流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第61話.星空に願いを

 倒れそうな体を気力で支えながら、ロックマンは後ろの様子を窺った。散らばっているオーパーツの中心でエンプティーはうつ伏せに倒れていた。背中にはブライにつけられた大きな太刀傷。他にも腕や足、首もとにまで大小の傷ができていて、それら全てから電波粒子が細い線を成して漏れ出ている。

 

「え、エンプティー!」

 

 オリヒメが這うようにして彼の元に駆け寄る。オーパーツを蹴飛ばし、払い除け、最後は瓦礫に躓くようにしてエンプティーの側に寄り添った。抱き上げ、仰向けにする。少しでも傷を塞ごうとしているのか、背中の傷口に手を当てている。痛々しい光景だ。類まれな学者である彼女が、エンプティーを作った彼女が一番よく分かっているはずだ。もう、エンプティーは助からないと。

 

「オ、リヒメ様……」

 

 エンプティーがうっすらと目を開けた。生気など欠片も無く、オリヒメが見えているのかすら疑わしい。ただ、なぜか右手にある物だけはしっかりと握っていた。半分ぐらいに千切れてしまったマテリアルウェーブの本がそんなに大事なのだろうか。

 

「もうし、わけ……ございません」

 

 途切れそうな声で口にしたのは謝罪の言葉だった。

 

「何を謝る必要があるのじゃ。お主は、お主はよくやってくれた。こんな姿になるまで、妾のために戦ってくれたではないか」

「違うの、です……オリヒメ様……」

「な、何がじゃ?」

 

 オリヒメには分からないようだが、スバルには少しだけ分かってしまった。もし自分がミソラやルナ達を守れなかったら、きっと彼と同じ言葉を呟いていただろう。

 だが、それ以上の理由がエンプティーにはあった。彼の右手にわずかに力が入った。

 

「私は……ヒコ様に、なれませんでした」

 

 スバルには一瞬何のことか分からなかった。だがすぐに思い出す。エンプティーはオリヒメがヒコを生き返らせようとして作ったマテリアルウェーブだということを。

 

「お主……まさか、そんな……」

 

 オリヒメの手が震え出す。

 

「ラ・ムーと、オーパー、ツの力が……あ、あれば……もしや、と……ですが、申し訳、あ、ありません。最後、まで……最後まで、私は……あなたのや、役には……」

「そんなことはない!」

 

 悲鳴のような叫び声だった。

 

「お主は……妾を支えてくれたではないか……このようになるまで戦ってくれた。お主が側にいてくれたから……妾は今まで……」

 

 声が擦れて行く。彼への感謝の気持ちを伝えたくとも、言葉が見つからないのだろう。だがエンプティーにはそれだけで充分だったらしい。苦痛な表情にわずかながら笑みが浮かぶ。

 

「オリヒメ……様……。初めて、笑って、くれました、ね」

 

 オリヒメも涙を飲み込むようにしてエンプティーに笑って見せていた。きっと二人は側にいながら少しだけすれ違っていたのだろう。長い間ずっと。

 そして現実とはどこまでも無慈悲なモノらしい。エンプティーの体が崩れ始めてきた。足が膝上あたりから壊れ、取れる。横腹が崩れて大きな穴が空く。電波粒子の量が増え、エンプティーの体が消えていく。

 

「え、エンプティー!」

 

 それでもエンプティーは笑ったままだった。右手に持った、融解していく本を優しくなでると、穏やかな声を口にした。

 

「天の川よ……」

 

 オリヒメも気づいた。エンプティーの視線を天へと向けられていた。天の川に向かって電波粒子が飛び立っていっている。

 

「お前に……本当に願いを叶える力があるのなら。私の願いを……私の一番大切な人の願いを……」

 

 それが最後の言葉だった。エンプティーの体が霧散した。電波粒子一粒一粒が蛍のように天へと昇っていく。

 

「エンプティー!!」

 

 オリヒメが叫ぶ。それを置き去りにするように電波粒子は空へと溶けて行く。

 

「エンプティー……許してくれ、エンプティー……」

 

 オリヒメが初めて涙を見せた。せめて笑って見送ってやりたいと、必死だったのだろう。今は堰を切ったように止めどなく涙を流している。

 

「妾は……妾は……あ、あ……」

 

 スバルとウォーロックはその光景をただ見守っていた。二人の邪魔をする気も無ければ、今のオリヒメを無理やり連れて行くような非情さも無い。何ができるでもなく愚かな女をただ見つめていた。

 異変に気付くのに時間はいらなかった。彼女の頭上に一粒の電波粒子が下りてきた。いや、一粒じゃない。何粒かの電波粒子が後に続き、集まりだす。

 オリヒメも頭上を仰いだ。電波粒子たちは小さな球体になるとオリヒメの前に降りてくる。淡い光を放つ青と緑色の球体に彼女は目を丸くしている。それが驚いたように見開かれた。

 

「まさか……お主……」

 

 それはゆっくりと彼女の周りを回り始める。まるで彼女の涙を慰めるような、励ますような、そんな温かみを感じる。やがて彼女の目の前で動きを止める。オリヒメの口が震える。

 球体は、それに満足したかのように上下に揺れると、空へと昇りだす。

 オリヒメが手を伸ばす。球体は彼女の頭上で柔らかい光を放つと、弾け飛び、電波粒子となって天の川へと帰っていった。

 

「……今、声が聞こえた」

 

 球体が消えてから数秒後に彼女は呟いた。誰に聞かせるでもなく、ただ空を見上げている。

 

「間違いない……ヒコのものじゃった。妾に生きよと……。悲しむことなく、強く生きよ……と。まさか……そんなわけ……」

「僕にも聞こえたよ」

 

 オリヒメがロックマンの方を向く。スバルは目を閉じると、彼らが旅立った夜空を見上げた。

 

「エンプティーが……エンプティーのあなたを思う心が、ヒコさんをここに連れてきてくれたんだよ。そうでなかったら、何だっていうんだよ」

 

 オリヒメは答えない。もう一度空を仰いだ。スバルとウォーロックもだ。天の川と、その両端にある彦星と織姫星がまぶしく感じた。

 大地が揺れたのはその時だった。ムー大陸が上下左右へとでたらめに振動する。

 

「な、なに!?」

 

 地震ではない。ここは空の上なのだから。

 

「おい、何が起こってる!?」

 

 ウォーロックがオリヒメに怒鳴った。オリヒメは両手を床につけて、必死に体を支えている。

 

「ラ・ムーじゃ……あれがムー大陸を支えておったのじゃ」

 

 冗談じゃないとスバルは思った。ラ・ムーはエンプティーに取り込まれ、彼と共に消滅してしまったのだ。支える力が無くなればどうなるかなんて語るまでも無い。

 

「に、逃げよう!」

 

 酷使しきったはずの体が驚くほど機敏に動いた。オリヒメを肩で担ぎ、駆け足でその場を離れる。だが少し進んだところで立ち止まった。

 どこに逃げろと言うのだろう。周囲を見渡すと、床の一部が崩れ落ちた。その遥か向こうには、大海原。足がすくむような気がした。

 少しでも安全な場所を……と探すも、そんなものあるわけがない。いずれ全てが海へと落ちていくのだ。

 そんな中、ブライだけは別の物を見ていた。立ち上がる力も無いのだろう。それでも、揺れる大地の上を這うように進んでいく。視線の先にあるのはムー大陸の遺産、三つのオーパーツだった。その近くではすでに床が割れ始めている。危険極まりないが、彼が止まる理由にはならなかったらしい。ようやく手が届きそうな位置に来た。歯を食いしばり、一番手前のダイナソーへと手を伸ばそうとする。

 割れ目が広がった。大地が傾き、ダイナソーが転がり落ちていく。すぐ近くにあったシノビが滑り出し、同じく海へと消えていった。唯一、ベルセルクだけは地面に刺さったままそこに残っている。だが、刺さっている場所も壊れ始めている。もう少しだけ体を前に動かして、手を伸ばす。指先が柄に触れようとする。地面が割れた。ベルセルクが傾く。ブライとは逆方向に倒れ、落ちていった。

 

「……なぜだ……なぜ……」

 

 崩壊は加速を増していく。ロックマンとオリヒメの周りにも亀裂が迫ってきていた。

 

「ロック、どこに……」

「俺だって訊きてえくらいだ……」

 

 辺りを見まわす。どこも同じだ。逃げ道なんてない。

 体が斜めに傾く。突如訪れる浮遊感。足元が崩れ、宙に放り出されたのだ。慌ててオリヒメを抱きかかえる。あっという間に落ちていく自分の体。頭上からはムー大陸が音を立てて迫ってくる。視界が黒色に染まった。

 

 

「そ、そんな……」

「嘘だろ、おい」

 

 言葉を失い、ブラウズ画面を見つめるゴン太とキザマロ。ムー大陸の崩壊は衛星放送を通じて世界中に送られていた。無論、コダマタウンにも。町の人たちも目を覆ったり、嘆く声を上げたりしている。

 

「ありえないわ……」

 

 ルナが声を漏らす。

 

「ありえないわよ、こんなこと……」

 

 声を震わせる。ブラウズ画面を抱きしめると、空に向かって叫んだ。

 

「ロックマン様ー!」

 

 彼女の背中を見ながら、ツカサも空を仰いだ。あの高さから落ちたらどうなるのか……想像よりも残酷なことが起きるのだろう。

 

「大丈夫だよ」

 

 一人だけ明るい声を出す人がいた。ツカサは目を丸くして振り返る。

 

「スバル君は帰ってくるよ。だって、私たちのヒーローだもん」

 

 ツカサにはにかむと、彼女はスバルがいるであろう方角を見上げた。きっと絶望なんて微塵も感じていないのだろう。碧色の目に映る空は、宝石の様に輝いていた。


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