流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第70話.残酷な世界

 何かの間違いだとスバルは自分に言い聞かせていた。たしかにオリヒメは「屋上に敵がいる」と言った。だから早とちりしてしまっているだけなのだ。

 目の前の人物が敵だという証拠なんて無いじゃないか。そう、彼は味方だ。紹介はされてないけれど、ここで生活している仲間のはずだ。警報を聞きつけて外に出て、ここで鉢合わせになっただけなのだろう。もしかしたら、外から帰ってきたところで警報装置が誤作動したのかもしれない。まったく、オリヒメも迷惑なことをしてくれるものだ。

 状況を理解してみれば大したことじゃない。ちょっとした笑い話だ。だからスバルは笑顔を作った。

 

「ツ、ツカサくん。ここ、こんなところで……何、してるの……?」

 

 声が震えていた。友達に話しかけるだけだというのに、体は強張っている。そんな自分に、ツカサは優しく声をかけてくれるはず。「何緊張してるの、スバルくん」と肩を叩いてくれるはずだ。

 予想通り、ツカサは左手をあげてくれた。肘を伸ばして、手を前に着きだしている。でもおかしい。近づいて来ない。2人の間には結構な距離がある。その位置からじゃ自分の肩には届かない。それに掌には黄色いエネルギーが迸っている。

 体が横に突き飛ばされた。視界が大きく傾く。ツカサの左手から膨大なエネルギーが放出された。さっきまでいた場所を大出力の雷が通り過ぎた。

 

「おいおい、なんだよその呼び方は。ケンカ売ってるのか?」

 

 ツカサの隣でヒカルが笑っている。呆然とするスバルはツカサの方に視線を移す。冷たい目が向けられていた。

 

「次呼んだら……殺すよ?」

 

 ツカサじゃない。いや、声はツカサのものだ。けど……自分の知っているツカサはこんなことを言わない。このツカサはIF世界の人であって、ツカサじゃなくって。ツカサは、自分の知っているツカサは……。

 

「しっかりしろ、スバル!」

 

 肩を揺さぶられた。目の前にブライがいた。どうやら助けてくれたのは彼らしい。

 

「あ……ぼ、僕は……」

 

 頭の中が揺れている。早く気を落ち着けなければならない。

 

「こ、このツカサくんは敵……」

 

 声に出すとまた気分が悪くなった。ブライに支えてもらって辛うじて立てている状態だ。そんなスバルに、追い打ちをかけるような声が聞こえた。

 

「ちょっと、逃げるんじゃないわよ!」

 

 透き通るような声が聞こえた。この声の持ち主をスバルは知っている。全身に悪寒が走った。

 

「逃げ切れるつもりでいるのかしら?」

「ブロロ、とりあえず暴れさせろ!」

 

 加えてもう二つ……両方ともスバルの大切な人のものだ。おそるおそるとスバルは顔をあげた。ジェミニ・スパークの後ろから三体の電波人間が近づいてくる。

 

「あれ? ブライだけじゃないんだ」

 

 水色のギターをもったピンク色の少女。

 

「ファントム・ブラックがやられたのは、そう言う理由ね」

 

 紫色の頭に、蛇の体をした女の子。

 

「ブロロ、俺は暴れられるのならそれで良いぜ」

 

 二メートルを超える赤い牛男。

 スバルの大切なブラザー……ミソラ、ルナ、ゴン太がそこにいた。

 

「な……あ、あ……」

 

 体が震えだした。膝が地につき、吐き気が襲ってくる。ブライの声が遠くに聞こえる。

 

「どうしたんだ、スバル。戦うぞ!」

 

 無理だと叫びたかった。

 

「なにあいつ、ビビってんの?」

「相棒の攻撃におびえちまったみたいだぜ?」

「あら、情けないわね」

 

 ミソラ、ヒカル、ルナが笑っている。その隣でツカサはつばを吐き捨てている。

 悪夢だ。悪夢が遊戯のように興じられていく。

 

「ブロロ、さっさとやろうぜ」

 

 オックス・ファイアが四人をかき分けるように前に出てきた。ジェミニ・スパークWとBもその後ろに続く。ハープ・ノートとオヒュカス・クイーンは高みの見物らしく、醜い笑い声をあげていた。

 ブライの舌打ちがなった。そして乱暴な行動に出る。スバルの体を少しだけ持ち上げると、ウェーブロードから突き落としたのだ。

 

「逃げろ、スバル! オリヒメ、障壁を展開しろ!」

 

 ブライがスターキャリアーに向かって叫んだ。スバルが屋上に叩きつけられたと同時に、マテリアルウェーブの障壁がショッピングモールを覆った。

 大の字になったまま、スバルは身動き一つしなかった。青い壁の向こうで行われる、1対3の戦いをただ見上げていた。

 

「何をしておるのじゃ!」

 

 屋上の扉が開き、オリヒメが飛び出してきた。一度だけブライの方を見ると、スバルの手を引いて中へと引き返した。

 

 

「どうしたというのじゃ?」

 

 人気のない廊下まで来ると、オリヒメは焦りを隠せない顔色で尋ねてきた。無理もない。今こうしている間にも、ブライが障壁の外で戦っているのだ。

 

「ツカサくんが……み、皆が……」

 

 言葉がまともに出てこない。体中が痙攣したように震えている。

 

「元世界では友人じゃったのじゃな? あの者達は」

 

 スバルの反応から、オリヒメはだいたいの事情を察したらしい。スバルは痙攣する首を辛うじて縦に振った。

 

「お主……」

 

 オリヒメは何かを言おうとしたが、突然スバルを物陰に押しやった。何をするのだと思ったが、すぐに分かった。足音が聞こえたからだ。廊下の向こう側に一人の男性が顔を出した。

 

「オリヒメ、こんなところにいたのか!」

「なにかあったのか?」

「なにかどころじゃねえ! あのマテリアルウェーブの障壁、攻撃されてるんだよ!」

 

 オリヒメの顔色が変わった。障壁が壊されればあいつ等が中に入ってくる。

 

「分かった、すぐに向かう!」

 

 答えながら、オリヒメはスターキャリアーを後ろ手に持ってスバルに向けた。「とりあえず、ここに入れ」と促しているのだ。素直に従うことにした。

 中に入ると、スバルは体を丸めて座り込んだ。右、左と辺りを見渡す。誰もいないことを確認する。小さく息を吐いた。

 

「独りぼっちになって安心したか?」

 

 ツカサと鉢合わせて以来、初めてウォーロックが口を開いた。いつも一緒にいてくれた相棒の言葉だが、今は聞きたくない。両手で耳を塞ぐ。だが残念なことに、スバルの左手にはウォーロックの顔が備えられているのだ。ウォーロックの意思で左手が容赦なくずらされてしまった。

 

「やっぱり、お前は引きこもりか?」

 

 スバルは何も答えなかった。口を閉ざして無言を通そうとする。もちろんそんなかっこ悪いこと、ウォーロックは許さない。

 

「スバル、あいつらはお前の知ってるツカサじゃねえ。別人だ。だから……」

「分かってるよ!」

 

 何を言おうとしているのか察して、スバルは怒鳴った。

 

「そういう問題じゃないんだよ……」

 

 あれはIF世界のツカサだ。分かってる。

 

「けど……けど……」

 

 たった数時間前のことだ。宿題に悪戦苦闘するゴン太。怒鳴りながらも最後まで教えてくれるルナ。呆れながらも付き合うツカサ。電話越しで楽しくおしゃべりしたミソラ。

 

「割り切れないよ……」

 

 彼らと同じ顔、声……存在が敵だ。友達が自分に殺意を向けている。そんなの耐えられるわけがない。

 

「じゃあ、このままでいいのか?」

 

 無責任。重くて鋭利なナイフが胸に突き刺さる。咄嗟にウォーロックの口を塞いだ。何も聞きたくない。考えたくない。誰にも干渉されないこの世界は、なんて素晴らしいのだろう。さらに目を閉じれば完璧だ。

 

「知らないよ……僕は、この世界の人間じゃないんだ……」

 

 その通りだ。自分はこの世界の住人ではない。本来、干渉して良い立場ですらないのだ。ならばやり過ごせばいい。元世界に戻る方法を探して、一刻も早く帰るべきなのだ。

 

「この世界がどうなったって……知ったことじゃないよ」

 

 口を塞がれたウォーロックはそれを黙って聞かざるを得なかった。だが焦っても怒ってもいなかった。彼は分かっている。先程のスバルの発言は本心からではない。己に言い聞かせようとしているだけなのだ。スバルに言ってやるべきことはもう分かっている。後はその時を待つだけだ。

 そしてそれはすぐにやってきた。

 スターキャリアーの外から大きな音が聞こえた。爆音ではないが、何か大きなものが破壊される音だ。思わず目を開くスバル。外の世界がその瞳に映る。恐怖の中で逃げ惑う大勢の人。その波にのまれそうになっているキザマロがいた。

 

「キザマロ……」

 

 彼の前に躍り出て、足を震わせている人がいる。南国だ。彼の視線の先には……オックス・ファイアがいた。障壁はもう破壊されてしまったらしい。隔離された向こうの世界で蹂躙が行われようとしている。

 そしてオリヒメの大きな悲鳴が聞こえた。キザマロや南国たちの目が一点に注がれる。その先には一人の女の子。その子を庇って瓦礫の下敷きになっている女性……あかねが倒れていた。

 熱いものがスバルの中を駆け抜けた。

 

「行くぞ、スバル!」

 

 ウォーロックが叫んだ。次の瞬間には、スターキャリアーから飛び出していた。あかねに近づいていくオックス・ファイア。その背中にファイアスラッシュを叩き込む。大きな傷がつき、オックス・ファイアの叫声が耳をつんざいた。

 

「ブロオオ!? な、なんだてめえ!?」

 

 不意打ちを受けたオックス・ファイアが振り返る。答えなかった。そんな余裕なんて無い。ゴン太の声を無視して、お腹にもう一度剣を突き刺す。悶絶する彼の首に剣を滑り込ませた。

 赤い電波粒子がはじけ飛ぶ。二回りほど小さくなったゴン太が前のめりに倒れ、スバルの腕に収まった。周りの視線を浴びる中、ゴン太をゆっくりと床に寝かせる。あとはキザマロや南国が保護してくれるだろう。あかねと一緒に。

 皆の視線を無視してスバルは天井を見上げた。一箇所だけ大きな穴が空いていて、曇った空が見える。屋上からここまで降りてきたらしい。周波数を探ってみる。屋上に電波人間が5体……ブライが残る4体と戦っているのだ。

 

「覚悟は決まったみてえだな?」

「……うん」

「なら行くぜ!」

 

 迷っている暇なんてない。胸の痛みを押し殺して、ロックマンは屋上へと跳躍した。


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