流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
赤黒い炎が踊り、燃え上がった瓦礫が雹のように降り注ぐ。ラ・ムーの吹きだす炎が周りを地獄絵図へと変えていく。
一刻も早く逃げるべき状況なのにも関わらず、ロックマンは動こうとはしなかった。いや、この場から離れるという選択肢が頭から飛んでいた。それだけ、目の前の現実に目を奪われてしまっていた。
「なんで……? その人は……」
エンプティーの素顔を見て、目を丸くするスバル。
面長ではあるが丸みのある輪郭。今は苦渋に満ちているものの、柔らかそうな目。比較的整った顔立ちで、笑えば優しい人と言う印象。やはり、間違いない。
「ヒコ……さん?」
オリヒメのブラウズ画面に映った人。彼女の恋人だったというヒコの顔だった。
だが人間ではない。青白い体は電波物質だ。瓦礫が刺さった傷口から電波粒子が線となって溶け出していっている。
「ふん、やはりな」
ブライが下りてきた。ロックマンは警戒しながら彼に身の半分を向ける。
「前からおかしな奴だとは思っていたが……。貴様、マテリアルウェーブだな?」
まさかと言いそうになって、やめた。確かにそう考えれば説明がつく。エンプティーは電波変換もせずにウェーブロードを移動できるのだから。
オリヒメは一度歯を食いしばると、エンプティーの背中に手を当てた。
「そうじゃ。エンプティーはマテリアルウェーブ。妾が最初に作った、意思を持つマテリアルウェーブじゃ」
オリヒメは何らかの装置をマテリアライズすると、それをエンプティーに当てた。おそらく治療効果があるのだろうが、エンプティーの表情は変わらず苦しそうなものだった。
「あの時の妾は愚かじゃった。ヒコを失ったことが受け入れられなかった。どうしても取り戻したかった。もう一度あの手で、あの笑顔で妾抱いて……愛していると言ってほしかった。
そこで、マテリアルウェーブを使う方法を思いつき、実行に移した」
「……あなたって人は……」
人を生き返らせる。それこそ生命を冒涜する行為だ。奪うことと同じぐらい。
「だが、失敗じゃった」
エンプティーの背中に刺さった大きな瓦礫をなぞる。抜いてやりたいが、逆効果だと分かっているのだ。
「生まれたマテリアルウェーブはヒコの姿をしていた。だが、そのモノは記憶を持っていなかった。手を触ってもあの温かみは無い。笑ってもらっても完全に別人のものじゃった。無論、言葉も空虚なものでしかなく、妾の寂しさをより強くするものでしかなかった。
妾はヒコを生き返らせる事を諦め、そのモノを従者として侍らせることにした」
「……それが、エンプティー……」
「空っぽ……か。ふん、貴様にはお似合いの名だな」
二人の過去を鼻で笑い飛ばすブライ。蔑むような冷たい目だった。
「ヒコにもなれず、オリヒメの従者としても役目を果たせない。とんだ出来損ないだな」
「……ブライ!」
黙っていられなかった。二人の味方をする気は無いが、流石に今の暴言は見逃せない。
「なんだ、やると言うのか? 良いだろう、貴様に……」
ロックマンとブライの意識が互いに集中した。その瞬間だった。エンプティーが駆け出したのは。
言葉を止めるブライ。思わず目で追うロックマン。呆気にとられるオリヒメが視界の端に映る。どこにそんな余力があったというのだろう。今なお爆炎を吹きだすラ・ムーに向かってエンプティーは迷わず駆け出していく。
後を追いかけようとするブライが巨大な瓦礫に道を塞がれた。エンプティーの行動は自殺行為だ。炎の向こう側を祈るように見る。彼の右腕に何かが抱えられているのが見えた。あの四角いものは、本だろうか。燃え上がる瓦礫が剣の様にエンプティーの左腕を切り落とした。それでも一瞬の怯みすら見せることなく、エンプティーは突き進んでいく。
辿り着いた場所は、ラ・ムーの胸元。オーパーツが収められている場所。そこに本ごと手をついた。
「オーパーツ! ラ・ムー! 私の望みを聞け!!」
まずい。何をするのかは分からないが好きにさせてはいけない。ウォーロックが一瞬早くスバルの左手を持ち上げた。応えるように背中に銃口を向けた。放ったエネルギー弾がエンプティーの背中に突き刺さり、彼の体を壊していく。エンプティーが声にならない悲鳴を上げる。
「止めよ!」
オリヒメが覆いかぶさるようにロックマンを横に押し倒した。
「お、お前たちがムーの遺産だというのなら……神だと……いうのなら」
ブライも動き出す。流石に瓦礫の雨を潜り抜けるのは無理だと判断したのだろう。拳にオーラを溜めて突き出そうとする。またしてもオリヒメが動いた。素早くスターキャリアーを操作すると、ブライの前方にマテリアルウェーブの物体を召喚したのだ。ブライも気づいたが遅かった。放ったオーラはそれにぶつかって勢いを殺されてしまった。オーラを背中に受けながらも、エンプティーはラ・ムーを見上げて声を絞り出す。
「力を……力を寄越せ!」
まさかそんなこと出来るわけが……いや、可能かもしれない。ラ・ムーは現代の技術力に匹敵するムー大陸の遺産だ。甘い考えは全て捨てた方が良い。
「スバル!」
「ヘビーキャノン!!」
大砲を連発する。早く、早くエンプティーを仕留めないと。ブライも同じだ。オリヒメを突き飛ばすとブライソードを振って斬撃を飛ばす。その顔には明らかに焦りの表情が浮かんでいた。
大砲と斬撃がエンプティーを襲う。だがロックマン達が冷静さを欠いていることもあってか、攻撃は僅かに逸れて当たらない。幸運と爆風の中、エンプティーは最後の力を振り絞って叫んだ。その声は泣いてるかのようだった。
「力を……私の願いを! 私の願いを叶える力をくれ!!」
それが呼んだのは奇跡だろうか。彼の言葉にオーパーツが光を灯した。それに照らされるエンプティーの横顔が嬉々とした笑みに染まって行く。ロックマンは今更ながらに右手をバルカンに変えて、さらに弾数を増やす。だがもう遅い。
「私に……私の力となれ!!」
光が爆発した。エンプティーを飲み込み、世界を白色に染め上げる。
「な、なに!?」
「あいつ……!!」
爆発は一瞬だった。数秒後には世界に色が戻っていた。恐る恐ると様子を窺う。燃え上がっていたはずのラ・ムーが無くなっていた。周りは燃え滓のような黒い瓦礫。その中央に佇む一人の男。エンプティーだ。
左腕が再生されていた。だが少しおかしい。何らかの紋様が描かれ、線が走っている。右腕と首もとも同様だ。
そして何より……。
「……どういうこと?」
明らかに彼の周波数が違っていた。
「フハ、フハハハハ!!」
突然オリヒメが笑い出した。
「何がおかしい!?」
怒鳴るウォーロックに、オリヒメは狂ったような笑みを向けた。
「これが笑わずにいられようか。でかしたぞエンプティー! エンプティーも、オーパーツも、ラ・ムーもマテリアルウェーブに近い存在。そう、もともと電波は情報の集合体。不安定になっているのなら、干渉し、取り込むことも不可能ではない……」
「……そんな」
「ちっ、ふざけるなよ……」
ブライが舌打ちする。
エンプティーがゆっくりと体をこちらに向けた。顔を見て、ロックマンは全身が震えるのが分かった。
髪は逆立ち、目は白く染まっていた。腕や首にあった線は顔にまで伸びており、眼や頬の上を走っている。先程までは確かに残っていたはずの、ヒコの優しそうな顔立ちはどこにもなかった。
白い目がロックマンに向けられた。目が合う。エンプティーはロックマンを見つめながら、ゆっくりと無機質な声を出した。
「トリプルトライブ」
白い光がエンプティーを包み、その姿を変えた。左手にはダイナソー、右肩にはシノビ、右腕に掲げるのはベルセルク。
「エンプティー・トライブキング……」
ロックマンが一度だけ行った最大変身だ。
「あの野郎……」
「こんな……こんなことって……」
目を疑うスバルとウォーロック。最大の武器が敵の手に渡った。最悪の事態だ。
エンプティーがおもむろに剣を前に構えた。三角形を形作るように三つのオーパーツが並ぶ。
「まさか……」
線が引かれる。エンプティーが剣を振る。
「カイザーデルタブレイカー!」
虹色の光線が螺旋を描いて放たれた。それは地面を穿き、全てを吹き飛ばした。
原作でのラスボスもラ・ムーではなく、因縁のあるエンプティーやソロだったほうが方が絶対に盛り上がったと思います。