」

 

「待たせてすまない、カズヤ。皆も貴重な時間をありがとう」

 

 

彼彼女たちがこの場に集っているのは偶然ではなく、このロゼルの呼びかけがあってからこそだ。ロゼルはリコを除いてこのルーンエンジェル隊がUPWの母体組織であるEDEN軍、ひいてはEDEN的な思想や価値意識などに非常に疎いことに気が付いていた。

先ほどのタピオ・カーが一時的にこの艦を一人で全てコントロールしたことの意味も今一つよくわかっていない様子だった。

 

別段それは悪い事ではない。ロゼルは生粋のEDEN人としての価値観を押し付ける気持ちはない。しかし、軍のそれも最精鋭部隊として、銀河の勢力図を描く際に確実に無視できない存在に対する知識の不足を見過ごすわけにはいかなかった。

 

 

「さて、それじゃあ現状を整理しよう。まず僕たちルクシオールは現在非常事態にある。本部との通信は断絶された孤立状態。仮想敵勢力とは戦端を交えてしまい、捕虜として敵の最高権力者を確保している。同盟勢力は敵勢力の支配下にあり、Absoluteへのゲートも破壊されてしまっている」

 

「うへぇ、こう聞くとやばいな」

 

「軍事戦略的には無条件降伏と武装解除を要求されてもおかしくないですね……」

 

「あの子も言いたくはないけど交渉材料にはなりそうもないし……」

 

 

暗雲立ち込めるところか、お先が真っ暗である。まな板の上の鯛である自覚をあらためて認識する一行。

 

 

「だからこそ、より一層強固な結束が必要な時だと僕は思う。だからこそ、さっきのカー中佐についてあえて説明したいんだ」

 

「あえて? それはどういうことなのだ? 解らないことは、知っているほうがきっと皆頑張れるのだ!」

 

「ナノちゃん……あのね……」

 

 

ロゼルのやや不明瞭な言葉を正確に理解できていたのはこの場で二人だけだった。リリィは話半分に聞いているのが大きいが。

 

 

「そうだな、カズヤ。マイヤーズ司令の経歴を簡単に振り返ってくれないか?」

 

「え? うん。マイヤーズ司令は元々所属していた国の地方軍人だったけど、クーデターをエンジェル隊の司令官に抜擢されて鎮圧。そのあと、異種族との戦争を最前線で戦い抜いてEDENを樹立するのに一役買った。って感じかな」

 

「へぇ、そう伝わっているのか、それともそう習ったのか。まぁ興味深い話ではあるけど、今は置いておこう」

 

 

カズヤは半年間の集中教育で詰め込まれた知識をなんとか引っ張り出す。それがロゼルには少しばかり面白い形であったが、今それは大事ではない。

 

 

「その異種族っていうのは、ヴァル・ファスクっていうんだけど、この中でヴァル・ファスクについて詳しく知っている人はいるかい、リコ、君を除いて」

 

ロゼルはそう言って周囲を見渡すと、目の合ったテキーラが口を開いた。

 

「現存する長寿人型種族の一つ。特徴として特殊な装置を媒介として同時に遠隔で大量の機械を操作する能力を持っている、感情の機微が薄い種族……よね」

 

「百点の解答ありがとう、テキーラ。まぁ君は知っているよね」

 

 

ロゼルは若干の苦笑と共にそう言った。彼が思い出すのはコフーンまでの旅路の途中、親睦を深めようとルーンエンジェル隊と面々といろいろ話した際に、自分の勘違いでてっきり自分の敬愛する教官の恋人が、写真でも見たことのあるリコだと思い、少々空回った会話をしてしまったことだ。

 

彼としては赤恥をかいてしまったが、そのおかげで、リコともカルーアとテキーラとも心の距離を縮めることができた。自分が完璧な頭でっかちのエリートではなく、じゃっかんそそっかしい所もある血の通った人間であると示すことができた。結果だけ見るのならば十分プラスの出来事である。全て計算通りの動きだ。

 

 

「え、それって」

 

「そう、カー中佐はそのヴァル・ファスク。EDENを支配していた種族なんだ」

 

「それって、つまり、タクトは敵を部下にしてココに丸投げしたってことじゃねぇか!!」

 

「親分、タクトは馬鹿じゃないのだ、きっと平気だからここにきているのだ」

 

「ナノナノの言う通り、カー中佐は味方だよ、スパイとか工作員ではないはずだ」

 

「でもよ、ヴァルなんたらっていうのは、人間じゃないんだろ? しかも5年前まで殺し合いをしていたんだよな、信用できんのか?」

 

「ヴァル・ファスクだから敵。それならばアタシたちはもう死んでいるわよ。アジート、アンタの知り合いにもヴァル・ファスクがいるわよ」

 

「マジかよ。あぁまてよ、話の流れからして……うげぇ、あんなのばっかいる種族によくタクトは勝てたなぁ」

 

「さすがにアイツが標準だったら笑えないわよ」

 

 

勘の良いアニスはロゼルの話を持っていた順番と、いくつかの持ち得ている情報からロゼルの言いたいことを察した。そして苦虫を噛み潰した様な顔をしたのだが、テキーラは微笑を浮かべてアニスを否定した。

 

 

「どういうこと、アニス、テキーラ?」

 

「カズヤさん、ラクレットさんは、ヴァル・ファスクと人間の混血なんです」

 

「あ! そっか、そう言えば習った気がしてきた……」

 

「ナノナノも、ママがそんな事を言っていた気もするのだ」

 

「ヴァル・ファスクだから敵ってわけじゃない。僕の住んでいた星は、直接数百年支配されてきた。だから今でも融和政策を受け入れられない人はいる。教官はヴァル・ファスクと人間の懸け橋としての仕事もたくさんしてきた人なんだ」

 

 

どんどん盛り上がっていく会話。ロゼルはこの場の全員の反応を見ながら、話題として知識を少しずつ提供していく。本当の意味でのEDEN人にとってヴァル・ファスクは悪の代名詞であることは否定できない。しかし、その恨みが強い人たち程、解放の立役者の英雄への感謝が大きく、それがヴァル・ファスク縁の存在故、非常に危ういがバランスが取れている。

ヴァル・ファスクがその英雄たちの系譜である、この艦にいる意味と言うのは、とても大きい事であり、ある意味でこの艦でのんきに暮らしているだけでも、自分たちは平行世界の各勢力の小規模な代理戦争をしているようなものである。

ロゼルの考えはざっくりいうとそう言ったものであった。

 

 

「もちろんこれは僕の私見だ。でもココさんに、僕たちに任されている事っていうのは対外的にも内部的にも非常に大きいんだ」

 

「その通りです、マティウス少尉」

 

 

ロゼルが上手く話をまとめたところで、少々遠くから良く通る男性の声が響いて来た。全員がそちらに視線を向けると、案の定と言うべきか、そこに立っていたのは、タピオ・カー中佐であった。

 

「カー中佐、お疲れ様です」

 

「敬礼は結構です。そしてマティウス少尉の考えは大筋では正しいのですが、少々訂正すべきことがあります」

 

「どういうことですか?」

 

 

突然はなしに入って来たタピオに露骨に反感を見せる者もこの場にいたが、カズヤは一先ずそう尋ねた。

 

 

「私がこの艦に来た理由は2つ、1つはマイヤーズ流と呼ばれる僅か数年でヴァル・ファスクをうち倒した名将の手腕をその身で学ぶため。もう1つはヴァルター中尉の意思確認の為です」

 

「意思確認ですか?」

 

「はい、彼はその気になればこの艦を掌握する事も、それどころか銀河そのものを手にすることができる。ヴァル・ファスクはそう考えております。それがヴァル・ファスクにとっての良いものであるか、悪いものなのかは我々の間でも意見が割れている為に、一先ずの接触が大事でした」

 

「本当壮大な話になってきたね……」

 

「その件に関しては一先ず現状維持で落ち着き、前者の目的、マイヤーズ流の理解をしたいのですが、ナッツミルク艦長があの様子だと……UPW軍としての行動指針がどうなるかが怪しいですね」

 

 

この時点でのタピオからみたココへの評価は微妙の一言に尽きる。どこまでも人間らしく状況毎に狼狽し混乱する。自身に対して恐怖を覚えて萎縮しているようで、艦の指揮にしたって特別なことはできていない。唯一片鱗が見えたのは、部下の指示を一切抵抗なく受け入れているからか、しかしそれもラクレット・ヴァルターの献策であった故に、タピオの芽からすれば期待外れとまではいかないが、今一つ違うのではないかと言う落胆がぬぐい切れていなかった。

 

「結局今我々ができるのは」

 

「ベストコンディションを維持する事、だよね、ロゼル」

 

「ああ。ホーリーブラッドにテンションは関係ないが、疲労や狼狽を極力残さないでおかねば」

 

 

 

 

 

 

 

相手の出方待ちである以上、エンジェル隊は来るときまで体を休めるしかすることが無いのは事実であった。彼女たちは今日もたらされた情報の意味を自分たちの中で消化しながら、もう少しの時を待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

────無礼者! 妾をここから出さぬか!

 

「とまぁ、ずっとこのような感じでして、拘束時に多少手荒に扱ってしまったこともあり、それを庇ったシラナミ少尉以外には文句一辺倒です、はい」

 

「そうか、ご苦労下がって良い。それと捕虜の拘束と言う観点から見て、君たちに一切非はなかった、気に病むことはない」

 

 

ラクレットはそう言って現在軟禁されている、自称ナツメ・イザヨイ公女の部屋の前に立っていたMPを下がらせる。本人の言っている事、所持していた物、本当にわずかだが存在していた公の映像などから99%本人であると考えられている。

 

彼がここに来たのは、情報を手に入れるためである、少なくとも今はやりたくないが、彼には人が『自発的に情報を口にしたくなる』ようにするための術も学んでいる。本当に最悪の場合はそうでもして情報を手に入れる必要があると考えたが、今回ここに来たのはそこまで切羽詰まっていないが、手の付けられないわがまま娘という評判の彼女に、自分の置かれた状況を理解させるためでしかない。

 

 

「中で何があっても、私の許可なくドアを開ける事も、内部のマイクの音を拾う事も禁ずる」

 

「了解です。お気を付けて」

 

 

軽い脅しをかけてから、彼は単身ナツメの部屋に入る。彼女はドアが開けられたことで、自分のお気に入りであるカズヤが来たのか、一瞬喜色に溢れた表情でこちらを見るが、直ぐに別人であることに気づき、落胆と怒りの表情でこちらをにらみつけてくる。

ラクレットはすぐさまドアを閉める。しかし、彼女の反応は変わらず怒りの色をより強くするだけであった。これには彼は少しばかり意外であった、自分の様な見てくれの男、しかも敵国の軍人だと制服を見ればすぐさまわかる、そんな者と密室に軟禁された状態で二人きりになっても一切の怯えや恐れの表情はないのだ。

考えられるのは2つ、本当に恐怖を覚えるのに足りないと考えているのか、それとも根本的に自分に危害が加えられるという想定が無いのか。

 

「なんじゃ、貴様!! ここは妾の部屋じゃぞ! とっとと出ていかぬか!」

 

「…………」

 

「ふん、妾の威光を前に口を開くこともできぬか!」

 

 

直ぐに後者だと理解できたが、さて、どうしたものか。ラクレットの中には冷静に幾つもの選択肢が浮かび上がってくる。人として唾棄すべき方法ならば、1秒で17通りは思いつく。それを取りたくはないが、友好的に下の立場から仲良くなる飴の行為は隊長が適任であり、そつなくこなすであろう確信もある。ならばやはり鞭かと結論付けた。

 

 

「自分の立場を弁えたらどうかね? 君が公女として手厚い待遇でいられるのは、単にこちらの善意でしかないのだよ」

 

「ふん、口を開けばなにをふざけたことを。悪のEDENなんぞ、正義のアームズアライアンスが今にでも蹴散らしてくれるわ!」

 

「そうか」

 

 

彼は公女が御高説を振りかざすその一瞬で彼女の背後に回り込み、襟筋を掴みそのまま摘み上げる。彼女は眼の前から男が消えたことに一瞬驚き、そして次の瞬間に自分が浮いている事に気が付く。驚きと共に振り返り、抵抗を始める。

 

「なっ! ぶ、無礼者!! 離せ!!」

 

「わかった」

 

彼はその言葉と同時に彼女をつまんでいた腕の手首を軽く返す。それと同時に彼女の体は天井スレスレまでふわりと浮かび上がり、そのまま自由落下を始める。彼女はめまぐるしく変わる視界に理解が追い付かないものの、床が近づくことによって、咄嗟に目をつむった。しかし身構えた衝撃は一切来ないので、恐る恐る目を開くと、自分はソファーに座らされていた。

 

 

「理解できたかね? 君の身の保証など、こちらがその気になれば君が認識する前に無に帰すことができる。もう一度自身の立場を考える事を推奨しよう」

 

「お、お主……」

 

「さて、改めて聞こう、君たちアームズアライアンスの背後にいる、技術協力をした存在について何か「もう一度じゃ!!」……は?」

 

ラクレットが極めて事務的に空中から落ちる彼女をソファーに可能な限り衝撃が行かないように投げ飛ばして、詰問をしようと口を開いたのだが、割り込むようにナツメが主張した内容は全く彼の予想とは別のものであった。

 

 

「今のはどうやったのじゃ!? もう一回やってみよ! 妾が許可するぞ!」

 

「あー……どうやら君は本物の公女のようだ」

 

 

彼が始めてあった皇族は今の目の前の少女と同程度の年齢であったと記憶しているが、今でこそ名君の印象が強いが最初は比較的世間知らずであった。しかし器と言うか、妙に懐が深い御方であった。

つまんで、放り投げて、投げ捨ててそれをまるでアトラクションのような反応でとられるとは、確かに世間知らずで妙に許容範囲が広い。そして悪意にいい意味で鈍感だ。彼は冷酷に対応するつもりであり、必要があるならばそのつもりであったが、幼い少女に口にするのもはばかれるようなことをしたくはなかったので、小手調べでと自分に言い聞かせながら、一切の傷を付けていないのだ。

最も、今後外交的な解決に出るのであれば、彼女の身に傷でもあるのは問題なので今すぐそのつもりはなかったが。

 

「そち、名はなんと言う!」

 

「ラクレット・ヴァルターだ」

 

「ほう、不思議な響きじゃの、気に入った、我が名を呼ぶことを許す!」

 

「……有難き幸せ」

 

彼はまとわりついて来る公女をもう一度摘み上げてベッドに向かって投げ飛ばしながらそう口にするしかなかった。まぁ彼は尊い人物や高貴な立場の存在から好かれやすいのかもしれない。

彼女が一先ず満足するまで適当にあやしながら彼は部屋を後にする。若干の苛つきと敗北感を胸に。

 

 

 

 

 

 

 

そして、その約8時間後、ルクシオールに正式な宣戦布告の通信が入って来た。

 

 

 

 

「我が名はカルバドゥス・カジェル!! 貴様らに決闘を申し込む! 48時間後指定の宙域に来い!」

 

「け、決闘? こちらにはそちらの公爵を捕虜として預かっているのですよ?」

 

「ふん、知ったことか! この件に関してはハチェットのジュニエヴルも納得しているのだ」

 

 

慌てるオペレーターを省みることなく、まるでこちらの話を聞かないその男。名はカルバドゥス・カジュルという。3公爵の一人であり、実質的な敵の軍司令官である。そんな男が一切こちらのリアクションを気にせずに一方的にそう告げてるのだ。どのくらい一方的かと言うと、オープンチャンネルで一方的に布告して来たのをオペレーターがつないだ瞬間に話し始めたくらいだ。タピオはいるが、非番のココはまだブリッジについてすらいない。

 

 

「決闘とはどういうことですか」

 

「我々アームズアライアンスが、NEUEをそして貴様らルクシオールを屠るための儀式だ。来なければ制圧してある星への無差別攻撃を開始する」

 

「脅迫ですか。ふむ、詳しい条件をお聞きしたい」

 

「いいだろう、補給は好きに受けて良い、受けられればな。だが来て良いのはルクシオール1隻のみだ! 持てる力全てで我々に挑んで来い」

 

「なるほど。随分と高圧的ですね」

 

 

冷静に受け止めるタピオ、だが周囲のクルーはあまりにも理不尽な要求に顔色を青くしている。敵は悠々と待ち構えているところに、単艦で突込み打破しなければ他の星を蹂躙するというシンプルな要求と言うより通達だったのだから。

 

 

「アームズアライアンスの公爵にして、剛腕の異名を持つ最強の戦士! 弱兵のEDENやNEUEに恐れが無いのならかかってくるがよい」

 

「最強? 貴様が? 最強?」

 

その言葉に眉を顰める一人の青年がいたが、カルバドゥスは一切気にせず続けた。

 

「そうだ! 銀河の王はこの一人、この俺だ! フハハハッハ!!」

 

 

そう言って彼は通信を切り上げた。それと同時に息を切らした様子で、やや服装の乱れたままのココが入ってくる。

 

 

「ああ、ココさん起きられたのですか、昨晩はお疲れ様です。短い時間ですが良く寝られましたか?」

 

「え、ええ。それで、これは?」

 

「敵からの宣戦布告です、単独で来なければ無差別攻撃を開始するとのことで、捕虜の交換は拒否されました」

 

 

少しばかりよくなったココの顔色はまた、蒼白に染まっていくのであった。

 

 

 




誰だこいつ(作者談)

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