流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第83話.希望見上げて

 住む場所を追われた者たちが集う、避難場所となったショッピングモール。その広場では多くの人が手作業で荷物を運んでいる。箱の中に積められているのは、食料やら医薬品やらと言った生活必需品だ。本来なら台車で運ぶところなのだが、数が足りないので人が抱えているのである。台車以前に人手も足りていないので、老人女子供関係なく大勢の人が同じ道を往復している。

 この少年もその一人だった。年齢の割に小さい体で、自分よりも大きな箱を手に格闘中だ。前もろくに見えず、時々ふらついているのでとてつもなく危うい。

 

「無理的なことしなくても良いんだよ、キザマロくん」

 

 見かねた南国が荷物の半分を受け取ろうとしたものの、キザマロは首を横に振った。

 

「ありがとうございます。けど、無理ぐらいさせてください。だって……」

 

 広場の上空に広がる光景を見上げる。キザマロの眼鏡が眩しくきらめいた。

 

「こんなに、良い天気なんですから」

 

 南国もサングラスを外して目を細めた。数時間前に、数ヶ月ぶりに顔を出した太陽が燦々と輝いていた。

 空の真ん中に坐する陽光は、荒廃した大地を包み込むかの如く、柔らかく降り注ぐ。それはこの部屋にも差し込んでいた。風に揺れるカーテンに合わせて、光は舞踏家のように舞を見せる。だがそんな美しい光景もあかねの目の色を変えることは叶わなかった。彼女の目は一点に注がれたまま動くことはなく、ベッドに寝転がっている少年にのみ向けられていた。

 その部屋に一人の人物が足を踏み入れた。あかねの目が初めて動いた。立ち上がり、入ってきたオリヒメに頭を下げた。

 

「頭を下げないでいただきたい」

 

 オリヒメの声は願うというよりも、贖罪を求めるかのようなものだった。

 

「妾はそなたに恨まれこそすれど、そのようなことをしてもらう立場にないのじゃ」

「いいえ」

 

 オリヒメの必死な言葉に返されたのは、あかねの嘘偽りのない言葉だった。

 

「あなたが過去にしたことを、私は忘れないでしょう。それでも、これからのあなたを見ていたいんです」

 

「ああ」とオリヒメは言葉をこぼしそうになった。あかねという人の器の大きさに触れて、ただただその言葉しか出てこなかった。

 

「ところで、オリヒメさん」

「……なんじゃ?」

 

 あかねの視線がベッドの主へと向けられる。ここはソロの部屋だ。ソロが使っていなかった方のベッドに、彼はいた。半年ほど前から行方不明だった、星河スバルだ。あかねはその頬をゆっくりと撫でた。

 

「この子は、いつ頃目を覚ましますか?」

 

 ここに帰ってきてからというものの、スバルは一度も目を覚ましていない。寝息を立てて眠り続けているだけだ。左手にはソロが残した流星型のペンダントがある。それがオリヒメの胸に深く突き刺さる。スバルがそれを握ることは二度とないのだから。

 

「スバルは、孤高の証と深く共鳴したらしい。今はその影響が続いておるのじゃろう。その者自らが、誰かに触れたいと思わぬ限りは……」

 

 そこからは言葉が出なかった。後ろにある扉までの距離を測ってしまう。できればこのまま部屋から飛び出して、地平線の彼方まで逃げ出したい。だがそれは無責任というものだ。唇を噛みしめ、指を握りしめた。

 

「もう一つ、聴いていいですか?」

「……なんでも……何でも言うてくれ……」

 

 声を絞り出すオリヒメに、あかねは落ち着いた声で尋ねた。

 

「アポロンと電波変換をするのはスバルで無ければダメだったのでしょうか?」

 

 オリヒメの顔色が一瞬にして青くなった。口をご漏らせ、目を逸らす。あかねは憂いを帯びた目を隠すように、口を柔らかく結んでいた。こんな目をされれば、オリヒメは答えないわけにはいかない。もとより、逃げるつもりもない。

 

「……アポロンの封印を解いたとき、近くに媒体として志願した者を何人か用意しておった。封印を解かれたアポロンは……迷わず、スバルに憑りついた。何らかの惹かれる要因があったのかもしれぬ」

「……そう」

 

 スバル自ら志願したとなれば、あかねとしてはオリヒメを恨む理由が少なくなったと言えるだろう。あかねはそれ以上何も言わず、スバルの頬を撫で始めた。胸を締め付けられるような気分だった。もう、自分はここにいてはダメなのだろうか。親子の聖域に土足で踏み込んでいるような気に捕らわれ、踵を返した。

 

「……気になることがあるんです」

 

 あかねが呟いた。オリヒメは足を止める。

 

「スバルがアポロンと一緒にしたことは受け止めています。でも……でも昨日、赤い牛男に襲われた時……一瞬だけ、一瞬だけこの子の姿が見えた気がしたんです」

 

 オリヒメの肩が少しだけ飛び上がった。

 

「皆は青いヒーローが助けてくれたと言っています。中には、スバルにそっくりだったと言う人も……」

 

 オリヒメは口を開こうとして、すぐに閉じた。数秒ほど思考したが、これ以上の回答は出せなかった。

 

「その答えはいつかスバルから聞くと良いじゃろう」

 

 あかねは無言で頷いた。スバルの頬をもう一度撫でる。意を決すると、オリヒメは振り返ってあかねと向き合った。

 

「あかね殿、妾は罪を償うつもりじゃ。何年かかっても見つけ出して見せる。スバルを元に戻す方法を……」

 

 あかねはオリヒメを見ると、立ち上がって頭を下げた。

 

「よろしくお願いします……」

 

 今度はオリヒメが頭を下げる番だった。

 

 

 あかねとオリヒメを後にして、ロックマンとブライはウェーブロードから部屋の外に出た。屋上に来て誰もいないことを確認すると、電波変換を解いた。

 

「ねえ」

「なんだ?」

 

 太陽の眩しさに目を細めながらソロに語り掛けた。

 

「気づいてたのかな、最初から……」

「……どうだろうな」

 

 もしかしたら、あかねはずっと前から気づいていたのかもしれない。アポロン・フレイムの正体に、スバルがしたことに。だがそれを確かめる術は無い。あったとしても、スバルもソロもそれを望まないだろう。真相は分からないままになった方が良いこともあるのだ。

 

「目……覚ますかな?」

「……」

 

 ソロは答えなかった。スバルはオリヒメが言っていた言葉を一つ一つ思い出していった。孤高の証に捕らわれたと、その影響が残っていると。スバルも一度捕らわれたから分かる。あれは深いとか暗いとか、人の言葉で表せれるものではない。確かに言えることは、心地よさを感じるということだ。まるで羽毛布団に全身を包んで貰ったかのような、そこにいることをひたすら肯定してくれる空間だった。

 一度落ちたら這い上がれない。そこから出たいという思うことは難しいだろう。もしかしたら、スバルはずっとあのままなのかもしれない。植物人間となって横たわったまま、何年も、何十年も……。

 

「俺は……」

 

 ふいにソロが声を上げた。数歩前に進み出て、空を仰いだ。

 

「俺は諦めない。今度は、きっと……いや、絶対に……」

 

 その時、スバルは見た。ソロの目に映った光の色をだ。スターキャリアーからウォーロックが出てくる。

 

「お前が悩む必要はこれっぽっちも無いみてだな」

「うん……」

 

 スバルも太陽を見上げた。そして軽く伸びをする。

 

「……さて、と……」

 

 アポロン・フレイムは倒した。スバルは救った。太陽も戻った。この世界ですべきことは全て終わったはずだ。

 

「ロック、忘れたことは無いかな?」

 

 ウォーロックも首を捻った。だが形だけで深くは考えていないように見える。

 

「特に思いつかねえな。それより、早く帰った方がいいんじゃねえか?」

 

 正論だ。スバルもウォーロックもこの世界の住人ではない。元世界への危機を拭い去った今、これ以上IF世界に干渉するのはあまり良いこととは言えない。

 だがウォーロックが言おうとしていたことはもっと単純なことだった。

 

「遅れるぞ?」

 

 何を言おうとしているのか分からなかった。だがすぐに思い出した。こちらの世界で過ごした時間を考えたら、元世界も朝を迎えているはずだ。

 

「しまった、海水浴!」

 

 そう、今日はお約束の海水浴である。展望台で待ちぼうけているツカサ達の姿が思い浮かんだ。

 

「約束があるみたいだな」

「そうなんだ。急いで帰らないと」

「……そうか」

 

 何気ないようにふるまっているが、ソロの声には寂しさの色が見えた。

 

「見送らせてほしい」

「うん」

 

 電波変換をすると、二人と一体は空へと姿を消した。

 それとほぼ同時刻、ソロの部屋で僅かな変化が起きていた。眠っているはずの彼の指が微かに動いた。左手の五指は流星型のペンダントを僅かに握り込んだ。




次話、最終回です。
最後までよろしくお願いします。

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