流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
何かの間違いだとスバルは自分に言い聞かせていた。たしかにオリヒメは「屋上に敵がいる」と言った。だから早とちりしてしまっているだけなのだ。
目の前の人物が敵だという証拠なんて無いじゃないか。そう、彼は味方だ。紹介はされてないけれど、ここで生活している仲間のはずだ。警報を聞きつけて外に出て、ここで鉢合わせになっただけなのだろう。もしかしたら、外から帰ってきたところで警報装置が誤作動したのかもしれない。まったく、オリヒメも迷惑なことをしてくれるものだ。
状況を理解してみれば大したことじゃない。ちょっとした笑い話だ。だからスバルは笑顔を作った。
「ツ、ツカサくん。ここ、こんなところで……何、してるの……?」
声が震えていた。友達に話しかけるだけだというのに、体は強張っている。そんな自分に、ツカサは優しく声をかけてくれるはず。「何緊張してるの、スバルくん」と肩を叩いてくれるはずだ。
予想通り、ツカサは左手をあげてくれた。肘を伸ばして、手を前に着きだしている。でもおかしい。近づいて来ない。2人の間には結構な距離がある。その位置からじゃ自分の肩には届かない。それに掌には黄色いエネルギーが迸っている。
体が横に突き飛ばされた。視界が大きく傾く。ツカサの左手から膨大なエネルギーが放出された。さっきまでいた場所を大出力の雷が通り過ぎた。
「おいおい、なんだよその呼び方は。ケンカ売ってるのか?」
ツカサの隣でヒカルが笑っている。呆然とするスバルはツカサの方に視線を移す。冷たい目が向けられていた。
「次呼んだら……殺すよ?」
ツカサじゃない。いや、声はツカサのものだ。けど……自分の知っているツカサはこんなことを言わない。このツカサはIF世界の人であって、ツカサじゃなくって。ツカサは、自分の知っているツカサは……。
「しっかりしろ、スバル!」
肩を揺さぶられた。目の前にブライがいた。どうやら助けてくれたのは彼らしい。
「あ……ぼ、僕は……」
頭の中が揺れている。早く気を落ち着けなければならない。
「こ、このツカサくんは敵……」
声に出すとまた気分が悪くなった。ブライに支えてもらって辛うじて立てている状態だ。そんなスバルに、追い打ちをかけるような声が聞こえた。
「ちょっと、逃げるんじゃないわよ!」
透き通るような声が聞こえた。この声の持ち主をスバルは知っている。全身に悪寒が走った。
「逃げ切れるつもりでいるのかしら?」
「ブロロ、とりあえず暴れさせろ!」
加えてもう二つ……両方ともスバルの大切な人のものだ。おそるおそるとスバルは顔をあげた。ジェミニ・スパークの後ろから三体の電波人間が近づいてくる。
「あれ? ブライだけじゃないんだ」
水色のギターをもったピンク色の少女。
「ファントム・ブラックがやられたのは、そう言う理由ね」
紫色の頭に、蛇の体をした女の子。
「ブロロ、俺は暴れられるのならそれで良いぜ」
二メートルを超える赤い牛男。
スバルの大切なブラザー……ミソラ、ルナ、ゴン太がそこにいた。
「な……あ、あ……」
体が震えだした。膝が地につき、吐き気が襲ってくる。ブライの声が遠くに聞こえる。
「どうしたんだ、スバル。戦うぞ!」
無理だと叫びたかった。
「なにあいつ、ビビってんの?」
「相棒の攻撃におびえちまったみたいだぜ?」
「あら、情けないわね」
ミソラ、ヒカル、ルナが笑っている。その隣でツカサはつばを吐き捨てている。
悪夢だ。悪夢が遊戯のように興じられていく。
「ブロロ、さっさとやろうぜ」
オックス・ファイアが四人をかき分けるように前に出てきた。ジェミニ・スパークWとBもその後ろに続く。ハープ・ノートとオヒュカス・クイーンは高みの見物らしく、醜い笑い声をあげていた。
ブライの舌打ちがなった。そして乱暴な行動に出る。スバルの体を少しだけ持ち上げると、ウェーブロードから突き落としたのだ。
「逃げろ、スバル! オリヒメ、障壁を展開しろ!」
ブライがスターキャリアーに向かって叫んだ。スバルが屋上に叩きつけられたと同時に、マテリアルウェーブの障壁がショッピングモールを覆った。
大の字になったまま、スバルは身動き一つしなかった。青い壁の向こうで行われる、1対3の戦いをただ見上げていた。
「何をしておるのじゃ!」
屋上の扉が開き、オリヒメが飛び出してきた。一度だけブライの方を見ると、スバルの手を引いて中へと引き返した。
◇
「どうしたというのじゃ?」
人気のない廊下まで来ると、オリヒメは焦りを隠せない顔色で尋ねてきた。無理もない。今こうしている間にも、ブライが障壁の外で戦っているのだ。
「ツカサくんが……み、皆が……」
言葉がまともに出てこない。体中が痙攣したように震えている。
「元世界では友人じゃったのじゃな? あの者達は」
スバルの反応から、オリヒメはだいたいの事情を察したらしい。スバルは痙攣する首を辛うじて縦に振った。
「お主……」
オリヒメは何かを言おうとしたが、突然スバルを物陰に押しやった。何をするのだと思ったが、すぐに分かった。足音が聞こえたからだ。廊下の向こう側に一人の男性が顔を出した。
「オリヒメ、こんなところにいたのか!」
「なにかあったのか?」
「なにかどころじゃねえ! あのマテリアルウェーブの障壁、攻撃されてるんだよ!」
オリヒメの顔色が変わった。障壁が壊されればあいつ等が中に入ってくる。
「分かった、すぐに向かう!」
答えながら、オリヒメはスターキャリアーを後ろ手に持ってスバルに向けた。「とりあえず、ここに入れ」と促しているのだ。素直に従うことにした。
中に入ると、スバルは体を丸めて座り込んだ。右、左と辺りを見渡す。誰もいないことを確認する。小さく息を吐いた。
「独りぼっちになって安心したか?」
ツカサと鉢合わせて以来、初めてウォーロックが口を開いた。いつも一緒にいてくれた相棒の言葉だが、今は聞きたくない。両手で耳を塞ぐ。だが残念なことに、スバルの左手にはウォーロックの顔が備えられているのだ。ウォーロックの意思で左手が容赦なくずらされてしまった。
「やっぱり、お前は引きこもりか?」
スバルは何も答えなかった。口を閉ざして無言を通そうとする。もちろんそんなかっこ悪いこと、ウォーロックは許さない。
「スバル、あいつらはお前の知ってるツカサじゃねえ。別人だ。だから……」
「分かってるよ!」
何を言おうとしているのか察して、スバルは怒鳴った。
「そういう問題じゃないんだよ……」
あれはIF世界のツカサだ。分かってる。
「けど……けど……」
たった数時間前のことだ。宿題に悪戦苦闘するゴン太。怒鳴りながらも最後まで教えてくれるルナ。呆れながらも付き合うツカサ。電話越しで楽しくおしゃべりしたミソラ。
「割り切れないよ……」
彼らと同じ顔、声……存在が敵だ。友達が自分に殺意を向けている。そんなの耐えられるわけがない。
「じゃあ、このままでいいのか?」
無責任。重くて鋭利なナイフが胸に突き刺さる。咄嗟にウォーロックの口を塞いだ。何も聞きたくない。考えたくない。誰にも干渉されないこの世界は、なんて素晴らしいのだろう。さらに目を閉じれば完璧だ。
「知らないよ……僕は、この世界の人間じゃないんだ……」
その通りだ。自分はこの世界の住人ではない。本来、干渉して良い立場ですらないのだ。ならばやり過ごせばいい。元世界に戻る方法を探して、一刻も早く帰るべきなのだ。
「この世界がどうなったって……知ったことじゃないよ」
口を塞がれたウォーロックはそれを黙って聞かざるを得なかった。だが焦っても怒ってもいなかった。彼は分かっている。先程のスバルの発言は本心からではない。己に言い聞かせようとしているだけなのだ。スバルに言ってやるべきことはもう分かっている。後はその時を待つだけだ。
そしてそれはすぐにやってきた。
スターキャリアーの外から大きな音が聞こえた。爆音ではないが、何か大きなものが破壊される音だ。思わず目を開くスバル。外の世界がその瞳に映る。恐怖の中で逃げ惑う大勢の人。その波にのまれそうになっているキザマロがいた。
「キザマロ……」
彼の前に躍り出て、足を震わせている人がいる。南国だ。彼の視線の先には……オックス・ファイアがいた。障壁はもう破壊されてしまったらしい。隔離された向こうの世界で蹂躙が行われようとしている。
そしてオリヒメの大きな悲鳴が聞こえた。キザマロや南国たちの目が一点に注がれる。その先には一人の女の子。その子を庇って瓦礫の下敷きになっている女性……あかねが倒れていた。
熱いものがスバルの中を駆け抜けた。
「行くぞ、スバル!」
ウォーロックが叫んだ。次の瞬間には、スターキャリアーから飛び出していた。あかねに近づいていくオックス・ファイア。その背中にファイアスラッシュを叩き込む。大きな傷がつき、オックス・ファイアの叫声が耳をつんざいた。
「ブロオオ!? な、なんだてめえ!?」
不意打ちを受けたオックス・ファイアが振り返る。答えなかった。そんな余裕なんて無い。ゴン太の声を無視して、お腹にもう一度剣を突き刺す。悶絶する彼の首に剣を滑り込ませた。
赤い電波粒子がはじけ飛ぶ。二回りほど小さくなったゴン太が前のめりに倒れ、スバルの腕に収まった。周りの視線を浴びる中、ゴン太をゆっくりと床に寝かせる。あとはキザマロや南国が保護してくれるだろう。あかねと一緒に。
皆の視線を無視してスバルは天井を見上げた。一箇所だけ大きな穴が空いていて、曇った空が見える。屋上からここまで降りてきたらしい。周波数を探ってみる。屋上に電波人間が5体……ブライが残る4体と戦っているのだ。
「覚悟は決まったみてえだな?」
「……うん」
「なら行くぜ!」
迷っている暇なんてない。胸の痛みを押し殺して、ロックマンは屋上へと跳躍した。