流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
この部屋の窓は広い。だからこそ人を寂しくさせる。惨状が見えてしまうからだ。見渡す限りの瓦礫に、生命の影が見えない道。一雨来るのだろうか。曇の色が濃くなった気がした。
そんな町並みを眺めながら、あかねはオリヒメの説明を思い出していた。ムー大陸にはラ・ムーというメインコンピューターのようなモノがあり、それが天候管理システムにハッキングしているのだという。
暗い世界に背を向けるとあかねは椅子に深く腰掛けた。
「何回座ってみても、やっぱり慣れないわね」
細身の彼女には不釣り合いなほど大きくて、高級感のある椅子だ。権力者にとっては気持ちの良いものなのだろうが、あかねからすればもっと質素な方が落ち着けるというものだ。埋もれるように体を沈めると、机の上に手を伸ばした。
「大吾さん……ソロは今日もちゃんと帰ってきてくれたわ……」
写真の中にいる夫に呟く。そして自分の大切な子供たちの顔を指でなぞった。
◇
サーバールームの奥隅で、スバルは黙して話を聞いていた。話してくれているのはソロだった。なぜ自分が星河家の一員になったのか、その経緯を説明してくれているのだ。
彼が最初に語ったのは自分の過去だった。内容は元世界のソロと大差なかった。他人と少しばかり違う。それだけの理由で孤立し、迫害を受け、愛情を与えられずに育った。最後は電波変換を使って復讐を果たし、より一層孤立するというものだった。
「そして俺はその地を去ったんだ」
ソロの目は床に落とされたまま動くことは無かった。時々、胸元で手を握るだけだ。
「……で、僕たちと会った?」
「ああ……」
ソロの目が初めて動いた。暗かったはずの表情に笑みが浮かんでいるのが窺えた。
「最初に俺を見つけてくれたのは、義父さんだった。食べ物を盗んで、電波変換して逃げていたところを、ビジライザーでな」
スバルの額を指さしながら言った。大吾とソロの出会いは偶然の産物らしい。
「義父さんはな、泣いてくれたんだ。俺のために」
ソロの声色が変わった。目が潤んでいることには気づかぬふりをした。
「俺にはそれで充分だった。初めてだったんだ……誰かが俺のために泣いてくれたのは……。優しい言葉をかけてくれたのは……。気づいたら俺も泣いていた」
声を少しかすらせながら、目元に零れてきた涙を拭う。
ソロの気持ちにスバルは深く頷いていた。大吾にはそれだけ大きな懐がある。ソロの孤独なんて、砂粒のごとく小さな物だと思わせてくれるほどに。
「その後、義父さんは俺を養子として引き取ってくれたんだ。そして義母さんやスバルと出会って……」
胸元で手を握りながら、ソロは一呼吸ついた。
「中々馴染めなかったんだが……そんな俺を、スバルは……友達と呼んでくれた」
「友達……」
「どうした?」
「いや……」
言葉を濁してごまかした。
「とりあえず、これで俺が星河家の養子であることは理解してもらえたか?」
「……うん」
もう少し詳しく聞きたかったが、やめておいた。そんなことをしたら、ソロは思い出し泣きしてしまうだろう。
「ところで、そっちの俺は違うのか?」
「そ、そうだね。家族ではない……ね。うん」
「そうか、残念だな」
元世界のソロについてはこのまま話さない方が良いかもしれない。
「で、なんで世界がこんなことになっちまってるんだ?」
ずっと静かだったウォーロックが話題を逸らしてくれた。途端に、様子を見守っていたオリヒメがバツの悪そうな顔をした。このIF世界でも彼女が何かをやらかしたらしい。
◇
IF世界のオリヒメがしたことは、元世界と大差なかった。ムー大陸を復活させ、世界に宣戦布告したというところまで全く同じだった。
違ったところはソロとオリヒメの関わりが一切無かったことと、IF世界がオリヒメに服従したことだった。抵抗らしい抵抗も無く、彼女が掲げた新・ムー帝国は無事に樹立したのだ。
ここからIF世界独自の歴史が始まる。オリヒメは自分の力をより強固なものにしようと、世界規模の遺跡探索を行ったのだ。成果は絶大なもので、大量のムーの遺産が彼女の元に集められた。それらは選別された優秀な科学者たちによって解析され、新・ムー帝国の軍事力へと吸収されていった。
オリヒメの支配は盤石なものとなっていった。
「じゃが、妾の支配は長くは続かなかった」
「……え? 何かあったの?」
スバルは大きく首を傾げた。
ムー大陸の文明は現代科学と同じかそれ以上だ。そのほとんどを手中にした新・ムー帝国に抗える者などスバルには想像できない。
オリヒメが遠い目で天井を見上げた。その口から出てきた言葉にスバルは耳を疑うことになる。
「FM星人が攻めてきたのじゃ」
「…………え?」
「なんだと!?」
スバルとウォーロックの声は裏返っていた。
「ま、また攻めてきたの!?」
スバルの質問に部屋が沈黙した。ソロとオリヒメの目がじっとスバルを見つめている。
「また……とはなんじゃ?」
「え、だって……これで二回目……」
「二回目?」
どうも話がかみ合わない。また時代の歯車がずれているらしい。
「ち、ちょっと待て……FM星は何回ぐらい攻めてきたんだ? 時期はいつだ?」
「一回だけに決まっておろう。あんな連中が二回も三回も攻めて来たらかなわぬ」
「ちなみに、奴らが来たのは今から三ヶ月ぐらい前だな。新・ムー大陸ができてから半年ぐらいか?」
「え、えっと……」
スバルは落ち着いて時系列を整理した。どうやらオリヒメの支配はほんの数週間前ではなく、九ヶ月も前から始まっていたらしい。その半年後に初めてFM星人達が攻めてきたことになる。
「わ、分かった。説明をお願い」
◇
オリヒメが新・ムー帝国を築いた理由。それは彼女なりに考えた正しい方法で、地球を平和にすることだった。自分が人を支配し、戦争を無くす。そのために彼女は独裁者となったのだ。
だからこそオリヒメはFM星人達の襲来に激怒した。自分の民が殺されるなどあってはならない。
だが大切なものを守るためには戦うしかない。戦わなければ侵略され、虐殺されるだけなのだから。ムーの電波体と、地球軍の全てを投入してFM星人達を迎え撃った。実力は拮抗。多くの命が犠牲になった。
オリヒメはそれを憂いた。この悲しみを繰り返さぬために、自分は帝国を築いたのだ。何も解決していないではないか。
どうにかしたい。その思いは彼女を盲目的にさせた。遺跡探索を活発化させ、寝る間も惜しんで大量の資料データを読み漁り、戦力を探し求めた。
そして、とうとうあるものを見つけてしまった。
それは一体の電波体だった。辺境の小さな遺跡の奥深くに、幾重にも重ねられた強力なプロテクトによって封印されていた。
共に発見された資料を解読し、オリヒメはそれが「アポロン」と言う名の電波体なのだと知った。
アポロンはムー大陸で最も強い力を持っていた電波体らしい。だがそれゆえに危険な存在だった。優れた自分が、力で劣る人間に使役される。そのことに疑問を覚えたのだ。このままでは反旗を翻されるかもしれない。ムー大陸そのものの危険を感じたムー人たちは、アポロンを封印したのである。
これを読めば大抵の者はそれを元の場所に戻しただろう。だがオリヒメは焦っていた。FM星人達が憎かった。地球を守りたかった。最高権力者としての責任感があった。なにより、一科学者としての探求心が彼女を凶行へと走らせた。
結果は悲惨なものだった。アポロンが電波変換した姿、アポロン・フレイムの力は想定をはるかに超えていた。オリヒメと世界中から集められた優秀な科学者達の力を持ってしても、それを押さえつけることなど出来なかった。
太陽が暴れた。
◇
「ムー大陸は乗っ取られ、続いてFM星人達が業火に消えた。敵がいなくなったアポロンは矛先を地上に向けた。ムー大陸の電波体と、アポロンの強さを見て寝返ったFM星人たちを送り込んで……。
そして、今こうなっておるということじゃ」
スバルは頭を抱えて息を吐きだした。IF世界のオリヒメも愚かな人間だった。なんて危険なものを解き放ったのだろう。
「命からがらムー大陸から脱出した妾は、あかね殿の好意でここに匿ってもらっておる」
「義母さん以外は猛反対したがな」
ソロが冷たい声で言った。この厳しい性格は元世界の彼と同じだった。やっぱり目の前にいるのはソロなのだとスバルは改めて思ってしまった。
「せめてもの贖罪として、かき集めた部品でサーバーを新設して、このシェルターの設備維持に努めておる」
オリヒメには何か一言言ってやりたかった。だがそこまで厳しくなれないのがスバルらしい。ウォーロックもスバルの様子を見て言葉を飲み込んだ。
「それからずっとこうやって、隠れているんだね?」
「ああ。……正直に言って、俺たちにはアポロンに対抗する手段が無い。あいつ等と戦えるのは、俺みたいな電波人間だけだからな」
「妾たちにできることと言えば、こうやって細々と生きながらえるぐらいじゃ。太陽を奪われた空を見上げながらの……」
オリヒメに釣られてスバルはお情け程度に設けられた小さな窓を見た。どこまでも続く灰色の雲と、色を失った町が広がっているばかりだ。いや、少しだけ雲が黒っぽくなっている気がする。もしかしたら雨が降るのかもしれない。
「太陽の光は人を元気にしてくれる」
唐突に口を開いたのはソロだった。
「どんなに落ち込んでいたって、見上げれば元気になれる。皆に希望をくれる。だからこそ、アポロンは太陽を奪ったんだ」
「……希望、か……」
今のソロたちにはあまりにも魅力的で、そして皮肉なほどに無縁な言葉だ。
二人の話が終わった。曇り空のような空気がスバル達を包んでいた。気分を変えようと、スバルは天井を見上げて先ほどの話を整理する。そしてふと疑問が浮かんだ。
「一つだけいいかな?」
「なんだ?」
ソロとオリヒメの説明は分かりやすかった。IF世界の現状もよく理解できた。だが、大切なある部分が完全に抜け落ちていた。
「ロックマンは何をしていたの?」
二人の目が丸くなった。何も言わずにスバルを凝視している。数秒後に顔を見合わせ、肩をすくめた。
「誰だそれ?」
思いもよらぬ返答だった。
「ふざけんなよお前ら! ロックマンっつったら、ロックマンだろ!」
「いや、説明になってないから。えっと……僕は? 僕は何をしていたの?」
スバルが一番疑問に思った事。それはIF世界の自分だった。ムー大陸を落としたのも、FM星人達と和解したのも全部スバルがやったことだ。そのスバルは一体どこに行ったというのだろう。
スバルが尋ねるのと同時だった。耳を引き裂くような音が鳴ったのは。スバルが飛び上がり、ウォーロックが爪をむき出しにする。オリヒメが素早く動き、目の前のパソコンを凝視した。その間に、ソロはもう電波変換を終えていた。
「ソロ、上空じゃ!」
「分かった!」
オリヒメの指示を受けるが早いか、ブライは部屋から飛び出していった。非常事態を知らせる警報なのだとようやくスバルは理解した。おそらく、アポロンが攻めてきたのだろう。ファントム・ブラックのような手先が来たのかもしれない。
「おいおい、物騒なこったな」
そういうウォーロックは少しだけ笑っていた。
オリヒメがあるボタンを押すと警報に混ざって館内放送が流れた。敵襲を伝えることと、避難区画へ移動するようにと指示が出される。
「スバル、あやつに力を貸してやってくれ!」
オリヒメがスバルの肩を掴んだ。
「あやつは……」
スバルは手でオリヒメの言葉を制止させた。彼女が何を言いたいのかなんて、分かっている。
「僕はブライを助けに行くよ」
「おう、そう来なくっちゃな!」
ウォーロックが笑って飛び込んだスターキャリアーを手に、スバルは叫んだ。
「電波変換!」
電波粒子を纏ってロックマンへと姿を変えた。
「スバル、ブライは上空のウェーブロードで交戦中じゃ。そっちに行ってやってくれ」
「分かった」
部屋のウェーブロードへと飛び上がると、スバルは外へと駆け出して行った。
スバルを見送り、一人残されたオリヒメ。警報音が鳴り響く中、彼女はスバルが消えた天井を見つめて、微動だにしなかった。やがて懐に手を入れると、中にあるそれをまさぐった。
「数奇な運命とはこのことじゃろうか……何故、お主が……」
◇
「まさか、俺たちがソロを助けることになるとはな」
「ほんと、不思議な感じだね」
ソロを助けに行く。
IF世界とはいえど、どうしても自分の中では違和感があった。このまま行ったら、逆にぶん殴られるのではないだろうかとさえ思ってしまう。
だがそれは絶対にありえないのだ。IF世界のソロにとって、スバルは家族であり、友達なのだから。
「とりあえず、助けに行こう」
「さっきのことも、ちゃんと訊きださねえとな」
警報のせいでIF世界の自分のことは訊きそびれてしまった。これが終わった後に再度尋ねるとしよう。
話しているうちに屋上へとついた。上空のウェーブロードに人影が二つあることを確認して、迷わずそこへ飛び移る。
そしてロックマンの体は動かなくなった。
そこにいたのは一体の電波人間だった。いや、正確には二体だ。非常によく似た白と黒の電波体が並んで立っている。体は左右対称で、一人は右腕が、もう一人は左腕が太くなっている。身長は両方ともスバルと同じぐらい。他の特徴としては、額には一本の角があり、髪はオレンジ色なこと。
そう、彼らは二体で一体の電波人間だ。
こんな電波人間、一人しか知らない。
スバルも知っている。よく知っている。
だから唇が震える。親友の名が零れ出た。
「ツカサ……くん?」
ちなみに、天候管理システムの存在は公式設定だったりします。
流ロク3のシーサーアイランドにあるやつです。
ちなみに、EXE2、4、6でも存在が明らかになっています。