流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第75話.再戦

 少し荒れた石造りの床にロックマンは足を乗せた。上を見れば空に向かって伸びる巨大な石城。長い時を経て多少欠けてしまっているものの、見る者を畏怖させる豪然とした佇まい。これが世界を支配し、破壊したムー大陸だ。

 かつて自分が崩落させた大陸の上に立っている。あの時の苦闘を思い出すと、どうも気持ちの良いものではなかった。

 またエランドの大軍が待ち受けているかもしれないと辺りを警戒してみるものの、ウイルス一匹出て来やしない。スバルの目が広場の中央付近で止まった。そこには黒い円が描かれていた。近づいて認識を改める。これは焼き焦げた跡だ。石床が高熱で焦がされたのだ。そこから少し離れた所には、一文字を描く様な傷。鋭利なものを突き立てて、力任せに引き裂いたような荒いものだった。

 

「こりゃ、戦いの後だな」

 

 スバルもウォーロックと同じ考えだった。軍属だった彼ほどではないものの、スバルだって数々の修羅場をくぐってきたのだから、これぐらい分かる。だがそれ以上詳しいことは無理だ。もっと情報が欲しい。そうすれば敵の特徴や攻撃方法などに予想を付けられるかもしれない。

 

「ブライ、これ何か……分か……」

 

 声をかけようとしたが、徐々に言葉を止めてしまった。ブライは思っていたよりも少し離れたところにいた。背を向けて、凝然と何かを見つめている。何者も入れない空気を纏っているのが遠目でも分かった。

 ブライの前にあるのは一体の彫像だった。同じ形をしたものは辺りに幾らでも立っているが、その像だけは別だった。何か大きな衝撃でも受けたのか、全体にひびが走っている。特に見る価値もなさそうな壊れかけの像を前にして、ブライは胸元で左手を握っていた。また彼の癖が出ているらしい。

 邪魔してしまっていいものだろうかと迷ってしまうスバル。彼に変わって気配に気づいたのはウォーロックだった。

 

「来たぞお前ら!」

 

 ブライの背に向かって怒鳴るような声だった。ロックマンとブライはそれぞれの獲物を一カ所に向ける。城砦内部へと続く四角い通路の奥から、キュリキュリと重たい車輪の音が聞こえてくる。悠々と姿を現したのは奇妙な電波人間だった。車輪の上に人間の上半身を取り付けたような……戦車を思わせる姿だ。二メートルを超えるであろう巨体は、まるで鎧を纏っているかのよう。

 

「ふむ、懐かしいものであるな。まさかこの期に貴様が現れようとは……」

 

 戦車人間の目が僅かにブライへと動いた。この2人は前に戦った事があるのだろうか。スバルもブライの方を見る。そして、少しだけ目を疑った。彼の目に殺意の色が浮かんでいたからだ。ツカサ達と戦ったときも、エランドたちを一掃した時も、彼はこんな表情をしなかった。私怨を剥き出しにしたその表情は元世界の彼と変わらない。

 

「てめえ、何もんだ?」

 

 ウォーロックが尋ねて、相手の目が初めてロックマンに向けられた。兜のような頭が斜めに傾けられる。

 

「うむ、お主……?」

 

 ロックマンの中で嫌な予感がした。もしかしたらこの電波人間は自分の知り合いなのかもしれない。ツカサ達の姿が一瞬脳裏を走った。

 

「まあ、良いわい。我が名はオリガ・ジェネラル。アポロン・フレイム様の右腕である!我らの居城に土足で入り込んだお主たちを排除する命を仰せつかった。よって……」

「話がなげえんだよ!」

 

 短気なウォーロックが左手を持ち上げた。ロックマンも先手必勝とバスターを放とうとする。それよりも早く黒い影が脇を駆け抜けた。ブライが斬り込んでいた。慌てて後を追いかける。

 

「いきなりか。面白い、受けて立つのである!」

 

 オリガ・ジェネラルが武器を召喚した。それを見てゾッとした。

 第一印象は柱だ。ものすごく巨大なこん棒が両手で握られている。無数の棘がついた三メートルはあろうかという凶器を、オリガ・ジェネラルは軽々と振り回して見せた。旋風が巻き起こり、鈍器がブライに迫っていく。掠めただけで全身が砕けそうなそれを、ブライは転がるように身を伏せて回避してみせた。見ているだけで肝が冷える。

 だがこの状況はブライにとって最大の好機だ。敵は大きな獲物を振り切ってしまっている。懐ががら空きだ。

 ブライの戦い方は頭に入っている。ロックマンはすかさずヘビーキャノンを放った。大砲がオリガ・ジェネラルの肩を打ち抜く。怯んでいる間にブライが剣を薙ぎ払い、胴に傷を作った。

 

「良い太刀筋じゃ。それほどワレが憎いか、ブライ?」

 

 やはり二人は戦った事があるらしい。ブライは答えることなくもう一度剣を振る。だがそんな甘いことは流石に通じない。オリガ・ジェネラルはこん棒を手放すと素手でブライを殴りつけた。ブライの体の半分はあろうかと言う拳だ。ただの殴打と言えど威力は馬鹿にならない。ブライの体は軽々と宙に浮き、ボールのように弾き飛ばされた。

 

「仕切り直しじゃ、行くぞい!」

 

 オリガ・ジェネラルの車輪が砂塵を巻き上げた。超重量の巨体が鉄砲玉のように飛び出し、床に着地する寸前だったブライを容赦なく撥ねた。五体を伸ばしたブライが、人形のように飛ぶ。

 

「ブライ!」

 

 見るからに重そうなあの体と、車輪であるが故に出せるスピード。単純な運動法則がスバルを怖気させた。

 

「ガハハハハ、よそ見をしている場合か!?」

 

 オリガ・ジェネラルが大きなカーブを描く。狙いはロックマンだ。

 

「くっそ!」

 

 ブライが気になるが自分がやられてしまっては元もこうも無い。右手にもヘビーキャノンを召喚して連射した。オリガ・ジェネラルにとってはそのスピードが仇となった。大砲の弾に自分から体当たりしているのだ。高速と高速がぶつかり合えば、生まれる衝撃は当然大きくなる。バカでかいこん棒を盾代わりにしているが、全身は覆えない。

 

「やはり飛び道具が相手では分が悪いわい。出番じゃ、アーミーズ!」

 

 オリガ・ジェネラルの周囲で変化が起きた。彼を囲むように小さな兵隊が召喚されたのだ。大きさはロックマンの膝ぐらいまでしかなく、おもちゃの兵隊と言ったところだ。そいつらは一輪しかないタイヤを回転させて、バイクのように特攻してきた。右手に槍を構えながらだ。

 弾数の多いガトリングで応戦してみるが、10体全てを討ち倒すのは少々無理があった。最大の脅威が地鳴りをあげて迫ってくるのだから。

 

「ほうれ、気を取られておる場合か!?」

 

 アーミーズに応戦しながら、オリガ・ジェネラルの腕とこん棒の長さを測る。確かに間合いは広い。避けるならば早めに動き出す必要がある。それをさせないための捨て駒がアーミーズなのだろう。オリガ・ジェネラルに気を取られればアーミーズの槍が、アーミーズの相手をしていれば本命の突進が待っている。

 ロックマンは迷わず相手の進行方向上から大きく飛び退いた。一撃必殺の突進を受ける必要なんてない。すぐ傍を、オリガ・ジェネラルが轟音と突風を纏って通り過ぎて行った。一番厄介な攻撃は避けられたものの、予想通り着地際をアーミーズに狙われた。足と腕に傷を受けてしまったが許容範囲内だ。

 腕を押さえながらオリガ・ジェネラルの様子を窺う。ロックマンの傷を目にしても何の反応も見せない。彼も突進がいきなり決まるとは思っていないようだ。おそらく、これが彼の戦い方なのだろう。突進で敵の気を散らせ、アーミーズで少しずつ相手を甚振っていく。動きが鈍ったところで、一息にとどめを刺す腹だ。豪快に見えて、意外と周到な戦い方だ。

 

「ブライ、立てる?」

 

 戦い方を模索するのも大切だが、今はブライの様子を確認することが先だ。相当ダメージが来ているのだろう、立ち上がろうにも足元が心もとない。

 

「怪我はどう? 無理そうならここは僕が……」

 

 言い終わる前に肩を掴まれた。苦しそうな表情をしながらもブライは首を横に振った。

 

「こいつは……こいつだけは俺にやらせてくれ」

 

 言葉は強気だが、口調は苦しさを押し隠すようなものだった。休んだ方が良いと言うべきなのだろう。だが口にすることはできなかった。

 

「いつまでも悠長に待ってはやらんぞ。クレイジー・アーミーズ!」

 

 オリガ・ジェネラルの周囲に多数のアーミーズが召喚され、弾丸のように走り出した。一体一体の力は小さいが、あれだけの数を受ければ痛いでは済まない。

 ガトリングを構えるロックマンと違い、ブライが選んだのは特攻だった。剣を片手に兵隊の群れに正面から突っ込んでいく。予想外の行動にロックマンは慌ててガトリングを乱射した。アーミーズを撃ち倒して最低限の道を開いてやる。少なくなったアーミーズを剣で斬り払い、ブライが群れを抜けた。

 ブライソードに黒いオーラが込められる。オリガ・ジェネラルは臆する様子もなく、こん棒を大きく振りかぶった。

 

「ブライブレイク!」

「させぬわ!」

 

 剣とこん棒が火花を散らしてぶつかり合った。目を見開いたのはオリガ・ジェネラルの方だった。彼自慢のこん棒にヒビが走ったのだ。先端から中央付近にまで届いたそれにオリガ・ジェネラルは満足そうな笑みを見せた。

 

「こうでなくては面白くない」

 

 なおも余裕を見せるオリガ・ジェネラル。それに対し、成果を上げたはずのブライは焦りを見せていた。先ほどの技は彼が思いつく限りで最も威力のあるモノだ。それがこん棒一つに阻まれてしまった。今ので決着をつけるつもりだっただけに、精神的なダメージが大きかったのである。

 そんな彼の気持ちを、オリガ・ジェネラルは表情変化から見抜いた。

 

「そうかお主……あの時の敗北をまだ引きずっておるようだな」

 

 今度はブライが目を見開く番だった。一瞬抜けてしまう力。そんな好機をオリガ・ジェネラルは見逃さない。こん棒を半回転してブライソードをいなすと、こん棒の逆側でブライを力の限りに打ち飛ばしていた。

 

「ブライ!」

 

 最後のアーミーズを倒したばかりのロックマンが宙を見上げる。その時、ブライから何か零れ落ちたのが見えた。僅かに光を反射するそれを目で追う。見慣れた形をした金色の物体。流星型のペンダントだった。

 ドサリという音で我に返った。床に叩きつけられたブライの側に慌てて駆け寄る。一方、オリガ・ジェネラルは落ちてくるペンダントを右手で受け止めていた。

 

「ほう、これは……まだこんなものを持っておったのか。あの時砕いてやったというのにの」

 

 オリガ・ジェネラルの言葉にスバルは強く反応した。なぜこのペンダントを知っているのだろう。それに加えて、聞き捨てならない言葉があった。

 

「砕いた?」

「ぬ? そうか、お主は知らぬようじゃな。教えてやろう。こやつは以前、吾輩たちに挑んで敗れたのじゃ。ガハハハハ」

 

 オリガ・ジェネラルの笑い声が響く。ブライが歯噛みするのが見なくても分かった。

 

「アポロン・フレイム様に手も足も出せず、加えて吾輩のジェネラル・タックルをまともの受けて……な。あの時分かったであろう? 絆など何の価値も無いのじゃ」

 

 今度こそ聞き捨てならなかった。ロックマンの声が一段低くなった。

 

「絆が……価値が無い?」

「その通りじゃ。絆など何の価値も無い。かつて、この世界はブラザーバンドというもので満たされておったのじゃが、見ての通り。アポロン・フレイム様の前に屈しおったわい」

 

 両手を広げながら演説するように語るオリガ・ジェネラル。ロックマンは黙って聞いていた。

 

「ワレもアポロン・フレイム様も知っておる。真に必要なのは力。圧倒的な個の力じゃ。それが全てを支配する。絆など、己一人守ることすらできぬ弱きものが、身を寄せ合うことを肯定するために作った言葉じゃ」

 

 こういう連中だということは既に聞いていたはずだ。それでも内側から煮えくり返ってくるものがある。勢いに任せて怒鳴ろうとした。

 

「違う!」

 

 言おうとした台詞が隣から聞こえた。殴打された腹を押さえながらも、ブライが立ち上がろうとしていた。

 

「確かに、俺も昔はそう思っていた。けど、義父さんが……スバルが教えてくれた。一人でいる必要なんてない……支えてもらうことは恥なんかじゃない。いや、支えてもらえるからこそ、強くなれると……」

 

 静かに、だが熱く語るブライをロックマンは静かに見守っていた。

 

「義父さんが、義母さんが……スバルが俺にくれたモノを……絆が無価値だなんて、言わせはしない!」

 

 ブライは足をふらつかせながらも走り出そうとした。だが抱えているダメージが大きかったのだろう。途中で足がよろけた。

 

「愚か者が。吾輩にもかなわぬ貴様に何ができようか!」

 

 オリガ・ジェネラルは左手でこん棒を掴み、ブライを宙に打ち上げた。ブライが地面を撥ねる。同時に右手に衝撃が走った。見れば、ヒートアッパーを放ったロックマンがいた。

 

「貴方は間違ってる」

「き、貴様!」

 

 反射的にこん棒を振るオリガ・ジェネラル。難なく避けて右手から放り出されたペンダントを空中で掴んだ。

 ブライが顔だけを上げた。もう立ち上がる力すら残っていないのかもしれない。それでもスバルは隣にかがみこんで、告げた。

 

「ブライ、僕はここから手を出さない。君が教えてあげなよ。君の大切な人たちとの絆の力を」

 

 あえてスバルとは言わなかった。ブライの手にペンダントを握らせて後ろに下がった。

 ブライはペンダントを見つめた。それを握り締める。剣を床に突き刺して体を起こした。ペンダントを首からかけて、剣先を持ち上げる。

 立ち上がったブライを見て、オリガ・ジェネラルは展開しようとしていたアーミーズを消した。どうやら彼は妙なところで騎士だったらしい。こん棒を持ち上げてブライと対峙する。

 ブライが一歩前に踏み出す。オリガ・ジェネラルの車輪がその場で回転し、土煙が上がる。ブライの体が前に傾き、走り出した。オリガ・ジェネラルも前に飛び出す。

 ブライソードが振り上げられる。その時、ロックマンは見た。剣に白いオーラが宿ったのを。それはぶつかり合ったこん棒を砕き、敗北を悟ったオリガ・ジェネラルの頭を砕いた。

 

 

「ロック、この人に見覚えは?」

「いや、ねえな。てめえはどうなんだよ?」

 

「僕も……」とスバルは首を傾げた。オリガ・ジェネラルの中から出てきたのは髭を蓄えた男性だった。今まで戦ってきた電波人間が見知った顔ばかりだったため、今回もそうかと思ったのだが、見当外れだったらしい。

 考えてみれば当然のことだ。今までが偶然過ぎたのだ。

 

「スバル」

 

 後ろから声がかけられた。戦いの後からずっと灰色の空を見上げていたソロが、ようやく口を開いたのだ。

 

「なに?」

 

 見上げたままで、こちらを見向きもしていない。だが、彼なりに心の整理がついたのだろう。目を閉じると、柔らかい声で言った。

 

「ありがとう……」

 

 左手で胸元にあるペンダントを握っていた。

 

「僕は何もしてないよ」

 

 礼を言われることはしていない。この結果は全てソロが……そしてIF世界のスバルが成し遂げたことなのだから。

 自分の右手を少しだけ眺めると、手を差し出した。

 

「さあ、行こうよ。後はアポロンだけだ!」

「……ああ」

 

 ソロが笑みを浮かべて頷いた。それが曖昧なものだったことに、スバルは気づかなかった。




オリガ・ジェネラル戦はもうちょっと長くても良かったかなと思ったのですが、ソロの内面に話を集中させたかったので、ここで終わらせることにしました。
決着のつけ方に工夫を入れたほうが良かったかなと反省中です。

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