流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第68話.IF世界

 ボロボロで穴だらけなウェーブロードを歩きながら、スバルは目の前の光景にひたすら目を丸くしていた。前方を歩くのはライバルともいえる存在であり、ソロが電波変換した姿、ブライだ。

 そんな彼は気を失ったハイドを担いでいる。引きずるのでもなく、つまみ上げるのでもなく、肩に抱えているのだ。それもハイドが揺れぬようにと一歩一歩が小幅だ。

 ちなみに、ハイドの帽子とステッキはスバルが持っている。歩いている途中でソロが「落としてしまいそうだから頼んで良いか?」とスバルにお願いしてきたのだ。今思い出しても頭痛が起きそうだ。

 

「一体何がどう狂っちまったらこんな奴が生まれるんだ?」

 

 ウォーロックが羽衣の欠片も無いことを口にした。聞こえてしまっているのではないかと冷や冷やしながらも、スバルも似たようなことを考えていた。ここがパラレルワールド……IF世界というものだと分かっている。それを踏まえたうえでも、このソロは受け入れられない。これから彼とその仲間が住まうシェルターでお世話になるというのに、どう接していけばいいのだろう。

 

「見えたぞ」

 

 唐突にブライが立ち止まった。ロックマンは彼の隣……からちょっとだけ距離を置いたところに立って目を凝らした。シェルターというからにはドームのようなものを想像していたが、そんなものはどこにも見当たらない。だが周りと比べて損傷の少ない、大きな建物が一つだけあった。

 

「もしかして、あのショッピングモール?」

「ああ、生活するには事欠かないだろ。皆でかっこつけて、シェルターと呼んでいるだけだ」

 

 そう言って、ブライが笑って見せた。スバルとウォーロックの全身に鳥肌が走った。

 

「じゃあスバル、すまないが俺のスターキャリアーに入ってくれるか? 帽子とステッキは俺が預かろう」

「あ……う、うん」

 

 手を震わせながら荷物を渡すと、ブライが見せたスターキャリアーの中に入った。古代のスターキャリアーではなく、一般的に使われている市販のものだった。

 中に入ると、ウォーロックが首を傾げた。

 

「ところで、なんで中に入る必要があったんだ?」

「そういえば……僕がいると他の人がびっくりしちゃうからかな?」

 

 きっとスバルの存在が特殊すぎて、大勢の人に説明するのが面倒だったのだろう。厄介ごとが起こらないのなら、それに越したことはない。

 ロックマンはスターキャリアーから外の様子を窺った。ちょうどブライがショッピングモールの入り口に着いたところだった。中からひょっこりと一人の人物が顔を出した。赤いサングラスと金髪が似合う彼を見て、スバルは笑みを漏らした。

 

「ソロくん、お疲れ様的な」

 

 BIGWAVEの店長、南国ケンだった。その陽気な口調は、元世界の彼と全く同じだった。

 

「南国さんも、見張りお疲れ様です」

 

 人懐っこい南国に、ソロも笑って答えていた。どうやらIF世界のソロは社交的らしい。本当に何がどう狂ったのだろう。

 

「その男の人は?」

「敵だった人です。放っておくわけにもいきませんし」

「そうだね。そんなことできないよね」

 

 ソロがハイドを寝かせると「警備室」と書かれた部屋から二人の男性が出てきた。こっちは知らない人達だ。彼らはマテリアルウェーブの手錠でハイドを拘束すると、台車に載せて奥へと去っていった。何処かで監禁でもするのだろう。

 

「じゃあ、俺はリーダーのところに行きます。見張り、お願いしますね」

「任せてよ。僕だってやるときはやるんだから。ズバババーンって一網打尽的にしちゃうさ」

 

 南国がスターキャリアーとバトルカードを両手にガッツポーズをして見せた。彼らの武器らしい。なんて頼りないのだろうとスバルは物悲しくなった。

 バトルカードは電波人間であるロックマンが使うからこそ実用的な武器になるのだ。それ単体ではほとんど意味をなさない。電波ウイルス相手ならばまだ何とかなるだろうが、電波人間が相手では石ころを投げつけているようなものだ。それでも、彼らにとってはそれ以外の対抗手段が無いのだろう。

 元気に手を振る南国と別れ、ソロは電波変換を解いた。その姿にスバルは思わず見入ってしまった。顔のメイクが無いのだ。元世界のソロは右頬に赤い線のメイクをしていた。それが無い。よくみれば、耳につけていた大きなイヤリングもなくなっていた。服装も違う。ムー大陸の紋章が描かれた民族衣装のようなものではなく、どこにでも売っていそうなシャツと長ズボンだ。黄色い肩掛け鞄がちょっとおしゃれだったりする。

 

「まさか……ソロがおしゃれをするだなんて……」

 

 震えるスバルをよそに、ソロはショッピングモールの奥へと入っていく。入り口をくぐると、目の前に広がったのは開けたホールだった。IF世界に来て初めて、スバルは大勢の人を目にした。

 ホールには、ビニールで作った張りぼてのような仕切りが所狭しと出来上がっていた。ほとんどの人はクッションやビニールシートに座古寝していて、疲れ切った顔をしている。中には具合の悪そうな老人までいて、立ち上がるのを手伝ってもらっている様が目に映った。その近くで、無邪気に走り回る子供たちの姿が逆に痛々しい。

 ソロが近づいていくと、重そうな荷物を運んでいた男性が気づいて声をあげた。

 

「お、帰って来たなソロくん」

 

 男性の声に多くの人が振り返った。皆笑みを浮かべて「おかえり」と声をかけたり、手を振ったりしている。ソロはそれら全てに笑って答えていた。

 

「ソロお兄ちゃん!」

 

 さっきまで遊んでいた子供たちがバタバタと駆け寄ってくると、足に抱き付いた。ソロはゆっくりとかがむと、甘えてくる子供たち一人一人の頭を撫でてあげた。

 

「やっぱり慣れねえな……」

「うん……でも、受け入れようロック。こっちのソロはこういう人なんだよ」

「……そうだな」

 

 元世界のソロなら老若男女構わず、問答無用で殴り飛ばしていただろう。やはり自分の知っている彼ではないのだと、スバルは改めて認識した。

 

「ほんとソロくんは人気者ですね」

 

 聞き覚えのある声がした。彼と別れたのはつい先ほどのはずなのに、妙に懐かしい気がした。ソロは子供たちに手を振ると、声をかけてきた少年に歩み寄っていった。

 

「仕事の方はどうだ、キザマロ」

 

 最小院キザマロがスターキャリアーを片手に近づいてくるところだった。どういう経緯があったのかは分からないが、IF世界の2人は友人らしい。元世界のキザマロがこれを見たらどう思うだろう。ドンブラー湖に飛ばされて大変な目にあったというのに。

 

「捗っていますよ、順調です」

 

 キザマロは眼鏡をクイッと上げると、データをブラウズして見せた。ソロの表情が険しいものに変わった。スバルにはよく分からないが、何本もの線グラフが下がっていることだけは理解できた。自慢げに見せていたはずのキザマロも、眼鏡の奥にある目をひそかに光らせている。どうやら周りに悟られたくないものらしい。

 

「ほんとキザマロは管理が上手いな」

「いえ、僕にできることって言ったらこれぐらいですから」

 

 笑いながらも、キザマロはブラウズ画面を素早く閉じた。

 

「では、僕は仕事に戻りますね。あ、リーダーならいつもの部屋にいますよ」

「分かった」

 

 キザマロと別れるとソロは奥へと歩き出した。どうやらリーダーに会いに行くらしい。周りに人影が居ないことを確認して、スバルは声をかけた。

 

「ソロ、僕もリーダーって人に会って……」

「ダメだ!」

 

 突然ソロが大きな声を出した。周りに人の気配は無かったが、驚いた人が何人か集まってきた。ソロは「すいません。ちょっと考え事で大声を……」と小さく頭を下げ、見事にその場を抑えて見せた。

 彼らが笑って去った後、スバルは再度尋ねた。今度は小声でだ。

 

「お世話になるんだったら、ちゃんと挨拶を……」

「会わないでくれ。頼むから」

 

 頼む。そんなことを言われるとスバルは引き下がるしかない。自分はソロの善意に甘えて、お世話をしてもらう身なのだから。大人しくスターキャリアーで息を潜めることにした。

 やがて支配人室と名札を掲げた部屋が見えてきた。どうやらリーダーはここにいるらしい。

 

「スバル、今から何があっても声を出さないと約束してくれ」

「え、うん。分かった」

「良いか? 何があってもだぞ?」

「……うん」

「随分と念を押すんだな。何か問題でもあるのか?」

 

 ウォーロックの質問には答えず、ソロが部屋をノックした。見ていれば分かるということなのだろう。

 

「リーダー、帰りました」

 

 一秒と待たずに中から返事があった。

 

「入りなさい」

 

 その声に、スバルは全身を射貫かれるような気がした。そんな彼を察しているのかいないのか、ソロはためらいもなく部屋へと入っていく。心の準備ができていないスバルは両手で口を塞ぎ、目を閉じた。でも耳までは防げない。

 

「お帰りソロくん。それと……」

 

 恐る恐ると目を開く。スターキャリアーの向こう側の世界を見て、スバルは体を震わせた。 

 

「リーダーなんてかしこまった呼び方しなくていいのよ」

 

 星河あかね……スバルの母が笑っていた。ソロはスバルの母親に向かって言う。

 

「でも、皆がリーダーって呼んでますし……」

「誰もいないときはいつものしゃべり方で良いわ。それに、義理とはいえどあなたは私の息子なんですから」

 

 ビッグバン百個分の衝撃がスバルを襲った。

 

「じゃあ……義母さん、ただいま」

「お帰り、ソロ」

 

 あかねが母親の顔をした。

 スバルは何一つ言葉が出なかった。衝撃の現実を前にして、ただただ開いた口がふさがらない。ウォーロックも白目をむいて口をあんぐりと開いている。多分、顎が外れている。

 目を白黒させながらスバルはあかねの周りに視線を走らせた。なんでこんなことになっているのか、何か情報が欲しい。

 

「ス、スバル……」

 

 顎を治したウォーロックがある一点を目で指した。あかねの机の上に写真立てがあった。写っているのは家族写真だ。身を寄せ合う大吾とあかね。二人の間で微笑むスバル。加えてスバルの隣にはソロの姿があった。この世のものとは思えない無邪気な笑顔をしていて、首にはスバルとおそろいの流星型のペンダントをしている。彼らの見た目から考えると、おそらく三年ぐらい前。大吾が旅立つ前日に撮ったものだろう。

 

「さっき南国さんから連絡があったわ。敵を一人倒して、電波変換していた人を連れてきたみたいね」

「迷惑だったかな?」

 

 物凄く砕けた口調だった。なぜか腹が立ったのは、スバルがマザコンだからだろう。

 

「そんなことあるわけないわ。あなたは人を一人救ったのよ。ちゃんと連れて帰ってきて、偉いわよソロ」

 

 あかねが頭を撫でようとして、ソロは一歩後ろに下がった。流石に恥ずかしかったらしい。

 

「でも、さっきキザマロから見せてもらったんだけど、水や食料の備蓄が……」

「そこは私が何とかするわ。なんたってリーダーですものね」

 

 あかねは細い右腕でガッツポーズをして見せる。気丈に振舞っているのがスバルにも分かった。

 

「それよりも、あまり無茶はしないように。あなたに何かあったら……」

「大丈夫だよ。俺だけはどこにも行かないから」

 

 あかねが目元を潤ませた。今目の前にいる彼女はリーダーなんてかっこつけたものでは無く、一人の母親そのものだった。

 

「じゃあ、俺休むね」

「ええ、ゆっくりしてね」

 

 あかねに手を振ると、ソロは部屋を後にした。

 

「……よく静かにしていてくれたな」

 

 ソロにそう言われても、スバルは何も言えなかった。ショックが大きすぎて、情報の整理が追いつかない。とりあえず、スバルをスターキャリアーに隠したのは、IF世界のスバルと鉢合わせるのを避けたかったからだろう。あかねのいるところにスバルがいる確率を考えると当然のことだった。

 それにしてもなぜあかねがリーダーなどやっているのだろう。そもそも、IF世界のスバルとソロが家族だなんて、一体何があったのだろう。

 いまだに落ち着けないスバルに代わって、ウォーロックが尋ねてくれた。

 

「おい、なんでスバルの母親がリーダーなんざ……」

「義母さんは優秀だぞ。人の心を掴んでまとめるのが得意だからな」

 

 言われてみれば、確かにあかねはそう言う人だ。不安に押しつぶされそうな人々をまとめて取り仕切る。器の広い彼女だからこそ務まるというものだろう。

 

「色々と訊きたいことがあるだろうが、その前に会っておいた方が良い奴がいる」

 

 ソロが足を止めたのは、サーバールームと書かれた部屋だった。このショッピングモールのあらゆる管理がここで行われているのだろう。

 ソロはノックもせずに無言で中に入った。所狭しと並べられたいくつものサーバー。その奥に小さい机と椅子がお情けのように置かれている。そこに腰掛けていた人物が振り返る。またしてもスバルとウォーロックは声を上げそうになった。顔の化粧は無いが間違いない。

 

「よく来たの、ソロ」

 

 オリヒメだった。ムー大陸を復活させ、世界を混乱させたあのオリヒメが安っぽい椅子に腰かけている。

 ソロはあまりいい顔をしていなかった。その表情はスバルが知っているソロと大差ない。

 

「オリヒメ、お前にも俺の秘密を共有してもらう。出てきていいぞ」

 

 ソロがスターキャリアーを取り出した。スバルとウォーロックは顔を見合わせると、思い切って外に飛び出し、電波変換を解いた。オリヒメの目が大きく開いた。

 

「スバル!? なぜここに……?」

「向こうの世界のスバルだ」

「向こうの? では……パラレルワールドの?」

 

 オリヒメはソロとスバルを交互に見比べる。驚きのあまりに口が動いていない。

 

「オリヒメ、落ち着け」

 

 ソロが宥めると、オリヒメは何度か深呼吸をして胸をなでおろした。落ち着いてくると、倒れるように椅子に座り込んだ。

 

「まったく、驚いたわい」

「驚いたのはこっちだぜ」

 

 大きくて長いため息をウォーロックは吐き出した。

 

「何がどうなってんだ? 世界はこんな状態で、オリヒメがここにいて、スバルのおふくろがリーダーだ?」

「一番訊きたいのは、なんでソロが僕の家族になってるのかってことだよ」

「そっちでは違うのか!?」

 

 逆にソロが尋ね返してきた。言われてみればそうだ。IF世界のソロにとっては、スバルと家族であることが当然なのだから。

 元世界のあのソロを、目の前のソロにどうやって説明すればいいのだろう。目を逃がすように逸らした。

 

「とりあえず、互いの世界の事情を説明してみてはどうじゃ?」

 

 オリヒメの提案はもっともだった。情報は共有した方が良い。そうしなければ、あと何回ビッグバンに遭うのか分かったもんじゃない。




原作を大切にするこの作品において、IF世界のソロは賭けでした。
皆さんに受け入れてもらえるのか不安でしたが、思っていた以上に受けが良かったので正直びっくりしています。
まだまだ不安要素だらけのこの作品ですが、どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。

また、もう数話したら休載するかもしれません。
直したい部分が出てきたからです。
出来る限り間に合わせたいのですが、もし休載になった場合は申し訳ございません。

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