流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第74話.追憶

 ショッピングモールの奥、めったに人が来ないこの廊下に二つの足音が並ぶ。ソロとオリヒメのものだ。天井の修復作業が山場を越えたため、他の人たちに任せて切り上げてきたところだ。

 

「そうか、スバルは気づいてしもうたか」

「ああ、もう居ないと伝えておいた」

「……ごくろうじゃった」

「お前に言われるまでも無い」

 

 答えるソロの態度はぶっきらぼうなものだった。星河家と触れ合って優しさを学んでも、オリヒメを許すことはできなかったらしい。

 ソロの部屋の前で、二人は足を止めた。スバルは今どうしているだろうか。もう心の整理はついたのだろうか。少しだけ躊躇うと、ソロはドアをノックした。

 

「スバル、入るぞ?」

 

 数秒ほど待ったが返事は無かった。もう一度ノックをしてみたが同じだった。それどころか、人の気配すら感じない。まさかと思って鍵を開けた。後から入ってきたオリヒメも部屋の中を見渡す。

 

「居らぬ……」

 

 もともと隠れるところの少ない部屋だ。椅子の上にも、二つもあるベッドの上にもスバルは居ない。ソロは天井を見上げている。電波の見える目でウェーブロードを探しているのだろう。だが、そこにもいないらしい。

 突然、ソロのスターキャリアーが着信を告げた。ブラウズ画面を開くと一件のメールが来ていた。

 

「スバルからだ……」

 

 吸い込まれるように指で画面を触り、中身を開いた。

 

 ソロとオリヒメへ

 僕は元の世界に帰ります。

 親切にしてくれてありがとう。

 

 表示されたのはたったの三行だった。別れの言葉にしてはあまりにも味気なく、哀しいほどに愛想の無いものだった。

 手を震わせるソロに、オリヒメは尋ねた。

 

「……ソロ、スバルの奴は帰ってし……」

「そんな訳ないだろう!」

 

 ソロが怒鳴り声をあげた。オリヒメの肩が小さく飛び上がる。

 

「あいつが、スバルが俺たちを置いて逃げるわけがない! 少なくとも、俺の知っているスバルはそんなことはしない!」

 

 言い終わるが早いか、スターキャリアーを取り出した。その手をオリヒメが押さえつける。

 

「止めるな!」

「止めはせぬ」

 

 淡々とした声だった。ソロも思わず動きを止める。

 

「お主に、これを渡しておこうと思うての……」

 

 そう言って、オリヒメは懐からあるものを取り出した。それを見て、勢いづいていたソロの目から光が消えた。

 

「いつかこんな時が来るやもしれんと思うてな、直しておいたのじゃ。中の機能も一緒にの」

 

 ソロの目はオリヒメの手に吸いつけられていた。赤い目が炎のように灯った。右手をオリヒメの首もとに素早く移動させ、止める。胸倉を掴もうとして、ギリギリのところでやめたのだ。

 

「お前……最初からこのつもりだったな!?」

 

 全てを悟って、ソロはあらん限りの怒りをぶつけた。対するオリヒメは無表情だった。

 

「最初からスバルを巻き込むつもりだったんだろ!」

 

 今度こそソロの手がオリヒメの顔に触れそうになった。それでもオリヒメは表情を変えない。

 

「恨むなら恨め。これが妾なりの最善の方法なのじゃ。妾は一度は世界を総べ、導く役目を背負うた身。どれだけ力を、例え全てを奪われても、その役目を全うする。そのためなら、どんなものでも利用し、悪名も被って見せる覚悟じゃ」

 

 彼女の座った目を見て、ソロは今度こそ殺気を纏った。

 おかしいと思ったのは、今しがたのことだ。元世界から来たスバルにオリヒメは異世界に行く技術が完成されていることと、ムー大陸の戦力が大幅に落ちていることを伝えた。元世界を危機から救うならば今しかないと言っているようなものだ。

 異世界への鍵を渡したのは、IF世界の侵略が確実ものであることを伝えるため。そして、スバル自らの決意で退路を断たせるためだったのだろう。退路が無いと追い詰めるより、自らそれに背を向けさせた方が意志は固まるというものだ。

 オリヒメは親切をしているように見せて、顔の裏では笑っていたのだ。

 

「お前は……お前は……」

 

 ソロの怒りは頂点に達した。オリヒメがここに住んでいると言うだけでも腹が立つのに、スバルを利用されたのだ。全身を震わせながら、黒い言葉を吐きたくなる衝動を必死で抑える。

 そんな彼にオリヒメは頭を下げた。一転して態度を変えた彼女にソロは数歩後ずさる。

 

「ここからは一人の人間としての願いじゃ。頼む……スバルを、スバルを助けてやっておくれ……」

 

 そして手に持ったモノを突き出した。

 ソロは歯ぎしりをした。きっとこれもオリヒメの戦略のうちなのだろう。こんなことをされればソロは断れない。スバルを見捨てることなんてできやしない。なにより、彼には因縁があるのだ。

 ソロはオリヒメの手から奪うようにそれを受け取った。身に着けると素早く電波変換する。

 

「礼は言わないからな」

「無論じゃ」

 

 オリヒメの声が擦れていることに気づいた。それでもソロは振り返らずにウェーブロードへと飛び上がり、灰色の空の下を駆け抜けていく。途中でコダマタウンの上空に差し掛かった。

 壊れてしまった自分たち星河家の家。穴だらけになってしまった公園に、崩れてしまった裏山。そこに設けられていた展望台は面影すら窺えない。

 

「スバル……」

 

 立ち止まっていたことに気づいて、再び走り出した。急がなくてはならないと、余計なことを考えている暇などないと分かっている。それでも……どうしてもあの時のことが蘇ってくる。

 

 

 あいつと出会ったのは何年ぐらい前のことだろう。4,5年は前だろうか。大吾の空よりも広い懐に触れたソロは、彼の提案するままに星河家へと誘われた。そのまま温かい家庭に溶け込んでいった……と言えるほどソロは器用な人間では無かった。むしろ逆だった。

 どう接して良いのか分からなかったのだ。無理もない。彼が学んできた人間関係といえば、保護者ともいえないような者からの虐待と、周囲からの虐めという暴力的なものでしかなかったのだから。義理の母となったあかねの優しい言葉と、共に向けられる笑顔。一つ一つを疑っては戸惑い、距離を置いた。近づけば傷つけられるかもしれない。ただそれが怖かったのだ。あかねも察してくれているのだろう、無理に近づいてくることは無かった。

 だがあいつは違った。

 

「ねえ、あそぼうよ!」

 

 あいつはソロの都合など気にかけることも無く……いや、もう空気を読まないに近い。曇りの無い笑顔で一直線に距離を詰めてくるのだ。そのたびにソロは怯えて体をのけぞらせる。その様を見て「子犬に怯える赤ん坊のようだった」と後にあかねは語った。

 

「ソロはぼくのきょうだいなんでしょ? ならともだちになってよ」

 

 そう言って左拳を突き出してきた。それはソロも知っている行為だった。なにかのアニメか特撮番組で主人公がやっている、友情を確かめ合う儀式のようなものだ。ヒーローたちはここで自分の左拳を合わせるのだが……ソロにはできなかった。

 

 

 そんな日が続いたある日のことだった。一人公園の砂をいじくっていたソロは同じ年頃の男の子に目を付けられた。まずいと思った。前に住んでいた場所でもあったことだ。こういう場合は幾人かのグループができて、よってたかってソロを攻撃するのだ。そこには理由も正当性も必要ない。あるのは他人を虐げたいという醜い欲求だけだ。

 これを掃う方法をソロは知っている。暴力だ。殴って怪我をさせて、近づけば痛い目に合うと示してやれば良い。

 だがソロにはできなかった。できなくなっていた。暴力は確かに自分の身を守ってくれるが、同時に人を遠ざける。もう昔とは違っていた。ソロには遠ざけたくない人ができてしまっていた。大吾の顔が脳裏を過ったのだ。

 結局、自分に火の粉が降りかかると分かっていても、対処のしようが無かった。そして火の粉は段々と大きくなって、炎へと変わる。投げつけられるものは言葉から石ころへ、肌を叩くのは木の枝から拳へと苛烈していった。それでもソロは耐えた。大吾のことを思い浮かべれば我慢できた。

 それでも限界というのは確かにやってくる。いつも通り石を投げつけてくる子供たち。それを前にソロは逃げだした。本当は彼らを殴りつけてやりたかったのだが、やっぱりできない。逃げることしか選べなかったのだ。追いかけてこないでほしい。そんな願い虚しく、三人のいじめっ子がすぐ後ろを追いかけてきた。

 町中をどう逃げ回っただろう。ソロが最後にたどり着いたのは裏山にある展望台だった。行き止まりと気づいたときには遅かった。唯一の出入り口である下り階段を塞がれた。子供たちの暴力的な笑みが近づいてくる。

 ソロは拳を固めた。悔しさと憎しみで歯が震える。もういっそ全てを棄ててしまってもいいのかもしれない。彼らを殴って、全てを放り出してしまえば楽になれるのではないか。黒い感情が暴れようとしたときだった。

 

「やめろ!」

 

 後ろから声が聞こえた。もっと正確に言うと上の方からだ。見上げると、広場よりさらに奥にある見晴台。3,4メートルはあるその場所から飛び降りてくる人影。地面にお尻から着地すると、「アイタタ」とよろけ気味にソロの前へと躍り出た。

 

「ソロをいじめるなよ!」

 

 スバルだった。いじめっ子たちの目がそちらに移った。標的が変わった瞬間だった。彼らの手がスバルに伸びて行く。だがスバルはひるまなかった。自分よりも大きな彼らに向かって突進すると、自分の方から手を出したのだった。そこからは乱闘だった。スバル一人で三人相手に挑んでいる。ソロは呆然とそれを見ていた。自分がするべきことに遅れて気づくと、拳を敵の一人に振り下ろした。

 数分もしないうちに彼らのリーダー格が逃げだした。泣きべそをかきながら走っていく彼を、残りの二人も追った。ソロとスバルの快勝だった。と言っても、二人とも顔や腕に怪我をしていたが。

 

「やったね、ソロ!」

 

 頬を赤く腫らしたスバルが笑っていた。ソロは少しだけ戸惑ってから、顔を背けた。笑顔の作り方が分からなかったからだ。

 

「ソロ、これ!」

 

 スバルが左拳を突き出してきた。あの友情の証をしたいらしい。ソロは恐る恐ると左手をあげる。ぎこちなく拳を作って、スバルの拳に合わせた。なんだか恥ずかしくなって目を逃がしてしまう。それでもスバルにとっては十分だった。

 

「これでぼくとソロはともだちだよ!」

 

 太陽が輝いている。スバルの曇りない笑みを見て、ソロはそう錯覚した。そして、自分の中にあった黒いものが消えて行くのを感じた。きっと、あの時の自分は笑っていたのだろう。

 

 

 

 それからソロはスバルの友達になった。共に遊び、食事をして、お風呂に入り、同じ部屋で眠った。学校にも行くようになった。そこで新しい友達もできたが、いつだってスバルが一緒だった。そんな二人を見て、大吾は二人にペンダントをくれた。金色の流星型のペンダントだ。中には大吾が研究しているブラザーバンド機能が搭載されていて、二人は世界で初めてのブラザーになった。

 幸せだった。なにより心強かった。スバルがいればソロに怖いものなんて何もない。そう思えるほど。

 

 

 ソロはスバルを知っている。この世の誰よりも、スバルのことを知っている。パラレルワールドから……元世界から来たスバルは、あの時のスバルのままだ。いや、大吾を失った悲しみを乗り越えている分、更に逞しくなっている。

 だからソロには分かるのだ。あのスバルが帰るわけなどない。この世界を見捨てるわけがないのだ。

 目的の場所が見えてきて、ソロは足を止めた。一本の太いウェーブロード。そのはるか向こうの空にそびえる城砦。ムー大陸だ。忌々しいあの時の記憶が蘇る。

 オリヒメが直してくれた流星のペンダントを握り締め、辺りを見渡した。本当にあいつが帰っていないのなら、この辺りにいるはずだ。周囲の周波数を探る。遥か前方で周波数の乱れを感知した。ブライはウェーブロードを全力で駆け抜ける。見えてきた。ムー大陸の兵士、エランドが群れている。その中心に青い電波人間。

 

「飛べ、スバル!」

 

 オーラを纏った右拳を突き出し、ブライナックルを放った。拳型のエネルギー弾がエランドたちを撃ち砕いていく。撃ち漏らした数体を、跳躍したロックマンと共に各個撃破した。一掃したのを確認するとロックマンが予想もしていなかったという顔で尋ねてきた。

 

「なんでここが分かったの?」

 

 どうやらあれで騙せると思ったらしい。舐められたものだ。数年とはいえど自分は家族だったというのに。

 

「俺の知っているスバルなら、こうする」

「……そっか」

 

 笑みを作って見せたが、すぐに真剣なものに変えた。

 

「アポロンを倒しに行くんだろ? 俺も行く。連れて行ってくれ」

「……分かった。一緒に行こう」

 

 頷き合うと、二人は前方を凝視した。ムー大陸が静かにたたずんでいた。

 

 

 ムー大陸に設けられた神殿。かつては王宮も兼ねていた、最も大きな建築物。その頂上に設けられた玉座には一人の男がいた。

 男は雲に覆われた灰色の空を見上げていた。時折、雲の隙間から星空の欠片が見える。だがその目は微動だにしない。頬杖をつきながら、片手に持った黒い塊を転がしているだけだ。まるであらゆるもの全てに興味が無いというように。

 

「アポロン・フレイム様」

 

 声が聞こえた。キュリキュリという小うるさい音が耳につく。男の体から赤い電波粒子が立ち上り、姿を変えた。赤い電波体だった。豪炎という表現すら生ぬるいほどの圧倒的な周波数を纏っている。彼がそこにいるだけで、場の雰囲気が重く染め上げられた。

 そんな彼の前に、先ほどの声の主が姿を見せた。電波人間と言うには少々いびつな姿をしている。上半身は筋骨隆々とした横幅のある肉体。だが下半身は足ではなく二つの車輪が取り付けられており、どことなく戦車を思わせる。彼は主の前まで進み出ると、深々と頭を垂れた。 

 

「準備が整いました」

「そうか」

 

 労いの言葉は無かった。奉仕されるのがさも当然とも言わんばかりに。

 

「それと、侵入者です」

「ほう……このタイミングでか」

 

 感情の無い声だった。動じているわけでも慌てているわけでもなければ、強敵を前に楽しんでいるという風にも見えない。

 

「敵はソロか?」

「はい」

 

 アポロン・フレイムの顔に初めて表情が浮かんだ。頬を少しだけ上げたのだ。

 

「それに加えてもう一人……」

 

 途端に口が堅く結ばれた。

 

「そうか……始末しろ」

「ハッ、このオリガ・ジェネラルにお任せください」

 

 オリガ・ジェネラルと名乗る電波人間は器用にその場で方向転換すると、小うるさく車輪を鳴らしながらその場を後にした。

 彼の気配が消えたのを確認すると、アポロン・フレイムは王座にふんぞり返って左手の黒い塊を弄んだ。もう星空は見えず、雲だけが頭上を通り過ぎていった。


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