銀河天使な僕と君たち   作:HIGU.V

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お久しぶりです。
のんびり誤字修正していこうと思います。



空白期
空白期1 413年


 戦争が終われば、英雄はいらない。その言葉が真実かどうか、それは誰も知らない。なにせ英雄なんてものは、頻繁に現れないからだ。危機を救うのが英雄とすれば、英雄だらけの国は一般市民が疲弊してしまうであろう。

 書籍に頼ろうにも、その時代の一個人の意見をまとめたものでしかないそれは、信憑性という時点で難がある。英雄が無用の長物か、将又災いの種か。それを知っているのは、その時代を共に生きた民衆だけだ。

 

 

「少なくても不要ってことはないよな。こんなに忙しい」

 

 

個人用にチャーターされたシャトルの座席に深く腰を掛けながら、青年は独りごちる。背の丈はヤードポンドなら6ft.を優に超える恵まれたものであったが、どこか疲れを感じさせる。服装はフォーマルに儀礼用の軍服を身に着けており、細部の真新しさから、滅多に着ないか下ろし立てであることが推測できる。

 

 

 「中尉、あと数分で式場の近くにあるシャトル発着所に到着します」

 

 「ああ、了解です」

 

 

強張った体を解しながら、青年はそう受け答えする。連日の多忙な任務で蓄積されていった疲れという強敵は、その位では倒せないが、少なくとも気分は晴れやかである。最近笑うことが少なくなってしまい、強張ってしまった顔の筋肉も、今日ばかりはリラックスできるであろう。なにせ、尊敬する上官達の第二のスタートの日なのだから。

 

 

「結婚式……見たかったな……ミルフィーさんの花嫁衣裳はきっと綺麗だったんだろうし」

 

 

その式自体にはそもそもスケジュール的に無理があった青年は、強行軍でその後のパーティーだけでも参加しようと仕事を半場放置する形でここに来た。周囲からあまりいい目で見られてなかったのだが、理由が理由だけに暗黙の了解はあったとみている。

国の重鎮が、それも最も勢いのある派閥の面々が一堂に会する場所なのだ。

彼等も、なんとか立ち上がり、ようやく軌道に乗りかけたプロジェクトであり、今が最も忙しい時期なのであるので。頭で理解しても感情で彼を恨むのは仕方がない。

 

 

「到着しました。どうぞ」

 

「ありがとう、いい操縦だった」

 

 

彼は、自分のシャトルを操縦していた専属の運転手に礼と賛辞を述べて地面に降り立つ。その言葉を受けた運転手(操縦士)は、苦笑してしまうのだが、これも仕方がない。

 

 

「あなたに言われると、嫌味にすら聞こえますよ────ラクレット・ヴァルター中尉殿」

 

「本心さ。安全運転なんて、生まれてからしたことないからね」

 

 

青年の名前はラクレット・ヴァルター。皇国最強の一角であり、数々の異名を持つこと戦闘機によるドッグファイトに関しては、並べるものは一人しかいないといわれる英雄の一人だ。

 

彼がなした功績は枚挙に厭わない。戦闘機による近接武器の運用という冗談めいた概念を持ち込んだ人物。不可能とも思える戦場において、最前線で戦い常に生還している。旗艦を落とした数は個人では皇国でトップ、ついたあだ名は『旗艦殺し(フラグ・ブレイカー)』そして何より彼の年齢は若干15歳であるということ。

 

子供が夢想するヒーローそのものであり、生ける英雄なのだ。皇国において、英雄といえば、彼ともう一人を指すのだが、もう一人が英雄という人物像から離れているのに加え、あまりメディアに出てこないというのもあり、彼は時の人であった。

連日のように取材やスピーチ。番組への出演。パーティーへの出席。他多数の本職とは関係ない仕事をしつつ、現在進行しているあるプロジェクトの一員として動いている。

 

そんな彼は、シャトルの発着所から数分一人で歩き、会場に向かう。彼ほどの立場なら護衛が必要であろう。結婚式への道中、ひったくりを見つけて、花束もちながら捕まえたりして、ナイフでさされ、空が目にしみたら冗談では済まされないからだ。

だが、彼はひとりであった。これには簡単な理由がある。現状彼に何らかの害を与えられる人間が確認できていないのだ。彼は、周囲に人がいないことを確認すると、2,3回屈伸運動をした後。走り出した────車道を。

 

車の法定速度ほど出ている彼の走りは、10秒ほどで失速することはなく、20,30秒と距離を伸ばしていく。運が良いのか、信号などには一切引っかからずに、会場まで彼の足で2分ほど走り続けた。

 

そう、彼の肉体には、科学の力では解明できない不思議な何かが宿っていた。勢いをつければ、壁を走ることができるという常識外れの脚力。逆立ちでの移動で、某司令の全力疾走を優位に置き去りする腕力。肉体的な能力、特に持久力と瞬発力が異常なまでに発達していたのだ。彼の外見は岩のような印象を受ける筋肉の鎧衣をまとった男性だが、それにしても常識はずれにも程があった。

 

 

「よし到着。皆いるね。テロの的にされたら、国が亡ぶな」

 

 

そういったわけで、この星は本日関係者以外立ち入り禁止である。式典用の星なのだ。1組の結婚式に、2組の男女の結婚祝いのパーティーなのだ。

ラクレットの兄カマンベール・ヴァルターは。婚約者であったノアと既に先月二人きりで式を挙げていた。と、いうのも今回さすがに2組合同というのは、いろいろなところに無理があったらしいというのと。

新婦たっての希望で、EDEN星系の既に人が住んでいない無人の星の、空き家と思われる建造物跡で、二人だけの挙式をしているのだ。それでもパーティーだけは合同で行われている。誘っておいて、自分たちだけでやるというのもアレな感じであったが、まあそれは余談であろう。

 

会場の入り口から、華やかな屋外での立食パーティーに興じている面々を見渡しながら、知り合いを探していると、ラクレットは偶然、本当に偶然一人の少女と目が合った。

10歳ほどのその少女は、左右をせわしなく見渡しながら、会場の隅にあるベンチで不安げな表情をしていた。ラクレットには彼女がなにかしたいことがあるのに、それができないでいるように見え、昔の自分と重ねてしまったのかもしれない。その少女に向けてゆっくり歩を進めていく。

 

 

「どうしました? お嬢さん」

 

「え!? あ、あの私ですか……」

 

 

彼女は、セミロングほどの長さのオレンジ色の左右で二つに縛っていた。服装は白いワンピースのようなドレスであり、少女らしい、可憐な、可愛いという印象をより強くしていた。そんな少女は、声をかけられたことに一瞬気づかず、遅れて驚いたような反応を返した。

 

 

「何か、お困りですか? 」

 

「あ……その……」

 

「無理に話さなくても平気ですよ。知らない人と話してはいけませんと教わっているなら特に。ですが、もし話したいのでしたらどうぞ、ここで聞きますよ」

 

「え、あ……はい……」

 

 

ラクレットにしては非常にらしくない行動であった。人見知りである彼が、異性に話しかけるというのは大変珍しいことなのだ。この時に、異性っていうのもあるよねと思った方、60点だ。彼は10歳程度の少女を異性としては扱わないし扱えない。

子供と接する感覚である。最近喃語が増えてきた、姪のマリアージュちゃん(0歳)と本質的な対応は変わらない。なお、多忙の中、嫌味の様に通信をつないでくる上の兄に対する文句も、薄れるくらいに姪は可愛かった。

 

そして、少女にとっても非常に珍しいらしくない行動をとっていた。彼女はとある『事情』を抱えている。そのせいで、非常に生活に不自由している女の子だ。

しかし彼女にはその事情を乗り越えてしたいことが今あった。新しく『兄』になる男性へなにかプレゼントを送ってあげたいのだ。その行動目的があったからか、非常に男性的な(男性的魅力があると同義ではない)目の前の人物から逃げようとするのではなく、相談を持ち掛けようとしていた。

 

付け加えておくと、彼女は彼のことを知らないわけではない。『姉』から定期的に着ていたメールや手紙などで話題になったり、写真に写っていたりとしていたからだ。そして、ニュースやテレビで何度か見たこともある。そういう人物だったのだ。

 

 

「ラ、ラクレット・ヴァルターさん……です……よね?」

 

「……ええ、そうですよ」

 

 

ラクレットは周囲をちらりと一瞬だけ確認した後、そう答えた。視線を感じたのだ。納得したが、しかし気にせず続けることにする。やましいことはしていないのだから。

 

 

「わ、私『アプリコット・桜葉』です!! お、お姉ちゃんの妹です!!」

 

「ミルフィーさんの? いつもお姉様にはお世話になっています」

 

「あ、いえ、こちらこそ。お噂はお聞きしてます!」

 

 

ラクレットは目の前の少々慌てている少女を改めて見つめなおす。髪の色はミルフィーの桜色とは違う橙である。

しかし、可愛らしいその外見は確かに彼女の妹といっても納得できるものであった。ラクレットは、緊張しているのであろうか、必死な様子の彼女をゆっくり急かさず、うまく促すようにして話を聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、タクトさんへのプレゼントがしたいと……」

 

「は、はい!! お、お兄ちゃんになるので!! その……」

 

「いえ、立派な心がけだと思いますよ。優しいですね。桜葉さんは」

 

 

 

アプリコットは、何度も途中で詰まりつっかえながらも、ラクレットに事情を話すことができた。彼女からすれば、自分の偉業に驚いているくらいだ。

彼女からしてみれば目の前の自分の倍はありそうな巨大な男性は恐怖の対象であった。しかしなぜかいつも男性に感じている圧迫感はそこまで感じず、逆に安心できる気持ちが心に溢れて来るのだ。どこか懐かしい面影すら覚える。

そんな彼女の様子に気づいたのか、ラクレットは安心させるべく、少し悩んで居た為険しくなっていた表情を緩め、口を開いた。

 

 

「そうですね、タクトさんならば、なんでも喜びそうですが……その前にいいですか?」

 

「え……? あ、はい」

 

 

アプリコットは、ラクレットの言葉に半場無意識にうなずいてしまう。条件反射のようなものだ。ラクレットは、とりあえずその反応に苦笑しながら、先ほどから感じていた視線の方向へと体を合わせた。

 

 

「そろそろ出てきたらどうですか? 皆さん、別に僕だけが頭を悩ませる必要はないでしょう?」

 

「あ、やっぱりばれてた?」

 

「ランファさんは、隠し過ぎですね。それで警戒センサーが逆に上がったみたいです。それで皆さんの視線に気づきました」

 

 

その言葉に悪びれた様子もなく、この場に姿を現したのは、ドレスに身を包んだ5人の可憐な女性達であった。エンジェル隊のメンバーである。

本日の主賓であるミルフィーユ・桜葉はここにいないものの、それ以外の全員がこの場に揃っていた。

 

彼女たちは、先ほどまでアプリコットに付き合い、タクトをよく知る人物として、元教官で現上司のルフト将軍のもとに話を聞きに行っていたのだ。しかし有力な情報を得ることができず、次はタクトの友人のレスターに聞きに行こうと、すこし男性との会話で疲れてしまったアプリコットをベンチに座らせ、飲み物を取りに行くものと、レスターを探すものに分けて行動していたのである。

 

本当はこの場にアプリコットとヴァニラの二人で残るつもりであったのだが、先ほど気分を悪くした女性が現れたので、ヴァニラはそちらに向かっていたのである。

そして、レスターの居場所を見つけ、飲み物を手に戻ってきたところ、懐かしい顔が、なんと少女に話しかけているのだ。これは面白そうだと様子をこっそりうかがっていたのである。

 

 

「ラクレットさん、どうぞ」

 

「ありがとうございます。ちとせさん」

 

 

ちとせから飲み物を受け取り、ラクレットはそれを口につける。彼女たちの服装を褒めるべきなのかなーと考えつつ、それよりも目の前の少女の悩み事相談に対応するのが先だと思い直し、アプリコットに向き直る。

 

 

「先ほども言いましたが、タクトさんはきっと、なんでも喜びますよ。あの人なら、かわいい妹が欲しかったとか言いそうですね」

 

「そうですか……」

 

「ラクレットさん、こういった場合具体的なアドバイスこそが正解ですわ」

 

 

若干誤魔化すような答えになってしまい。ミントにダメ出しをくらってしまう。しかしながら、このくらいしか思い浮かばないのも事実なのだ。

タクトが好みそうなものと言ったら、かわいい女の子とおいしい食事である。この場においてはたくさんの女の子に祝われながら、パーティーで食事もおいしいと両方充実できているのだ。そうなると新たなものを考えなければならない。

 

 

「ですが、その何かをしてあげたいという気持ちだけで喜んでくれるような人ですよ。タクトさんは。大事なのはその気持ちだと僕は思います」

 

「おいおい、それじゃあ答えが変わってないじゃないか。全く成長がないねーラクレットは」

 

 

今度はフォルテからのダメ出しだ。全く持って理不尽な気持ちにすらなってくるのだが、仕方がない。この場には男一人なのだ。男の立場からの意見となると、自分しかできないのである。ある意味アウェーな状況であった。

 

 

「それじゃあ……ああ、うん。タクトさん本人に欲しいものを聞いてみればいかがでしょうか?」

 

「タクトさんにですか?」

 

「ええ、サプライズをしたいというのでなければ、彼本人に聞いてしまうというのがいいかもしれません。ないといわれても、それを探すのに出かけるなどで、より仲を深める事もできるでしょう」

 

 

「へぇ……アンタにしては建設的な意見が出たじゃない」

 

 

ようやく好印象をご意見役として周囲を囲んでいるエンジェル隊から貰えたラクレット。最近こういったエンジェル隊からの評価が厳しい気がすると頓に思う。自分で考えて自分の意見を言うといったことを強要されたり、距離感を指摘されたり、私服を持っていないことに文句を言われたりと、色々なのだ。

 

 

「タクトさんに直接……そうですね!! ありがとうございます!! 私、行ってきます」

 

「そうですか、頑張ってください」

 

 

元気よくそう答えると、会場の中心の人だかりに向かうアプリコット。その背中を見つめながら、ラクレットは呟く。

 

 

「人見知りの様ですが、いい娘ですね。ミルフィーさんと、一生懸命なところが似ていますね」

 

「そうよね、それにしても……」

 

「ええ、ラクレットさんは平気だったようですわね、これはひょっとすると……」

 

「ああ、この外見なのに、逆にスムーズだった……もしかするかもね」

 

「そうなりますと、問題は……接点ですか?」

 

「? どうしました、皆さん」

 

 

何か、意味深に彼の周りで会話を始めるエンジェル隊。何やら自分が関わっているようだが、今一内容のつかめないものだ。そう、まるで自分だけ別の前提で動いているような……そんな印象をラクレットは受けた。

 

 

 

「それよりも後を追いかけないと」

 

「そうですわね」

 

「ええ」

 

 

誤魔化されているように思いながらも、ラクレットは、小さくなっているアプリコットの背中を追うのであった。

 

 

「オレは、リコみたいな、かわいい妹が欲しいかったんだー!!」

 

「……え? 」

 

 

アプリコットが、ミルフィーと二人でいるタクトのもとにたどり着き、タクトに話があると姉に許可を取り、そのまま目の前のタクトに「欲しいものありますか? 」と尋ねた結果帰ってきた返答がこれである。

 

その言葉と共にタクトは、目の前で少しきょとんとして待っているアプリコットを思い切り抱きしめた。結婚式の日に新郎が新婦の妹を抱きしめるというのは、どうなのであろうか? 他の女よりはましなのか、他の女よりひどいのか判断に困るところだ。それも新婦の目の前で。

 

 

「きゃぁぁぁーーー!! 」

 

 

瞬間、タクトの体が宙を舞った。そう音を置き去りにして彼女の一撃は振るわれた。多くの人物には、彼女がタクトに触れた瞬間、タクトが吹っ飛んだように見えただろう。しかし鍛えられた軍人たちには、一瞬で少女が打撃を加えタクトを弾き飛ばしたと見えた。

 

そして、その両方が不正解である。考えてみてほしい、10歳前後の少女の腕力で成人男性を空中に飛ばすことができるであろうか? 否、それは不可能に近い。では、彼女はその不可能をどう成し遂げたのか、それはまだわからない。

しかし彼女が行ったのは、打撃ではない。投げであった。技の残身が打撃と酷似していたが、彼女はタクトの軍服をつかみ上に投げ飛ばしたのである。それを理解できたものは本当に一握りであった。

 

まぁ、それは一先ず置いておこう、重要なのはタクトに危害が加えられたことである。それにラクレットは半場無意識的に反応してしまった。

誰が加えたというのが重要ではない、タクトに害を加える存在が目の前にいるという事実に体が無意識に反応してしまったのだ。

 

数m先にいる少女目掛けて、地面を踏み込み距離を詰める。瞬間景色がまるで手ぶれした映像を見ているようなものに切り替わる。数瞬の後に少女のもとについてしまうであろう、そう気づいた段階で彼は、自分のしている行動にようやっと気づいた。

まだ彼は自身の力に対する認識と制御の甘い所があるので、急停止などできそうもない。

既に体は完全に宙に浮いている、踏み切った後である。ランファは気づいて静止しようとしたみたいだが、彼との位置関係が悪かった。間にミントがいたことで、速度に加減が入ってしまったのだ。

 

ラクレットは瞬間、判断する。このままでは、衝突は不可避である、ならばと、ラクレットはその場で思いっきり『空』を踏み込んだ。筋肉を動かしているのとは違う何かが体の中を駆け巡る、それは常識というものを打ち破る、不思議な力であった。

 

乾いた破裂音が鳴り響き、ラクレットの体は急上昇する。彼の体の進行方向は、上向きに急上昇したのだ。さながら、スキージャンプのような起動で、彼は先ほどの姿勢のまま硬直しているアプリコットを飛び越える。

ギリギリであったが、接触はなかった。そのまま、ついでとばかりに、空中で落ちてきていたタクトを見事両手でキャッチし、前方にそのまま体を捻り一回転し勢いを殺したのち、地面に着地した。

 

 

「大丈夫ですか? タクトさん」

 

「え、ああ……うん、いやーこうすれば治ると思ったんだよ、ショック療法的にさ」

 

 

ラクレットの行動をあまり気にしていないのか、地面に卸されると頭をかきながら、そう答えるタクト。話を今一理解できてない、ラクレット。

 

 

「治る? ショック療法? 」

 

「あ、ラクレット君、あのね私の妹のリコは、男性恐怖症なの」

 

「す、すみませんでした。タクトさん、お怪我はありませんか? 」

 

「ああ、平気さ。この通りラクレットが助けてくれたからね」

 

 

タクトに近寄り、謝罪するアプリコット。そして少々呆然としているラクレットに事情を説明するミルフィー。ラクレットは珍しくミルフィーの言うことを信用できていなかった。

なにせ、男性恐怖症である、程度は知らないが、どうやらそれなりというかなかなかに根深いレベルの恐怖症のようだ。触られた男性に無意識に一撃入れてしまうという。ミルフィーから話を聞くに、男性とはうまく話すことができず、怖くて萎縮してしまうそうだ。

 

それならばとラクレットは考える。彼女が最もダメな男性像とは何かだ。それは普通に考えるならば、より男性的な存在、たくましく筋肉質で高身長といったものであろう。もしかしたら毛深いなどもあるかもしれないが。

その毛深いは兎も角として、自分は全部該当する。自慢ではないが、この場に来ている人間の中では上から10番以内に入る背の丈であろうし、肩幅はアプリコットの倍にすら見える。腕周りも彼女の腰ほどだ。

 

それなのに、彼女は自分から彼に相談を持ち掛けて、距離があるとはいえ会話もしていたのだ。見ず知らずの男性とはまともに口を利くことすら難しいのとミルフィーが説明している彼女がである。

 

 

「ショック療法かと思ったんだけどねー、やっぱダメみたいだね」

 

「そんな、危ないですよ」

 

「いや、これからもオレはスキンシップを取っていくつもりだよ? 」

 

「え?」

 

「だって、このまま何もしなかったら、ずっとリコがびくびく触らないように気を使っちゃうだろ? それじゃあ疲れちゃうからね、これからもオレは気にせずコミュニケーションをとるから。リコも気にしないで慣れるまでゆっくりやっていこうよ。体は丈夫だからさ」

 

「タクトさん……」

 

 

などと考察している間に、早速タクトが義理の妹を攻略している。まあ彼は自然体で接しているだけであるのだが。ラクレットはとりあえずタクトをキャッチしたが、そのまま地面に落ちても、昔から異常に受け身だけは上手かったタクトがダメージを受けるということは、あまりなかったであろう。

 

 

「それに、さっき言った妹が欲しいっていうのは本心さ。末っ子だからね、オレ。これからよろしく、リコ」

 

「はい! お義兄ちゃん」

 

 

そういって二人はお互いの手を伸ばし握手した。

 

 

 

 

そのままタクトは空中を舞ったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、タクト君、写真でもとらないかい? 」

 

「エメンタール! そうだね、全員そろったみたいだし」

 

 

 

その後宴もたけなわになった辺りで、エメンタールがタクトに声をかける。だいぶ前からいたのだが、長時間のパーティーであったので、入れ代わり立ち代わりといったものであった。

具体的にはこの会場に、ココ・アルモ・クロミエ・ケーラ・クレータ・梅さん・ノア・カマンベール・シヴァ・ルシャーティ・シャトヤーン・ルフトがいる。パルメザン(ヴァイン)はさすがにこの場にはいないものの、祝辞が届いていた。各自それなりに話があったりするのだが、必要な時に回想で語ることにしよう。

 

 

「ん、君がさっきの騒ぎの?」

 

「あ、はい。えーとその……」

 

「ゆっくりでいいよ。俺はエメンタール・ヴァルター」

 

「ア、 アプリコット・桜葉です!!」

 

 

自然に、顔の知らなかったアプリコットとあいさつを交わすエメンタール。彼は先ほどの光景を当目に見ていたし、それどころか、実はラクレットの到着からずっと彼のことを映像で見ている。

なにせこの星で一定の速度以上で動いたものは自動的に上空から衛星で確認されるのだ。故に彼は、ラクレットが到着する前から彼のことを確認していた。

 

そして、アプリコットの反応を観察するエメンタール。軽くあいさつを交わした後、すぐに周囲に流されるまま、撮影の準備をしている。どうやら彼女は、ラクレットのすぐ前で、ミルフィーの隣に並ぶようだ。

ラクレットとかなり近い位置に立っており、何か話しているようだが、彼女の表情には緊張が見られるものの、恐怖による引きつりはほぼない。さきほどタクトと話していた時よりも、強張っていないくらいだ。

 

 

(偶然にも撒いた種が育ったか……)

 

 

エメンタールはそう内心で呟きながら、二人を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、僕はもう帰りますね」

 

「あれ? 今日はオールナイトでカラオケの予定だったのに?」

 

 

各自解散なり、この星にとってある宿泊施設なりに移動といったとき、ラクレットは、エンジェル隊およびエルシオール首脳陣は、ここ数日間は実質完全にフリーであった。忙しいのだが、名目上はシャトヤーン様およびシヴァ女皇陛下の護衛なのだ。

『エルシオール』が儀礼艦故、移動は『エルシオール』で行うのだ。そのため、『エルシオール』所属の人間は、今回の結婚式は久方ぶりの休暇にも近かった。一時的に所属を離れていたものも合流したのだから。

 

しかしラクレットは、すでに『エルシオール』を降りていた。もちろん有事の際は一戦力として、皇国の剣の一角としての職務のため合流するであろう。しかし、彼は今完全に別の任務に就いているのだ。

 

 

「はい、残念ながらここに来るのも、かなり無理してきましたので。同僚からの悲鳴が今も来ています……」

 

「そう、やっぱり忙しいのね、ご苦労様だわ」

 

「全くですわ」

 

「それにしてもまさかねぇ……」

 

「はい、ラクレットさんがあのようなお仕事に付かれるとは」

 

「ラクレットさんは、優秀ですから」

 

 

口々に仕方ないと惜しんでくれるエンジェル隊に感謝しつつ、この場にいないタクトとミルフィーによろしく言っておいてくれと伝え、ラクレットは、迎えのシャトルに向けて歩き出した。

 

 

「頑張りなさいよー!! 『教官殿』」

 

「はい!! 行ってきます」

 

 

 

ラクレット・ヴァルターは現在、ノアとカマンベールが筆頭の『次世代人造紋章機製造計画』の一員として働いていた。テストパイロット育成の為の教官として。

 

 

 




伏線ばらまきタイム
エメンタールのは、どっちかといえば回収ですが。
前作の最序盤を、刻までやった人が読めば……

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