銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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第4話 不敵/無敵

フォルテ・シュトーレン。白き月という女性研究員が多い環境ではなく、戦場という特殊な状況で自分を磨き、ある意味で実力により今の地位を掴んだと言える女傑である。ムーンエンジェル隊の中では最年長であり、まとめ役。本人も一歩引いたところで見守っていることが多い。かと思えば、最高のご飯の友はなにかで喧嘩したり、おでんを食べたいという理由で屋台を用意するように権力を利用したりと、しょうもない所でエンジェル隊らしさを見せる、そういった自他ともに認める魅力的な女性だ。

 

 

エンジェル隊員の中で、タクトやレスターが私情抜きに、シンパを集めて軍に反旗を翻された場合、誰を相手にしたくないかと聞かれれば、彼女の名前はミルフィーユ・桜葉(大将の持つべき強運および、交通の要所を抑えている)ミント・ブラマンシュ(軍の民間に出す補給の4割、全体の2割程の補給を担っている)の二人とは別の意味で上がるであろう。

彼女の場合はその冷静でいながら積極的な戦略眼が恐ろしい。なにより勝利のためにならば貪欲に手段を厭わないという面もあるのだ。そこまで話した時点でエンジェル隊が裏切ったら皇国どころかEDENとNEUEが終わるのではないかという結論が出たために二人はその会話を打ち切ったのだが。

 

ともかく、敵にしたら厄介な彼女だが、敵に回るかと言われれば否であろう。彼女は人一倍任務に忠実であり、誇りをもって軍に皇国に仕えていた。誰よりも誇り高く誰よりも任務に忠実であったのだから。

 

だからこそ衝撃は大きかった。

 

 

「兎も角正確な情報が欲しいな、セルダール方面に向かうのが先決だ」

 

「賛成です、私もフォルテさんがあんなことをするなんて……」

 

「先生どうしちゃったのだ……」

 

 

ブリーフィングルームに集う面々の表情は暗い。この艦の主要な人員全員と所縁ある人物が反旗を翻したのだ。もちろん全員そんな筈はなく、何かしらの理由があったり偽物だったりといった可能性を考慮している。

しかし事実として『フォルテ・シュトーレンを名乗る、外見も本人そのものの人物が王国にクーデターを起こした』という事実は否定できないのだ。王国方面からの通信は途絶という現状、状況証拠ではクーデターは既に起っているのが無理ない見方である。

 

 

「現在『フォルテ・シュトーレン』を名乗る人物による発表では、セルダール本星は艦隊により包囲されている、加えてゲート近辺も既に支配下にある。要求はNEUEにおける全勢力の隷属と外部戦力……EDEN軍やEDEN人のNEUEからの例外を認めない撤退です」

 

「無茶苦茶な言い分ね。シュトーレン自身もEDEN人じゃない」

 

「テキーラのいう通りだ。確実に何か事情がある。楽人、どう思う?」

 

 

ココが先ほどの通信を改めて読み上げると、呆れた様な表情でテキーラはそう呟く。なにせ要求されている事は、実現不可能なレベルのそれであるのだから。タクトも理解しているのか、先ほどから通信や操作ウィンドウを開き作業している楽人にそう尋ねた。

 

 

「シュトーレン中佐の真贋や思想は兎も角、幾つか分かることがあります。先ほど民間の情報提供者に問い合わせたところ、一切の不正船舶がセルダール方向に航行した形跡は存在しません。しかしEDEN排斥派の活動が水面下で活発であった事実はあるそうです」

 

楽人はここで一度言葉を区切り、理解するための時間を置く、優秀な軍人が多いこの部屋の全員が理解したことを確認すると、再び口を開いた。

 

「以上の事から、今回のクーデターはEDEN排斥派が、何者から支援を受けて決起したこと、EDEN方面またはAbsolute方面からの軍事力提供が成されている事、そして矢面に立っている人物達とは別に黒幕がいる事が推測できます」

 

「……なるほど、要求が偏っているのはいい具合に利用されている排斥派への餌、戦力を提供した黒幕の目的は恐らく……」

 

「はい、ルクシオールの撃破、もしくはNEUEに封殺する事。丁度いい具合にエルシオールがEDENに帰港していることから、Absolute、EDEN本星、ヴァル・ランダル等で政変があった可能性があります」

 

 

楽人、そしてタクトの二人は同じ結論に至った。何かしらのゲート近くに存在した勢力が、排斥派を支援扇動しフォルテにクーデターを起こさせた。狙いはルクシオールの無力化であり、このクーデターはその黒幕にとって手段でしかない可能性が高いという事だ。

 

二人の頭の中で今一番考えられているのは『未確認のゲートから生存していた文明がAbsoluteに到達し制圧、その後支配を目論見Absoluteの人員を人質に取りフォルテを利用してクーデターを起こす』といったものだ。

勿論EDEN側の誰かの手引きがいるが、その文明が密かに工作員などを通じて連携をとっていれば難しいものではない。

フォルテの人となりを知っていれば、彼女自身がこのような凶行に走る理由を持ちえないのは自明だったからだ。それでも尚彼女がこちらに敵対するというのならば、それはそうせざるを得ない事情があってこそであろう。

 

 

「ミルフィーが……」

 

「ええ、Absoluteは交通の要所、確実に抑えられているとみて良いでしょう」

 

「そんな! お姉ちゃんが!! 」

 

 

タクトの呟きを無慈悲に肯定する楽人。リコには酷であるが、はっきりさせておく必要があったのだ、土壇場になって動けなくなるよりはある程度受け入れる時間の余裕があった方が遙かにましだ。

 

 

「リコ……大丈夫さ、君のお姉さんは、ミルフィーユさんは、銀河で一番の幸運の持ち主なんだよね? 無事でいるはずさ」

 

「カズヤさん……そうですよね……」

 

 

カズヤは蒼ざめているリコの表情を見てなんとか励ます。一番事情に疎い時分だからこそ、無責任なことが言えるはずだ、そう彼は思ったのだ。そして今渦中の人物であるフォルテから学んだのだ。どのような時でも仲間を気遣い前向きであることがエンジェル隊のメンバーの心得だと。

 

 

「兎も角、先に決めたようにセルダールに向かうことが先決だ、できればリリィと合流して正確な情報が欲しい。エンジェル隊各員は艦内で待機していてくれ。ココ、イーグルゲイザーの反応を最優先で探すように指示をしたら、セルダールに全速前進だ」

 

「了解です! あ、タクトさん」

 

 

司令官らしく堂々と指示を出すタクト、こういった時は彼が動揺する姿を見せてはいけないのだ。しかしそれを遮るような声がココから帰ってきた。

 

 

「リコちゃんからの報告だと、先の戦闘やルート変更の影響があってエンジン機材の一部に不調が出ているそうですが」

 

「……え?」

 

「あ、はい。ステリーネさんからそう報告受けて、この前タクトさんに提出した報告書に『長期航行するなら速力が半分程しか出なくなる』と書いてますけど」

 

 

事実であった。新造艦でもあり、一応技術試験艦も兼ねているルクシオールは油断できないトラブルが多い。性能が高いので仮にメインエンジンが死んだとしても手はあるのだが。

ともかく数日前にルクシオールの機関士であるステリーネがエンジンの不調を確認し、あと2度ほどのクロノドライブが限界だとリコに伝えている。アステロイド帯が多いNEUE銀河では細かいクロノドライブが必要であるので、目的地であるセルダールまでは倍近い時間がかかるという試算を提出していたのだ。

 

 

「……えーと……マジで? 」

 

「はい、その際に後で何とかしておくと言われたので」」

 

「私も一度タクトさんに確認しましたが、ケーキに合う茶葉を選んだら取り掛かると言われました」

 

 

リコとココの二人から『前から言っていましたから、勿論やっていますよね?』といった視線と言葉を受けて固まるタクト。記憶の片隅に適当に返事をしたような記憶がある。最近まともな戦闘が無くて気を抜いていた所に先の戦闘があったのだ。

最低限の事をした後は適当に今後のプランを考えながら過ごしていた彼は、このクーデター騒ぎは寝耳に水であった。そしてそんな彼の行動が銀河と多くの人命に影響しかねない状況を招いてしまっていた。彼はもう神に祈るしかなかった。

 

 

「その件でしたら、『私の権限で』既に補給の手続きは済んでいます。1度クロノドライブをした先で、丁度近隣まで来ているブラマンシュの艦が請け負ってくれる手筈です。航行スケジュール的には半日程度の遅れが出てしまいますが、このまま航行した場合に比較すれば、十分許容範囲内でしょう」

 

 

しかし彼には幸運の女神のほかにも、勤労の化身が付いていたようだ。いや同時に作用した結果かもしれない。タクトがサボり積み上がった事務手続きは全て滞りなく彼の権限と裁量と判断で遂行されている。タクトに任されるのは、本来の彼のするべき仕事全体の5%にも満たないのだ。つまり全ての仕事の中の5%の中にある書類の決裁。それすらさぼるのがタクトである。

 

 

「う、うん! そうそう、そんな感じになってるよ。いやー楽人きちんと通達しなきゃだめじゃないか」

 

────貴方のサインの入っていない「契約書を開示しましょうか? 」

 

 

前半部分は口の形だけで、そう言いった楽人はデータをタクトの端末に送る。流石に開示はしなかったようだ。

 

 

「っ!……後で自室で見せてくれ。(ごめんなさい)」

 

 

釘を刺されたので、とりあえずクーデター終わるまでは頑張ろうと自戒しつつ、同じく形だけで答え、タクトは今後の事を考えるのであった。周囲もいつもの事だなぁと呆れながらも和やかな空気に戻った。ただ一人ココだけが二人のやり取りの意味を見抜いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、これ本当? 」

 

「ええ、いつもの筋からの情報です。型番に欠損はなかったので気にしていませんでしたが、EDEN製の機体が7機あったのですから、5機目があってもおかしくはないでしょう。ナッツミルク大尉はどうお考えでしょうか?」

 

「そうね……確かにおかしくはないわ、これならこの前のも威力偵察ってことで納得ができるし」

 

 

エンジェル隊の4人が退出した後、ココとタクトと楽人というこの艦の事実上の上位3人は示し合わせたように、艦長室に場所を移し機密レベルを上げた後、タクトが楽人に確認するようにそう尋ねる。

 

 

「うーむ、この前のを使って『平和的な話し合い』で引き込めるといいね」

 

「……やはり融和ですか。まあ司令の判断に異を挟みません。しかし最低限の自重と仕事をしていただきたい」

 

「そうですよ、タクトさん。休むのも優しいのも必要ですけど、最低限はやってもらわないと。今回の補給だってあの放送の後すぐに楽ッ……人君がミントさんに頭を下げて頼んだんですよ。緊急を有する事態だからって」

 

 

まだ10代としか見えない少女が単身単艦で『ルクシオール』を強襲。駆け出しの命知らずかと思えば、口上や不遜な態度は堂に入ったもの。しかも引き際をきちんと弁えていた。

そんなアンバランスなアニスと名乗る宇宙海賊の少女。あまりにちぐはぐな態度と状況に違和感を覚えた楽人は、個人的な伝手でとあるNEUEを拠点に活動しているEDEN人の魔法使いの部下に調査を依頼したのだ。快く引き受けられたその医らの成果は、先ほど近隣の惑星から情報が送られてきたのである。

 

 

アニス・アジート 年齢16歳

・現在ブラマンシュ商会の提携会社から多額の借金あり。(確定情報)

・自称トレジャーハンターであり、海賊稼業に手を染める事はなかった。(同上)

・彼女の元に所属不明の人物から接触があった後、ルクシオールを狙うために計画を立てた模様。(目撃者1名に故信憑性に疑問あり)

・NEUE製の戦闘機より遙かに速い紅い大型戦闘機を所持している。(確認済み下に画像添付)

 

 

これが先ほどタクトに送った情報である。問題なのは最期であろう。まるで導かれるような具合であるが、事実であるとすれば。彼女が何を狙って『ルクシオール』を攻めたのか考えるべきであろう。

楽人は先ほどミント・ブラマンシュとは、秘匿レベルを規定の下限に下げて通信した事をタクトに伝えた。きっとそうすれば自然と誘蛾灯に導かれるが如く、この英雄の前に集うであろうと考えたからであろう。

 

 

「今必要なのは戦力だ。将来を見れば特にね」

 

 

それを聞いたタクトはそう言って二人を見た後、すべきことをもう一度考え直すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドライブアウト、通常空間に戻ります」

 

「よし、待ち合わせのポイント周辺をスキャン、まだ時間まで結構あるから周囲を警戒しつつ待機」

 

「了解です。あら? 前方にEDEN船籍の艦ありです」

 

「……繋いでくれ」

 

ドライブアウトした際に、すぐさま正面に艦が存在した。ポイントは少々先であり、時間にもまだ早い。

 

 

「怪しんでいるのですか? ですが仕事が早く、顧客満足度を優先する優良企業、永久割引の付くお得な会員制度もあり、今なら入会費が無料で、年会費も10万ギャラキャッシュバック。お買い物の際はぜひご利用下さい。なブラマンシュ商会です。不思議なことではないでしょう」

 

「……ねえ、楽人手配の際に変な条件付帯されてないよね? 」

 

「まさか。クリーンな経営で、従業員満足度も昨年度1位を記録し、社会貢献活動に多額の費用を投じるブラマンシュ商会ですよ? そのようなことは一切」

 

「それが怖いんだよ、楽人」

 

 

タクトと楽人のやり取りにブリッジクルーは少し強張っていた全身の力を抜いた。このような状況だからこそ、いつもを忘れないことが大事だ。ボケとツッコミが入れ替わっているのは、それを気付かせるために二人があえてしている事だと思うと小さな笑いまでこみあげて来る。

 

 

「通信スクリーンに出ます」

 

「どうも、こちら『エルシオール』艦長タクト・マイヤーズ『大佐』だ。ブラマンシュ商会の補給だよね? 」

 

「はい、補給船の責任者のスニアと申します。シャトルハッチの解放をお願いします」

 

「了解、それじゃあ頼むよ」

 

 

タクトはそれだけ言って通信を切る。へらへらとした締まらない表情が、一瞬だけ謀略家の顔になるが、ココを除くブリッジクルーはそれに気づかないでいた。

 

 

「もう、タクトさん。ここはルクシオールですし、もう准将ですよ。さすがに気を緩めすぎです」

 

「ごめんココ。珍しく楽人がボケるものだからさぁ……それじゃあ『皇国軍の規定通り』民間船を受け入れている間、重要ブロックのセキュリティレベルを上げておいてくれ、俺は部屋で楽人に手伝ってもらって報告書作ってるよ」

 

「了解です!! この場はココさんや僕たちに任せて、ちゃんと仕事をしてくださいね」

 

「織旗中尉も、タクトさんを見張って下さいね、シエスタしないように」

 

 

ココ以外のクルーからも、司令がきちんと仕事をするように言い含められながら、二人はブリッジをココに任せ後にした。扉が閉まった瞬間二人は顔を見合わせることなく、口を開いた。

 

 

「露骨すぎでしょう、クールダラス大佐なら鼻で笑っています」

 

「いいんだよ、あれ位で……オレは部屋にいるから、あとは手筈通りに。頼むよ」

 

「────了解! 」

 

 

そう言い合って二人は指令室の前で別れた。楽人は一人格納庫へと移動を開始したのである。通り過ぎる人物の視界に入らないように素早く無音で。そしてその数分後、ルクシオールにアラームが鳴り響く。侵入者有り、各員適切な行動をとれ。その命令が下されたのである。

 

 

 

 

 

「っへ、ちょろいもんだぜ! 」

 

 

アニス・アジート 16歳。おとめ座で血液型はB型の少女であり、自称・トレジャーハンターであり、現在『ルクシオール』への侵入者であった。彼女は本来お宝の噂を聞きつけては様々な手段を用いてそれを手に入れる『グレー』な職業をしていたが、現在の彼女はブラックだ。

紅い、燃えるような髪は肩の所でまとめられ二房が伸びているが、古代地球文明で言う所のアラビア風の露出が多い踊り子の様な衣装も相成って、非常に活動的な美少女に見える。外見に違わぬ男勝り、いや男顔負けの行動力を持つ彼女は自分の企みが上手く行ったことを確信し勝利の味をかみしめながらも、油断なくルクシオールの中を走り回っていた。

 

彼女の目的は、最近知り合った仲介屋で情報屋であり、形式上は雇い主である女からの指示通り、ルクシオールである物を入手することだった。ブラマンシュ商会のEDEN製の最新鋭小型船を100年ローン(途中返済可)で購入した彼女は早急に金が欲しかった。加えて前まで使っていた艦を下取りに出す前に、この艦に壊されてしまったのだ。

こういった堅気の人間に多大な迷惑をかけるのはあまり好ましくないが、女から

「侵略者であり、善人ぶって隷属を要求してくる傲慢で金を持っているEDEN軍人」

と聞き、軍人であるのならば多少手荒でも問題ない。と判断したためにこういった手段に出たのだ。

 

 

「さーてぇ? 次は……こっちだ!」

 

彼女は目的を遂行するために、ルクシオールのMPや職員を攪乱していた。素早く無規則に多くの場所へ移動し 情報を混乱させる。そしてその間に把握した重要な部屋に行くように見せかけて誘導し、真の目的を果たすというのだ。

 

 

「まてぇ―!」

 

「まつのだー!」

 

「待ってくださーい!」

 

「ま~てぇ~ですわ~」

 

「カルーア様、ここはテキーラ様に代わるべきですにぃ」

 

 

そんな声を後ろに聞きながら彼女は二つ角を曲がり、空き部屋に飛び込む。適当に入った部屋だが、どうやら衣服やリネンのクリーニングの為の部屋の様で、都合がいいとばかりに適当な服を羽織ると足跡が聞こえないことを確認して再び走り出す。本命の格納庫に

 

 

「戦闘機の奪取なんて、楽な仕事だな!」

 

 

彼女の狙いはブレイブハート。彼女の持っている機体と合体することができると女からは聞いているが、大事なのはこちらの言い値で買い取るという確約だ。それさえあればそれこそなんだって手に入れて見せる。そんな心意気だった。

 

 

「あー! いたのだ! 」

 

「あ、おい! アンタなにをやって……」

 

 

格納庫に入り、帽子で顔を隠しながら堂々とブレイブハートの鎮座されているブロックに近づくと、素早く操作コンソールを弄り発進シークエンスに入る。しかしそれを先ほどからしつこく追い回している尻尾と耳の生えたガキに見つかったようで、大声で指を刺される。整備クルーらしき人間にもばれたようだがもう遅い。

素早い身のこなしですでに発進用のレールに固定されているブレイブハートに乗り込む。

 

「へへ、来れるもんなら来てみやがれ!! 」

 

「待つのだー! カズヤのヒコーキとっちゃだめなのだー!!」

 

「ナノナノ! 危ない!!」

 

「うわ、こいつ何すんだ! 」

 

 

勝ち誇るアニスだったが、それはナノナノの無謀とも思える行動によって中断せざるを得なかった。なんと彼女は計器や隔壁そしてクレーンを経由して猫のように発進シークエンスに入っているブレイブハートに飛び移ったのだ。

まだ締まり切ってなかった操縦席のハッチもセンサーが感知したのか一時的に停止している。ナノナノは操縦席に馬乗りになり、アニスの髪を引っ張り、止めようとしたのだ。ここまで来る手腕と行動力は見事だが、制止しようとする手段は外見相応の物であった。

 

そんなナノナノがいい加減鬱陶しいアニスは、思い切り彼女を横に追いやった。格納庫の天井から吊るされているブレイブハートは高さ30m程の位置にある。当然落下したらひとたまりもない。しかし頭に血が上った彼女はその事をすっかり失念していた。鍛え上げた彼女の腕はまだ軽いナノナノの体をブレイブハートの外に追いやってしまったのだ。

 

 

「あ……」

 

「あぶねぇ!!」

 

 

ナノナノの体が空中に投げ出された瞬間、アニスは咄嗟に体を捻り彼女の手を掴んでいた。突き飛ばし立ての勢いを殺さなかったためにまるで投げ技をかけたかのような連続とした動きであった。

 

 

「ったく、動くんじゃねぇ、じっとしてろ」

 

「う、わ、わかったのだぁ」

 

 

アニスは空いている手でブレイブハートの発進シークエンスを解除し、鎮座されていた台座の真上まで来ると手を離した。台座はかなり高くなっているために身軽なナノナノは問題なく着地で来た。

そのまま無言で既にブリッジが察知し勝手に開いたハッチを閉めようとしているのを確認すると、素早く発射シークエンスに戻り、閉まりかけのハッチの合間をすり抜けて、ルクシオールを脱出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブレイブハートの操縦席ハッチが閉まる瞬間天井から何者かが滑り込んだのに彼女が気付いたのはアステロイド帯に飛び込み安全を確保して気を緩めた瞬間であった。

 

 

「動かないほうが良い、アニス・アジート。君が操縦桿を離すか無理な操作を加えた瞬間に、君は死ぬ」

 

「っち! このアニス様も焼きが回ったか、あんな艦の奴に後れを取るとはな」

 

 

アニスは口でそう言いつつも、自分の後ろから聞こえた男の声を分析しながら、太腿に隠してあるナイフと、服の金属製の飾りの下に縫い込んでいるナイフを確認していた。

 

「ナイフ……それが2本て所か、まあ良い。既に君が入力した座標は確認している。そのままそこに行け」

 

「何が目的だ」

 

「取り引きだ。君の身柄と一部の所有物を貰い受けるためのな」

 

 

アニスはその声に勝ち誇った優越感が含まれていると判断した。それは彼女にとって好機だった。人は勝ち誇った瞬間に敗北するのだ。今までそうして油断して散っていった同業を見ている彼女は、身をもって知っているし、それを後ろの相手にもわからせてやろうとしたのだ。

 

 

「へ、 そうかい、そいつは光栄だねぇ! 」

 

 

その声と同時に、彼女は操縦桿を足で蹴飛ばし機体を揺らすと同時に振り返った。上げた足からナイフを抜き取ることも忘れずに、一切の無駄のない動きで自分の後ろで笑っている人物に奇襲を仕掛けたのだ。

その手腕は見事であり、事実その男に油断はあった。だが彼女にとって不幸なことに彼女のその攻撃は

 

 

「遅すぎる。全く手間を掛けさせるな」

 

「んな……ざけん……な!」

 

 

いとも簡単に止められることになる。男は、右手の親指と人差し指で軽く組み、アニスが振りかざしたナイフをもつ手の甲に、いとも簡単に叩き付けて落とすと、もう片方の手で彼女の首を掴んだ。

はたき落とされた手はナイフの感触が無いどころか、痛みで骨が外れたような感覚すらある。首を万力の様な力で締め付けられるアニスは声を絞り出すのがやっとであった。そう、油断していたのはアニスの方であった。

 

自分の経験に裏打ちされた実力と自信は確かなものであった。ルクシオールという艦の殆どの人員が優秀であるが荒事への対処能力や危機感に欠ける人物であった。しかし目の前の人物を侮ってはいけなかった。

その男は片手間で油断しているアニスを無力化できる化け物であることを彼女は不幸なことに知らなかったのだ。

仮に彼女が油断なく男と相対したならば、打倒こそ不可能かもしれないがここまで一方的な結果にならなかったであろう。

 

 

「なにもんだ……てめぇ……」

 

「軍人だ」

 

 

その言葉と同時に男は床に落ちていたナイフをへし折り、アニスの2つ目の隠し持つ用のナイフも取り上げた。彼女の服の飾りの下の不自然な膨らみの下に隠されているそれを回収する際に、アニスの顔には朱が差したのだが。対照的に彼は一切表情を変えなかった。TPOは弁えている。

 

 

「話をしよう、それが君の未来にとっての最良のものだ」

 

「分かった……だから離せ……」

 

 

アニスは既に抵抗する気を失くしていた。その一因として男の姿をきちんと目で確認したからでもある。男は六尺豊かな大柄で筋肉質だった。そんな男とこのコックピットの、立ち上がることすら困難な狭い環境では、自身の身軽で素早い身のこなしも生かせず、弱点である金的に一撃加える事も難しい。

それならばまだ相手がこちらに利用価値を見出しているうちに要求を聞いておくべきだと判断したのだ。勿論到底不可能であったりするものであれば、蹴るつもりであったが。

 

 

「了解した。それでは聞かせてもらおう、君に話を持ち掛けてきた人物の事を」

 

「確かデータって呼ばれてる女だ。いけ好かねぇ神経質そうなババアだ。それしか知らねぇ」

 

「そうか、それなら良い。さてこれからの事を話そう」

 

 

アニスの事をきちんと評価している男────織旗楽人は、この盤面で彼女が嘘を言うメリットはないと自覚できていると判断し先を促すことにした。

 

 

「君の目的は金の為にこの機体を奪取する事で違いないか?」

 

「筒抜けだったってーのか。そうだよ。おめーらのせいで下取りに出す艦がなくなっちまったんだ」

 

「君の所持している戦闘機は、紋章が刻まれた可変機能のある大型戦闘機であってるな? 」

 

「ああ、レリックレイダーの事ならそうだ」

 

 

楽人は素直に答えているアニスを見つめて今までの情報を総合していく。純粋な敵対意思はなく、紋章機を所持しており、度胸や実力は十分。全く持って不本意で認めたくなかったが、タクトの示してきた条件には合致していた。

アニスは既に情報が筒抜けならばと、半ば自棄になっていたが、正確な情報を楽人に呈示していた。目の前の男が少しでもその気になれば自分がどうなるかわからない。生憎タダでやられるつもりはないが、先ほどの動きとこの戦闘機に入ってきた能力から、勝てる見込みは限りなく薄かったのだ。

 

 

「アニス・アジート。君は正式な命令を受け行動しているEDEN軍に敵対行動をとった重罪人だ。君が所属する星系国家に照らし合わせた罰則のほかにEDEN側からも制裁を加える事ができる」

 

「…………」

 

「だからこそ、取引がしたい、君の2回の襲撃を無かったことにした上で、君はルクシオールに所属してもらう」

 

「命令に従えって事か? それならお断りだぞ」

 

「否定はしないが、おそらく誤解があるであろう。君の戦闘機とそれを操縦できる人材を軍(サービス)は欲している。君には各種特権が与えられる、非常時以外の局面においての自由行動、軍の所有するサービスを優先的に受ける権利。そういった物を持つ特殊部隊に君は所属してもらう……予定だ。最後に君が助けた少女もその部隊一員だ」

 

 

不本意ではあるが、全て見ていたであろう、楽人の上官である救国の英雄はナノナノを助けたその一点だけで、クルー全員を説得できる程度には弁が立つし力もある。と言うよりそれで人柄を認めてしまうだろう、この目の前にいる反抗的な少女の。

 

 

「なんだ、つまりレリックレイダーを使って暴れる代わりに、あの艦で好き勝手やっていいって事か。金は出るのか?」

 

「概ねそうだ、常識の範囲内でな。給料の件は応相談だが……各種手当を除いた上で月50万ギャラは確約できるだろう。出撃があれば危険手当、そうでなくとも2割増しの乗艦手当はつく」

 

 

アニスは今聞いた話を脳内で整理する。彼女には借金があり即急に返す必要はないが、返す目途をつける必要はある。頭金にするつもりで下取りに出すつもりだった艦がなくなった以上、危ない橋を渡る必要があった。

この話を受ければ、毎月最低60万ギャラが手に入る。額は大したものだが、負債持ちで一攫千金狙いの彼女の感覚的に、微々たるものとも言える。勿論もらえるのならば欲しいが。

やらされることはあの気の抜けた艦で自分の愛機を使った荒事。自分の何時ものやっている事と大差はないが、人の下につくという事が彼女には大きな抵抗があった。

アニスは自由気ままな暮らしを愛していたからだ。だが、そうも言っていられないであろう。彼女が了承する前に、せめて生存権くらいは確約してもらおうと口を開こうとした時に目の前の男が付け加えるように口を開いた。

 

 

「こちらの条件を飲んでもらった場合、君の現在の借金をこちらが肩代わりして返済する用意が「乗った!! 乗らせてもらうぜ!」……そうか、ではデータとやらの捕獲が最初の任務だ。協力してもらうぞ」

 

「ああ!! 俺に任せとけ! 」

 

「では、その間に契約書を用意しておこう」

 

 

手に平を返したような態度に狼狽しつつも、楽人はアニスの協力をこぎつけた。楽人はブレイブハートから文書通信で状況と行先をルクシオールに伝えると、そのままアニスの操縦で彼女の艦に向かったのである。 

 

 

 

 


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